くによし組『ケレン・ヘラー』 國吉咲貴(作・演出)インタビュー

くによし組『ケレン・ヘラー』國吉咲貴  撮影クレジット:中野あき

何もかもが未知数で、とてもワクワクしています。

 12月19日(木)よりシアタートラムにて上演される『ケレン・ヘラー』。くによし組の主宰である國吉咲貴が作・演出を務める本作は、面白いと不謹慎の境目を歩きながらドン底に落ちていく女性芸人の姿を、ポップかつ毒気たっぷりに描くもの。2018年に初演された話題作が、シアタートラム・ネクストジェネレーションに選出され、個性豊かなキャストを迎えて新たに立ち上がる。

 SNSが広く浸透したことで刺激的な情報が溢れ返る昨今、面白さを追求するあまり禁断の領域に足を踏み入れてしまう者も少なくない。『ケレン・ヘラー』の主人公・アフロ子もそのひとりだ。本作の誕生の経緯と今回の再演について、國吉に話を聞いた。

──『ケレン・ヘラー』が初演から6年の時を経て、大きな規模で再演されますね。現在の心境についてお聞かせください。

くによし組にとって最大規模での上演もそうですが、今回の座組は初めてご一緒する方々と、過去にご一緒したことのある方々とで構成されています。私の好きな人たちが一堂に会することで、いったいどんな化学反応が起きるのか。みなさんとどのような『ケレン・ヘラー』を生み出すことができるのか。何もかもが未知数で、とてもワクワクしています。

──シアタートラム・ネクストジェネレーションに選出されて今回の公演があるわけですが、企画実現までの経緯を教えてください。

公募があったので応募したところ、選んでいただきました。『ケレン・ヘラー』は“面白いとは何か?”ということについて書いた作品です。SNSをはじめ、あらゆる場に過激なコンテンツが溢れていて、「これ、笑っていいの……?」と疑問を抱かずにいられないものが急速に増えていると感じています。私自身、このことにすごく敏感になっているのもあり、いま作品を提出するなら、『ケレン・ヘラー』しかないなと。ただ、初演時からすると私たちを取り巻く環境は圧倒的に変化しましたし、私自身の感覚もかなり変わりました。なので企画が始動してから、まずは台本を改訂しました。

──SNS上の過激さは日に日に増していますよね。そしてそれを受け取る人々の多くが敏感になっています。そもそも『ケレン・ヘラー』はどのような経緯で誕生したのでしょうか?

SNSに対して怖さを感じていた時期で、私は“面白いとは何か?”ということを考えていました。くによし組ができて3年目の頃で、迷走していたのもあると思います。本当に、何が面白いのかよく分からなくなってきていたんです。なのでまずは、“面白いとは何か?”という問いをテーマにしようと考えました。本作にはヘレン・ケラーのコントをするシーンがあるのですが、これは私が学生時代に抱いた違和感から生まれたものです。ヘレン・ケラーのモノマネをしながら「ウォーター」と言う友人がいて、それを周囲の人々が笑う、みたいな光景がありました。私としては笑えなかったのですが、みんなは笑っている。だから「これは面白いことなんだ。笑わなきゃ」っていう。これがずっと違和感として引っかかっていたんです。このことが、“面白いとは何か?”という私の中にある問いと重なりました。

──國吉さんの個人的な体験が起点になっているのですね。本作においてヘレン・ケラーは重要なモチーフになっていますが、この存在には作劇の流れで接近していったのですか?

そうですね。あと、実家にずっとへレン・ケラーの伝記がありました。幼少期に母からプレゼントされたものなのですが、読んだことがなかったんです。ヘレン・ケラーの作品をやろうと思って初めて手にとったときに、母はどういう気持ちでこれをくれたのかなとか考えて……。
『ケレン・ヘラー』の主人公・アフロ子は過激なところのあるキャラクターですが、お母さんのことを大切に思っています。大切だからこそ、その関係に悩んだりもする。こういったことも物語に盛り込めるかなと。

──2018年時点に國吉さんが抱いていた社会に対する不信感や違和感が、ご自身の過去の経験に結びついていったのが興味深いです。作劇していくうえで、本作ならではのアプローチはありましたか?

