COCOON PRODUCTION 2026『海辺の独裁者』|松尾スズキインタビュー

松尾スズキが、新ユニット“スーパーマツヤス”を結成し、自身初となるダンス公演、COCOON PRODUCTION 2026『海辺の独裁者』に挑む。

“スーパーマツヤス”は、松尾スズキの代表作ともいえるミュージカル『キレイ ―神様と待ち合わせした女―』初演以来、厚い信頼を寄せる康本雅子とのダンスユニット。そのvol.1公演では、南米のとある街に流れついたひとりの女と孤独な老人の人生を描いた短編小説『海辺の独裁者』など、自身の複数の作品をモチーフに、歌と芝居を織り交ぜたダンス公演として立ち上げる。松尾にユニットを立ち上げた経緯や、本公演への思いを聞いた。

――康本さんと結成した「スーパーマツヤス」について、その結成の経緯や思いを聞かせてください

実は、最初は別の企画だったんですよ。Bunkamura主催で行う公演の一環として、何かやらないかというお話があって、せっかくなので康本と一緒にやろうというところから始まりました。またとないチャンスかもしれないので。それが正直なきっかけです。

――康本さんとご一緒するからダンス公演だったというところもあるのでしょうか?

そうですね。ちょうどダンス公演が合う企画だったんです。それで、真っ先に浮かんだのが康本でした。これまで僕はダンス公演を1度もやったことがなかったので、前々からやりたいと思っていたんですよ。康本とは、振付家としてたくさん組んできましたが、僕は康本の振付で踊ったことはないので、自分と組んだらどうなるんだろうと。自分の体力がどこまで持つのか不安なお年頃なので、できるうちにやりたいという気持ちもあります。この歳になるとなかなか踊らないですから。

――確かに、踊る機会もなかなかないですよね

こんなおじいさんが踊っているところは、あまり見ない(笑)。

――原作となる『海辺の独裁者』を、ミュージカルや演劇ではなく、ダンス公演にしようと思われたのはなぜですか?

元々、短編小説集として『小説トリッパー』という雑誌に発表したものなのですが、そこで発表したものはショートショートが多いので、ダンスで表現するのに向いているのではないかと。それで、康本に読んでもらったら、一番長いこの作品が選ばれました(笑)。彼女の手にかかってみないとどうなるのか分かりませんが、理屈ではなく、わりと感覚的に書いた小説なので、小説として何かメッセージするものはない。日本の女の人が南米の国を放浪しているという物語で、孤独感や異邦人の中での不安や焦燥やあきらめという感覚的なことが伝わればいいなと思って書いたものなんです。なので、ダンスで表現しやすいのかなと思います。逆に演劇にはしづらい。

――そうしたストーリーは、どんな発想から生まれた物語なのですか?

自分が世間というものに対して感じている違和感や孤独感みたいなものが、女性の体を通して現れているんだと思います。実はこの作品には、一度、途中で挫折したんですよ。それでほかのショートショートをたくさん書いてるうちに、やっぱり書こうと立ち返って続きを書いた。なので、書き終わるまでに時間がかかっています。それは、書こうとしている「核」がなかったから。「イメージを繋いでいったらこうなりました」という作品なので、体力が必要だったんです。

――なるほど、「イメージを繋いでいる」作品だからダンスに向いているんですね

そうだと思います。「これがこうして、こうなりました」という話ではない。その場その場で感じたことが、そのまま書かれているという物語です。

――すごく納得いきました。そもそも、松尾さんは、ダンス公演を以前からやりたいという思いがあったのですか?

ダンスとは言わないまでも、「ショー」というものにすごく興味があって、それでシアターコクーンでも何度かショー形式の公演をさせていただいています。コクーン アクターズ スタジオの生徒たちで「ブルードラゴン」というユニットを作っていますし、今後もショーもやっていきたいと思っていました。小劇場出身の演出家はあまりショーをやらないですよね。ストレートプレイもできるけれどもショーもできる、変な存在でいたい。先日、上演したミュージカル『クワイエットルームにようこそ The Musical』も「ショー」を意識した公演でした。ブロードウェイの演出家のいう「ショー」、僕なりの「ショーイズム」について考え、エンターテインメントときちんと向き合おうという気持ちで作ったものです。そうした気持ちは、THEATER MILANO-Zaで上演をしてからより強くなりましたね。

――それは場所柄的な意味で、ですか?

