「男性教授 × その教え子である女性」。この同じ設定のふたり芝居ながら、まったく異なるディスコミュニケーションを描いた2作『リタの教育』『オレアナ』が同時上演される。
演じるのは、2作とも同じ俳優だ。繰り広げられるふたりの対話は、ジェンダーや教育について、そして人間と人間が対等に向き合うことについて、課題と困難を浮き彫りにさせる。 今回、演出家の稲葉賀恵と、翻訳家の一川華による新プロジェクト・ポウジュとしての企画第一弾となる。この挑戦的な試みに、大石継太と湯川ひなのふたりの俳優が集った。演劇に向き合うこと、稽古場からいま見えている景色について、インタビューした。
共通点の多い2作、わかりあえないけど共感することはあるはず
──この企画の立ち上がりについてお聞かせください
稲葉 劇団(文学座)に入って10年を過ぎた節目の今年に、身内に不幸がありました。死ぬことについて考え時に「あと何本できるのかな?」と考えたんです。大げさですが明日もし死ぬとした時に、はたして私は本当に作りたいものを作ることについてきちんと考えてきただろうか、と。だったら、やりたいことをやった方がいい。失敗するのも勝手だし、成功するのも勝手だから、自分のやりたいことをやろうと。
そのひとつが企画を自分たちでたてることでした。身銭を切ることにはなるけれど、自分たちでやる。それにくわえて、場所を作りたいなと思いました。翻訳劇に対しての方向を広げてみるとか、自分と同じ世代もしくは若い世代の人達に入ってもらうとか、そういう「遊び場」のような場をつくって、自分たちの世代がこのまま演劇界でどういうことを還元していくことができてそれが良い方に作用するためにはどう動けばいいのかを考えてみたい。それがきっかけです。
もうワクワクすることをやらなきゃと思って!「ほんとに今のままでいいのか、稲葉」と問いかけた結果のこの企画です。(笑)
大石 かっこいい。僕も「芝居でやれることはやろう」とずっと思っていましたので、今回のような企画にお声がけいただけたことはとても嬉しかったです。
ただ、2人だけで2作品をやるというのは、自分自身との戦いです……。でも稲葉さんが「(これは)お祭りだ」と言っていたので、稽古もお祭りなんだと思って参加しています。本番では「ごめんなさい!グワーッ!」と切腹するかもしれないし、周期的に「あ~もうダメだ、ダメダメ」って思う時もありますが、楽しもう!お祭りだ!という真っ最中です(笑)
──稽古過程のリアルな叫びをありがとうございます…!湯川さんはいかがですか?
湯川 私はずっと稲葉さんの作品がすごく好きで、どうにかお会いできないかなと思っていた時に、たまたま文学座が主催するワークショップの講師を稲葉さんが担当されるというのを知って応募して初めてお会いしました。私としては、狙いどおりの(笑)
稲葉 (笑)
湯川 そのワークショップがすごく勉強になって、より「いつかご一緒したいな」という気持ちが高まって……。それからも何度か別のワークショップでもお会いしたりするなかで、今回このお話をいただきました。「やりきることができるだろうか」と思うほど、乗り越えた先は想像つかない未知の世界ですが、「これをやったらすごく変われる。こんなチャンス二度とないから絶対にやらないと!」と。挑戦だし、まだまだ怖くて「どうなっていくんだろう」という思いもあるけれど、そういう気持ちで取り組めていること自体が幸せです。
稲葉 私からすると、湯川さんのデビュー作かな……その映画を見ているんですよ。ものすごく強烈で「この人は誰だろう?」と印象に残っていました。まさか自分のワークショップに来られるとは。とても嬉しかったです。
──お互いにお会いする前から気になっていたんですね
稲葉 ただ、オファーをするまではすごく迷ったんです。その迷いは「あの人よりこの人の方がいいんじゃないか」という意味じゃなくて、こういう企画を面白がってくれる人なんているんだろうかと考えてしまった。
だってふたり芝居の2作同時上演って、ちょっとバケモノじゃないとできなくないですか?
