日本を代表する一流作家が揃い、今回限りの特別な舞台が幕開け│ 文士劇『風と共に去りぬ』

2026.02.13


三島由紀夫や石原慎太郎、井上ひさしなど一世を風靡した作家による芝居『文士劇』が現代に復活
日本を代表する一流作家が揃い、今回限りの特別な舞台が幕開け

日本文藝家協会の創立百周年を記念した文士劇『風と共に去りぬ』を、2026年5月23日(土)、24日(日)に、紀伊國屋ホールで上演することが決定しました。

かつて文藝春秋が主催し、三島由紀夫や石原慎太郎、井上ひさしなど一世を風靡した作家による芝居『文士劇』が、日本文藝家協会の創立百周年を迎える2026年に復活。マーガレット・ミッチェル原作による『風と共に去りぬ』を、訳に鴻巣友季子、脚本に道又 力、演出に五戸真理枝を迎え、阿部公彦、井沢元彦、岩井志麻子、荻野アンナ、岳 真也、川口則弘、河原啓子、佐伯順子、佐川光晴、笹 公人、島田雅彦、辛酸なめ子、蝉谷めぐ実、谷口桂子、夏山かほる、林 真理子、三田誠広、宮尾壽里子、村上政彦、村山由佳、山内マリコ、綿矢りさといった日本を代表する一流作家が出演いたします。

このたびの発表にあたり、文士劇広報委員長を務める鴻巣友季子より、〈「なぜ、いま『風と共に去りぬ』なのか?〉を綴った口上と、出演者よりコメントが到着いたしました。昭和の始まりから平成を経て、令和へと至るこの100年を寿ぐ、今回限りの特別な舞台にご期待ください。


■なぜ、いま『風と共に去りぬ』なのか?

この小説が出版されたアメリカでは、近年の黒人の人権運動の盛り上がりもあり、ハリウッド映画版は「解説」を付けて再配信されています。現代のポリティカル・コレクトネスに合わない部分があるためですが、そうした理由で何でもキャンセルするのではなく、批評的な目で古典に接しようという姿勢の表れかと思います。

では、原作はどうでしょうか? マーガレット・ミッチェルの書いたこの大河小説がじつは映画版とはほとんど正反対の世界観を持っていることはあまり知られていません。映画の大ヒットによって大いに名声を確立すると同時に誤解された名作とも言えるでしょう。この小説は古き良き南部社会を賛美し、白人優位主義の差別組織を称揚するものではありません。むしろ正反対なのです。

この大作を全編通して翻訳した者として、以下のことを挙げておきたいと思います。
・『風と共に去りぬ』は奴隷制の南部を美化する小説ではなく、南部人の目から南部を痛烈に批判した小説でもあること。
・戦争の本質を見抜き、反戦への強かなメッセージを持っていること。
・自己中心的なヒロインが他愛に目覚めていく「介護小説」でもあること。
・女性同士のきずなと友愛関係を描く「シスターフッド小説」でもあること。

いま英米には古典作品のリライト(浄化)の動きがあります。現代の価値観と合わない表現を書き換えてしまうのです。しかし文学の継承とは果たしてそれでいいのでしょうか? 日本文藝家協会はこのたび、作家が書くこと、読者が読むことをめぐる自由も含め、このような問題と真摯に向き合いながら、『風と共に去りぬ』 の上演に取り組むことにいたしました。

文士劇広報委員長 鴻巣友季子

 

出演者コメント

阿部公彦
ぜったいにお芝居に出たりしてはいけまへん、という先祖からの言い伝えを守り、幼稚園以来、一度も劇なるものに参加したことがなかったのに、まさかこの年で家訓を破ることになるとは、人生わからないものです。覚悟を決めてがんばります。

井沢元彦
私は岩手県盛岡市で行われている文士劇に毎年参加していますが文士劇とはそもそも戦後中央文壇で当時のスター作家によって行われていたものです。中央では久しぶりの復活ですが是非成功させるべく微力を尽くしたいと思います。

岩井志麻子
去年、NHK大河ドラマ『べらぼう』に1分くらいエロ尼さん役で出させていただき、他者を演じたつもりが自分自身をさらけ出してしまう、という結果を得ました。私は女優に向いているのかいないのか、それは今回の文士劇で答えが出ると思います。ところで昨今は女性でも俳優というようですが、私はずっと「女優」に憧れ続けています。女優としてこの舞台に立てる日が来るとは、夢は見続ければ覚めるのではなく叶うのです。

荻野アンナ
日本文藝家協会の百周年記念事業で、文士劇を提案したのは私です。昔、横浜の野毛で「大道芝居」を10年ほどやりました。入場料なしで投げ銭ウェルカムという素人芝居でした。その面白さが身に染み付いていたので、思わず発案してしまったのです。まさか本当に実現するとは、うれしい驚きでした。私事ですが、2月に心臓の手術を受けます。文士劇に出られることを励みに、しっかり療養するつもりです。もちろん台本を片手に。