そうです。場所柄的にTHEATER MILANO-Zaはショーに合っていると思います。それはコクーンもそうです。そもそも、「ショー」に興味を持ったのは、数年前にフランスに行ったときなんですよ。クレイジーホースのようなバーレスクの猥雑なショーを何本か観て、感動して。パリオリンピックを手掛けるような演出家がそうしたショーも手掛けていたので、なんて成熟した国なんだろうと。日本ならば、東京オリンピックを演出した人がストリップの演出をするというのはあり得ない。でも、それができるのは、もしかしたら、自分なのではないかなと勝手に思ったんです。そうしたこともあって、ショーをいくつかやった。それで、次は、そこから歌とお芝居の部分を抜いてやってみようと。それを完成させたら、また「ショー」に戻ってきたとき、スキルが上がっているのではないかなと思ったんです。僕くらいの年齢になって新しい方向性を目指す人はあまりいないので、やったもの勝ちだという思いもありました。

――お話を聞いていると、今回の公演は、かなり作り込んだコンテンポラリーの作品というよりは、もっとショーの要素の強いエンターテインメントなものになりそうですね

ただ、先ほども話した通り、物語的にはショーっぽくはないんです。どちらかというと不条理小説ですし、康本が演出をするからにはアートっぽい部分も出てくると思いますし、その自分でも予測し得ない部分に期待もしています。自分が演出をしたらもっとエンタメや娯楽に寄ると思いますが、彼女はコンテンポラリーな人なので。とはいえ、長年、僕の芝居に関わってきた人ですから、僕の感性みたいなものは読み取ってくれると思いますし、僕たちが掛け合わさることで何になるのか楽しみなところです。

――今回、康本さんの振り付けで踊ることで新しい何かをつかめそうですか?

康本の振り付けで踊るかどうかはまだ分からないんですよ。自分のシーンは自分で作る可能性が高いです。ただ、康本の作品の中で自分の考えた動きがどう反映されるのか。一石を投じるというか、筆を足すというか、共作として面白いものになればいいなと思っています。

――松尾さんがダンスに求めるものはどういったことなのでしょうか?

僕はダンスに惹かれたというより、面白い動きに興味を抱いてきたのだと思います。子どもの頃から、アメリカのコメディアンのエキセントリックな動きなどがとても好きで、仕草を真似していました。そうした「動きだけで見せる面白さ」を極端にいってしまうと、ダンス公演になるのだと思います。シーンによってはサイレント演劇のようなものになるかもしれません。

――言葉ではなく、動きで伝えることのメリットや魅力はどのように考えていますか?

単純に、頭ではなく体を使った方が気持ちいいということだと思います。自分はフィジカルが楽しいと思うタイプのパフォーマーなので。会話劇は本当に合わない(笑)。

――そうすると、お客さまにも感覚的に届けるものになる?

そうですね。今回は特にそうなると思います。

――小さい頃から面白い動きがお好きだというお話がありましたが、その面白い動き=ダンスというのはいつ頃から意識してご覧になっていたのですか?

パソコン手に入れて、YouTubeなどの動画配信が始まった時代に、観たこともなかったダンスをアップしている人がたくさん現れたんです。それ以降、いわゆるアニメーションダンスと呼ばれるようなダンスをずっと追いかけていました。それが自分の中に染み付いているのだと思います。

――今回の出演者の中には、コクーン アクターズ スタジオの卒業生の方もいらっしゃいます。ぜひ出演者の皆さんについても教えてください

宮崎吐夢は、言わずもがなですね。鈴木さん、中村さん、阿部さん、水島さんは、康本が懇意にしているダンサーの方で、僕は今回初めてです。彼女が認めている方たちなので、きっとユニークで技術も高いんだろうと信頼しております。羽衣と村井は、CAS1期生で、ダンスが突出しています。羽衣は、歌も上手いので『クワイエットルーム』にも出演してもらいました。倉本は2期生ですが、やっぱり踊れる人。3人ともお芝居を教えているので、物語を背負っていく部分でも何かやってくれるのではないかという期待があります。とねりは、そもそも歌をやっている人で、踊りはまあそれほどですけど、ギターが上手です。なので、生演奏や生歌で活躍してくれるのではないかと配役しています。まだまだ彼らはプロの入り口にいるので、プロに混じってやることが勉強になるのかなと思います。僕も見ず知らずの若手たちと一緒に作るよりは絶対的にやりやすいですね。

――コクーン アクターズ スタジオで、若者たちに演劇を教えていて、衝撃を受けたことはありますか?

