ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下KERA)の過去戯曲を才気溢れる演出家たちが異なる味わいで新たに創り上げる連続上演シリーズ・KERA CROSS新シーズンの幕開けとなる『消失』。
兄・チャズと弟・スタンリーを演じる藤井隆と入野自由、演出・河原雅彦が顔を揃え、この作品への想いやお互いのことなど、現在の心境を語り合った。
“世の中が息苦しくなっちゃったなと感じている人にとってホッとして救いになる作品を”(河原)
“初めて観てくださる方にも「あの兄弟いいな」と感じてもらえる新しいものに”(藤井)
“名作のバトンをちゃんと渡せるように、僕らからもズシーンと衝撃をお届けしたい”(入野)
――KERA CROSSに再び挑むにあたり、演目に『消失』を選んだのはどういう狙いからでしたか?
河原 僕がKERAさんの作品を演出させていただくのはこれが三作品目になります。これまでに挑んだのは『カメレオンズ・リップ』(21年)と『室温』(22年)で、これはどちらもプロデュース公演として上演された作品でした。実は当初から、やりたい演目リストに『消失』は入っていたのですが、KERAさんの戯曲を初めて預かるにあたってこれまで避けてきたのが……っていう言い方をすると変なのですが。
――ナイロン100℃の作品、つまり劇団の本公演は避けた、と?
河原 そういうことです。なぜなら劇団公演は非常~に濃いからです。KERAさんは稽古中、個々の役者さんからインスパイアされた要素を巧みに物語に盛り込んだ本を書かれる方なので、結果、その役者さんたちが醸す味わいがよくしみた舞台に立ち上がる。それが劇団公演となると、旧知の役者さんたちで作るわけですから。僕からしたらある意味、“味の塊”なわけで。その点プロデュース公演だと外部の役者さんが多いから、僕の印象的にやはりちょっと違うんですよね。まずは一本二本と修行をさせていただいて、三作品目にしていよいよ決意をしたわけです。濃いぃのを!って。もともと好きな作品だったけれど、パッとすぐには手が出せないものだったので。これを引き受ける役者さんも勇気がいるだろうなって勝手ながら思いますよ。
――その演目でお声がかかったわけですが。藤井さんはオファーを聞いた時、どう思われましたか。
藤井 僕、昔から(主催の)キューブの方々にお世話になってるんです。
河原 へえ、そうなんですか?
藤井 はい。生瀬(勝久)さんと朝ドラで兄弟をやらせていただいたり、古田(新太)さんには最初の東京での番組のロケでお世話になって、舞台でもご一緒させていただきましたし、大倉(孝二)さんとも共演する時はいつも同じ楽屋でね。キューブの方々には本当に良くしていただいています。そして今回の演出は河原さんということで。河原さんと前回ご一緒させていただいた舞台はお祭りみたいな公演で(『愛のレキシアター「ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ」』(19年))。あの不思議なミュージカル、河原さんは絶対に大変だったろうなと思いますけど、これが異常に楽しかったんですよ。
河原 稲穂をみんなで振るやつですね。僕も異常に楽しかったです。けど、あれってそんなに不思議でしたっけ?確か山本耕史さんと藤井さんだけがそう言っていた記憶が…。
藤井 ハイ!とても不思議なミュージカルでした! でもあの時いろいろなことを細かく丁寧に教えていただいたし、その一方で時にはほったらかしにもしてくださって(笑)。とにかく楽しかった印象が残っているんです。その河原さんが「じゃあ、今回は藤井で」と言ってくださったのなら、ぜひともやらせていただこうと思いました。でも先ほどの河原さんのお話を聞くと、ちょっと不安になってきましたけども。
河原 藤井さんに引き受けてもらえた時、目の前がパーッと開けましたよ。
藤井 本当ですか?
河原 さっきも言ったようにかなりチャレンジングな舞台になると思われるのに、オファーを受けてくれたと聞いて「ああ、おかげでなんとかなる!」ってマネージャーさんにも言ったくらいです。
藤井 そんな、もったいない言葉までいただいちゃって。本当にこの冬、入野さんと一緒に目一杯がんばろうって思います!
