ミュージカル『ミセン』糸川耀士郎インタビュー

「日常と非日常の掛け算という、すごく面白い試みをしている」

韓国で社会現象を起こした『ミセン』をホリプロ×韓国クリエイター陣が世界初ミュージカル化。前田公輝を主演に迎え、2025年1月2月に大阪、愛知、東京で上演される。韓国では“サラリーマンのバイブル”と呼ばれるほど大ヒットを巻き起こしたこの物語で、前田演じる主人公チャン・グレと同期のチャン・ベッキを演じるのは糸川耀士郎だ。学歴もありプライドも高いチャン・ベッキという役柄を糸川がどう演じるのか。役作りについてや作品への想いを聞いた。

――本作の出演が決まったときの心境はいかがでしたか?

これまで韓国の原作のミュージカルに出演させていただく機会が多かったのと、僕自身も韓国の作品のファンだということもあり、すごく嬉しかったです。『スウィーニー・トッド』という作品を経て、再びホリプロさんにお声をかけていただけたということも光栄なことでした。『スウィーニー・トッド』では、市村正親さんや大竹しのぶさんといった、尊敬する俳優さんたちのお芝居を間近で見ることができ、とても幸せな環境の中、お稽古や公演をさせていただけたので、また新たな挑戦に呼んでいただけてとてもありがたかったです。

――スウィーニー・トッド』では手応えを感じましたか?

役者として成長できた現場だったと思います。僕は演劇もお芝居もミュージカルも大好きなのですが、さまざまな作品に出演させていただいていく中で、ミュージカルと演劇を両立することの難しさをすごく感じていました。約3時間のお芝居の中でどちらも両立するのは、メンタル的にも肉体的にもとても大変なこと。ロングランの公演になればなるほど、どうやってクオリティーを保っていけばいいんだろう。どちらかを妥協しないといけないのか、と悩んでいました。ですが、自分は役者として妥協することもできない人間で…。そうした葛藤を抱えていたタイミングで『スウィーニー・トッド』の現場に入ったので、市村さんや大竹さんをはじめとした皆さんのステージでのお芝居を観て、学ぶことがすごく多かったです。そういう意味でも、自分にとってとても意味のある現場だったなと思います。

――この『ミセン』もミュージカル界でご活躍されている方がそろっていますね。そういう意味でも楽しみが大きいのではないですか?

そうですね。今回も初めてご一緒させていただく方が多いのですが、それぞれご出演されていた作品を観させていただいているのですごく楽しみです。

――では、今作の脚本をお読みになった感想を教えてください。

韓国ミュージカルや韓国ドラマは、起承転結や感情の起伏がはっきりと描かれていて、1話の中で大きく揺れ動くので、それを観た視聴者も感情を揺さぶられて、振り回されるという面白さがあると僕は思います。そうした高低差のある作品が多い印象でしたが、この『ミセン』という作品は、それらとは違い、すごくリアルなんですよ。社会人のリアルな人間関係や権力の間で揺れ動く商社マンたちの気持ちをリアルに描いています。これまで僕は韓国の作品でここまでリアルを描いた作品は観たことがなかったのですごく新鮮でしたし、きっとお客さまもすごく共感できるのではないかなと思います。楽曲も含めて、心にグッとくるものを伝えることができたら、きっとお客さまに寄り添える作品になるのではないかと思います。今から演出が付くのもお稽古も楽しみです。

――日本で作られる世界初のミュージカルでありながらクリエイター陣が皆さん韓国の方というのもすごく面白い試みですね。それについてはいかがですか?

韓国のドラマやミュージカルを観ていると、文化や日常生活の中での立ち居振る舞いなど、微妙な違いを感じることがあります。ドラマを観ながら、「この表現は韓国特有だな」とか「日本ではあまりこういう表現は見ないけれど、韓国だといろいろな俳優さんがこの表現を使っているな」とか「日常のシーンでこういう表現をよく見るな」とか、さまざまな発見があるんですよ。そうしたことを稽古で試したとき、演出のオ・ルピナさんがどう感じられるんだろうと、今からワクワクしています。きっとあまりできない経験になると思うので、いろいろなチャレンジをしていきたいと思います。まだ(取材時点では)稽古も始まってないのでどういう進み方をするのか分かりませんが、演出家さんやクリエイターの皆さんとたくさん話し合いながら、コミュニケーションを取りながら作っていけたらと思います。日韓のコラボレーションの面白さを稽古で追求していきたいです。

――今回、糸川さんが演じるチャン・ベッキについては、どんな印象をお持ちですか?

ドラマを観たときは、エリートで非の打ち所がない、カリスマ性があるキャラクターなのかなと感じましたが、台本をしっかりと読んでいくと、彼のコンプレックスも見えてきました。これまでずっと1番だったのに、この商社に入ったら、毎回、自分よりも良い成績を出す同期がいて、初めて2番になってしまって。ずっと注目されてちやほやされていたのに、急に勝てない相手が出てくる。すごくリアルですよね。みんなが同じような体験をしているわけではないと思いますが、自分のコンプレックスを感じる場面は人生の中で絶対にあると思います。なので、きっと観る方に共感を持ってもらえる人物なのではないかなと思います。それと同時に、人間のいやらしさやダサい部分も出して、人間の生々しさをお芝居で表現できたらチャン・ベッキの魅力になるんじゃないかなと、今は考えています。

――本作のオフィシャルサイトのコメント動画で、「綿密な準備をして臨むタイプ」というお話をされていましたが、今回の「商社で働くサラリーマン」という役作りについても綿密な準備をされているのですか?

