2015年にイギリスで初演され、その翌年には白井晃による演出で日本初演されていたフィリップ・リドリー脚本の三人芝居『レディエント・バーミン Radiant Vermin』。意外性のある展開に衝撃を受けた観客のクチコミ効果もあって、伝説的な公演となっていたこの話題作が10年という時を経て2026年春、いよいよ待望の再演を果たす。
マイホームを夢見ながらも自分たちには手が届かないと思っていた若夫婦、オリーとジル。彼らのもとに「夢の家さしあげます」と書かれた怪しい手紙が舞い込む。差出人は、ミス・ディーと名乗る謎の女性だ。不審に思いつつも彼女に案内された家に住み始める夫婦だったが、実はこの申し出には残酷な秘密が隠されていた……。
今回の再演ではジル役に清原果耶、オリー役に井之脇海、ミス・ディー役に池津祥子という演技派キャストが揃い、演出は初演に引き続き白井が手掛けることになった。
映像では共演経験があるものの、舞台ではこれが初顔合わせとなる清原と井之脇に、作品への思い入れや意気込みなどを訊いた。
――まずは脚本を読まれて感じた今作の印象から、聞かせていただけますか。
清原 とにかく私たちが演じるオリーとジルという夫婦は“自分の理想の家を作り上げる”ということに対して、あまりに貪欲な人たちという印象で。ここまで自分の欲望に忠実に突き進み続けられる人って、そうそういないのではないかと思いながら、脚本を読みました。その一方で、この作品はそういう人間の卑しさや愚かさみたいなものを表現していると同時にコメディでもあると思うので、そのバランスをどうすればいいのかとも思いました。
井之脇 清原さんがおっしゃる通り、二人は欲望にとても忠実なんですよね。だから彼らがとる行動は、客席から観ているお客さんたちにとってはすごく浅はかな行動と思われるかもしれない。でも脚本を読んでいるとその浅はかさこそが人間の本質なのかもしれないと考えさせられましたし、その上で当の本人たちがどこかポップに楽しそうにしているところも、その裏返しのように感じられて。そう見せることで、彼らの渇望みたいなものがよりくっきりと浮かび上がってくる脚本になっているようにも思いました。だから、そういう意味では夫婦の会話の掛け合いや周りが全然見えていないようなところも逆に、いかにも楽しそうに無邪気に夢を追いかけているように表現していけたらいいのかも、とも思っています。
清原 ここまで欲望のままに突き動かされることってあまりないですよね。私自身は、たとえば欲しいものがあってもすぐ買うのは悩んでしまうけど、彼らは少し悩みはするけど決断するのが早い(笑)。自分が持っていないようなパーツがジルには多々あると思うので、まずはそこを見つけるところから始められればと思っています。
井之脇 そうですよね。どこか、盲目のようになってしまっているところが二人にはあって。オリーに関して言うなら、自分たちの家が欲しい気持ちもあるんだけど、たぶん本当にジルのことが好きなんだろうなと思うんです。そのせいで愛が暴走してしまって、彼女のために何かしてあげたいと思い、それが同時に自分の喜びにもなってしまっている。だから暴走ではあるんですけど、そこには常に彼の優しさもあるように思うんです。
清原 確かに、そうですよね。それに理想を描いたり、憧れや希望を持つこと自体は悪いことではないのかなと。「今よりもっと、もっと」と思う気持ちは、人間誰しもが持っているものでもあると思いますし、それは家に限らず、仕事や人間関係にしても同じ。そういった感情の根源自体は、特に珍しいものでもないのだろうなと思います。
井之脇 二人も、もともとは良い暮らしができてなかったところに嘘みたいな話が飛び込んできて、そのせいで欲望が生まれ、理想を追いかけるようになってしまったわけでもあるので。きっと無意識的に、自分たちの心の穴みたいなものに気づいてしまい、そこを埋めないと不安になってきて、相手も不安にさせたくないと強く思ってしまう。さらに、ここに子供も生まれるタイミングも重なってきたら、子供にはそんな思いを絶対にさせたくないとも思うでしょうしね。