大石 (笑)
稲葉 大石さんにお願いしたのは、ちょっとバケモノなんだろうなと思っていたんです。いろんな作品に出ているけれど、その場所に染まってるというより「大石さんだな」と思う人だから、舞台の立ち方に哲学があるんだろうなと感じていました。若い女性と年上の男性によるセンシティブな物語なので、チャーミングに見えて、お客さんに好きになってもらわないといけない。そのためには、こだわりがあって、お芝居のなかに埋没できる愛着のようなものを持っている俳優じゃないと難しい。
実際に稽古が始まってみて、すごく良いキャスティングをしたと思いました。そこだけは自分を褒めてあげたい(笑)。そして一緒に決めた相方の一川さんや、制作陣に心からありがとうと言いたいです。
──なぜこの2作を、同時上演というかたちで選ばれたんですか?
稲葉 かなり前から、この2つをダブルビルしたら絶対面白いんじゃないかと思ってたんですよ。共通テーマとして「対話をしましょう、とよく言われるけど対話って幻想なんじゃない?」ということを、コミュニケーションの最小人数である「ふたり」でやってみよう、というところからスタートしました。「対話なんてできないかもしれない」「対話をしたら理解し合えると思うことはエゴイスティックじゃないか」ということから考えてみる。対話って、自分を理解してほしい=自分に価値があると認めてほしい……ということなんじゃないか、すべて行きつくところは「自分」になってしまうという問いにきちんと向き合うところから始めてみる、そんな作品です。
2作ともふたりの人間によるディスコミュニケーションなんですが、実はそれは、相手のことが欲しいから求めているということでもある。どちらも「男性が若い女性を教育する」という設定の共通点がありますが、こうもディスコミュニケーションについての感覚が違うのか、と感じる。でも、こんなにもわかりあえないのにどこかにきっと共感するだろうと思います。『オレアナ』の方が憎しみのようなネガティブな表現があるけれど、両方を平行して稽古していると、むしろ『リタの教育』よりも愛を感じたりもしますし、おそらく1作品だけだったら考えなかったことがたくさんあります。
あと、私は色っぽい話が好きなんです。2作とも密室で、男性と女性がとてもセンシティブな部分に踏み込んでいく。ある瞬間に、実人生ではおおよそ見ることの出来ない光景をこちらが覗き見てしまっているような気持ちになる。そこに艶っぽさを感じます。そういうふだんは見られない見世物小屋のようなものを求めて、観劇に行くんでしょうね。
一日に2つの芝居の稽古は、演劇と俳優のすごさを感じる
──2作同時に稽古をしています。俳優としてはいかがですか?
大石 正直、今はまだ台詞に苦戦しています。2作同時上演はとても面白いことだしなかなか経験できないぞと思って飛び込みましたが、ちょっと苦しんでいますね。日本のふたり芝居とはまた違って、どちらの言葉の力で戦っている。戦っているけれどチャーミングな人たちにしたいですね。
湯川 私は共通したテーマでもある「教育」について考えます。「教育を求めた先に先生が提示してくるものが正解なのか」とか、「教育についてこういった行き違いのようなものは起きるだろうな」とか、いろんなことを考えている最中です。
リタという女性は今まで演じたことのないキャラクターですが、実は私の根底に眠っている泥臭さや怒りのエネルギーに通じるところがあるので、日頃自分が考えていることが表現できたらいいなと思っています。『オレアナ』のキャロルについては、すごく弱い部分に共感しています。リタとキャロルで全然違う面を見せられたらいいですね。ふたりとも教育の求め方に共通している部分がある、どれくらいなにをどう求めているかをハッキリさせることで、ふたりの違いがでてくるだろうなと思います。そして、相手に対して「こうあってほしい」「こうなりたい」という理想が、密室で剥きだしになるといいな。そういう人間のエゴがそれぞれの作品であらわれたら面白いのかな。
あと、新訳なので、翻訳の一川(華)さんと確認をしながら台詞を変えていく作業はすごくワクワクしています。決められたものをやるのではなくて、探っていく時間が楽しいですね。
大石 どちらも密室で2人が会うということ、そして、とくに自分の役についてはバックボーンが大きいことが大切かなと思います。たとえば電話をするシーンでは、密室の外側が存在する。ここに出てない人たちについて想像できるようにしっかりとイメージを持っていきたいですね。
稲葉 ふたりの俳優がふたつの役をやることの凄まじさ、演劇の力強さを感じます。俳優がその場で別の役に変わるって、ものすごくドキドキする。しかも「AがBになる」のではなくて、「AがBを借りてCになっている」ようで、俳優ってなんてすごい仕事なんだろうと思います。2作両方を観ると、その作品のその役を見ているといよりも、大石さんと湯川さんという俳優が見えてくるんじゃないかな。
──なるほど。まったく違うキャラクターなのでよけいに
稲葉 俳優って、イタコみたいに言葉を下ろすような役割だと思う。2役を演じることによってそれが際立つので、できれば両方とも観て「この人がこの役とこの役をやってるんだ!?」という驚愕を体感してほしい。ジョンに起こる顛末と、フランクに起こる顛末を同じひとりの人間が体験するって、絶対に人生じゃあり得ないことですよ。それができてしまうのが演劇のすごいからくりですね。しかも、同じ空間(劇場)で、というのが面白い。
──同じテーマで、同じ場所で、共通点の多い2人組が、まったく違う顛末を辿っていく。想像しただけで混乱するというか、そわそわします(笑)。稽古をしていて、俳優の側から稲葉さんとの創作についていかがですか?
