長濱ねる 初舞台 |海老名香葉子追善公演「東京の空」3月11日(水)開催決定

2026.02.25

写真左より 海老名香葉子・ 長濱ねる


――平和への願いを込めて――
海老名香葉子の意思を継いで
初舞台、長濱ねるが一人で朗読を行う

この度、3月11日(水)に日本教育会館 一ツ橋ホールにて海老名香葉子追善公演「東京の空」の開催が決定した。

落語家・初代林家三平の妻でエッセイストとして活躍する海老名香葉子氏は1945年3月、東京大空襲で家族6人を亡くし戦争孤児となった。海老名は長年にわたり平和の尊さを訴え続けてきた。
この悲劇を繰り返してはならない――その強い思いから、長崎出身で被爆三世の女優・長濱ねるが、語り部として海老名の体験をもとに朗読をするという企画が立ちあがった。しかし、2025年12月24日に海老名氏が亡くなり、彼女が生きている間にやりたかったという希望は叶わなかった――。
海老名氏の意思を継いで、平和への思いを伝える為、1945年、東京大空襲から81年後、3月10日の翌日2026年3月11日に公演を行う。出演者は長濱ねる一人のみ。長濱は今回が初舞台となる。

公演にあたり、長濱ねる、2代・林家三平氏からコメントが届いた。
長濱は「当時を生きた人々の記憶に耳を澄ませ、一言一言を大切に朗読したいと思います。平和への祈りを胸に、誠実に努めます」と決意を語り、林家氏は「今回、朗読してくださる、長濱ねるさんも、ご家族が長崎で被爆をなさったと聞いています。戦争で犠牲になるのは、最後は国民なんです。その思いを込めて、今だからこそ大切にしたい。平和の叫び。ねるさんの魂の声が天国にいる、戦没者の皆様に届く事を切に願っております。私の母も、東京大空襲で亡くなった家族とともに、この朗読会を見守っていることと信じています」と願いを込めた。

 

コメント全文

長濱ねる
初めて朗読劇に参加させていただきます。混沌とした時代の中で、世界ではいまも戦争がなくならず、私たちの足元にも漠然とした不安が広がっています。だからこそ、この物語を語り継ぐことに大きな意味があると感じています。
当時を生きた人々の記憶に耳を澄ませ、一言一言を大切に朗読したいと思います。平和への祈りを胸に、誠実に努めます。

2代・林家三平
昨年クリスマスイブ、心を込めて筆を取った私の母が天国へ立ちました。
生前、平和について語り続けた母、海老名香葉子。
子供たちにもわかりやすいように、ただ戦争を語るだけではなく、戦前の豊かな心を持った日本に暮らす下町の人々の姿。
昭和20年3月10日、空襲のために一夜にして、全てがなくなってしまったのです。先の大戦は、私たちにとっては、他人事ではありません。皆さんの、おじいさん、おばあさん、また、ヒイおじいさん、ヒイおばあさんも必ずこの戦争に関わっているのです。
今回、朗読してくださる、長濱ねるさんも、ご家族が長崎で被爆をなさったと聞いています。戦争で犠牲になるのは、最後は国民なんです。その思いを込めて、今だからこそ大切にしたい。平和の叫び。ねるさんの魂の声が天国にいる、戦没者の皆様に届く事を切に願っております。
私の母も、東京大空襲で亡くなった家族とともに、この朗読会を見守っていることと信じています。

 

【あらすじ】
東京の下町・本所竪川三丁目(現在の墨田区)。かよ子は、つりざお職人の家に生まれました。
やさしいお母さんとお父さん、三人の兄、そしてちょっぴり怖いおばあさんたちに囲まれて育ちました。

1941(昭和 16)年の12月。
かよ子が8才の時、日本は太平洋戦争に突入しました。
学校も、子供たちの遊びも、町の暮らしも、戦争一色になりました。
11才になったかよ子は、空襲をさけるため
家族からひとり離れて、静岡の沼津にいる、おばさんのところに疎開することになりました。

そして、1945(昭和20)年の3月9日の夜。
おそろしい東京大空襲があって……
沼津の山から真っ赤に染まった東京の空を目撃したかよ子は、家族の無事を必死に祈ります。

それから5か月後、戦争が終わりました。
戦争孤児になったかよ子は東京に戻ります。
焼け野原で自分が住んでいた場所を探し、ひとりぼっちで歩くかよ子。

あの日からずっと、卒寿を迎えてもなお、
かよ子は「平和になってほしい」と願い続けていくのです。