本作にはアフロ子と、悪いことをしてしまうアフロ子=悪アフロ子が登場します。ひとりのキャラクターをふたりの俳優が演じる感じです。物語が進むにつれより過激になって、悲劇的なことも起きていくのですが、悪アフロ子が登場することによって、独特のグルーヴ感が生まれるというか。物語の温度が上がる感じがするんですよね。この悪アフロ子が生み出すエネルギーがあれば、物語の後半まで突っ走れるかなと。あとは「アフロ」がいっぱい出てくるので、ビジュアル的にも可愛くて楽しいです。

──本作にはAI的な存在が登場しますが、2018年頃よりもいまのほうがずっと身近に感じるものですね。

AIが暴走しちゃうようなことって現実でもありましたよね。人間が学習させた知識から、ロボットが過激な発言をしちゃうというような。そんなところから着想を得て、本作には“サリバンちゃん”というお喋りロボットが登場します。それも、アフロ子の後の相方として。この存在が、アフロ子という人間をドン底に連れて行くんです。そんな関係性だからこそ、このキャラクターは可愛らしいものにしようと思いました。

──2018年の頃と比べると、面白いと不謹慎の境目はより曖昧になって、そこに生じる危うさはどんどん肥大化している印象です。いま『ケレン・ヘラー』を上演するうえで、どのあたりを改訂しようと考えたのでしょうか?

初演時はアフロ子が壊れていく過程をじっくり描いていました。でも改めて読み返したときに、アフロ子が壊れていくのは彼女だけの問題ではないのかもしれないと思ったんです。アフロ子の言動に対する周囲のリアクションによって、彼女は暴走してしまう。なので2018年の頃と比べると、アフロ子視点から、より広く俯瞰的な視点へと変わっています。

──時代の変化とともに、視点の置き方が変わったのですね。この6年の間に、劇作家・演出家としての國吉さんにもさまざまな変化があったのではないかと思います。ほかに意識的に変えたポイントはありますか?

言葉の一つひとつによって、必要以上に傷ついてしまう人が出ないように気をつけています。初演版の台本にはもっと乱暴さがありました。舞台上で交わされるセリフに触れて、思いがけず傷ついてしまった人がいるのではないかと思います。発した言葉を取り消すことはできないので、このことに関してはかなり気にしていますね。

──言葉を扱う人々の多くが直面している問題ですね。表現の自由があるいっぽうで、やはりコンプライアンスにも気を配らなければならない。そのあたりのバランスはどのように取っているのでしょうか?

まだまだ、探り探りですね。私にとって面白いものが、みんなにとっても面白いとはかぎらない。バランスを取るのはとても難しいです。ある部分で我慢をする代わりに、別の部分で爆発させてみたり。目指すべき作品のかたちに向かいながら、一つひとつのシーンや言葉を精査しています。それに稽古を進めていくうちに、役者さんたちとのクリエイションの中で変わっていくものもあると思います。実際に言葉を扱うのは役者さんたちなので。

──そんな言葉を扱う役者陣ですが、とても素敵な方々が揃っています。キャスティングのこだわりをお聞きしたいです。

コミカルなお芝居もシリアスなお芝居もできる方たちに揃っていただくことが大前提としてありました。アフロ子はお笑いコンビのネタ担当で、これを演じていただくのが中井千聖さん。そして、アフロ子が過激化した姿の悪アフロ子は名村辰さんに、アフロ子の相方・ケイトは大場みなみさんにお願いしました。いずれも物語の中心に立つ役どころですが、このお三方だったら芯の強い作品になるのではないかと。花戸祐介さん、佐藤有里子さん、てっぺい右利きさん、柿原寛子さん、谷川清夏さん、永井一信さんたちの魅力は、愉快で繊細なお芝居をされるところ。一生懸命だけれど、何だかずっと傷ついているキャラクターを立ち上げてくださると思います。

──今回は國吉さんは出演されないんですね。

私が役者として出演するときは制作費の問題なんです(苦笑)。今回はくによし組にとって最大規模の公演ということで、たとえば美術だったり、いままであまりお金をかけられなかったところにも力を入れることができます。これまでは稽古を進めながら美術のことを考えていましたが、今回は美術を先に決めてから稽古に入っていく流れです。舞台上のイメージが明確にありながら稽古ができるのは初めてですね。環境が整っているというのは本当に素晴らしいことです。演出の細かいところまで集中して創作していけることに感動しています。世田谷パブリックシアターのみなさんがついていてくださるのも心強いです。

──本作は國吉さんのキャリアにおいて、どのように位置づけられそうでしょうか?

代表作になりますように、という気持ちでいます。名刺代わりの作品になったらいいなと。ここ数年の変化として、多くの人がとにかく優しいものを求めている印象が強くあります。ですが『ケレン・ヘラー』は毒気が強く、あんまり優しいものだとはいえないかもしれない。でもどのキャラクターにもそれぞれの可愛らしさがあるし、一生懸命に生きて、夢に向かっていく話でもあります。本作を通して多くの方と出会えたら嬉しいですね。大好きな演劇の世界でこれからも生きていきたいので、私にとってとても重要な作品になると思います。

取材・文:折田侑駿