みんなすごく前向きで、能動的なところが非常にいいと思います。逆に言うと、みんな基本、尻に火がついている。「ここにきて売れなかったら、もう終わりだ」というくらいの覚悟を持ってきているので、ゆとりとかZ世代とか言っている場合ではない。僕たちが始めた頃はもっとふわふわした人がたくさんいたんですよ。「これがダメでもなんとかなるさ」という人が多かった。でも、今はそうではないヒリヒリした感じがあります。

――能動的というのは、意外にも感じました

大学の生徒は悲しいくらい受動的ですよ(笑)。アクターズスタジオは実に能動的です。

――そうした今の若者たちに向けて、松尾さんは、これから伸びていくためにアドバイスをするとしたら、どんなことを伝えたいですか?

ときには、荒波に飲まれてでも、おもしろがって生きていくことだと思います。

――このシアターコクーンを今回の公演のために2日間空けてお客さまを入れるということですが、これについては、どんな思いがありますか?

シアターコクーンの芸術監督(現在は顧問演出家)をやらせていただいているので、その仕事を全然してないなと思って、職務を全うしているだけです。

――とはいえ、観客の皆さんにとっても、シアターコクーンで観られるというのは嬉しいことだと思います

コクーンは良い劇場なので、心に残して欲しい。忘れて欲しくないという思いで、終わりの時間を引き伸ばしています。再開のときに自分が現役でまた関われたらいいなと思っていますが、その再開のときがいつか分からないから、未練たらしく、空いているときはやろうよ、と。僕も、もっとやればいいのにと思うのですが、いろいろとあるみたいです(苦笑)。

――やはりシアターコクーンという劇場は、松尾さんにとっても特別な劇場なのですね

初めて商業演劇に足を突っ込むきっかけになった劇場です。きっとそのときに、失敗したなと思ったら、2度と来なかったと思いますが、一応、成功というお墨付きを得たことが大きかったと思います。でも、商業演劇に足を突っ込んだからと言って、自分が商業まみれになった気が全くしないんですよ。やりたいことをまったく曲げていないから。そういう意味では、曲げずにいられる劇場だったんだなと思います。小劇場を通過してきた先輩たちが上演していたということが大きかったかもしれないですね。新劇の方や、商業演劇の人ではない方たちに商業演劇が任せられたという歴史を作った劇場なのではないかと思います。

――松尾さんの中で特に思い出に残っている作品は?

『アンサンブルデイズ―彼らにも名前はある―』は、初めて僕が人に書き下ろした作品で、やったことがないことをやらせてもらったと印象に残っています。出来栄えもすごく良かった。自分が人にも書き下ろせる作家なんだなということを確認できたことも嬉しかったし、僕の中ではエポックですね。

――ところで、今回の公演について「この歳になり やっていないことを塗りつぶしていきたい」というコメントもありましたが、今、「やっていないことをやる」ということに対して欲求が高まっているのですか?

そうですね。今年の暮れに美術館で個展もやりますが、そうしたことも含めて、自分ができうる限りのことをやりたいです。やらないで後悔するのは嫌なので。もうお金には困っていないので(笑)、やりたいことをやれればいいというステージに入ろうとしています。それをこなし切れるほど体力が残っているかどうかという、せめぎ合いではありますが(笑)。

――具体的に目標や理想像はあるのですか?

理想は、「いろいろなことに手を出しても怒られない」という状態です。この歳になって怒られると結構しみるから(笑)。

――そうした「やりたいことをやる」ための原動力は?

自分のことを分かろうとしてくれるスタッフやキャストが周りにいてくれることは、一人でものを作っているアーティストとは違う環境にいるなと思います。

――その周りの方がいることで、重い腰を上げることもあったり?

周りの方の、重い腰を上げさせることもありますね(笑)。「面白そうだよ」とプレゼンをしなくてはいけない立場ですから。それを含めて、人を巻き込んでものを作れるというのは、楽しいですよ。友達が少ないので、合法的に友達的な時間を過ごせる。

――人とモノを作ることがお好きなんですね

嫌な人とは嫌ですが(笑)。仕事ではずっと同じ人と一緒にいるわけではないので、そのときそのときで景色が変わるというのが楽しいのだと思います。

――最後に改めて読者へのメッセージをお願いします

初めてのことに立ち会うというのは、体験として面白いのではないかと思います。ダンサーとしての自信はないですが、60歳を過ぎた俳優が今、言葉を取り払ってダンスに挑戦しようという姿が見られます。それも2日間だけです。それから、新刊として正式に発売される前の小説がダンス公演になるということも、日本ではまずないことです。それが一体、何になるのかは、僕自身もまだ説明できないので、ぜひ確かめに来ていただきたいと思います。

取材・文・撮影/嶋田真己