瀬戸山美咲が「これから」の物語として描き直す、ベルトルト・ブレヒトの『コーカサスの白墨の輪』が、オリジナルの楽曲を散りばめた音楽劇として上演される。時代設定を未来の戦争が終わった後の物語として再構成。人間とアンドロイドの対比を通して、人間がより鮮烈に感じられるという。木下晴香、sara、加藤梨里香の3人に、稽古の中で感じていることや、作品について語ってもらった。
未来の物語だからこその「未知」な部分
ーー現在の稽古の様子をお聞かせください。
木下 音楽劇なので、先に歌の稽古をワイワイと楽しみつつ、全員揃っての読み合わせもできて、立ち稽古もスタートしたところですが、楽しいですね。
sara 楽しいね。でも、未知だね!
加藤 わかる!
木下 今回のカンパニーは、これまでにミュージカルなど、劇中での歌唱経験があった方々と、そうでない方々が双方いらっしゃいますが、歌稽古の間は、未経験の皆さんが慣れないながらも楽しみながら歌われている姿がすごく印象に残っています。譜面と格闘しながら、みんなで楽しく歌稽古した感覚がありますが、どうですか?
sara 新しいものを作ろうとしている時のワクワクとソワソワがずっと稽古場にあります。瀬戸山さんが演出と台本の翻案もされているから、みんなが瀬戸山さんの頭の中にあることをどう自分たちで面白くできるかという、すごく前向きなエネルギーが稽古場に流れていて、楽しみという感じですね。答えがないというか。
加藤 誰も正解をやろうとしていないよね。
sara みんなで「こうだよね」というのがないところに突っ込んでいこうとしているから、いい意味で、それぞれが戦うことになるだろうなという予感がしますね。
加藤 私は昨日から稽古に参加していますが、すでに楽しいなと思っています。読み合わせをしているだけでも、お芝居を見ているだけでも楽しいですし、この座組みでこの作品を作っていけることが光栄で、出演できることになってよかったなと、昨日一日で強く思いました。
ーー先程おっしゃった「未知」というのは、どのあたりが未知なんでしょうか?
木下 原作はありながらも、未来に時代設定が変わったことによって、軸となるところが(未知)というか。アンドロイドが出てくるんですが、昨日立ち稽古しながらも、より進化した未来のアンドロイドって、人間と何がどうちがうのかな?って。
加藤 アンドロイドだったらどうする?みたいなね。
sara 感情は?みたいな。
木下 「人間から感情は学んでいっているはずだから、意外と人間らしくてもいいよね」みたいな話し合いをしたり、みんなで本当に想像しながらやっています。あとは、音楽が一から作られているんですが、初めてみんなでM1聴いたときに稽古場が湧いて。
加藤 一番最初の読み合わせのときね。
sara そうそう!
木下 こんな感じの音楽なんだ!?って。
加藤 最初間違いかと思ったんだよね。間違った曲を流しちゃったのかと思って(笑)。
木下 原作を読んで、私が勝手にイメージしてた音楽の斜め方向から、カンッ!って殴られたような感覚がありました。それも物語にどう面白い効果を与えてくれるのかと、これからの稽古が楽しみですし、立ってから分かることがすごく多そうだなと感じています。
加藤 立ってみないとわからないことが、たくさんあるイメージもありますね。
俯瞰して見るアンドロイドがいるからこそ人間が浮き立つ
ーー確かに、今作においてのアンドロイドと人間との差が、どこにあるんだろうと興味深いですね。原作とは違う、今回の設定だからこそ感じる違いなどもあるかと思いますが、どんなことを感じていらっしゃいますか?
