りゅーとぴあプロデュース『人形の家』 a Doll’s House

北乃きいを封印してノラとして生きる
恐れずに芝居をする度胸が付きました

 

デビュー以来、映画やドラマ、テレビ番組の司会など多方面で活躍する北乃きいが、『人形の家』で舞台の初主演を果たす。舞台に立つのは、2012年の『サイケデリック・ペイン』に次いで二度目だ。『人形の家』は、ノルウェーの劇作家で近代演劇の巨匠ヘンリック・イプセンが1879年に書いた戯曲で、フェミニズム運動を切り開くきっかけとなった世界的に知られる名作。弁護士の夫ヘルメルに人形のように扱われ、猫かわいがりされて生活している妻のノラが、ある事件をきっかけに一人の確固たる女性として目覚めていく物語だ。今回、ノラを演じる北乃に話を聞いた。

初の主演舞台ですね。

北乃「一から色んなことを吸収して頑張ろうと稽古に挑んでいます。演出家の一色(隆司)さんが『北乃きいの芝居を封印して、ノラの芝居をしてほしい』とおっしゃったので、自分の引き出しからの芝居というよりは、0から作る作業をしています」

 

稽古場で手応えは感じていらっしゃいますか。

北乃「舞台経験の多い出演者の方ばかりなので、勉強させていただいています。稽古の初日に皆さんの芝居を見たときは、もう出来上がっていて、ほかに何をするんだろうと思ったんですが、一色さんの演出でドンドンと深いものになってきていますね」

 

作品についてはいかがですか。

北乃「『人形の家』は、女性の自立を描いている作品だと思って稽古に入ったのですが、演じていくうちに愛の物語なんだということに気が付きました。すべて愛について語っているんです。常に愛情深くセリフを言わなきゃ、ノラにならない。愛が大切なんだということを発見して、さらに作品に魅力を感じました。家族愛や夫婦愛、男女の愛、とにかく色んな愛の形が描かれているんです。ノラは人だけではなく、何でも愛する、すべてのことに愛がある人。そう思って行動しないと、『今、ノラになれてなかったよ』と一色さんに言われるんです」

 

それでは何故、ノラは夫に頼り切って人形のように生活するよりも、自立する女性へと意識が変わっていくのでしょうか。

北乃「それも愛がきっかけですよね。トゥルーラブ(本当の愛)を知ったことで、自分が求めていたものは、これまでの愛ではないと気が付いた。ノラはお父さんからも特殊な愛情を受けていて、夫のヘルメルからも同じような扱いをされ、男女の愛はこういうものだと思っていた。だけど物語の中で、本当の愛に気が付くんですよね。ただ、理性があるから、自分の中で止める。そこで、ヘルメルとの愛の違いや価値観の違いに気が付くんです。自分と価値観が違うときは『ああ、私、この人とは合わない』と思いますよね。私はそういう感覚で演じています。それに気が付いたノラは、ショックや悲しみ、喜び、そして無の状態になるんです。その感情を一度に表さなくてはならない。そこをどうやって見せていくか、毎日違うことを試しています」

 

ノラがヘルメルに「あなたはわたしを弄んだだけ」と言うセリフがありますが、そこはどう思われますか。

北乃「ヘルメルは、愛し方が分からなかったのではないかと思います。本当に、この人はこの人なりの愛し方でノラを愛してくれたんだと、稽古では感じます。『でも、そうじゃないのよ』ということだと思います」

 ノラ役は、過去に大竹しのぶさんや宮沢りえさんらが演じてきた大役ですね。

北乃「大竹さん、宮沢さんをはじめ、海外でも大女優が演じられている役で、そこはプレッシャーでした。お話をいただいたときは、怖くて。でも台本を読むと作品が魅力的で、ノラも今までやったことがない役だったので『やります!』と答えました」

 

舞台は6年ぶりですが、女優としてステップアップしたからこそ、立てるなという自信があったのではないでしょうか。

北乃「ないですね(笑)。『サイケデリック・ペイン』は初めての舞台だったので、隣で見てついて行くだけでした。その後、映画やドラマの主演をやらせていただきましたが、自分の中であまり女優としてステップアップはできていないと思っていましたし、20代後半で、このままの芝居をしていて大丈夫かなと迷っている時期にこのお話をいただいて。今までは、ありがたくも当て書きをしていただいたり、オーディションで私のイメージに近いからという理由で選ばれることもありました。逆に、役と全然違うから、化学反応を楽しみたいということでキャスティングされることはあまりなかったんです。一色さんに『きいちゃんにとって、ノラという役はハードルが高いと思う』と言われたことがあって(笑)。『何で私を選んだの?』と思いました(笑)。一色さんは、『この子はできると思わなきゃ選ばないよ』と。可能性でキャスティングされることによって大きく成長できるんです」