大石 本当にこれがやりたいんだなというエネルギーが伝わってきます。2作品をやるという大変さがあるからこそ、きちんと「これはこうだ」と説明してくださることがとてもやりやすいですし、なにより、演劇が好きなんだろうな。
湯川 私も、脚本をもとに役の気持ちを丁寧に説明してくださるので、想像をふくらませて「じゃあこうしてみようかな」と考えやすいです。私にはその稲葉さんの言葉が、すんなりと入ってくるんです。
稲葉 私自身は、未熟ながら実験をしている感覚です。「こうなったらこうなるんだ」「こうしたらこう動くんだ」ということを試してみているところですね。やっぱり1作だけに取り組んでいる時よりも稽古時間が少ないし、稽古の進め方や筋肉の使い方がちょっと違う。一つひとつの時間が尊いので、お互いの信頼関係を結んでいくことを大切にしながら、反省もしながら、お祭りを楽しんでいます。
──稽古はまだ立ち稽古が始まったばかりということで、残りまだ半分以上あるとも言えます
大石 今は作品の設計の初期の初期ですね。どうしてもまだ台詞を覚えたりと縛られることが多いけれど、この先は、僕とひなちゃんが舞台上でお芝居をして、なんというか……心が「たぽん、たぽん」となったらいいな。きっと2人だけにしかわからないことも生じてくるだろうし、そうでありたい。すでにときどき「2人のキャッチボールが生まれたな」と感じる瞬間があるので、それをこれから増やしていく。きっと楽しいでしょうね。
湯川 舞台上でコミュニケーションがとれたら嬉しいです。大石さんは、とても優しいけれど、ほどよい距離感を保ってくださる。純粋にお芝居をするためにここ(稽古場)に来ている、という関係性でいられることがとてもありがたいです。これからまったく違う大石さんをふたつの作品で見られることが楽しみです。
大石 恥ずかしいな(笑)
湯川 本当に楽しみでしかないです。そのためには、もっと自由にできるように頑張りたい。自由になった先に、大石さんの役とお会いできるのが楽しみです。
──それぞれの作品も魅力的ですが、できれば2作見て欲しいですね。同じ空間で、同じテーマで、同じ俳優が、違う人間と物語を演じることの面白さは演劇的だなと、お話を聞いていて感じました。映像でもオンライン配信でもなく、劇場に足を運ぶことの意味について考えます
稲葉 演劇って、今いない人たちを思い出せる芸術だなと思うんです。それが救いだなと。もし自分が死んでも、何百年か先に原子レベルで自分と関わりがある人が言葉を吐いたら、自分のことを「いた」と思い出してくれるのではないか…そういう魔法を持った芸術だと思っています。生の演劇、生の俳優を見に来ているけれど、作家の言葉を通してふと昔の家族のことを思い出したり、思いもよらなかったことが頭をよぎったりする。今いない人たちとか今はもうないものに思いを馳せられるものって、演劇以外にあまりない気がしています。
──死ぬことについて考えたという、冒頭の、今回の企画の根本に繋がるお話でした。ありがとうございます
インタビュー・文/河野桃子
写真/引地信彦