ネタバレ不可能。飛んで跳ねて、歌って踊って。躍動する身体から発せられる生命のバイブレーションは、到底言葉では言い尽くせない―――! 喉元までせり上がった歓声を、心からの拍手や手拍子に換えて、舞台と呼応する。そんな一体感も楽しいミュージカル『SINGIN’ IN THE RAIN 雨に唄えば』。日本でも絶大な人気を誇る世界的バレエダンサー、アダム・クーパーが降りしきる雨の中を歌い踊り、恋をする。ジーン・ケリー主演の不朽の名作映画を舞台化した決定版、ロンドン版来日公演が遂に東京で開幕し、大入りの観客を沸かせている。
14トンもの雨水を盛大に“自ら浴びに行く(!)”黄色いレインコートの集団が続々と客席前方を埋め尽くす中(この光景を目にするだけでもワクワクする)、グッズを大事そうに抱える人、大判のビジュアルブックのようなパンフレットに見入る人、子供の手を引く家族連れまで、老若男女がソワソワと行き交う場内。ウォーミングアップするオーケストラの演奏音とも相まって、いやが上にもテンションが上がっていく。
(★大阪公演のSS席特典はレインコートではなく特製パーカー)
本番のステージでは、開幕を待ち望んだ演者らがステージ奥から生命の塊となって踊り出る。まるで喜びのファンファーレを体中で表現しているよう。一つひとつの動きには一切の無駄がなく、振付のように美しく滑らか。それでいて、個々が別々の動きをしながらもリズムに合わせ、あれよという間にがらんどうだった空間に活気あふれるサイレント映画のスタジオを立ち上げる。その手際の良さと言ったら!完璧かつ複雑なフォーメーションをいともたやすく、文字通り歌い踊りながらスピーディーにやり遂げる本場エンターティナーのすご技に、開始早々目が釘付けになった。
物語の舞台は1920年代のハリウッド。隆盛を誇るサイレント映画だが、次第にトーキー(音声付き)映画の波が押し寄せる。スター俳優のドン(アダム・クーパー)は表向きはカップルを装う大女優リナが、悪声だったため新作のトーキー映画は大不評。起死回生を狙い親友の作曲家コズモ、若手女優キャシーとの3人でミュージカル化を思いつくが、リナの声をどうするかが問題となって……。
確固たる地位を確立したドンでさえ、音声付きの映画となれば話は別。演技力に自信が持てず弱音を吐いたり、どのキャラクターも苦手な部分や逆境を克服しようと奮闘する姿が人間味に溢れとってもチャーミング。悪役的立ち位置の大女優リナも、コミカルな言動が愛らしくて憎めない。撮影現場では表情こそロマンチックに演じつつも、口では字幕と異なる言葉を発したり、当時の“映画あるある”と言えそうなハプニングや身体を張ったネタで大いに笑わせる。
歌&ダンスで言えば、ドン、コズモ、キャシーがタップを踏みながら踊りまくる「Good Morning」が圧巻中の圧巻。まだ踊る、まだ続く、まだ止めないと見ているこちら側の肩が上がってきそうなほどの疾走感。最後には倒れ込んで終わる振付に、客席からの拍手がしばらく鳴りやまなかったほど。毎回が全力投球だ。さらに驚くのは、この後に一幕最大の見せ場のアダム・クーパーのソロ曲「Singin’ in the Rain」が待ち構えていること!
登場から袖に入る度、幾度となく衣裳や佇まいを変えては、出ずっぱりだったアダム・クーパー。永遠のカリスマ性にミドルエイジに差し掛かった今だからこそ出せる包容力が備わり何ともセクシーな彼が、「Singin’ in the Rain」では子どもみたいに恋の喜びを弾けさせる。無邪気に客席に雨水を蹴り込めば、待ち構える前列の観客も、その光景を見届けるその他大勢の観客も会場全体で楽しさを分かち合う。弧を描く水しぶきの美しさと、心躍る歌声に酔いしれる喜びは会場でしか味わえない。
見所は多く、アダムが片膝を付けば瞬時に王子様オーラが放たれるのもさすがだし、そのままキャシーに捧げる運命のラブソングはこの上なくロマンチック。相棒コズモはソロ曲「Make ‘em Laugh」が驚異的。チャップリンかはたまたドリフの大爆笑か、ドタバタ喜劇の博覧会みたいな超絶技巧ぶりには、笑いながらも瞬きを忘れて見入ってしまうほど。他にも緊張感漂う早口言葉の応酬や、とっておきの撮影OKタイムまで様々な趣向で楽しませる。何より大女優リナにおとしめられるキャシーを、観客もドンたちと一緒になって応援できるような演出が素晴らしい。フィナーレにはカラフルな群舞による「Singin’ in the Rain」も用意され、充足感いっぱい。観客の心にも晴れやかな虹色の空が広がるはずだ。
「世界中のすべての人をハッピーに」をモットーに2012年、ロンドンの名門「パレス・シアター」で初演され、連日満員の盛況ぶりで英国各紙で5つ星を獲得した本作。過去2回の来日公演で10万人を動員した決定版が、遂に大阪初上陸を果たす。これが最後のアダム・クーパーのドン役は見逃せない!
取材・文:石橋法子