2019年の初演以来、ピアノとヴァイオリンの生演奏が紡ぎ出す至高の音楽と圧倒的な熱量で観客を魅了し続けてきたミュージカル『憂国のモリアーティ』(以下モリミュ)。記念すべき原作連載10周年を迎える2026年、このアニバーサリーイヤーに上演されるのは、シリーズの原点にしてすべての始まりの物語であるOp.1『緋色の研究』を再構成した、ミュージカル『憂国のモリアーティ』緋色の研究 Repriseだ。腐敗した階級制度を犯罪という手段で変えようとする犯罪卿と、その謎を紐解いていく名探偵という宿命の2人の戦いを描いていく物語。「緋色の研究」は、そんなシリーズの原点といえるエピソードとなる。
主演を務めるのは、鈴木勝吾(ウィリアム・ジェームス・モリアーティ役)と平野良(シャーロック・ホームズ役)の2人。そして今回、モリミュシリーズ初となる「Op.」「Reprise」2チーム体制での上演となっており、多くの役でダブルキャストとなっている。
取材日の稽古場には、「Op.」「Reprise」の両チームが参加。確かな熱量がありながらも、笑顔のコミュニケーションが印象的な稽古の様子をお届けする。
稽古場に足を踏み入れると、ちょうど劇中曲の振り付けを確認している最中。広崎うらん氏による振りのチェックや立ち位置、移動の確認などが行われていた。わずかな違和感を丁寧に洗い出し、緻密に修正を重ねていくこの地道な作業の果てに、あの華やかなステージがあるのだと思い知らされる。そして、2チームがあるということは、その確認も2倍あるということ。そんな途方もない努力を、この場所で重ねていることに静かな感動を覚えた。
出番ではないキャストらも、隙間を見つけてはキャスト同士で熱心に振りの確認を重ね、セットの裏手ではダンスの練習に励んでおり、ふとメロディを口ずさんだり、発声練習をしたりと、各々が時間を惜しむように表現の精度を高める。印象的だったのは、歌唱指導の水野里香氏の指導のもと、鈴木や平野らが歌の練習をピアノとヴァイオリンに合わせて行っていたところ、自然とアンサンブルがその歌声に合わせてその楽曲のダンスを練習し始めた場面だ。その流れがごく自然で、即興のセッションのように練習しているのだろうと想像させられた。

そんなストイックさが感じられる現場だが、張り詰めたようなピリピリとした空気はなかった。むしろ、真剣な会話やコミュニケーションの中でも笑顔がたくさん見られ、カンパニーの風通しのよさと互いへの信頼感が感じられた。
また、演奏も本番さながらに、ピアノの境田桃子氏、ヴァイオリンの林周雅氏の生演奏のもとで稽古が進んでいくのには驚かされた。音楽を担うただすけ氏からは、奏者にも細かく指示が飛び、奏者の2人もまた、楽器という台詞を持って物語を紡ぐ“演者”の一員なのだと強く実感させる。

シリーズの原点となる本作において、宿命の2人が放つエネルギーは、鮮烈なコントラストを描いていた。
鈴木が演じるウィリアム・ジェームズ・モリアーティの佇まいは、どちらかと言えば「静」だ。クールで論理的、どこまでも冷徹に世界を見つめている。しかし、その奥底には、音もなく静かに燃え盛る青い炎のような熱が確かに宿っている。彼がひとたび声を解き放つと、その静かな熱が音色と交じり合い、一瞬にして稽古場の空気を支配していくようだ。

対する平野が演じるシャーロック・ホームズは、圧倒的な「動」のエネルギーを放つ。謎への欲求が自分自身でも抑えきれないのではないかと思わせるほどに直情的で、その瞳は鋭く輝く。目にするもの、触れるものすべてが彼にとっては“謎解き”であり、そのすべてを解き明かし、燃やし尽くすような荒々しさがあった。