――ちなみに、お二人は舞台ではこれが初共演ですが、過去に映画で共演されていますよね。お互いに、どんな印象をお持ちか伺ってみたいのですが。
清原 前回は『護られなかった者たちへ』(2021年)で、ご一緒させていただきました。
井之脇 撮影時は、確かコロナ禍でした。
清原 その前の作品では学生の役で。
井之脇 『砕け散るところを見せてあげる』(2020年)ですね。
清原 『砕け散る~』もそうですし、『護られなかった~』でもあまりご一緒できる場面がなくて。
井之脇 市役所のシーン、2、3日で撮りましたもんね。
清原 はい。井之脇さんの印象はすごく聡明な方で、優しい空気感を現場でもまとわれている方だなと思っています。
井之脇 初めてご一緒した『砕け散る~』の時は、二人とも学生役でしたけど僕自身は実はもう20歳を過ぎていたのに高校生役だったんです。なので、年齢は離れていて撮影当時、清原さんは15歳くらいだったんじゃないかと思うんですが、ものすごくしっかりされているなと思っていました。『護られなかった~』の時も、監督としっかりディスカッションされている姿を覚えていて。他の作品に出ていらっしゃるのを拝見していても、どんな役でもちゃんと自分の物語として表現できる、素晴らしい役者さんだなというイメージがあります。パーソナルの部分は、稽古でこれから知っていけたらなと思っています。
清原 私も、楽しみにしています。今日、本当に久しぶりにお会いしたところなので。
井之脇 今回はきっと、もうイヤというほどたくさん会話を重ねていかないと作れない芝居だと思いますしね(笑)。
――清原さんは初舞台だった『ジャンヌ・ダルク』で白井さんの演出を既に受けられています。振り返ると、どんなことが記憶に残っていますか。
清原 初舞台ということで、まずは稽古の前に白井さんがワークショップを開いてくださり、マンツーマンで発声から教えていただきました。稽古の流れもまだよくわかっていなかったのですが、キャストやスタッフのみなさんから丁寧に教えていただきながら稽古を積み重ねていくことができたので、本当に自分は人に恵まれているなと思っていました。
――初めての舞台は楽しかったですか?
清原 とても楽しかったです!
井之脇 初日の幕が開く時の瞬間とか、覚えてます? 緊張しました?
清原 緊張しました。 『ジャンヌ・ダルク』の幕開きの場面は、ジャンヌが階段を登って舞台の上に現れるところから始まるのですが、その一歩目、足が震えてしまって。「階段の途中でコケたら、どうしよう!」と思いつつ、なんとか登るとすぐ目の前にお客様がいらっしゃって。そこで「やるしかない!」と腹がくくれた感じでした。振り返ると懐かしいですし、本当に楽しかったです。
――ものすごくどっしりとした存在感とカリスマ性があるジャンヌだったので、とても初舞台とは思えなくて驚いた記憶があります。
清原 本当は「なんでこんなに足が震えてるの~」ってなってたのに(笑)。だけどそれでも大丈夫だと思えたのは、すべて稽古のおかげで。「こんなに素敵な共演者の皆さん、そして白井さんと、こんなにも長い期間をかけて稽古したんだから、 大丈夫じゃないわけがない!」という自信がありましたし、裏で緊張していると周りのみなさんが「絶対に大丈夫だから行ってこい、何かあっても何とかするから!」と言ってくださって。
井之脇 ああ、それは心強いですね。
清原 「このチームなら、きっと何とかなる!」と思えるような、本当に温かい現場でした。
――井之脇さんは今回初めて、白井さんの演出を受けることになりますが。
