ハイバイ「ワレワレのモロモロ 東京編」 岩井秀人 インタビュー

私小説ならぬ私舞台!
事実はフィクションより面白い!

 

観る人によって違う感想を持つのは当然だが、ハイバイほどそれが顕著な劇団もない。「自分は必死に涙をこらえているのになぜみんな爆笑を?」ということがほとんどの観客に起きるし、「作者が言いたいことはこれだ!」と確信したことを作・演出の岩井秀人は爪の先ほども考えていなかったりする。そこには、チャップリンが言った「人生は近くから見れば悲劇だが、離れて見れば喜劇」の遠近法を、演劇の力で操る不思議な作劇術がある。『ワレワレのモロモロ 東京編』は、それを実感するのに最適の公演だ。

 

―― 『ワレワレのモロモロ』は、これまでENBUゼミ岩井クラスの卒業公演や、東京外でのワークショップ(WS)で展開されてきました。参加した人に自分の体験を話してもらって、それをみんなで演じてお芝居にするという。

岩井 これは僕がずーっとやりたいと言っていた企画で、少しずつやってきたことを、いよいようちのメンバーと、(客演で)お馴染みの荒川良々さんや師岡広明くんを交えて、お客さんに観てもらえることになりました。

 

── 個人の体験をお芝居にするのは、演劇のWSでは珍しくない気がしますが、『ワレワレのモロモロ』は、その体験が「酷い目にあったこと」と限定しているのが特徴ですね。

岩井 完全に僕の嗜好です(笑)。でも「おもしろい体験談」だとただのネタになって、伝わるのが本人とその周辺に限定されることが多いんです。酷いことのほうが、聞いているほうも引き込まれるし、話している本人も追い込まれる。喜劇より悲劇のほうが深みや厚みみたいなものがあるんじゃないですかね。酷い体験にも幅があって、以前、ある地方のWSで「本当に酷くていいですか?」と聞いてきた人がいて、その時に僕、一瞬考えたんですけど「いいですよ」と言ったんです。そこで「ちょっとやめときますか」と言うのはズルな気がして。結果的にものすごく意味があるものができたし、そこにいたいろんな人が何か感じてくれた気がしました。

 

―― 台風の目は静かだけど、周囲には風が起きますよね。本当に酷い話はそういうものなのかもしれませんね。

岩井 ああ、そうかもしれない。つまり、まだ物語化されていない、原石の可能性があるというか。人に話しやすいってことは、すでに文脈が世の中にあるということなんじゃないかな。芸人さんが「うちは貧乏で」と言った瞬間に、もう多くの人が共通のイメージをキャッチできるじゃないですか。だけど、例えば家族間で恋愛に似た感情を持ってしまったという場合は、まだ受け取り方がわからなくて戸惑うし、話すほうもものすごく勇気が要るけど、そういうことこそ実は価値があるのかもしれません。

―― 具体的にはどういうつくり方をするんでしょうか?

岩井 稽古場で順番に話してもらって、それを本人に2日間ぐらいで脚本にしてきてもらいます。気を付けるのは、書いてもらう時に、最初に話した時のみんなのリアクションを覚えておいてもらうこと。自分では当たり前だと思ってスルーしていた部分が、みんなからツッコミを入れられたり、意外なところで爆笑されたりするわけですよ。だから録音もして。

 

―― そういう反応によって、自分の体験に対して客観的になれる。

岩井 ええ。その時点で、俳優さんにとってすごくいい経験になると思うんです、台本というものについて考えられるから。よく僕、再演をしてようやく初演になるみたいなことを言いますけど、その縮小版と言うのかな。台本を書く段階で初演を済ませていることになると思うんです。みんなに話して、反応があって、それを録音したものを元に書くから。僕の役割は、みんなが書いてきた台本を読んで、自分が聞いた時の印象を言う。「この時の犬、もっと吠えてた気がするよ。だから怖いと感じたんじゃないの?」とか。そこからだんだん僕の体感を入れていきます。

 

―― 今回初めてプロの俳優版となりますが、何が変わってきそうですか?

岩井 手順としてはいつもと同じでと思っているんですけど、まず俳優としてできることのレベルが全然違う。たぶんほとんどが自分で自分の役をやるとして、自分の言葉も客観的に言えるでしょう。普段からそんな話(酷い体験談)をしているんですけど、うちのメンバーも結構持っているし、荒川さんもああ見えていろいろありますから(笑)、かなり期待できると思います。

 

インタビュー・文/徳永京子
Photo/平岩享
構成/月刊ローソンチケット編集部 10月15日号より転載
写真は本誌とは別バージョンです。

 

【プロフィール】

■岩井秀人
イワイヒデト 1974年生まれ、東京都出身。高校入学直後に不登校となり、数年間の引きこもり生活を経て、’03年、ハイバイ結成。’12年、初のテレビドラマの脚本で向田邦子賞を、’13年、『ある女』で岸田國士戯曲賞を受賞。