11月2日(日)より下北沢のザ・スズナリにて、ぱぷりか第8回公演『人生の中のひとときの瞬間』が開幕する。本作は、ぱぷりかとしては3年ぶりの新作本公演であり、主宰で作・演出を手がける劇作家・福名理穂にとっては、出産後初の新作戯曲でもある。
―「子ども欲しい?」「…欲しいよ」。結婚10年目を迎える俳優と劇作家のもとに届いた、新しい命の知らせ。お金と子ども、家庭と表現、二者択一でどちらかを選び、どちらかを諦めなくてはならないように感じる日々の中で、夫婦が見つめた“ひとときの瞬間”とは?
妊娠・出産を直近に経験した福名自身が、“最速の実感”を込めて贈る、「妊娠」と「表現」を巡る物語。キャストにはメンバーの岡本唯をはじめ、アサヌマ理紗、大石将弘(ままごと/ナイロン100°)、小椋毅(モダンスイマーズ)、今藤洋子、富川一人(はえぎわ)、星野李奈の個性豊かな顔ぶれが集った。
岸田國士戯曲賞受賞後の変化、夫婦でともに歩む生活と創作、理想の稽古場の形、そして、本作にかける思い…「産後まもない今だからこそ」と、本公演の創作にまっすぐと臨む福名理穂に話を聞いた。
自身の直近の体験を物語にのせて
――まずは、「妊娠」を一つのテーマとした新作の執筆に至った経緯、きっかけからお聞かせください。
遡ると、20代の頃から、女性の俳優さんが妊娠したら一旦俳優業を退いちゃう、退かざるをえない状況がすごく気になっていたんです。あの人たちはいつ戻ってくるのだろう、ちゃんと戻ってこれるのだろうか、みたいなことを考えてはすごく複雑な気持ちになっていたんですよね。そんな20代を経て、自分も30代になってそろそろ子どもについて考えなくてはいけない年齢になってきて、夫と相談して子どもをもつことを決めたのですが、いざ妊娠・出産したら、本当に奮闘の連続で…。
――そして、現在お子さんは4ヶ月。まさに今も奮闘中といったところだとお察ししますが、どんなことを感じながら執筆・創作に向かっていらっしゃいますか?
すごく大変ですね。元々書くのが遅いタイプではあったんですけど、それ以前に脳みそが働かないというか、育児でキャパを持っていかれている部分が思った以上に大きくて、起動にまで時間がかかったり…。本番までの流れを考えていても、「小屋入りの日に判子注射打ちに行かなきゃ」とか、そういうことがセットになってくるんですよね(笑)。託児先から仕事の復帰や両立など、タスクは山積み。そんなこんなもあり、妊娠が発覚した段階で夫にも「出産直後だし、公演は難しいんじゃないか」と言われたんですけど、その時に20代に感じていたことがチラついて…。この状況だからこそやりたい、やる意味があるのではないか。そう思って、夫婦会議を開いて夫に気持ちを伝えたら、「じゃあ、いっそ今抱えている問題や葛藤を物語にしたらどう?」と言ってくれたんですよね。その提案を受けて、自分事の物語を一度書いてみよう、それを通じて何か少しでも共感できたり、どこか救われるような作品にできたらいいなと思って、今回の執筆に向かいました。
岸田受賞後の変化、夫と二人三脚で紡ぐ生活と創作
――福名さんは2021年に上演した第5回公演『柔らかく搖れる』で第66回岸田國士戯曲賞を受賞されましたが、受賞以降、新作を書く上で何か劇作家として変わったことなどはありましたか?