――入野さんは、お声がかかってどう思われましたか。
入野 とても嬉しかったです。KERA CROSSに二度も呼んでいただけるなんて。それに河原さんとご一緒できるのはミュージカル『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』(16年)以来、9年ぶりということになりますし。自分もあれからいろいろと経験を積んで、それを経てこの挑戦的な作品でご一緒できるということも何より嬉しい。それで飛びついたのですけども……。河原さんのお話を聞いてたら、僕もだんだん怖くなってきました!(笑)
河原 まあ、結局のところ演出が大変なんですよ。出る側の人たちは、あくまでもリラックスして楽しんでやってくれていいんです。
――楽しんでやっていることって、客席にも伝わりますしね。
河原 それは稽古場でも一緒。だから、いいんじゃない? 台本を読んで、思ったようにやればそれでいいんじゃない?(笑)
入野 なぜ急に、そんな言い方に?(笑)
河原 だって、作劇上、絶対に外せないぎりぎりのラインは僕もちゃんとチェックしますから。みなさんは自由にやってもらえれば。そしてそれができるメンバーを選びましたし。
藤井 なるほど。
河原 過去二作の修行の経験を振り返ると、あまり頭でっかちで臨むより、シンプルにその場その場を楽しむマインドだと思うんです。あくまでも「品性を保ちながら」ですけど。だから脚本というルールブックを読んでだいたいのルールを把握したら、あとは演者同士が楽しんでやってくれれば、自ずとこのカンパニーらしいものができるはず。そういう感性を持ってる人たちを集めさせてもらったつもりです。ちなみに佐藤仁美さんなんて最初の一言が「これ、どれくらいふざけていいの?」でしたからね。
入野 さすがですね!(笑)
藤井 すばらしい! いいお話だ(笑)。
河原 半分冗談でしょうけどね、とっかかりはそのくらいの感覚で臨んでくれたほうがいいと思う。みなさん、大きな振れ幅を持ちながら上品さも兼ね揃えた方々ですから、大丈夫ですよ。
――お二人は、兄弟役を演じることになるわけですが。
入野 僕はもうずっと、芸人としての藤井さんを見て育ってきました。あらびき団からマシューから、歌も含めて全部通ってきてるんですよ。学校でもみんな見てました。
藤井 マシュー?ありがとうございます。
入野 それこそ舞台に出ている姿を拝見しても、とっても素敵で目が離せない魅力があって。芸人とか俳優として、というより藤井隆というジャンルを確立させているのが素敵です。一度、ラジオドラマでご一緒させていただいたことがあったんですが、今回は舞台でガッツリご一緒させていただけるので、本当に楽しみで仕方がありません。
藤井 僕、実の兄弟は兄しかいないんですよ。普段から先輩方と一緒にいるのは好きで弟的要素はとても強いかと思います。すぐ末っ子ぶるので入野さんに迷惑かけないようにします! ご一緒したラジオドラマの時は、専門用語が飛び交う中で戸惑っていると、入野さんはお詳しいからいろいろ教えてくださったのを思い出しました。そして先日の初めての取材の時は楽屋で会って「こんにちは」って言った時から本当に愛らしくて、爽やかで。自分にこの冬、弟ができるんだなと思うと、すごく嬉しいです。しかも「見てました」って言ってもらえるのって、実はすごく嬉しいことなんですよ。
――稽古に向けて期待するところは。
河原 うーん、稽古が始まってみなさんの声を聞くまでは、僕も正直わからないんですよ。特に今回は、事前にある程度の演出プランは立てておくとして、これまでより少し肩の力を抜いて稽古場に入ろうと思っているんです。出演者は全員が、精鋭も精鋭ですからね。きっと僕はラクできるはずです(笑)。とにかくまずは最初に、声を聞いてから始めたいと思います。
