劇団た組の加藤拓也が作・演出を手がける『もはやしずか』が、4月2日に東京・シアタートラムにて開幕する。
現代における夫婦の問題をベースに、解決することのできない問題の解像度を問う物語となる本作は、長い期間の不妊に悩み、治療を経て子供を授かった夫婦が、出生前診断によって生まれてくる子供が障害を持っている可能性を示され……という物語が描かれる。
出演は、橋本淳、黒木華、藤谷理子、天野はな、上田遥、平原テツ、安達祐実。
稽古がスタートしてしばらくした頃、加藤と橋本に話を聞いた話を前・後編に分けてお届けする。今回は後編。
冷静に準備したうえで感情で走る
――おふたりの話もうかがいたいのですが、橋本さんから見て加藤さんってどんな方ですか?
橋本 僕、『在庫に限りはありますが』(’19年)をやる前に加藤くんのインタビュー記事を読んだりしましたよ。どんな人かわからないから。
――その頃から印象は変化していますか?
橋本 いえ、プライベートな話もしないですし、ずっとミステリアスなままです。いまだに距離感も変わらないし。
加藤 逆に僕ってどんなイメージなんですか?
橋本 ええ?なに考えているかわからないのがまず第一にある。あと、見られてる感じがすごくする。
加藤 インタビュー記事だけ読んだらどうだったんですか?
橋本 めんどくさそうなんじゃない?(笑)
加藤 そうなんや……。
橋本 たまにはぐらかすじゃん、インタビュー。それがわかるんだもん(笑)。
加藤 自分がどんなふうに見えているのかあまりわからないんですよ。この前も若い俳優の子に「すごく怖そうだと思っていました」って言われて。全然そんなことないってことだけでまあ、3時間くらい話しました。
橋本 (笑)。稽古中に怒る、みたいな怖さはないけど、役者が嘘つくとすぐ見抜いてくる、という怖さはある。ちょっとやるとすぐ「やりすぎです」って言うし。
加藤 橋本さんは時々やりすぎちゃうことがあるからね。
橋本 いつもびくびくしながらやってますよ(笑)。
――でも楽しそうですね。
橋本 はい。僕は加藤くんの作家性も演出家としてもすごく信頼しているので、毎回楽しいです。いつも僕はただ身を委ねるだけですよ。彼がやるってことだけで、いい作品であることは絶対担保できるので。それに関わらせてもらえるのはありがたいなと思います。
――加藤さんは橋本さんのことをどう思われているんですか?
加藤 こうやって僕の株を上げてくれる。
橋本 ははは!
加藤 でも本当に、大きいところから小さいところまで器用になんでもこなす方だと思います。。丁寧で、エモーショナルな部分を大事にしている人だと。言われたことをはいはいと型取ってやっていくような俳優ではないです。中身のことを話せば、その“中身”に沿って立体になっていく。それを僕は見ているだけ、みたいなことがあります。
橋本 そうなんだ。
加藤 なんか例えば「役が感じていること」と「いま俳優自身が感じていること」の区別ってどこで線引きしますかっていうと、基本的にそこはすごく曖昧な関係です。でもそういう認識って人によって違うので。橋本さんとは、そこが曖昧だという前提がある中で、どうやって分別つけていきましょうか、という話ができるんですよ。したことないかもしれないけど。
橋本 (笑)
加藤 僕は、「演じる」とはいえ、顔も変わらないし、声も変えられないし、身体はそのままですから、「演技をしているようでしていないようでしている」みたいなラインがすごく大事だと思っています。
――その辺りは橋本さんはどんな風に思われているのですか?
橋本 エモーショナルな部分に関しては、昔はそれだけで走ってつまづいたこともありました。それで20代半ばくらいから、テクニックも必要だと思ったし、見せ方も勉強し始めて。だからいま言われたことで言うと、つくりかたは逆なんです、実は。ロジカルにつくっている。
加藤 いろんな引き出しがすごくあって、だから作品のトーンを理解してそこに合わせにいくし、場の感じとか真意を読み解いてその空気感に合わせにいくこともできる。そういうテクニカルな部分もすごく持ち合わせてるんですけど、ちゃんとエモーショナルな部分にアプローチをかけていくことができると思っています。
橋本 ありがとう(笑)。加藤くんの作品をやる時は特にエモーショナルな部分は大事にしています。そしてそこをつくるための準備もすごく必要ですね。
――準備というのは?
