俳優とオーケストラのための戯曲『良い子はみんなご褒美がもらえる』ウィル・タケット インタビュー

「恋に落ちたシェイクスピア」などで知られるトム・ストッパード作の、俳優とオーケストラのための戯曲「良い子はみんなご褒美がもらえる」が、4月20日よりTBS赤坂ACTシアター、5月11日より大阪フェスティバルホールで上演される。キャストには堤真一、橋本良亮(A.B.C-Z)が決定。35人編成のオーケストラがBGMや伴奏としてではなく、俳優とともに舞台上に登場するというかなり斬新な作品に2人は挑戦していくことになる。演出を手掛けるのは、英国ロイヤルバレエを中心に世界的に活躍し、2014年にはR.オリヴィエ賞を受賞したウィル・タケットだ。来日中のウィルに、作品にかける意気込みなど話を聞いた。

 

――上演の決定に際し「今が上演にパーフェクトな時」とコメントを寄せられていました。そう思われる理由はなんでしょうか?

私が思うに、我々はとても難しい時代に入っていると思います。何が真実で、何が真実じゃないのか、わかりにくくなっているんですね。この演劇作品には、オーケストラ演奏が重要な要素としてありますが、それが本当に演奏されているものなのか、それとも空想の中のものなのかが解らないような描き方になっている。それは、政治的なシステムなどが、想像されたオーケストラとして象徴となっているんです。この作品が描かれた1970年代と、今とでは大きく違う時代になっていますが、当時は実際に東ヨーロッパである問題について書かれていました。皮肉なことに、ソーシャルメディアやオンラインメディアが大きく成長している現代も、フェイクニュースなど、何を信じられて、何が信じられないのかが解らなくなっているんです。そういう意味で、関連性のある時代だと思います。

 

――現代に通じる部分があるからこそ、今上演すべき作品と感じられているんですね。日本で上演することの意味などは感じていらっしゃいますか?

この問題は日本に限らず、世界で共通しているものだとは思います。でも、外から問題を考える、というのも大切ですよね。例えば、英語圏のアメリカでやるよりも、言葉の質感を非常に大切にしている日本で、日本語で上演することは、外から問題を考えてみることに繋がるでしょう。もちろん、翻訳台本を制作している途中で、私が感じている印象ではありますが…。音楽と言葉を、お互いに合わせているんですね。この作品は、体感できる感慨が音楽で表現されているんです。このアイデアによっていろいろな言葉での表現が音楽によって深められている。凄く面白いと思います。そして、トム・ストッパードは、日本でとても愛されている作家であると聞いています。ストッパードの知性、表現力には抽象的なものがありますが、日本で公演することで、ひとつ上に持ち上げられたような、特別なものになるのではないかと私は思っています。

 

――「兵士の物語」など、言葉と音楽とダンスを融合させたような作品を過去にも手掛けられています。このような作品の醍醐味はどのようなところにあるでしょうか。

音楽と言葉の両方を使うものは、とても大好き。とても難しいですが。でも、簡単だったら面白くないですよね? 特に面白いのは、そのパフォーマンス性。同じような重みをもって、お互いを助け合うような作品が好みです。よくあるのは、演劇に音楽を重ねるような形ですね。それも素晴らしいんですが、この作品は大きく違っていて全体のコンセプトから違っています。ストッパードの書いているものは演劇的に特殊で、音楽に支えられている側面が非常に大きいんです。セリフで述べていることと音楽での演奏が全く真逆のことを同時に伝えていることもある。それをどのように表現するか、プロセスの中でいろいろな可能性が生まれてくる。

――セリフの持つ意味が音楽があることで変化してくるような面もありそうですね。

説明的なもの以上のものを、音楽で表現するんです。例えば、オーケストラを率いていると主張する登場人物は本当に頭がおかしくなっているのかもしれない。でも、その考えが彼そのものを超えて、広がっていく。オーケストラはそのように使いたいと考えています。そういうエネルギーが固まりとしてあるだけで、とてもエキサイティング。オーケストラも生演奏ですから。コンサートでオーケストラだけというのとも、大きく違います。いろいろな手掛かりが、いろいろなところにちりばめられている状態なんです。音楽がそれぞれの役の精神的な状態につながっているので、どんどん引き込まれていく。そんなふうに観て頂けるよう、願っています。それに、作曲のアンドレ・プレヴィンも素晴らしいんです。ショスタコーヴィチの時代にも影響を受けているような音楽で、劇場的であり、とてもうまく作られた楽曲だと思います。もっと広く、いろいろな方に聞いていただきたい音楽ですね。

 

――キャストの堤真一さんと橋本良亮さんの印象はいかがですか?

