約20年間に渡ったデュオでの活動に終止符を打ち2019年よりソロアーティストとしてその名を継続している「が~まるちょば」。言葉を使わず、自身の身体のみでパフォーマンスをする彼が、ソーシャルディスタンスを保つ必要がある今だからこそソリストとして意味のある舞台芸術作品を上演する。年齢、性別、人種、国境を越えてどんな人でも同じ瞬間に楽しみ、感動できる作品を届け続けている「が~まるちょば」がパントマイム愛たっぷりに語った合同取材会の模様をレポート。
――が~まるちょばさんといえばトランクを使ったパフォーマンスが思い浮かびますが、今回はトランクを使わずストーリー仕立ての作品のみの上演と伺っております。
「ずっと2人でやってきた時は、いわゆるパントマイムと呼べるか分からないストリートショーのパフォーマンスと、台本があるモヒカン姿ではない言葉をしゃべらない役者として存在して舞台で表現する作品の二足のわらじでやってたんですけど、どうしてもストリートパフォーマンス的な面が先走りして、が~まるちょばがモヒカン姿の面白い2人というパフォーマーとしての認識がものすごく強くなってきたんです。もともとパントマイムを世の中に知ってもらいたいと活動してきた僕は、その状況を困ったもんだと思っていて、僕自身はパントマイムの力を信用しているというか、愛しているのでそれを世の中に知ってもらいたい。それは本当に皆が知らないだけで僕らみたいなパントマイムの表現者のせいでもあるんですけど、やっぱりマルセル・マルソーさんのイメージが強くて、もちろん彼も本心ではないと思うんですけど、表現という物をイリュージョンとして捉えられちゃう。無いものを有るように見せる表現がイリュージョンとして捉えられてしまうパントマイムに僕としては不満があるので、今回はトランクとかパフォーマンスっていうものを排除して、ひとりのパントマイム・アーティストとして舞台に立って認識してほしいという思いからストーリー仕立ての作品のみにしました。」
――ストーリーを考える際はどのような所からヒントを得られているんでしょうか?
「僕はパントマイムを始めて30年くらいになるんですけど、パントマイムを始めてからどんなものが作品になるか自分の中に養われてきてアンテナが育っていく。何を見てもどんな事をしていてもやっぱり無意識の内に「あぁこれパントマイムに出来るな」っていうアンテナに触れるんですね。そういった意味ではいま皆さんの前に立っているこの状況が作品になったら面白いだろうなとか、そういう事を考えます。だから何でも作品のヒントになるといえばそういう事になります。ただ困った事に「パントマイムって何でも出来るんでしょ?」ってよく言われますが、何でも出来る訳ではないです。もちろん面白くならないものもあるし、無い物を有るように見せる技術はこの世にありますから。何でも出来るって感覚で捉えられがちですけどそうではないんですよね。」
――コロナ禍でソーシャルディスタンスを保つ必要がある今だからこそ、ソリストとして意味のある舞台芸術作品をという事ですが。
「エンターテイメントも今は大変な状況になっていると思います。ライブが人と人との空気を伝える、感覚を伝えるという物ではなくて、画面の映像を通してやっていく形にどんどん変わってきているとは思うんですけど、それを受け入れなければいけないと思いながらも、やっぱりお客様を前にしてやりたい、敵うものはないと思ってるので、お客様を前にしてやる意味ですよね。パントマイムって言葉を使わない、けれども言葉以上のことが伝わるんですよね。それって画面の中を通してできるのかっていうと、画面って誰かが切り取ったものが見ている人の前に届けられてるっていうだけで、舞台の場合は切り取る部分はお客さんの選択肢もありますし、映像とは違う部分があるので舞台を続けなければいけないんだろうなっていうのはあります。ソリストとして……舞台あっての僕という思いがあって、僕の場合は帰るところが舞台というか。人を前にしてやることが僕の帰るところになる、ということですね。」
――前作ではR-15指定を設けられていましたが今作で設けられない理由は?
「R-15指定にしたのはが~まるちょばのストリートパフォーマンス的な面が先走りしたイメージをどうしても払拭したいという思いがあって、もちろんパントマイムは年齢を問わず誰でも楽しめますけど。海外に行くと舞台に足を運ぶ習慣があるんですよ。10年以上前の話ですけど日本は舞台よりテレビだよなって思っていたんです。でも歌舞伎、落語、舞台に足を運んでいるお客さんの姿を見て、日本も捨てたもんじゃないなって思ったんですね。パントマイムを知ってもらいたいんだけど、お客様に求められるものが僕らが舞台で表現したいものとは違うものとして捉えられてるから、やっぱりパントマイムを劇場に足を運ぶ大人の人に知ってもらいたいと。歌舞伎だったり、落語だったり、色んな舞台があって、ストレートプレイもそうですけど、ミュージカルしかり、そういう大人の人たちにパントマイムっていうジャンルに足を運んでもらいたいと思ったんです。パントマイムって観る人の経験値で色んなイメージをするから楽しい。僕らが言葉を発せず、舞台セットも使わないのは理由があって、観る人がそこに何を観るか、何が聞こえてくるかって言うのはやっぱりその人の経験値で全然変わってくる。それがパントマイムの素晴らしいところなんですよ。」
――公演を観たことが無いお客様に内容を具体的に教えていただけますか?