井之脇 それこそ10年前の『レディエント・バーミン Radiant Vermin』の日本初演が、僕にとっては白井さんの演劇に触れた初めての作品だったんです。それ以降、白井さんの舞台は行ける限り観るようにしていて。いつか、自分も白井さんの演出を受けたいなとずっと願ってきたんです。毎回すごく丁寧さを感じ取れる演出で、役者が不安を一切感じずに芝居をしているように思える舞台ばかりで。もちろん役としての不安はあるのかもしれませんが、舞台に立つこと自体には誰もがドンと構えられているように見える。いろいろな方からお話を聞く限り、白井さんご本人がきっともともと丁寧な方だからあんなに隅々まで行き届いた演出なんだろうなと想像しました。それを今回はたった3人の出演者で存分に浴びられるんだと思うと幸せですし、それに応えられるように精一杯がんばるだけです。きっといい発見が毎日、毎公演あるんだろうなと思うと、今からとても楽しみです。
――では、今回はまさに念願が叶ったわけですね。
井之脇 はい、念願叶って出られることになりました。初演を観た時からずっとこの作品をやりたいと思っていたということは、本当にいろいろなところで言っていたんですよ。初めて自分でチケットを買って観た作品でもあり、あそこまで衝撃を感じたのも初めてで。だけど、そうそう再演はしないだろうな、しかも男性キャストも一人だし自分にはきっと縁がないだろうなとも思っていて。しかも白井さんは、僕がそんなに出たがっている作品だったということをご存知じゃなかったんですよ。ついさっき、初めて知ったというご様子でした。
清原 先ほど井之脇さんがインタビューで話されているのを白井さんと一緒に聞いていたんですが「ええっ! 嘘でしょ?」と驚かれていましたからね。
――やりたいと言っている情報は、白井さんの耳に入っていなかった?
井之脇 そのようです(笑)。
――きっと長年の想いが、引き寄せたんですね。
井之脇 あの作品を演じられるのかと思うと少し怖さもありますが、だからこそ、いつも以上にがんばらなければ!と覚悟しています。
――たとえば白井さん演出の特徴といえば、稽古で同じ場面を何度も繰り返すということはよく耳にしますが(笑)。
清原 まさに何度も繰り返してくださるからこそ、安心できていたような気がします。舞台に立つ際に不安がまるでない感覚が本当にあって、そこまで突き詰めた稽古が経験できたというのは幸せだなと思ったことも覚えています。白井さんはよく「情熱的だけど、冷静に。」ということをおっしゃっていて、その言葉を何度も思い返しながら、稽古中も本番も舞台に立っていました。
井之脇 情熱的だけど、冷静に。いい言葉ですね、僕も胸に刻んでおきます。
――今回は三人芝居になりますが、清原さんの初舞台は出演者が100人を超える人数でしたから、少人数ならではの面白さみたいなことは井之脇さんからアドバイスはありますか。二人芝居も、三人芝居も経験されていますし。
清原 ぜひ伺いたいです。
井之脇 そう、僕は比較的、少人数の芝居ばかりやっています。少人数だと、密だからこそ相手の変化がよりわかる気がします。たくさん稽古したとしても、芝居って日によって変わるものじゃないですか。大人数の芝居では、自分と離れた場所にいる人の変化は一瞬、汲み取れないこともあったりするけど、少人数だとたぶん、そういうことはないので。目の前の相手がどう出てくるか、その変化はすぐに感じ取れる、そこが楽しいんです。稽古自体も三人なら、もうずーっと稽古している感覚になるだろうし。もちろん、人が稽古をつけられているのを見ることもとても勉強になりますけど、僕はやっぱり自分がプレイしているほうが断然楽しいので。稽古の間ずっと演出を受け続けられるなんて、とても贅沢ですし、少人数ならはるかに密な、濃い時間になるはず。まあ、その分、今回は三人なので責任も三分割して僕らで背負うことにはなるのですが。
清原 そうですよね。
井之脇 だけど、その共犯関係みたいな感じを分かち合えるのも、少人数だからこそなんですよね。
