劇作家・脚本家・演出家の西田大輔が描く本格派ミステリ作品『ONLY SILVER FISH』シリーズの第5弾となる音楽劇『OLD WATERCOLOR FISH』が5月7日(木)から開幕した。今回は、その公演の様子をレポートする。
“魚の本当の名前を呼ぶことができれば、一度だけ過去を振り返ることができる” 一匹の魚を巡る物語を描く『ONLY SILVER FISH』シリーズ。今作では、画家のエミール・ベルナールとポール・ゴーギャンが、ゴッホの死を止めるために隠された秘密を辿る。
会場に入ってまず目を奪われるのは、ステージ後方に設えられた大きな水槽だ。さらに、その手前にはテーブルやイス、ソファ、イーゼルが乱雑に並び、画家のアトリエを切り取ったかのような空間が広がっている。物語は、この閉ざされたアトリエで展開していく。
本作の舞台は、1891年のフランス。かつて青春時代をともに過ごした、エミール・ベルナール、ポール・ゴーギャン、ポール・シニャック、ロートレック、そして後に画家となるマリーの思いが交錯していく。
きっかけは、仲間の一人だったフィンセント・ファン・ゴッホの死の知らせ。1980年7月、「ドービニーの庭」を描いたゴッホは、拳銃自殺を図ったのだ。だが、画家たちは全員が「ゴッホを殺したのは自分だ」と思っている。
そんな折、謎多きジヌー夫人が「ONLY SILVER FISH」を見つけてきた。この魚には“魚の本当の名前を呼ぶことができれば、一度だけ過去を振り返ることができる”という不思議な謂れがあるという。「振り返れば、彼の死を止められるかもしれない」そして、誰かが魚の名前を呼んだ。

ストーリーは、まだ名声を手にする前、アトリエで夢を追い続けていた若き日の彼らと、ゴッホの死後を生きる現在の彼らが交錯するように描かれていく。構成は複雑だが、暗転によって時間軸が変わるという規則性があるため、観客が置いていかれることはない。さらに、過去と現在で役者たちの芝居のトーンも大きく変わるので、その違いを楽しむのも本作の醍醐味だ。

物語が進むにつれ、拳銃自殺を図ったゴッホの死について、画家たち全員が彼の死に罪悪感を抱えていることが明らかになっていく。しかし、面白いのは、本作が単なる「誰がゴッホを追い詰めたのか」を探るミステリーではないということ。それぞれが抱える孤独や焦燥、苦悩といった感情が複雑に絡み合う、濃厚な人間ドラマとして綴られていく。

アトリエで過ごす彼らの姿は、まさに青春そのものだ。同じ“絵画”という道を志し、互いを刺激し合うライバルであり、かけがえのない仲間でもある彼らが、ぶつかり合いながらも、夢に手を伸ばし続ける姿は眩しく、輝いて見えた。だからこそ、関係性が壊れていく過程で、それぞれが抱える苦悩、悔しさが浮き彫りになると、胸を締め付けられる。特に、ゴッホが「自殺」という最期を迎えることを知っているからこそ、彼のその苦悩はより切実に胸に迫ってきた。

エミール・ベルナールを演じるのは、伊藤あさひ。アトリエを訪れてすぐに、その才能を認められながらも、謙虚に、真っ直ぐに仲間たちと向き合うエミールを、素直で誠実さを持った人物として立ち上げた。中立を重んじ、波風を立てない穏やかさは伊藤が持つ雰囲気をそのまま反映しているように感じられる。本作が初主演舞台となる伊藤だが、存在感を持って真ん中に立ち、座長としての役割を果たしていた。

ポール・ゴーギャン役は丘山晴己が務める。自由奔放でありながら、その場を冷静に見渡す大人びた一面も持つゴーギャンを、圧倒的な存在感で体現した。ゴッホに寄り添い続ける一方で、自身もまた苦悩を抱え続けているという複雑な内面を、丘山は熱量たっぷりに、そして繊細に表現してみせた。

後のシュザンヌ・ヴァラドンとなるマリー役の岡田奈々は、感情を真っ直ぐに叩きつけるようなストレートな芝居が強く印象に残る。壮絶な人生を吐露する場面では、思わず息を呑まされた。一方で、しつこく絡んでくるゴッホを冷静な一言であしらう場面ではコミカルな空気も生まれ、2人の掛け合いが作品のアクセントになっていた。また、アーティストとしても活躍する岡田らしく、歌唱シーンでは伸びやかな歌声を響かせ、その魅力を存分に感じさせた。

ポール・シニャック役の吉原雅斗は飄々としながらも芯の強さを感じさせるキャラクターを構築。

ロートレック役の鍵本輝は、紳士的な振る舞いの奥に本心を隠したミステリアスな存在感を放っていた。

ジヌー夫人役の蘭乃はなは、妖しげな雰囲気をまとった強い女性像を立ち上げた。

そして、フィンセント・ファン・ゴッホを演じたのは、鈴木勝吾。激しく感情を爆発させ、大きなリアクションとともにステージ上を駆け回り、情熱的で偏執的なゴッホ像を鮮烈に焼き付けた。誰にも理解されない孤独を叫び続けるゴッホだが、その実、自分こそ他者の気持ちを理解できないことに苦しんでいた。その本音が明らかになるシーンは圧巻。それまでの危うい熱量から一転し、脆さを滲ませる鈴木の芝居が、観客の感情を大きく揺さぶった。
音楽劇である本作は、物語の随所に盛り込まれた歌唱シーンも大きな魅力の一つ。岡田だけでなく、各キャストにそれぞれの見せ場が用意されており、歌うまキャストたちの歌声を存分に堪能できる。

カーテンコールの挨拶で伊藤は「たくさんのメッセージと伏線があるので、何回も観ていただけたら」と呼びかけていたが、その言葉通り、本作には一度観ただけでは拾いきれない細やかな伏線が多く散りばめられている。物語の構造を理解した上で改めて観ることで、新たな発見もあるはずだ。ぜひ繰り返し劇場へ足を運び、細部まで味わってもらいたい。

なお、今回は、平日公演ではアフタートークも実施されており、MCや登壇者が日替わりで変わるという面白い試みを行っている。観劇回では、MCを丘山が担当し、伊藤とともに軽快なトークを展開。初日を終えた感想や主演を務める心境に加え、忘れられない食べ物や稽古場でのエピソードなども飛び出し、笑いたっぷりのトークで会場を盛り上げていた。
取材・文/嶋田真己