「全て決まってる訳ではないので言えない事はありますけど、今のモヒカン姿、スーツ姿ではほとんど出てこないです。内容としては大体いつも2時間くらいで。カツラをかぶって、衣裳を変えて、言葉もセットも使わずストーリーが進行します。言葉でお客さんに伝えるのではなく、僕が体一つで動いて役を演じる事でお客さんの心が動く、そういった表現を楽しむものです。それが、笑いだったり、涙につながったり。パントマイムでコメディだと何となくイメージできるかもしれないですけど、今回『指環』という作品をもう一度やらせてもらおうと思っています。40~45分くらいの作品で、今まで観てくれたお客様には涙してくれる方もいらっしゃいました。他にもさまざまなキャラクターを演じる短い10分とか、5分くらいのストーリーもやります。例えば、ある時はオジサンだったり、ある時は子供だったり、女性だったり。パントマイムには無対象といって、ここで存在してるのは僕なんだけれども、見ている人には3人も4人もいるっていう表現の仕方があるんですよ。」
――なぜ『指環』を選ばれたのでしょう?また今回上演されるにあたりアップデートはありますか?
「単純に『指環』を観ていただきたいからです。前回は小さな劇場だったので見え方も変わってきただろうし、今回は少し大きな劇場で演じるので、そこでまた観てもらいたいという思いがあったんです。笑いや感動などが詰め込まれている『指環』という作品を観ていただくことで、パントマイムを観たことが無いお客様の意識が絶対変わると思っています。アップデートというならば常にアップデートですよね。作品は育つものなんです。実は『指環』を作ってから10年以上経ってるんですが、最初の頃に比べたら随分変わってきている。だからそれは当たり前ですし、より良いものをやりたいと思っていますので必ずアップデートしますね。最近で『指環』をやったのは昨年ですけど、そこから僕は2つ年をとる事になるんです。そうすると2つ年をとった人がやるものと2つ若い人がやるものってやっぱり違ってくるんですね。昨日と今日でも違ってきますし、台本が変わるのかというと別の話にはなるんですけど、そういう意味でのアップデートは必ずありますし常にブラッシュアップさせてもらいます。
新作もやります。やらなきゃいけないなぁと思っているし、新作を作ることがパントマイムを学ぶ一番の近道なんです。だから僕の仕事の第一は作品を作ることで、それをやらないって選択肢はないですね。」
――ソロになられてかなり大きな状況の変化だったと思うのですが現在どのような思いを感じていますか?
「20年間2人でやらせてもらっていましたけど、その前はソロで活動していたので、最初に戻ったっていうことで自分としては状況としては変わってないかなぁと思いますね。ただ、周囲は2人が1人になったという事で見え方も変わってくるし、あと一番変わったのは作品の作り方ですね。2人の時に作品を作るのと1人の時に作るのとでは表現的にやっぱり違ってきて、その部分で頭の切替えというか最初は少し戸惑ったことはあったなぁ。」
――心細さなど内面の変化はあったんでしょうか?
「それは無いですね。1人になった事っていうのはこれも何かのターニングポイントなんだなぁと思えて、ステップアップとして捉えて寂しさとかは無かったです。でも1人になって初めて2人の時のありがたさは感じましたね。2人いるとこういう表現は楽なんだなぁとか。僕1人で作品を作るときは、自分でやっているのを映像で撮って、見て、ダメ出しながら作っています。だけど2人の時は僕の役を相方にやってもらってという時間の短縮が出来たのが無くなっちゃったので、ちょっと時間がかかるなぁと思ったり。ただ1人になってもともと僕がパントマイムを始めた時の気持ちに戻った感覚というのは強くありましたね。それとパントマイムを生業にしてる人って殆どいないんじゃないかなぁ。教える仕事は多分いるとは思うんですけど。だから、これで食べていけなかったらパントマイムをやる人数も増えないですしね。何とかしたいなぁと思うんですけど。」
が~まるちょばから「パントマイムって、見たことある人いますか?」記者に逆質問する一幕も。
「パントマイムって?と聞くと、「町で止まってる人ね。壁とか綱引きとか、見えないものを有るように表現する人でしょ。」とか、そういう風に捉えられてて。僕、奇しくもこの前テレビに出た時にパントマイムのパフォーマンスをやらせてもらえたんです。そうしたら「パントマイムってストーリーがあるんですね」って言われたの。僕としては当たり前の事だったんですけど、そう言われてちょっとビックリしたんですね。あぁそういう認識なんだなぁって思って。ますます僕の仕事が増えてきたなぁって。本当にね、凄いんですよ、パントマイムって。言葉をしゃべらないのに見てる人が泣くんですよ。笑うんですよ。それってどういう事なんだろう、どういう事が起こってるんだろう。逆に観ている人も自分の心が動くって事に気付かされるっていうのはやっぱり凄いと思いますよ。それをパントマイムの人は出来るって。その力を僕は何かやらなければいけないんだけれども、舞台に足を運んでもらえなかったらそれも出来ないし、伝えることも出来ないんで是非観に来て下さい!」