そうですね(笑)。といっても、今している準備は、楽曲や台本、原作と向き合うという作業ですが。僕はずっと役者をやってきたので、商社マンは全くなじみのない世界ですが、すごくかけ離れている分、興味があります。本当にもっともっと知りたいと思いますし、その世界ならではの用語もたくさん出てくるので、そうしたセリフに違和感を持たれないように、少しずつ会社員の方たちの世界の勉強もできたらと思います。

――日本で上演されるミュージカルで会社員の奮闘を描く作品は少ないと思いますが、本作を通してどんなことを伝えたいですか?

この『ミセン』という作品は、社会を風刺しているような、リアルで現実的な作品だと思いますが、ミュージカルというエンターテインメントは非日常的です。つまり、この作品は、日常と非日常の掛け算という、すごく面白い試みをしていると思いますし、僕もそこに魅力を感じています。そして、作品を観て共感していただけたり、明日からも頑張ってみようと一歩踏み出せるような作品になってくれたら嬉しいです。とても新しいミュージカルになると思うので、お客さまがどういう感想を持つのか僕も楽しみにしていますし、この新しいミュージカルの完成を楽しみにしていただけたら嬉しいです。

――世界初演の作品を作るという意味では、どのようなお気持ちですか?

正直、楽しみでしかないです。多くの人に、糸川耀士郎という役者を知っていただける機会だと思いますし、「存在感を出してやる」という意気込みしかないので、すごく楽しみですし、光栄です。

――今回、初共演の方も多いということですが、共演者の皆さんの印象を教えてください。(取材当時)すでに皆さんにお会いしましたか?

全員ではないですが、ビジュアル撮影のときに同期のインターンのメンバーとは何人か、お会いしました。それから、石川禅さんとは一緒に取材を受けさせていただいたので、少しだけお話もさせていただけました。僕はすごく人見知りで、初対面の場だとなかなか打ち解けられないのですが、皆さんすごく空気が良くて。僕はカンパニーの中では若い方だと思いますが、昔からどちらかというと後輩でいたいタイプなので(笑)、先輩がたくさんいらっしゃる現場は安心感があって好きなんです。なので、不安はないです。きっと稽古が始まったら、どんどん雰囲気の良いカンパニーになっていくのだと思います。

――インターン仲間の前田さん、清水くるみさん、内海啓貴さんの印象はいかがですか?

前田さんは、僕が小さい頃から某番組でずっと見ていました。まさに世代なので、「わあ、前田公輝がいる!」と(笑)。ビジュアル撮影のとき、カメラマンさんのこうしてほしいという要求に対して、ディスカッションして自分の意見も述べつつ撮影をされていたのを見て、真面目でストイックな一面を感じました。まさに座長という感じの方だなという印象です。

内海くんは、きっとカンパニーのムードメーカーのような存在になるのだろうなと、ビジュアル撮影のときから思っていました。年も近いということもありますし、共演したことがある同世代の俳優が周りに多くて、内海くんのいろいろなお話も聞いていたので、仲良くなれるのではないかと思っています。

清水さんとは(取材当時は)まだお会いできていないので、これからのお稽古を楽しみにしています。

――ところで、この作品では、「働く意味」や「自分らしく生きること」が描かれています。会社員と俳優業は違うものだと思いますが、糸川さんにとっての「働くことの意味」とは?

あまり共感していただけない答えだと思いますが…。僕にとってはこの俳優という仕事とプライベートはあまり分けて考えたことがないんですよ。よく「プライベートでストレス発散はどうやってしているんですか」という質問をされるのですが、そもそもストレスがたまらなくて。この仕事が好きだと自分でも感じていますし、生活の一部になっているからこそ、あまり境目がないんです。なので、自分にとっては、「働くということは生きること」、そして、「一番楽しいこと」なんです。仕事がただただ楽しい。僕にとってはそんな存在です。

――それほど好きなことを仕事にできているというのは素敵ですね。最後に、改めて本作への意気込みと読者の方々に一言メッセージをお願いします。

きっと多くの方がどういう作品になるんだろうと思われていると思います。このインタビューでも何度も話していますが、すごくリアルで、観てくださる方にきっと共感していただける作品になると思います。商社での仕事という現実とミュージカルという非現実のエンターテインメントの掛け算がどうなるのか。ぜひ、楽しみにしていただけたらと思います。僕を選んでくださり、出演させていただく機会をいただいたので、少しでも皆さまの心に糸川耀士郎という名前を刻み込めるように稽古を頑張りますので、楽しみにしていただけたらうれしいです。

取材・文:嶋田真己