加藤 私の演じるスリカが、唯一の全編を通して登場するアンドロイドなんですが、人間を外側から見るというか、俯瞰して見ることができる役であり、かつ、人間から学んだりできる役だと思うので、それをどう体現するんだろうというのが難しいなと思っているんです。瀬戸山さんが書いた今回の終幕がものすごく印象的というか、こういう終幕を書かれたんだなって。そこに向けて本編をどう作っていくか、そしてどう受け取ってもらえるんだろうと、ドキドキしつつ、楽しみなところもあります。
木下 昨日の会話の中で印象に残っているのが、「人間はAIをちょっと下に見ている」と。現在「これは人間にしかできないでしょ」みたいなところがあったり、序幕で登場するアンドロイドたちは、「人間よりも理性あるものでありたい」と思っている姿が描かれていたりするんですが、AIが本当に今後どうなっていくのかというのを、共に想像しながら見ていただける作品になるのではないかなと思っています。
sara AIが本当に人間を超えていって、意思を持って動き始めたときに、私たちはなす術がないというか。想像したことも、実際に見たこともないことを今作っているので、誰も知らないんですよね。アンドロイドのスリカという、ずっと物語を見ている存在がいるからこそ、より人間が浮き立って見えるのが不思議だと思っています。
物語がアンドロイド達で始まって、ずっと人間と対比で描かれている部分があります。「人間にしかできない仕事って何だ?」「人間にしかない部分って何だ?」と、よく語られるようになりましたが、逆に(人間が)鮮烈に感じられるというか。
特に私の役が良くも悪くも「ザ・人間」で、原作だとすごく悪というか、二項対立の善悪で考えられていますが、もうそういう時代じゃなくて、誰しもの中に全ての種があるというか、それが人間というか。「生きている」ということが、すごく新しい角度で、新しい可能性みたいなものを、瀬戸山さんが見つけられたんだなと。それをお客さんに感じてもらえるように、どう私たちが鮮烈にできるかということを考えますね。
グルーシェはエネルギーがずっと爆発している
ーースリカのお話が出てきましたが、それぞれのお役についての簡単な紹介と、演じるうえで大切にしていることをお聞かせください。最初に木下さんが演じるグルーシェからお願いします。
木下 グルーシェはアバシュヴィリ家に仕えている料理女なんですが、クーデターが起きて、取り残されてしまったミヘルという太守のこどもを、今回は受精卵なんですが、抱えて逃げて守りながら、力強く戦乱の世を生き抜いていく、そして育ての親となる女の子です。
原作を読んで最初に浮かんだのは、怖いもの知らずだなという印象だったんです。でも、今、何回かの読み合わせを通して、怖いもの知らずなんて言葉では表せない、感情の起伏であったり、エネルギーがずっと爆発していると言いますか。抱えていなければいけないエネルギーが、ものすごい役だなと痛感しているところです。「落ち着かない」というのが課題で、大事にしなければいけないですね。
すべての登場人物が極限状態で、戦乱の世の中で追い詰められているからこそ、登場する人間がいろいろと面白く見えてきたりするのが、この作品の魅力のひとつだと思います。グルーシェは、特に過酷な道のりを歩んでいく女性なので、そこに立ち向かっていけるだけのエネルギーを構築していかなければと思っております。
ーー極限状態で、それぞれに色々なことが露呈されてしまう中で、グルーシェは立ち向かうことを選ぶということですよね。ミヘルを常に守るというか。
木下 そうですね。立ち向かっていけるエネルギーの出どころって、じゃあ何なんだろうというか。瀬戸山さんから伺ったのは、原作の赤ん坊の姿だと、ミヘルを守ることが、グルーシェには母性があるからみたいな、簡単に言いまとめられる可能性が持ててしまうと。
受精卵という異様なものを抱えている姿が、お客様にどういう違和感と感慨をもたらしてくれるのか。そこの効果を狙って受精卵にされたというお話があったので、受精卵に対してどんな思いとエネルギーを持っていけるのかというのは、すごく探していかなければいけないなと思っています。
ーーおふたりは、木下さんのグルーシェがどう見えていますか?
sara もう、最高です!
木下 わぁ!
