新国立劇場の演劇『りんごが落ちる』浜田 学×山口森広×演出・金澤菜乃英 座談会

久々に主演を務める舞台でラスト10分を沈黙劇にしてしまった舞台俳優。その夜、台所に立つ彼のところに、大学時代の演劇部の後輩や主演舞台の演出家がやってきて――。ノゾエ征爾の書き下ろし戯曲を青年座の金澤菜乃英が演出する『りんごが落ちる』。金澤と、主人公の舞台俳優を演じる浜田学、そして大学時代の後輩を演じる山口森広が作品への意気込みを語った。

――戯曲の印象をお聞かせください

金澤 言葉が優しさに満ちあふれていて、傷ついたことが最終的に拾われていく感覚です。、主人公をはじめ、出てくる皆さんが抱えているものは重いんですが、追いつめられている様もどこか滑稽というか、救われるところもあって。一見他人事のように物語が始まっていくけれども、観ている方自身の経験や知人のエピソードなど、実生活とどこかしら重なっていくおもしろさがあるかなと思います。初めて読んだときのほっとする感覚を大事にしながら作っていきたいですね。わからないところもおもしろく捉えて余白として提示する。そこからいろいろな受け取り方が生まれることに、可能性を感じます。

浜田 この作品に出てくるのは人生の挫折や苦しみを抱えている、すごく愛すべき人たちなんですね。そういう人間を演じるのも醍醐味だと思いますし、自分自身、劣っていると感じる部分、足りない部分があるので、自分を高めていくと同時に、役柄にどれだけ寄り添って生きていけるかを大事にしたいです。

山口 おもしろくて、読んでいて何度か泣いちゃって。主人公が舞台に立っていてラスト10分セリフが飛んだということ以外は、起承転結がはっきりしたドラマはあまりないんですけれども、言葉がボディブローのように響いて、心臓とかをパンチされている感じで。繊細なところをみんなで見せあったり、つつきあったりしているようなところに感動しました。自分の役にも、他の方の役にも、印象に残るセリフ、刺さるセリフが多いです。

――演劇に携わる登場人物が多い作品です

山口 俳優と演出家と、芝居をやめて家業を継いだ人間が出てきて。僕は子役からやっているんですが、周りには、役者を辞めて会社を立ち上げて、清々しく活躍している方々もいて、こういう人いたよなと重なったりしますね。仕事に向き合って傷つくというのはどの職業にも通じると思うので、実感をもって演じることで、登場人物が傷ついたりもがいたりする姿が滑稽で、笑えたり、時には悲しくも感じてもらえるといいなと思っています。

浜田 身近に参考になるような人物が多い台本ですね。自分自身、田端と置かれている立場が似ているといえば似ているところもあって、自分の感じている部分、思っている部分をそのまま稽古でぶつけてみるのはありかなと。主人公の田端が苦しんでいることを、自分事のように、役とリンクさせながらやっていこうかなと思っています。僕の場合、田端のように、10分も沈黙を続ける勇気はないですが(苦笑)。

山口 一回、袖にハケますよね(笑)。

浜田 台本見るよね。でも、そのまま舞台に立ち続けてしまった何らかの理由があるんじゃないかなと。その場面自体台本にはないので、想像するしかないんですが。

山口 そこに相手役がいたら、こういうことが言いたいんじゃないのってセリフでフォローできたりしますけれども。出演した公演で一度そういう沈黙があって。共演者と楽屋でモニターを見ていて、静かだねと言っていたら、彼がいきなり走って舞台に出ていって。出トチっちゃってたんです。靴を履いて外から来なきゃいけないシーンなのに、裸足で、小道具も忘れていて。誰もつなげられなかったですね。みんなが心を痛めている静かなシーンで、そこに彼が入ってくるので、アドリブとかできなくて、、みんなシーン、お客さんもシーンとして。1分くらいでしたけど。

金澤 永遠の時間ですね。

浜田 その1分は長いですね。そう考えても10分ってすごいよね。

金澤 10分間の沈黙をもたせたというところに何か動物的な感覚で乗り切った田端がいて、それが成り立ってしまったことが演出家の鴨川は悔しくて…。ただ、ノゾエさんの台本には演劇関係のことが盛り込まれつつ、それは入り口に過ぎない気がします。描きたい内容のスケールがすごく大きいなと思うんです。一見とても身近で生活感のある内容ですが、10分の捉え方も含めて、自然や、地球、宇宙など、何か飛ばし方がすごく広大で。各登場人物の身体を借りながら、頭や理屈で考えるのではなく、生物的な感覚をどう身体で体感していくか。そんな芝居かなと思うんですね。登場人物がそれぞれ抱えている背景の中で、救われるのが料理するところ。料理の先は必ず「食べる」じゃないですか。食べようとすること自体に生物のエネルギーが込められているし、もちろん自分のためでもあるけれど、誰かのことを思いながら調理する。食べて、取り入れる。それだけで生きる希望だなと。それがラストにどうつながっていくか考えています。

