新作ミュージカル『白爪草』稽古場レポート

写真左から)屋比久知奈、唯月ふうか

2020年、世界で初めての“全キャストVTuber”で話題を呼んだサスペンス映画『白爪草』。どんでん返しを繰り返しながら進んでいく物語が、2人のキャストによるワンシチュエーションミュージカルとして新たに上演される。
音楽を手がけるのは、シンガーソングライター・ヒグチアイ。脚本・福田響志、演出・元吉庸泰という若手実力派がタッグを組み、唯月ふうかと屋比久知奈がキャストとして、安蘭けいが声で出演する。
2026年1月8日(木)からの上演を前に、稽古場取材を行った。

なお、この記事においては、「一つ目のどんでん返し」までの内容に言及し、ストーリーや楽曲、演技といった魅力を紹介していく。
約90分の物語で何度もどんでん返しが起きることも本作の大きな見どころとなっているため、ネタバレを防ぎたい方はご注意を。

順番が前後するが、通し稽古終了後にいただいたコメントから紹介しよう。

稽古を終え、感想を聞かれた唯月は「二人芝居ですし、囲まれたステージも初めてなので、方向性やちょっとした感情の変化に悩んでいます。今は怖いという気持ちが一番大きいですが、もっとお稽古を詰めて、自信を持てるようなピースを作っていけたら。あとはとにかくともちゃん(屋比久)を信じてついていきました」と話し、屋比久は「私も(唯月に)ついていきました(笑)。人がいればいるほど、意識が外に向かないという不思議な感覚を味わいました。それが良いのか悪いのかはまだわかりませんが、ここから稽古をさらに深めていけるのが楽しみです」と語った。

作品のポイントに関しては、二人揃って「原作を知らない方はわからないことだらけだと思いますが、ホラーが苦手な方でも大丈夫な作品です。人間ドラマとして見てもらえるので、ぜひ足を運んでください」と呼びかける。

演出の元吉も、「演出をする上で、原作やスピンオフ、台本の読み込みなど、相当準備をしてきました。それでも稽古のたびに発見がある。結末を知っているからこそ、言葉の意味やそこにある感情が見えてきます。初見で面白いのはもちろん、知った上で見ると情報量が何倍にも膨らむと思います。全部ネタバレした上で見にきていただいても楽しんでいただける自信がある。それくらい素晴らしいキャストと音楽、スタッフワークが揃っています」と語った。

最後に、元吉は「どんな話か聞かれると難しい」と悩みつつ、「二人が幸せを目指して人生を選択する人間ドラマを見せたい」と意気込む。ビジュアルやあらすじからはホラーのような印象を受けるし、実際にサスペンス要素もある。だが、本作は自らが幸せになる方法を必死に考えて足掻き、それぞれが最良だと思う人生を“選択”していく双子の物語として描かれている。

2人のキャストが目の前で演じること、ミュージカルという要素が加わることで、映画を見た原作ファンの方にとっても新たな発見がある作品になるのではないだろうか。物語に全力で向き合うカンパニーが描く新たな『白爪草』を、ぜひ劇場で体感してほしい。

稽古場レポート

物語は、蒼(屋比久知奈)が働く花屋で始まる。緊張した面持ちで閉店後の作業をし、カウンセラーの桔梗に電話をかける蒼を訪ねて来たのは、事件を起こし6年間服役していた双子の姉・紅(唯月ふうか)。

再会した二人が互いのことを探るように近況報告や雑談をする、ひりついた空気感に引き込まれる。冗談を交えて明るく話す紅と、怯えたような蒼の対比から、双子の性格の違いが見えてきた。花屋の仕事を楽しんでいることをイキイキと歌う蒼のナンバー、対照的な人生に対する怒りを歌う紅の楽曲……と、音楽によってスピーディーに物語が展開していくのが楽しい。
やがて二人の話は、紅が母親を毒殺した事件のことに。「事件を起こした理由は言えない。事件のときの記憶はない」という紅に激昂した蒼が会いにきた理由を問うと、紅は「人生をもらいにきた」と告げる。
そして、母を殺したのは蒼であり、紅はその身代わりとなったことが明かされ――。

本作は四面を客席で囲まれた舞台になっており、座席によって見えるものが違う。二人がどんな表情でお互いを見て、どこで視線を合わせるのか。それぞれの楽曲をどんな風に歌うのか。
伏線となるセリフや行動、ラストまで見た上で思い返すと意味深なシーンも多く、「次はあの方向から、あのシーンを確認したい」と思うはずだ。

また、作中では中央のステージだけではなく通路なども使用する。至近距離で視線の動きや一瞬の間といった繊細な演技と歌唱を浴びることができるのも、大きな魅力と言えるだろう。
小道具も物語への没入感を高めるだけではない役割を持って存在しており、こちらも最後まで見た後にもう一度確認したくなったり、花言葉を調べたりしたくなる。
さらに、物語を彩るのがヒグチアイによる楽曲。蒼と紅の悲痛な願いや歪みを表すような緊張感のあるメロディが多く、明るい曲調の中にも時折不安になるようなメロディラインやハーモニーが現れる。
予想と違うところに音が飛んでいったり着地したりする感覚があるのだが、それでいて場面や心情にぴったりハマるのが面白い。二人が難なく歌いこなしているため、心地よく聴くことができる。

物語や舞台美術、セット、楽曲の構造という意味でも非常に面白く見応えがあるが、やはり一番の魅力は双子のドラマを生々しく描き出す2人の役者だ。お互いのことをよく理解している双子らしいシンクロや共通点、微妙な力関係、相手を理解しきれていない故のすれ違いなど、感情がぶつかり合うパワーと緊迫感に圧倒される。家族や兄弟に対する複雑な思いや愛憎、幸せになりたいという切実な願いには、共感する人も多いだろう。

サスペンスやミュージカルが好きな方はもちろん、考察をするのが好きな方、お互いに重い感情を抱く双子が紡ぐドラマが好きな方にもオススメしたい。

本作は2026年1月8日(木)~1月22日(木)まで、神奈川・SUPERNOVA KAWASAKIにて上演される。

取材・文/吉田沙奈