橋本 加藤くんは本当に繊細で細かいところを突いてくるので、感情で走ったときにもそこをうまく通り抜けられるように、まず最初の分析が必要なんです。いくつかある加藤くんのチェックポイントを無事に通過するために、冷静に準備したうえで感情で走ると、いける。
――だからロジカルなんですね。加藤さん、「繊細で細かいところを突いてくる」っていうのはどういうことですか?
加藤 わかりません。ホンの段階では僕の主観のみで出来上がっているんですけど、それを立ち上げていく中でいろんな人の主観が入ってくるじゃないですか。そうなると僕の主観だったホンというのは、ある種もう僕のものではなくなっていくので、そうなったものを違和感がないように均す、みたいな作業かもしれません。
橋本 いま稽古場でも、一歩一歩、一行一行解読しながら、加藤くんの求める色だったり音をみんなでちょっとずつ調整しているような段階です。皆さん達者で、加藤くんが言ったことをすぐ具現化できる方ばかりなので早いですけど、難しいはやっぱり難しいですね。
純粋に演劇をさせてもらっている
――加藤さんがこの作品で橋本さんに期待されているのは?
加藤 いい作品になればいいなってことくらいですね、本当に。いい作品になるために必要な人っていうことですかね。
――加藤さんの現場ならではのことはありますか?
橋本 加藤くんとやる時って、自分の今日の状態を否定して入ると絶対にうまくいかないんですよ。起きた瞬間の調子とか、膝がちょっと痛いとか、そういう違和感も全部肯定しながら役に乗っけるほうがいい。逆に「今日は調子が悪いな。でもがんばらなきゃ、やんなきゃ」みたいに自分の身体を否定すると、どこかでひび割れが出てきます。
――どうしてですか?
橋本 ちょっとの嘘が大きな嘘になっちゃうから。だから稽古で、自分と康二(役)のすり合わせをすればするほど、本番の強度が上がります。違和感を乗せても役がブレないし、逆にそれが新しい色になるんですね。そして今回、共演者が皆さん素晴らしいので、何を投げてもそれに合った球を返してくれる。皆さんを信頼しています。僕は漂うだけで、この舞台は成功するなと思います。
加藤 天才俳優がいますからね、平原テツっていう。
橋本 そうね! テツさんは本当に芝居しているかどうかもわからないくらいリアルなんですよ。
加藤 お客さんにはうまいってことに気付かれない。でも本当にうまい人ってそうだと思う。違和感がなさ過ぎる。
橋本 普通のお客さんがテツさんの芝居を見たら「俺もお芝居できるかも」って思っちゃうと思う。ラクにやっているように見えるから。相当の積み重ねがないとそこまでいけないんですけどね。
――橋本さんは加藤さんと演劇作品をやるのは3作目ですが、今作ならではの特徴などはありますか?
橋本 今回が一番難しいです。一番繊細かもしれない。相手役との呼吸感が大切で、例えば喧嘩のシーンでは、ハイペースで喋るんだけど、その中に瞬間的に、色なんてつけられないくらいのものをちゃんと一滴垂らさないといけないとこがある。そういう部分で求められる細やかさは、今までと比べられないくらい難しいです。加藤くんの作家としてのレベルが上がっているのか、求めているものがより複雑になっている。ワンセンテスの中で何回転調するんだってくらい。
加藤 たしかに振り返ると、書き方がちょっと変わった作品ではあります。まだやってないのに振り返ってるけど。
橋本 説明を省いている感じはとてもする。ただそれも、みんなで本読みをすると、一人で読んでいた時にはわからなかった部分がすごくわかったり、こうなんだろうなと思っていた部分が全然違う方向に進んだり、ここではあまり感情的にはならないだろうなと思っていたところで勝手に感情が上がってきたりして。稽古初日は驚きがありました。頭で理解できなくても、身体が勝手に反応するものが書かれているので面白いです。
――話は変わりますが、この作品は劇団公演とは違うようにつくられているのですか?
加藤 いや。むしろ劇団の匂いがすごくする……。
橋本 ははは!
加藤 いいのかアミューズってくらい。興行という側面がありながら、純粋に演劇をさせてもらっているので。そういう意味で「劇団」ですね。すごく作品に寄り添ってやらせてもらっています。
橋本 そうね。だからこそ本当に観に来ていただきたいです。迷っている方は観ないと後悔するよって強く勧めます! ぜひ劇場にお越しください。
加藤 (飄々と)面白いといいんですけどね。面白くない可能性もあるので。
橋本 (笑)
(前編はこちら)
【前編】「既にもう、またやりたいなと思っている」加藤拓也×橋本淳『もはやしずか』対談
取材・文:中川實穗