 

ノラは北乃さんとは全く違うタイプなのですね。

北乃「100%違います。この役に入るまで、本当に本当に大変だったんです(笑)。ノラを落とし込むために、作っているうちはダメだと一色さんに言われて。今まで“役作り”というのは、役を作るという感覚でした。私は一度、役に入ったら、クランクアップまでずっとその人でいる長期集中型で、食べ方や、寝方、話し方も変わるんです。でも、それでも作っている段階だったんだなということに気が付きました。今は、ノラとして四六時中生きている感じです。久しぶりに会った衣装さんに『顔が変わりましたね』、カメラマンさんにも『輝いているね』と言われて。そんなこと、言われたのは初めてです(笑)。ノラはキラキラしていなきゃいけない役なんです。照明がなくても、ノラがいればキラキラと輝いている。段々とノラに近づいてきているのかなと思いますね」

 

ノラを生きるために、特別にしていることはありますか。

北乃「ノラの知人のリンデ夫人を演じる大空ゆうひさんは、元宝塚歌劇団の男役トップスターなので、歩き方、立ち方など、どうやったらエレガントに見えるかを教わっています。それから日常でも、お箸で食べると完全に猫背になるので、和食屋さんでもナイフとフォークを使うようにして、姿勢を意識しています。あとは、聴くとノラになれる“ノラ”曲のプレイリストを作りました(笑)。最初は、ダメ出しに落ち込む日々だったので、とことん落ち込んで元気になろうと、松山千春さんの失恋系の曲を聴いていたんですが、一色さんに『ABBAを聴きなさい』と言われて(一同爆笑)。過去に一日だけ、ABBAを聴き忘れた日があったのですが、コンビニに入ったら、『ユーキャンダンス♪』とABBAの曲が流れてきて怖くなりました(笑)。ほかにはシンディ・ローパー、ベット・ミドラーの曲も入っています。四六時中、お風呂で湯船に浸っている時でさえも今はノラのことを考えていますね」

 北乃さんでどんなノラが見られると思いますか。

北乃「どうなんでしょう…。そこまで客観視できていないんです。もちろん、今までとは違ったノラになるとは思いますが。客観的に見たとたん、一色さんに『鼻につくよね』と言われて(笑)。だから、あまり客観的に見ないようにしています。ただ、今、ノラを生きている状況です」

 

今後、役作りの仕方が変わりそうですか。

北乃「変わればいいですね。役の作り方や向き合い方も。恐れないで芝居をする度胸は付きました。最初は、私が毎回同じ芝居をしていたのに対して、共演者の皆さんは、毎回違う芝居をする。映像はいつも同じ芝居ができることが大切なんです。それで、ダメ出しをされてショックを受けて。でも、皆さんは臨機応変に対処できる。その瞬発力がすごいんです」

 

 北乃さんのノラを楽しみにしています。ノラというキャラクターは、その後、演劇界でフェミニズム運動のアイコンになりました。とくに、舞台のラストシーンは印象的です。

北乃「昔だったら、すごい反響があったと思います。昔は、旦那さんに刃向かうなんてありえなかった。それがあの時代に描かれただけですごいと思います。でも、海外では分かりませんが、日本ではまだこういう家庭があるのではないかと思いますし、ヘルメルのような男性は日本には多いと思います。ノラの様々なセリフは、言い方によっては嫌な女に見える。でも、何を言っても許されるように演じなければいけない。そうすればラストのシーンも大丈夫だと思うんです。お客さんは、男性はヘルメル目線、女性はノラ目線で観てもらえると思います。家庭で窮屈にしている女性は自分の自由を見つけてしまいそうで、危険かもしれません(笑)。男性が観たときに、胸に刺さるセリフもあると思います。自分で言っていても『世の中の男子たちよ、聞け』と思いますから(笑)」

 

インタビュー・文/米満ゆうこ

 

【プロフィール】

北乃きい

■キタノ キイ  2005年「ミスマガジン 2005」のグランプリを受賞後、映画、ドラマ、CMなどで活躍中。2014~2016年は日本テレビ「ZIP!」の総合司会を務める。2016年には3枚目のアルバム「K」をリリース。近年の主な出演作品に、映画「上京ものがたり」「ヨコハマ物語」「僕は友達が少ない」「TAP THE LAST SHOW」、ドラマ「クロスロード」「社長室の冬」など。