sara ナテラとしてグルーシェと戦うのも楽しみですし、グルーシェには自分を信じていて何にも負けない強さがあります。それが恋のためではなく、自分の存在のためというか。それがすごく鮮烈だなという話をカンパニーの皆さんとしていたんです。
晴香ちゃん自身も、グルーシェと同じ強さを持っている、とてもかっこいい人です!もちろんお仕事に対しても、人としても、あり方が本当にかっこいい人で、燃えたぎるものが絶対にあると思うからこそ、グルーシェにぴったり。誰も止められないという輝きがある人。だから楽しみです。
加藤 そう! 男前。かっこいいよね。
木下 男前って言われる……。
加藤 グルーシェの受精卵に対する異様な執着が原作より際立っているんですよね。グルーシェもちょっといっちゃっている感じで、物語が進んでいくにつれて、みんなちょっと異様な執着を、生きることだったり、受精卵に対してだったり、自分の存在意義を見つけることだったりが、既にすごくて。これからどんどん異様さが増していくと思いますが、そこがやっぱり素敵だなと思います。
ナテラはただの悪いヤツでなくチャーミングな人にできたら
ーーsaraさんが演じるナテラについてお聞かせください。
sara 私が演じるナテラは、グルーシェが育てることになる赤ん坊の、原作では産みの親です。太守夫人で、夫の太守がいて、クーデターにあって、命からから逃げ出したけれど、赤ん坊を置いていっちゃって、そのまま逃避行して、グルーシェが育てていく。そこに突然帰ってきて、「赤ん坊を返せ」と裁判になるという役どころなんですが、原作を最初読んだ時は、もう、「ワオ! この人すごい!」みたいな(笑)。
3人 アハハハハ!
sara 取り扱い注意!みたいな。ト書きで、打つとか、叫ぶとか、失神すると書いてあって、とんでもなくて、でも、めっちゃ面白いというのが最初の感覚です。だから、驚きとともに、どういう人にしたいんだろうと、ワクワクしたところもありますし、晴香ちゃんも言ってくれたみたいに、受精卵の設定になったから、受精卵に対するエネルギーというか、「この子がいないと」いう気持ちが、それぞれ、より異様にも見えるというか。
自分で産んだとか、ここで命が今生きているということが、分からない状態ですし、もしかしたら本人たちもそれを感じていないかもしれない。どう思っているのか分からないけれど、「絶対にこの子だけは」という思いを持つこと自体が、すごく面白いなと思います。
かつ、私の役も、もはや善悪という時代や考え方ではないですし、正義もそれぞれの立場や環境によって正しいと思うものが違います。それが積み重なった結果、大きく戦争が起きてしまったりする中で、私たちの中にもその種はたくさんあるという話を瀬戸山さんがされていて、すごく腑に落ちました。
そう思うと、私の役もきっと本当に一面的に悪いんだということじゃなくて、ただ生きていて、そういう環境で生まれて、こういう正義を持った、それを自分のために戦わないと死んでしまうぐらいの勢いで生きているだけというか。多分全員がそうで、戦ってしまうと収集がつかなくなることを、AIが見ているみたいなことだとすると、私の役もすごく人間らしいというか。そして、歌も相まって。
加藤 歌がすごい!
sara マジで?っていうね(笑)。とにかく面白くて、すごく好きなんです。悲しいから悲しいわけじゃなく、恵まれてるから幸せなのでもない、本当に逆ですし、それが今の世の中は絶対にあるから、その最たる例でもあるなと。だからといって、もちろんかなり突き抜けていますし、他人が見たら嫌悪してしまう部分が多いんですが、最終的に「この人はそう生きるよね」と思ってもらえるぐらいの愛らしさというか、チャーミングな人にできたらいいなと、自分の中でテーマを掲げたいです。ただの悪いヤツではない。ちょっと笑えるぐらいに、必死に見えたらいいなとは思っています。
木下・加藤 もうすでに!
木下 「生きる」ってチャーミングに見えるんだなって。
加藤 必死! 死にたくない!ってね。
sara 歌で呼吸できないというのもあるよね。もう難しすぎて! 人間って可愛いなとも思うぐらいに、「滑稽だけど、生きるってこういうことだよね」みたいな部分も担うのかなと思っています。グルーシェもそうですし、みんなそうというか。
ーーおふたりはsaraさんとは初共演ですよね。
木下 作品でご一緒するのが初めてなんです。尊敬していますね。その一言になってしまうんですが。
加藤 最初の読み合わせから最高だったね。
sara 暴れ散らかして……お風呂で思い出して恥ずかしくなっちゃった(笑)。
木下 いやいやいや。最高だった。感情がパッて表出するまでのスピード感が本当にすごくて、昨日の稽古でも、感情をぶつけられた時に、こうありたい!って。
sara やりすぎだよね(苦笑)。
木下 いやいやいや。ナテラという役も、やっぱりすごく衝動と欲にあふれている姿が、現時点であんなにチャーミングに見せられる力を、本当にすごいなと思っていますし、昨日の読み合わせで、ちょっと罵り合うところで、一瞬目が合ったじゃないですか。
sara 目が合ったね!