川口則弘
どうしてこんなことになったのか。芝居した経験もないし、物を書くのもド素人。ただただ直木賞のことが面白くて文学賞のサイトをつくっているうちに、何を血迷ったか文士劇に参加することになりました。うーん、おれはいったい何をやっているんだ……。後ろを向いても逃げ場はなく「橋は焼かれた」状態ですけど、こうなったら、なかなか味わうことのできない非日常の舞台を、なるべく楽しみたいと思います。

河原啓子
初めてお芝居を経験することになり、未知の世界を楽しんでいます。思いがけない心境に気づきます。時に童心、時に戯れ、時に沈思、時に焦燥、そして時に開き直り……。貴重な機会をいただき、感謝しています。

佐伯順子
役者と作家―”文学少女”(昭和単語)だった若き日の憧れでした。とはいえ、いずれもプロになるほどの適性はないと、地味な組織づとめに人生を捧げて幾星霜。ただ、どんな業界でも組織内では、無理にでも部長なり先生なりの役割を演じることを迫られます。しかし今回は本物の舞台! お稽古場での私は、若いころのニック・ネーム「さえちゃん」であり、還暦すぎて本来の居場所をいただいた気持ち。お客様、関係者の皆様に感謝しながらつとめます。

佐川光晴
まさか役者として舞台に立つことになるとは。声は大きく、活舌も悪くないとはいえ、人生で一度もセリフを言ったこと無し。第一声さえ、うまく出てくれたらと祈る日々です。

笹 公人
演技に挑戦するのは三度目です。一度目は、大林宣彦監督の映画『その日のまえに』で、永作博美さん演じるとし子の兄役を務めました。私だけセリフが棒読みで、Yahoo!映画レビューに「ド素人が一人混じってた」と書かれ、私の俳優生命は初日で風と共に去りました。二度目は、NHKドラマ『念力家族』に、原作者としてカメオ出演しました。そして今回が三度目。どうかあたたかく、そして少し遠目から見守っていただければ幸いです。

辛酸なめ子
演技力以前にそもそも自分は文士とも言えないし、文士劇に出る資格があるのか、日々逡巡しておりました。稽古中、自分の限界や不甲斐なさを実感しながらも、大人になって新しいことが学べる機会がありがたいです。出版界が厳しくなっている今、セカンドキャリアの可能性に……? とかすかに期待している自分がいました。

蝉谷めぐ実
作家や歌人、書物にかかわる皆々様が舞台に立つ姿を一等近くで見てみたい……! というミーハー心がお腹の底にあることは決して否定ができません。ですが、それでもこうして日本文藝家協会さんの大変おめでたい百周年の記念事業に参加させていただくからには、かすみ草の一輪ほどであっても花を添えられるよう、全力で挑む所存です。どうぞよろしくお願いいたします!

谷口桂子
ヴィヴィアン・リーになろうとした女……本の帯にそうある処女小説を上梓したのは四半世紀前。『風と共に去りぬ』の撮影場面から物語は始まります。この1冊を世に出せたら昇天しても……という思いでしたが、悲しいかなとうに絶版。ところがなんというめぐり合わせでせう。日本文藝家協会100周年記念の文士劇が「風と共に去りぬ」とは! 祝祭にはほど遠い小説デビュー25年、天からの望外のgiftに感謝し、舞台に立ちたいと思います。

夏山かほる
日本文藝家協会創立百周年の年に、文士劇に参加させていただき大変光栄です。自分の作品がメディア展開された時のために、まず作者が体験しておこうと思い、参加させていただきました。精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします。

林 真理子
日本文藝家協会創立百周年を記念し、文士劇を上演できますことを非常にうれしく思っております。私はかつて、遠藤周作先生が主宰されていた「樹座」にも度々出演させていただいたこともあり、作家というものはつくづく芝居が好きなのだと思いました。それにしても、皆さんの熱心なこと。文学座の気鋭の演出家の先生の「まずは発声から」という特訓にも、果敢に立ち向かっています。皆様、その成果をどうぞ楽しみにご覧ください。

三田誠広
文士劇の責任者ということになっているので、出演者にお声がけをして、稽古ができるところまでこぎつけました。責任上、短い出番の役を担当して舞台に立ちたいと思っています。文春の文士劇はぼくがデビューした年が最後だったので出演はできませんでしたが、早稲田の文学部百周年の時に高橋三千綱や栗本薫といっしょに歌舞伎をやりました。いい思い出になっているので、今回の出演者の方にも喜んでいただけたらと思っています。