藤井 「自由に楽しく、気楽に」とおっしゃってくださったからには、もうそれについていけばいいと今、本当に思っています。もちろん作品自体を大好きな方たちにがっかりされないように努めたいですし、初めて観てくださる方にも「あの兄弟いいな」と感じてもらえる新しいものにもしたい。そこでおそらく入野さんが絶対的に真ん中で魅力を輝かせるはずだから、その輝きの分け前をいただいて僕もがんばろうと思います。
入野 僕がかつて劇団公演を観た時、徐々に最初に抱いた違和感が紐解かれていって実はこの人が……ということがわかった瞬間の衝撃がものすごかったんです。今でも覚えています。
河原 そのくらい緻密に作られているんですよ。
入野 紐解かれるタイミングも、完璧ですよね! そして、そこからどうなっちゃうの……!?という展開がまたすごくて。劇団では弟役はみのすけさんが演じていましたが、すごく怖かったというか不気味さがありました。
河原 みのすけさんには独特の狂気があるからね。ところで今回、弟の役に必要な要素としては、超絶純粋がゆえの危なっかしさがあるんだろうなと思ってます。
入野 なるほど、そうですね。危ういのか。
藤井 なんとかしてあげなきゃ!と思える存在ですしね。それは危うさだったりもするんでしょうね。
入野 でもある意味、そうさせているのはお兄ちゃんだったりもするんですけど。
河原 そういう話でもあるよね、これって。相互依存の強烈なものでもあるから。
――ものすごく、いろいろな要素が詰め込まれた戯曲ですね。
河原 今回は、最初は単純にとても可愛らしい兄弟だなっていうところから違和感をこぼしていって、いいタイミングで紐解ければいいんです(笑)。お二人とも再演とか名作とかも経験されているでしょうし、放っておいても絶対に劇団公演とは違ったものになりますから。その時々で僕がまとめさせていただくので、みなさんは自分らしく、自分の感性を信じてやっていく、ということでいいんじゃないかな。
――では最後に、お客様に向けてお誘いの言葉をいただけますか。
入野 さんざん怖いと言ってしまいましたが、ベースにあるのはめちゃくちゃ楽しみに思う気持ちです!最終的にはズシーンと衝撃を受けて、引きずるような何かを持って帰れる作品だと思います。僕自身も、当時観た時に受けた衝撃がいまだに心に残っていますから。この名作のバトンをちゃんと今回観に来てくださった人たちに渡せるように、僕らからもズシーンと衝撃をお届けしたいと思います。
藤井 もう、僕もまったく同じ思いです。全部入野さんが言ってくれました!(笑)
河原 ホントに?(笑)
藤井 (笑)。あとは冬の公演ですからなかなか大変な時期かもしれませんが、大阪まで全公演やり遂げるために慎重にがんばります。ぜひ劇場にお越しください!
河原 もう、さらに全部言ってくれちゃいましたね(笑)。
藤井 そこをもう一言!
河原 これ以上は蛇足にしかならなそうだけどなあ(笑)。初演が2004年だから20年前に書かれた作品なのですが、今は時代がだいぶ変わってきて、なんだか黒と白しかないような社会になってきているじゃないですか。運動会でも順位をつけずに全員で手を繋いでゴールさせたり、そこかしこでいろいろ考えさせられる世の中になったなとは思うんですよ。テレビでは昔の作品が今は再放送できなくなったりしてて。単に「あれは当時のものだから」で済む話なのに、なんだかリスクマネージメントが行きすぎちゃってる部分を感じるというか。だけどその点、演劇にはまだ余地がある。この世の中が息苦しくなっちゃったなと感じている人が観に来てくれたら、ホッとして救いになる作品でもあると思うんです。黒か白かだけではなく、グレーだって表現していかなきゃいけないんですよ。
藤井 僕も、本当にそう思います。
河原 そういう意味も含めとにかく『消失』はいかんともし難いカタルシスが詰まりに詰まった作品です。改めて今の時代に観てみたら、また違う何かを受け取ってもらえるような気もするし。ホラ、蛇足だったでしょ?
入野 いや、完璧になりましたよ!
河原 完璧に? なら、よかった!(笑)
(取材・文/田中里津子 撮影/引地信彦)