木下 ゾクってしちゃって。やっぱり裁判のシーンが、この作品のひとつの見どころにできるようにと思っています。
sara うんうん。あれはすごいよね。
加藤 歌もかっこいい! グルーヴ感などを勉強させてもらいたいと思いながら聴いています。でも、スリカはナテラにずっと「機械」って呼ばれてて。
sara びっくりだよね。あの機械!あの機械!ってね。
加藤 それでも、ずっとナテラについて逃げていくので、この関係性も楽しみですね。
アンドロイドであるスリカをどう体現していくか
ーー最後に、加藤さんが演じるスリカについてお聞かせください。
加藤 スリカはグルーシェと一緒にアバシュヴィリ家で、料理女として働いている、今回はアンドロイドになっています。原作では少しだけの登場なんですが、今回はグルーシェの理解者として登場していて、かつ、途中から一路(真輝)さんが演じる歌手と一緒に物語を俯瞰して見ていきます。そして、裁判になった時に、よりグルーシェを助けて支えていくという役どころになっています。
まだ合流したばかりなので、模索するまでも行っていない状態ですが、今回アンドロイドだということで、じゃあ、いつアバシュヴィリ家がアンドロイドを導入したのかとか。
sara そうなんだよね。
加藤 年齢という概念や、生き物みたいなところも、おそらくプログラミングされていて、年齢も重ねないだろうし、ただ学習していくみたいなことだと思うんです。物語が続いていくにつれて、スリカも感情を勉強していくんですが、それを後半にどうやって見せていくんだろうと。アンドロイドとして生きるのは、それをどう体現していくのか、これから瀬戸山さんと一緒に相談しながら見つけていきたいなと思っています。人間との対比がすごく大事なのかなと。
人間はすごく衝動があるというお話をしていたのですが、じゃあ、衝動を持たずに、感情を勉強はできるけれど、生み出すことはできないのかなみたいな、そういうところを今考えている途中です。
ーーおふたりは、加藤さんのスリカが稽古に加わって、どんなふうに感じましたか?
木下 もちろんグルーシェにとっては仲良くしているというか、友人でもあり、同僚でもあるみたいな存在だけれど、やっぱりAIだから、人間に対しての言動と、スリカに対しての言動に、何かちょっと差があった方がいいのかなとか。
加藤 最初のやりとりは特にそうだね。
木下 冒頭はね。
加藤 「Hei Siri !」みたいな感じで(笑)。
木下 そうそう、「アレクサ!」みたいな(笑)。最初に、「スリカ 、なんとかなんとか、どうなるの?」って言うんですが、それを感じていて、グルーシェはどういう風にスリカを思っているのかなと。
本編の中で、スリカがより人間らしくなっていくところでも、お客様が「ちょっと怖い」となるような気もしていて。全編を俯瞰してくれている存在がいるからこそ、際立ってくるところもあると思いますし、スリカの役割はすごく面白くて大きい。この作品において新たな視点だなと感じています。
sara 梨里香ちゃんの舞台を見ていて、こんなに声が透き通っている方がいるんだなと感じていて、客席が一体となって「うわぁ!」となる印象がすごくあります。だから、スリカの声を読み合わせで聞いたときに、やっぱりすごく難しい役どころでもあると思っていますし、演じている私たちが人間だからこそ、一番想像で作られているところではあるけれど、スリカがいるから私たち人間の愚かさとかが際立つし、逆もしかりで。
スリカは割と善として私たちを見てくれているけれど、今後AIは、そうじゃない可能性が大いにあるというか。でも、スリカが作品の善にも感じて、梨里香ちゃんの声と存在感で、すごく浄化されるような感覚になって、息ができるというか。
逆に人間たちがとんでもない修羅の世界なので、梨里香ちゃんの清らかさが、お客さんにとっても「この人と一緒に物語を見たい」と思うような存在なんじゃないかなと思います。
加藤 でも、難しく思わずに観に来ていただきたいですね。
sara 本当に!
木下 こんなに面白いんだって、読み合わせをしながらも、この作品の魅力を新たに見つけてるところです。だから人間たちを、そして未来を見つめるというと、ちょっと重みがあるかもしれないですが、観察しに、気軽に足を運んでいただけたら、きっと楽しんでいただける作品だと思います。
取材・文:岩村美佳
