
那須高原の山奥にある診療所を舞台に、笑いと涙の人間模様が描かれる舞台『また本日も休診 ~山医者のうた~』。これは、医療に従事する一方で人々の心を掴む軽妙なエッセイを執筆するなど、作家としても活動していた見川鯛山による『田舎医者シリーズ』を原作に舞台化したもの。柄本明が見川鯛山役を熱演した2021年の『本日も休診』に続く第二弾となる。今回は脚本・演出を田村孝裕が担当し、キャストも装い新たに、悲喜こもごもな山での日常が描かれていく。
見川鯛山役は前回に続き柄本明が務めるほか、柄本とは旧知の仲の佐藤B作と笹野高史も前回同様に出演が決定。また、渡辺えりや江口のりこらが初参加することも大きな話題となっている。実は同い年だという佐藤と笹野に、作品のこと、柄本も含めたお互いの関係や出会った頃のことなどを語ってもらった。
――今回4年ぶりに舞台で共演すると聞いた時は、どう思われましたか。
笹野 俺は嬉しかったな。
佐藤 俺は「え? できるんだ?」と思った。
――(笑)、それはどうしてですか。
佐藤 もう、大きな劇場では無理なんじゃないかと思っていたから。「どうしたんだ、明治座?」と思いました(笑)。
笹野 だいたい、この舞台は出演陣がみんな小劇場出身の人ばかりだし。
佐藤 そう、なかなかないよ、ここまでの顔ぶれは。
笹野 アンダーグラウンド出身の俳優が、こんな檜舞台で揃うなんてね。
――主演の柄本明さん、そして渡辺えりさん、江口のりこさんのほかにも、松金よね子さんや……。
笹野 花王おさむさんもそうだしね。
佐藤 大西多摩恵さんもそうでしょう。
笹野 夢のようですよ、長生きして良かったなぁって思います。
佐藤 こんな時代もやって来るんだね。昔は六本木にあった自由劇場という、地下の小さな劇場で寝泊まりしながら稽古をやったりしていたのに。
笹野 定員80人の小さな劇場でしたね。
――佐藤さん、笹野さんと、柄本さんが出会った場所ですね。
笹野 まさに僕が初めて自由劇場の芝居を観た時、出演者の中に花王おさむさんがいらっしゃって。そこで芝居の片付けをしていたら、B作さんと出会ったんです。僕は小道具や美術の手伝いをしていたんですけど、B作さんに「おまえは、ここで何を?」と聞くと「俺、役者」って言ってて。「えっ、その顔で役者? 実は俺も役者志望なんだ」と言いたかったけど、絶対笑われそうだったから言わなかった(笑)。
佐藤 俺はその時、既に大学を中退して俳優になっていたんです。しかも早稲田大学を。
笹野 それが自慢の種なんですよ。
佐藤 いやあ、今思えばよく飛び込んだと思うよ。
――そしてこんなに長く続けられるなんて……。
佐藤 思っていなかった。気が付いたら、この年になってました。
笹野 あの頃は純粋だったよね。俺だって、まさか自分が俳優で食っていけるなんてまったく思っていなかったよ。目の前に面白くて興味あることがあったから、やっていただけ。ただ好きなことをやっていたら、食えるようになっていたというのは本当にありがたいなと思っています。
佐藤 きっと延々アルバイトをしながら演劇をやっていくんだろうなと、覚悟していたもんね。それがずっと生活できるとは。って、まあ、俺は大した生活はできていないけど。
笹野 いや、かなり大した生活をなさっているはずです(笑)。でも考えれば、これまでいろいろな人たちと一緒にお芝居をしてきたけど、自分より才能があって面白かったヤツもいたのに、みんないろいろな事情で辞めていって。そうやって知らない間にふるいにかけられた結果、こうしてここに残ったんだと思うと、ちょっとなんだかありがたいような気持ちにもなりますね。俺たち、ホントよくぞ残りましたよ。


――そういう古い仲でありながら、また同じ演目で大きなステージに立てるというのもすごいことですよね。
笹野 なかなかないことですよ。
佐藤 すごい人生だね。
笹野 しかもこの作品の世界に2回も行けるんですから。そもそもは、柄本さんが声をかけてくれたんです。「今度、こういう芝居をやるんだけど一緒にやんない?」って。古い付き合いだけど、そういう風に誘ってもらえることってなかなかないから、本当に嬉しかったです。
佐藤 自由劇場に入ってきたのは、俺たち3人の中では柄本が一番後だったんですよ。
――そうなんですか? ではお二人が先に出会っていて。
笹野 そう。そしてB作さんが先に辞めて、その後に柄本さんが入って来たんです。また、柄本さんも若い頃から本当に個性的でさ。
佐藤 変な奴だったなあ。眉毛、剃ってたもんな。それで風呂敷に本か何か挟んで、黙~って歩いてたな。
笹野 若い頃から、不思議な人でした。
――ここで改めて、現在の柄本さんの魅力を語るとすると?