まだ互いの存在を深く知らない、始まりのふたりだからこそのヒリついた距離感が、生演奏の旋律に乗って激しく交錯していく。この2人が交わる瞬間、そこにはすでに、新たな歴史の幕開けにふさわしい圧倒的な引力が生まれていた。
この日、特に大きな熱量を放っていたのが、アンサンブルも含めた大人数が一堂に会するオープニングナンバーの稽古だ。
イントロが鳴り響いた瞬間、稽古場の空気は一変する。そこに立ち現れたのは、息をのむほど壮観な光景だった。家督を継ぐ長男アルバート・ジェームズ・モリアーティ(久保田秀敏/泰江和明)、三男で家政の管理や実務をこなすルイス・ジェームズ・モリアーティ(山本一慶/百名ヒロキ ※百名は諸事情によりこの日の稽古は欠席)、忠誠心の厚いウィリアム腹心の部下セバスチャン・モラン(佐々木崇)、英国の犯罪ネットワークに精通するフレッド・ポーロック(宮島優心[ORβIT]/新谷聖司)――宿命の幕開けを告げる音楽に乗せて、モリアーティ陣営がズラリと居並ぶ。その圧倒的な存在感と威圧感は、これから始まる “犯罪卿”の過酷な闘いを予感させるに十分な説得力を持っていた。

さらに、物語の核となるウィリアムとシャーロックの「象徴的な構図」が、これでもかと詰め込まれていく。2人が互いの存在を背中で感じ合うようにピタリと背中合わせになる瞬間。そして、セットの上に気高く立つウィリアムを、地上からシャーロックがじっと見上げる瞬間――。まだ決定的な交わりを持つ前の2人でありながら、視線が交錯した刹那に生まれる火花のような緊張感に、観ているこちらの胸が熱くなる。

シャーロックの良き相棒であるジョン・H・ワトソン(鎌苅健太/橋本真一)や、スコットランドヤードのジョージ・レストレード(髙木俊/伊藤裕一 ※髙木と伊藤はジェファーソン・ホープ役との2役)、家主のミス・ハドソン(七木奏音)といったホームズ陣営との交錯は、欲望や思惑、そして様々な事件の気配が立ち込め、幕開けの段階から混沌として、そして贅沢に散りばめられていた。


このドラマチックな世界観の土台を支えているのが、ロンドンの街に息づく人々を演じるアンサンブルの面々だ。激しい群舞や重厚なコーラスが加わることで、シーンの迫力は何倍にも膨れ上がっていく。一人ひとりが自身の役の背景を噛み締めながら動いているからこそ、大人数であっても一糸乱れぬエネルギーの塊となって押し寄せる。
続いて、休憩を挟んで行われたのは、第二楽章。ブリッツ・エンダース伯爵(小南光司/内藤光佑)が登場する、豪華客船「ノアティック号」の場面だ。

裏で人身売買に関わり、貧民層の人々を「人間狩りの獲物」として虐殺しているエンダース。まるで余興か何かのように冷酷に、狂気じみた様子で銃殺するシーンは、強烈なインパクトを放つ。先ほどまで、笑顔で話していた好青年とは思えないほど、狂気じみた表情を見せ、貴族の歪んだ特権意識が小南・内藤の熱演によって生々しく立ち上がっていくようだった。
長時間にわたる稽古は、集中力も求められる。何一つ取りこぼさず、完全なるステージのために全力を尽くす。キャストはもちろん脚本・作詞・演出の西森英行氏らあらゆるスタッフも含め、そんな演劇人たちの姿だけが、この稽古場にはあった。
今回の取材を通じて肌で感じたのは、「Op.」と「Reprise」という2つのチームが互いに刺激し合い、ひとつの大きなファミリーとして作品を高め合っている、圧倒的な一体感だった。物語の骨組みは同じでありながら、対峙する役者が変わることで、そこに流れる空気や人間ドラマは異なるグラデーションを見せることになるだろう。さらに7月の特定の公演では、本作の楽曲を生み出してきた音楽・ただすけ氏自身による生演奏回も控えており、さらなる音楽的進化への期待も高まる。
キャストもスタッフもそれぞれの信念を携え、モリミュのさらなる高みを目指して突き進む稽古場。やがて舞台上に立ち上がる「始まりの物語」は、観客の胸にどんな明かりを灯すのだろうか。
公演は2026年6月27日(土)~7月19日(日)まで、東京・天王洲 銀河劇場にて上演される。
取材・文:宮崎新之