パフォーマーとして、全く違うエネルギーをもった2人だと思います。役者として、積み上げてきた経験のある方と、フレッシュな方。この2人を起用するというのは、とてもインテリジェンスな選択だと思いますね。若い世代の皆さんにもご覧いただけるんじゃないかと思いますし、そういう演目を引き受けられたこと、そういう作品を上演しようとするプロデューサーがいることを心から喜んでいます。若い方々をこういう作品のジャンルに引き込みたいという意欲に、興味を掻き立てられましたから。

 

――政治犯として投獄された男と自分はオーケストラを率いているという妄想にとらわれた男が精神病院の同室になる、というシチュエーションになっています。2人とも“アレクサンドル・イワノフ”という名前というのも奇妙ですね。

劇中では、2人のうちの片方が、もう片方に情報を提供するような側面があります。彼らの根本となる部分には、クリーンでドラマチックな流れがあって、1人には…シェイクスピア的に言えば道化のような立場も担ってもらうことになる。そして、頭が“正常に”なってくると、物語はもっと変な方向に向かって行ってしまうんです。それまで“ない”とされたものが“ある”ことになったり、立場が逆転してしまったり。それはまるで、実際に喋っていたことと、ツイッターでのツイートが矛盾しているみたいにね(笑)。

――ツイッターでよくある矛盾や違和感に重ね合わせると、確かに現代に通じる部分があるように思えます。

どこで、その矛盾をすり合わせることができるんだろうか、という境目に、我々もいるんです。オーケストラが聞こえる牢獄に、私たちもいるんですよね。地に足をつけるための、地面が無い感じが、現代っぽい感じがします。ジャーナリストが伝えたい、伝えるべきと考えているニュースよりも、ただ購買につながる記事が1面になる。それが世の常なんです。特に、若い世代では、実際に生きているリアルな世界とは離れて行ってるんじゃないでしょうか。SNSでは絵文字や“いいね”で気持ちは表現できますが、現実とは離れているんじゃないかと感じますね。

 

――トム・ストッパードの魅力はどのようなところでしょうか。

ストッパードは素晴らしい考えを持った作家だと思います。そして、面白いんですよね。オリジナルのものをとても考えて書く人だと思います。どの作品でも感じるのは、必ず物語を通る筋肉のような力強さには、必ず政治的側面を抱えているんです。それは人間性においてもね。そういう部分に触れると、とても楽しんで書いているんだろうなと想像します。登場人物が、本当にあり得ないようなシチュエーションに居ることのおかしさ。今回の作品なら、客席からオーケストラは見えているのに、無いと言われてしまう滑稽さですね。…ストッパードならもっとうまく書いているんですけど(笑)。そういうところがすごく楽しいし、セリフもけっこう失礼なことを言い合っていたりする。とても生き生きしているんですよね。「恋に落ちたシェイクスピア」を始めて観たとき、軽やかさが非常に印象的でした。みんな忘れがちなんですが、伝えたいテーマが我々が考えなければならないシリアスなものであっても、ずっとシリアスが続くのではなく、ユーモアにもあふれている。だから、つまらない瞬間が無いのが、ストッパードの魅力だと思います。

 

――上演するにあたり、演出上どのような部分を重要視したいですか?

この作品の持っているメッセージをクリアに伝えたいと思っています。バランスを大切にしたいですね。音楽と演劇、そのほかにもいろいろと難しいバランスがありますね。やりすぎてしまうと、真実や、純粋さのようなものを手放してしまうかもしれない。音楽などによって持ち上げられている部分を強調しすぎても、クリアに伝えられなくなる危険性をはらみます。そして、考えてみると作品の中に時代をきっちりと決めているものは何もないんですよね。だからこそ、この作品を今のものにしたいと思います。今のものであり、真実であり、正直なもの。それがショウとしてとても大切なものだと考えているので、それを失わないようにするつもりです。

 

インタビュー・文/宮崎新之
通訳/土器屋利行 Toshiyuki Dokiya