福岡の初夏の風物詩でもある『六月博多座大歌舞伎』。新型コロナウィルス感染拡大の影響による昨年の中止を経て、6月5日より2年ぶりに幕が上がった。多くの人がこの日を待ち侘びたことだろう。
ここでは初日を数日後に控えて行われた尾上菊之助さんへのインタビューをお届け。菊之助さんは、昼の部の『与話情浮名横櫛』(通称『切られ与三』)、夜の部の『身替座禅』に出演する。
ーー『切られ与三』は二度目で、『身替座禅』は初役です。菊之助さんにとってこの2つはどんな演目でしょうか。
『切られ与三』は、1999年博多座開場(『柿葺落(こけらおとし)大歌舞伎』)のときに父が演じており、初役の時に父から教わった、私にとって大切な演目です。これを父と同様、博多座さんでできることをとてもうれしく思っています。与三郎を初めて演らせてもらった(2014年南座)とき、相手役であるお富は今回と同じ(中村)梅枝さんでした。前回よりももっと二人で作品の魅力を伝えられるように、相談しながら勤めたいと思います。今回は多左衛門に(中村)梅玉兄さんが出てくださいますので、胸を借りて演じたいと思います。
ーーずばり、『切られ与三』の見どころを菊之助さんからお聞かせいただきたいです。
歌舞伎の古典演目の魅力は、お客様が別の時代にタイムスリップできることだと思います。江戸の風情をもった与三郎とお富や、ほかの出演者にも注目して、江戸情緒を感じていただきたいです。歌舞伎ならではの名ぜりふのオンパレードですので、江戸の空気に浸っていただけると思います。
ーー夜の部は『身替座禅』ですね。
新古演劇十種の『身替座禅』は、音羽屋にとって大切な演目です。私もいつかはと思っていたところ、今回この博多座さんで念願が叶いました。父から指導を受けて、曽祖父・六世菊五郎が初演した『身替座禅』を引き継いでいきたいと思っております。
ーー山蔭右京は恋する花子のところへ遊びに行ったことが、奥様に知られてしまう。ユーモラスで人間らしいところが盛り込まれている作品です。
歌舞伎の海外公演では、字幕や解説が必要なことが多いのですが、『身替座禅』は、海外のお客様が字幕なしでもわかりやすく、大笑いするという話があります。
ーーなるほど、よくわかります。
男女や夫婦間の問題は日本のみならず、世界共通なんだということを認識できる演目なのでしょうね(笑)。初めて演じますが、お狂言からきている演目ですので、ふんわりとしたお狂言の魅力というものを踏まえながら、ユーモラスな右京を演じられればと思っています。
ーー『身替座禅』の後半では、恋とお酒に酔った右京の姿が見られますが、客席で観ているとまるでお酒の香りがしてきそうな、そんな錯覚にも陥ります。
右京は浮気をして酔態で帰ってきてそのまま、奥さんの前でおのろけをいってしまいます(笑)。酔って演技するというのは歌舞伎ではたくさんあるんですけれども、難しいですね。そこは自分にとって課題だと思っています。
ーーそうですか。酔う演技をする際は、お酒を呑まれるときに意識されたりするものでしょうか。
お酒を呑む役の前にはちょっと酒量が増えるかも知れません(笑)。
ーーちなみに、菊之助さんご自身はお笑いはお好きですか?
大好きです!小藪千豊さんの出ている吉本新喜劇は大好きですし、お笑いコンビの流れ星☆のお二人も大好きです。
ーーテレビなどでご覧になって、参考になさることはありますか?
何気なくやってらっしゃるように見えて緻密に計算されていることだと思うので、簡単には真似ができません。
ーーお話は変わりますが、緊急事態宣言下で、新しく始めたことや興味を深めたことがあったらお聞かせください。
久しぶりに英会話を始めたことと、あとは料理でしょうか。ぬか漬けを作ったり、餃子を焼いたり、ラタトゥイユを作ったりもしました。
ーーいつかはまた海外公演や旅行にいらっしゃることも……
行けるときがきたら以前より話せたらいいと思っておりますが、英語はなかなか難しいですね。
ーーお料理はご家族に振舞われますか?
子どもたちに食べてもらいました。ドラマ『グランメゾン★東京』(2019年TBS系放送)に出演した際、包丁をいただいたのですが、その包丁があまりにも切れ味がよくて、形もきれいで。牛刀包丁を追加で買いました。
ーーそんな日々をお過ごしになりながらも、歌舞伎への思いは募っていたのではないでしょうか。
劇場が開かないときにはこのままどうなってしまうんだろうという恐怖感はありました。歌舞伎がなくなってしまうのではないかとも思いました。
ーーその時期を経て、感染症対策をしっかりと行った上で、歌舞伎は再開されました。そしていよいよ『六月博多座大歌舞伎』が幕を開けます。大変期待しています。
緊急事態宣言が延長になり、お客様も足を運びづらい状況ではございます。検温をしていただいたり、劇場内では会話をあまりしていただけないなど、ご不便をかけてしまいますが、昨年できなかった分の思いを込めて演じたいです。座組も演目も昨年予定していたものとほぼ同じで来させてもらいました。劇場にいらしていただければ、このコロナ禍の状況を少しでもやわらげていただけるような、ほっとひと息ついていただけるような舞台にしたいと思っております。
ーー最後に読者へのメッセージをお願いします。
今回の演目は、舞踊、世話物、義太夫の時代物、そして舞踊劇と歌舞伎の魅力が詰まったバラエティ豊かな内容となっております。しかも今回は昼の部は恋の話、夜の部は夫婦愛の話とわかりやすい演目です。難しいことは考えずに筋立てを大まかにつかんでいただき、歌舞伎の良さに触れていただきたいです。歌舞伎をよくご覧いただく方も、そして初めての方も、ぜひお越しいただければと思っております。
ありがとうございました。
昨年の歌舞伎の上演中止に話が及んだとき、しばらく目を伏せてこらえるようにされた様子が胸に響いた。涼やかで華があり、心ある演技で観客を惹きつける菊之助さん。今回の新境地で博多のファンをどれだけ魅了することだろう。ぜひ劇場で見届けてほしい。
チケットの詳細は下記の公演概要よりご確認ください。
■Profile:尾上菊之助
’77年8月生まれ。東京都出身。七代目尾上菊五郎の長男。’84年2月歌舞伎座「絵本牛若丸」で六代目尾上丑之助を名乗り初舞台を踏む。96年、歌舞伎座「弁天娘男女白浪」の弁天小僧、「春興鏡獅子」の小姓弥生後に獅子の精で五代目尾上菊之助を襲名した。また、歌舞伎以外に蜷川幸雄の舞台などにも出演し、2005年にはシェイクスピアの戯曲を『NINAGAWA 十二夜』として蜷川演出で実現させ、読売演劇大賞杉村春子賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞など多数受賞。歌舞伎以外の世界でも活躍も見せ、映画やTVドラマなどにも出演。近年では2019年にTBS系で放送されたTVドラマ『グランメゾン★東京』で、主演の木村拓哉にライバル心を抱く丹後学役で出演していたのも記憶に新しい。
◆◇◆こぼれ話◆◇◆
普段の福岡ではお寿司やお肉、水炊きなど毎回、舞台後の食事を楽しみにされているそう。今回は「いつも伺っているお店にテイクアウトをお願いしようかと思います」
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取材・文:山本陽子
撮影・編集:ローチケ演劇部(シ)