正直なところ、「自分の発言や書くことのに対して重みが増してしまった」という実感はありましたね。受賞前後問わず、基本的には「自分の考えはこうです」ということしか言えないと思ってはいるのですが、安易に言葉が紡げなくなった感触は受賞後に感じた変化でした。ただ、私自身のスタンスはあまり変わっていないとも思っているんですよね。それよりも子供が産まれて日常が大きく変わったので、今はそれに慣れるので精一杯という感じで、必死に食らい付いている状態です。そんな今の自分にこそ書けること、できることを込められたらと思います。
――『人生の中のひとときの瞬間』に出てくる夫婦は劇作家と俳優ですが、やはりそこには劇作家である福名さんと、夫であり映画監督の矢野瑛彦さんとの関係性も忍ばされているのではないかと思うのですが、差し支えなければ、家庭と表現活動をともに歩むパートナーシップを築く上で感じていること、作品に投影していることがあればお聞かせ下さい。
夫と妻、どちらもが表現活動を行なっている上では、互いのその時間をどう捻出するかの譲り合いが大事になってくると思うんですよね。今日は自分が書きたい、その代わり明日は私が子どもを見る、とか育児の連携も含めたサポートがそこに重なってくるのだと思います。ただ、我々夫婦の場合は、基本的に創作の技術面においては、私が完全に夫に学んでいる状態なんですよね。困った時は真っ先に夫に相談をするし、アドバイスをもらって書き進めるみたいなことが夫と私の場合は多くて…。逆に、私が夫の創作現場をサポートする上では、知識や技術面で与えるものはほとんどないので、「場を整える」とか、そういう役に回ることが多いんです。

――なるほど。それぞれの持ち場を守る、じゃないですけど、そういう形でまさに二人三脚で生活と創作を共にされていることが伝わるお話です。
私たち夫婦の場合は、技術面と精神面で役割分担がきっぱり分かれているんですよね。今は家庭としても「この公演が最優先」という認識になっているので、家事や育児も夫が率先してやってくれていて、「その間にがんばって書いて」と言ってもらっている状態。それで、子どもを寝かせたら、執筆の作戦会議じゃないですけど、夫がフィードバックを伝えてくれて、それを元に構成を見直したり…。もはや夫も脳内で執筆しているくらいの時間と労力を割いてくれているので、本当にコーチのような存在です。
劇作家としての新章突入、エピソード0となる作品へ
――私は第二回公演『虹の跡』で初めてぱぷりかの演劇を拝見したのですが、観終わった時にタイトルがすごく身に染みていくような実感があって…。『人生の中のひとときの瞬間』という今回のタイトルも様々なことが想起されそうなタイトルですが、この作品にはどんな思いを込められたのでしょうか?
私はこれを書きながら、「表現活動を行いながら子どもを産み育てる選択をした人たちをとにかく肯定したい」と思ったんですよね。ただでさえ、できることが少なくなって、自分の人生に対して否定的な感覚になっちゃうので、「あなたはそれでいいんだよ」っていうことを伝えたくて、この作品を書いているところがあって…。さらに言うならば、この執筆や作品を経て、例えば演劇の稽古時間が一つ見直されたり、育児をしている俳優や、育児が落ち着いて現場に戻りたいと思っている俳優がいた場合に「じゃあ劇団で、座組みでこうしてみよう」という提案が生まれたらいいなと思っているんですよね。
――福名さんが20代の頃から感じていたこと、そして、実際に当事者になって感じていることが詰まった作品であることが伝わります。
私自身も、20代の頃に近しいスタッフの子が出産したと聞いて、「今後一緒にやるのはちょっと難しいのかも」と思っちゃった瞬間があったんですよね。その時の後悔も少しあるというか、どこかで自分も誰かを排除しちゃったのではないかとか、そういうことがずっと自分の中で引っかかっていたんだと思います。もちろん、仕事を辞めたくて辞めている人もいると思うのですが、演劇においては、辞めたくないのに辞めざるを得ないことがやっぱり多いと肌感として感じますし、今の社会がそこをどうにかするのも難しいと思うのですが、少しずつでもできるようにしていかないと、演劇をやる人は減っていく一方なんじゃないかなって思うんですよね。出産や育児をしている俳優や作家が「もうちょっと現場をこういう風にしてほしい」とか、これまで言いづらかったことも言えるような…。そういったコミュニケーションによって創作現場がもう少しひらかれたらいいなと思って、その全てを全肯定する気持ちで、祈りも込めつつ書いています。
――今回インタビューを通じて、『人生の中のひとときの瞬間』は、ぱぷりかにとってはもちろん、劇作家・福名理穂としても一つのターニングポイントになる作品ではないかと感じました。最後に、福名さんの今後の展望をお聞かせ下さい。
私はきっとこれからも親子や家族の話を書き続けるんだろうなと思っています。子どもが生まれるまでは、私が子どもの立場に立って物語を書いてきたので、お母さんを1人の人間として認識しようと思って書いてきたところがありました。それを経て、今度は母親目線の物語や、子どもに対する思いみたいなものが描かれていくのだろうと思います。
すごく感覚的な話なのですが、キャスティングは出演者のお名前と顔を並べた時にしっくりくる人たちっていうのが自分の中にあって、『人生の中のひとときの瞬間』もまさにそんなキャストのみなさんが集結して下さったと思っています。この作品で描くのは妊娠まで。出産や育児はまだこれからというところまでです。そういう意味では、これから私が描いていく物語のエピソード0というか、新たなはじまりの作品でもありますので、ぜひ立ち会って見届けてもらえたらと思います。

インタビュー・文/丘田ミイ子