笹野 役の作り方が、際立って変なんです(笑)。昔、中村勘三郎(十八代目)さんが役を作る時にも「あっ、歌舞伎の場合は、役ってそうやって作るのか!」と新鮮に思えて面白かったんですけどね。僕らは「気持ちから入るんだ」とか、いろいろ言われていたんだけど。それがちょっと違って。柄本さんも、演じている姿を見るたび「あ、そんな風にする?」って毎回思えるんですよ。その点では、もちろんB作さんも一緒で「そんな風に役って作るんだ!」と、見ているだけですごく勉強になりますね。
――ご自分のやり方とは違うんですね。
笹野 全然違います。でも久しぶりにご一緒する時は、もしかしたら若い時と変わってたりして?と思うんだけど、今回もいまだにその道をずっと進んでいらっしゃる感じが稽古場で見えて。ああ、やっぱり面白いなあと思っています。
佐藤 結局、変人なんですよ。その変人を正道にしちゃった、という面もある。普通だったら違うんじゃない?という方向の道から入っていって、それを演劇の正道みたいにしちゃった男なんじゃないかなって気がするな。
笹野 映画とかお芝居には正統派、というものがあるんです。まっすぐなお芝居。そこに直球ではなくて変化球を投げてくる人たちが、アングラとか小劇場から生まれてきたんだと思う。その人たちは当時、メジャーな映画に出る機会が少なかったんだけど、徐々に多くの人たちから「こいつら面白い」と注目されるようになってきて。その次の世代、二番手、三番手くらいが柄本さんや僕らの世代になるんじゃないかな。それが今、テレビなんかではもう、そっちがなんだか主流みたいになってきていて。
――またそれぞれのお芝居が面白いから、というのも大きいんでしょうね。
笹野 発想が全然違うところも面白いんだろうな。
佐藤 人と同じことやっていたら、役がもらえなかったですから。競争相手も多かったし。そこを勝ち抜くには、どうしたらいいんだって考えてばかりいましたよ。
――いろいろ考えて自分からもアイデアを出して、個性を際立たせていったらお客さんも喜んでくれた、と。
佐藤 そういうことですね。
――そして、今回の作品でお二人が演じる役柄についてもお聞きしたいのですが。笹野さんは前回に続き、茶畠巡査役です。茶畠さんを演じるにあたって、特に意識していることなどはありますか。
笹野 いえ、何も考えていませんね。ただ、町の巡査ではないということは意識しているかな。町の巡査じゃなく、山の巡査なんです。
――人々との付き合いの距離が、町とはちょっと違ってくる。
笹野 町だと、それぞれとの付き合いはどうしても薄いですから。その点、山の巡査だとあの人は誰で、こっちはどこそこの誰だというのが全部わかっている。村の人たちのことを鯛山先生はお医者さんとして見ているけど、茶畠巡査は安全を守る者としての視点で村の人間を把握している感じがあるんですよね。
――佐藤さんは前回とは役が変わって、大工さんですが。
佐藤 仕事は、何だっていいんですよ、きっと(笑)。前回は旅館の親父だったけど、でも立場としては同じようなものなんじゃないかな。
――鯛山先生と仲良し。
佐藤 そうです。元気な田舎のおじさんです。特に洒落たことはしないで、田舎もんの良さと、わー、やっぱり田舎だからめんどくせえなあと思うようなところ、その両面が出せるといいかなと思っています。
――特に、今回の稽古や本番に向けて楽しみに思っていることというと。
佐藤 今回は新しい出演者がいますからね。えりちゃん、江口さんはご一緒するとどういう感じになるかというのが、まずは楽しみ。またもうひとつ、パワーアップするんじゃないかなと思っています。
笹野 ぜひ、えりさんにかき回してもらいたいですよ。
佐藤 でも、それは舞台の上だけでいいんで(笑)。舞台を降りたあとの時間は、かき回してほしくないです。
笹野 だけど前回の舞台の時は、まさにコロナ禍で。稽古も本番中も、一緒にお酒飲んだり、遊びに出かけたり、お食事会も一切できずに淋しかったからなあ。そういう意味でも、果たして今回はどんな風になるかな?というのも、稽古期間中の楽しみですね。
――では最後に、お客様へ向けてお二人からお誘いの言葉をいただけますか。
笹野 こんなに平均年齢の高い座組による、面白そうなお芝居なんて滅多にないと思います。これは見ておかないと、後悔なさいますよ~!(笑)
佐藤 そうそう、こんな芝居ができるのは日本でこの集団だけですよ~(笑)。しかも、笑いだけじゃないですから。悲しみも切なさもある。
笹野 このじいさんたちが、必死にのたうち回っているところから生み出される何かを感じていただきたい。
笹野 いやいや、脂が抜けた俳優たちかも(笑)。
佐藤 あ、そうか(笑)。じゃ、この脂が抜けた俳優たちがどんな芝居を披露するか、ぜひとも劇場まで観にいらしてください!

取材・文:田中里津子
撮影:岩村美佳