――逆に、その大人数での舞台体験を経て、清原さんが感じた舞台ならではの面白さ、魅力とは。
清原 一番感じたのは、お客様の表情や客席の温度などが日によって全然違うということでした。「あ、今日はこんな空気感なのか!」という発見が日々あって。本番中はそれが肌身で感じられるので、多少影響されている自分もいるんだろうなと思ったりもしました。答えが一生定まらないというあの感じは緊張もしますが、とてもフレッシュな感覚でした。
井之脇 今回の場合コメディなので、笑いがちょこちょこ発生すると思うんです。僕、去年ヨーロッパ企画でコメディの演劇を経験したところなんですが、笑いに特化した演劇だと他と比べて何よりもすごく肌でわかるんです。単純にお客さんの声量という意味だけでも、今日はウケてないとなるとすぐに伝わってくるので……。
清原 それは、恐ろしいですね。
井之脇 今回は、それほどドッカンドッカン笑う作品ではないと思うけど、やっぱりお客さんの反応は気になりますよね。
清原 前回の舞台は東京公演と大阪公演だけでしたが、こんなに変わるのかな?と思うほど、反応が全然違いました。今回は東京の他に、
兵庫、宮崎、新潟、愛知でも公演があります。
――それぞれ、土地柄で反応したり笑ったりする箇所が違ってくるんでしょうか。
清原 違うのかな。
井之脇 違うでしょうね。
清原 “笑い”は本当に難しいですよね。
井之脇 難しいです。
――コメディ自体はお好きですか。
清原 はい、好きです。だけど台本に「ここはウケるかもしれない」みたいな流れがある時は、やっぱり怯えます。セリフのちょっとした言い方一つで違ってきますし難しいなと。しかし今回は、そんな風に考えている時間はないと覚悟しているので、必死に食らいついていければと思っています!
――この三人芝居のもう一人のお相手は池津祥子さんですが、お二人とも今回が初共演なんですね。
井之脇 そうなんです。でも、ものすごくお芝居が達者な方ですから、今回の舞台のポイントをすべて締めてくださるだろうと心強く思っています。稽古を通してどういう風に絡んできてくれるのか、こっちからどう絡めるかも楽しみですし、それでいて安心して委ねられる印象もあって。僕らが迷った時にはぜひ助けてほしいです!
清原 非常にたくさんの作品でお芝居を拝見させていただいていた方で、私などが言うのもおこがましいですが、コメディ作品でのユーモラスなお芝居も、シリアスで真に迫るお芝居もとても素敵だなと以前から思っていたので、今回の舞台でご一緒させていただけることがすごくうれしいです。この三人で、楽しく舞台を作り上げることができれば幸せだなと思います。
井之脇 役柄にしても、ミス・ディーってすごく面白い役ですしね。池津さんがやったらより素敵になりそうだと、一緒に作る立場の僕としてもとても楽しみに思っています。
――では最後に、お客様に向けてのお誘いのメッセージをいただけますか。
井之脇 それこそ少人数で、笑えるところもあるお芝居ですから、たとえば演劇をそんなに観慣れない方でもきっと観やすいと思うんですよね。もちろん、芸人さんの漫才などは笑いという意味でのクオリティは高いんですが、そうではなく僕らが演劇でやる意味としては、そこに人間の愚かしさが存在したりして、またその関係性が変化していくことによって複層的に笑っていただけるとも思うので。そういう体験をぜひこの機会に、劇場に足を運んで味わってみてほしいなと思います。あまり構えずにフラットな気持ちで、物語に巻き込まれていただけたら嬉しいです。
清原 劇場に来ていただくことで、ぜひ一度飲み込まれるような体験をしてみていただきたいです。物語の面白さも当然ながら、さらに自信を持ってお届けできるようにスタッフ、キャスト全員で魂を込めてやり切れればと思っていますので、その燃えている姿を客席から見守っていただけたらありがたいと思います、どうぞよろしくお願いします!
取材・文 田中里津子