宮尾壽里子
憧れの文士劇に参加出来ますこと、とても嬉しく思います。 私などに出来る役などあるのかしらと思いながらの日々ですが、本番が楽しみです。『風と共に去りぬ』けれど、明日はまた明日の風が吹く。そんな風と共に、一期一会の舞台を楽しんで頂けましたら幸いです。ドキドキワクワクお稽古に励み、御世話になった皆様の熱い思い出と共に、風の音は私の中に残り続けることでしょう。本当にありがとうございました。

村山由佳
昔から胸の奥にくすぶっていた「お芝居の舞台に立つ」という夢が、まさかこんな形で実現しようとは思ってもみませんでした。来る日も来る日も黙りこくって机に向かう仕事は、もちろん好きで選んだ道なのですが、時には大勢で力を合わせて遠くの果てまで歩いてみたい……。めったにない機会なので目いっぱいやります! どうか一人でも多くの方に楽しんでいただけますように。

山内マリコ
観劇は大好き! 劇場の“お客さま”である自分は、日頃とても上から目線で批評的な感想を吐いたりします。この文士劇の企画を聞いたときもちょっと苦笑いでした。けど、今45歳。斜に構えているうちに何もしないまま死んでしまう年齢です。積極的に恥をかいていこうと思います。演劇は人生で最上の歓びをもたらしてくれるものだ、というようなことを、素人劇団を率いていた遠藤周作が言っていたので、それを信じて稽古に励みます。

綿矢りさ
まだほとんどどんな舞台になるか分からない時点で、書くことになったこちらのコメントですが、『風と共に去りぬ』では南北戦争前後が描かれてるなかでも、戦後の敗けた方の人々の、どう生きるかをそれぞれ詳しく描いている地獄絵図ですね。裕福な上流階級が戦後に適応しても、適応しなくても、山師になってもあんまり別に幸せになれない、心に深い傷を負う、そんな本質的にはものすごく暗い話のはずなのに、不思議と活気に満ちて、自分ならこんな戦後どう動くかなーなどと読者にも想像させる、サバイバル小説でもあります。まあでもやっぱり巻き込まれてるんですね、主人公のスカーレットを始め、みんないきなり「戦争開始だよー」と言われて、喜んでる人も不安な人もいるわけですが、非常にいきなり戦争開始を受け入れるしかないんです。だから恋愛とかロマンとかの印象が強い本作かもしれませんが、やっぱり戦争が有無を言わさず様々な人々に覆いかぶさる濃い影は見逃せませんよね。そういうのずっと意識しながら舞台に立ちたいですね。

 

[『風と共に去りぬ』あらすじ]

<第一幕>
 ジョージア州タラで大農園を経営するジェラルド・オハラの長女スカーレットは、貴公子アシュリ・ウィルクスに夢中だった。恋心を打ち明けるが、アシュリにはメラニー・ハミルトンという婚約者がいた。その会話を聞いてしまった悪党紳士レット・バトラーは、情熱的なスカーレットに興味を抱く。南北戦争勃発の報をメラニーの兄チャールズが知らせにきた。アシュリへの当てつけに、チャールズと結婚の約束をするスカーレット。戦場へ赴いたチャールズは、最初の戦闘であえなく戦死。未亡人になったスカーレットは、州都アトランタでメラニーと暮らし始める。物資不足で苦しむ南軍のためバザーが開かれ、二人は手伝いに駆り出される。会場に軍需品密輸で荒稼ぎするレットが現れ、喪服のスカーレットをダンスに誘って紳士淑女の顰蹙を買う。敗色はいよいよ濃くなり、アトランタも北軍に包囲された。初めての子供を生んだばかりのメラニーを世話していたスカーレットは、やむなくレットに助けを求める。脱出成功後、レットは北軍と戦うため去って行く。

<第二幕>
 故郷タラの大農園は北軍に荒らされ、父のジェラルドは生きる気力を失い廃人同然だった。オハラ家の再建に疲れ果てたスカーレットは、メキシコへ逃げようとアシュリに懇願するが拒否される。北軍から課せられた重税を払うため、スカーレットはレットの金を引き出そうとして失敗。そこで妹スエレンの恋人フランク・ケネディを強引に奪って再婚する。スカーレットに尻を叩かれ借金取り立てに走り回るフランクは、懐の金を狙った街の無法者に殺されてしまう。またも夫を失ったスカーレットは、レットの求愛を受け入れる。レットに甘やかされ贅沢三昧に暮らすが、アシュリへの想いは断ち切れない。体の弱かったメラニーが、二人目の子供を流産して間もなく世を去る。亡骸にすがって泣き崩れるアシュリを見て、自分が本当に愛しているのはレットだと、ようやく気づくスカーレット。