――稽古はいかが進行中ですか

山口 読み合わせのときに思わぬところで泣いちゃって。ノゾエさんの優しい言葉たちが意外なところでプスッと刺さってくるんです。さっきまで笑ったりしていたのに、何だろうこの気持ちは、みたいな。お客様も、観終わった後、優しい気持ちに包まれたり、希望が残ったらいいなと思います。

浜田 金澤さんが演出でていねいに紐解いてくださって、一つずつ掘り起こして耕している状態で、すごくありがたいです。

金澤 読み合わせで皆さんがセリフを言葉として発したときにうわっと立ち上がってくるものがありました。解釈も本当にさまざまで、キャストの方だけでなくスタッフの方たちにもいろいろな体験談を話していただいたり。

山口 自分以外の人のセリフでもオレじゃん!と共感できることもあって。役者だからということではなくて、、皆さんの生活の中で感じる、こう言われて傷ついたなとか、優しいなとか、親に対してこう思ってたなとか、こういう風に思うことは悪いことじゃないよなとか。、物語が進むにつれて、みんなが本音をさらけ出していって、風が吹いただけでも痛むような、、恥ずかしいところを見せあいっこしたような感覚がありますね。

浜田 本当に情けないところをさらけ出しますからね。

――山口さんは「泣いちゃった」発言が多いですが、もともと涙もろくていらっしゃるのでしょうか

山口 あまり読み合わせで泣いたりはしないんですが、今回ばかりは、恥ずかしいから我慢したいのに、ついこぼれちゃったみたいな。物語の後半に出てくる親への気持ちのあたりでは、自分もいろいろなことを思い出すんです。親に対して100パーセントいい子供だったと言える人って少ないんじゃないかな。理想の子供でなくてごめんねみたいなのは、普段は思わないけれどもどこかで感じたりしていることなんだなって。別に謝らなくてもいいことなのに謝っちゃうところとか人間って繊細で優しい生き物なんだなと感じられる箇所がいっぱいちりばめられています。

――浜田さんご自身は、主人公の田端のようなやらかしを、ご自身なり身近なりで経験されたことはありますか

浜田 やらかしね、いくつかありますよ。映像作品で、一つのシーンで何回もNGを出したことがあって。大会議室で、500人くらいエキストラさんがいて、3行くらいのセリフで20回くらい失敗しました。

山口 怖い。

金澤 それはプレッシャーすごいですね。

浜田 一度真っ白になると同じところで真っ白になる。何とか乗り切ったという感じです。本当に迷惑かけたなってことはありましたけど、それを人前で話すのは今日が初めてです。

山口 その夜はどういう風に過ごされたんですか。

浜田 子供が生まれて二ヵ月くらいだった頃の話なんですが、その子供をずーっと抱っこしてました。

――作中の演出家・鴨川は10分間セリフが飛んだことに対して怒りますが、金澤さんはもしご自身の演出舞台でそういうことが起きた場合、どう対処されますか

金澤 そうですね、今までそこまですさまじいハプニングは経験したことがないですけれど、楽屋に会いには行くかな。大丈夫ですか、今日何かありましたかって、心配になりますよね。

――さきほど戯曲のスケール感の大きさについてお話しされていましたが、そこも踏まえてどんな演出になりそうかお聞かせください

金澤 美術については、時空間が飛んでいくこともあり、シンプルになっていくんじゃないかなと思います。デジタル化でさまざまな想像力がだんだん乏しくなりつつある中、演劇の可能性って究極にアナログなところにあると思うので。。衣裳は遊びがある感じになりそうですね。音に関してはノイズ、生活音や生活環境音を考えています。

――公演への意気込みをお聞かせください

金澤 新国立劇場は憧れで目標にしていた劇場なので、今回お話をいただいたことが光栄で。高校生のとき毎日初台を通っていたこともあり、すごく感慨深いです。プレッシャーもありますが、家族や応援してきてくださった方々が本当に喜んでくれて。私自身、誰かのおかげで生活が成り立っているので、恩返しだなと。感謝をこめて誰かを思い浮かべるということが、作品を立ち上げる原動力にもなっているので、ノゾエさんの繊細な戯曲をていねいに立ち上げて、全力でお客様にお届けしたいです。

浜田 新国立劇場で主役で芝居をするということをこれまで想像したことがなく、あまりに突然すぎてびっくりした状態から始まっていて。だからこそ、この素敵なステージの上で、よけいなことを考えずに田端という人間を貫き通すということを一番に考えて、みんなであれこれ追求しながら頑張っていきたいと思います。

山口 新国立劇場の主催公演に出演できるというのは、俳優としての目標を一つ達成できたな、うれしいなという感じですね。わかりやすい会話劇で、正解が一つではないから、感じるままに観てほしいなと。本当にエールをもらえる、温かい気持ちになれる作品なので、最初に観る演劇作品としてもいいんじゃないかなと思います。

インタビュー・文/藤本真由(舞台評論家)
撮影/酒井優衣