イギリスの若手劇作家ルーシー・カークウッドの新作として英国ナショナルシアターで上演されたスリリングな戯曲を、気鋭の演出家・加藤拓也の手により描き出す「ザ・ウェルキン」。
英国の田舎町で、少女サリーが殺人罪により絞首刑が宣告されたが、サリーは妊娠を主張。妊婦は死刑を免れることができるため、その真偽を判定すべく、助産師のエリザベスら12人の女性らが陪審員として集められたが――。
このたび、この「ザ・ウェルキン」がシス・カンパニー公演として7月7日(木)から東京・Bunkamuraシアターコクーンで開幕。8月3日(水)からは大阪・森ノ宮ピロティホールで上演される。
この重厚な物語に挑む、女優の吉田羊に話を聞いた。
――まずは率直な物語の印象についてお聞かせください
ヘビーなテーマですがユーモアがところどころに効いていて、二転三転の展開が非常に面白く、一気に引き込まれました。約250年前のイギリスが舞台なんですが、国や時代を超えて私たちが共感できる普遍性を感じます。 登場する13人の女性たちは、男性社会の横暴を非難する一方で、自分たちも母・妻・女という枠の中でマウントを取り合い傷つけ合っていて、それが精神的な攻撃である分むしろ残酷でいやらしくもあり、人間の業や欲望に対して、男女の差はないんだというシニカルなメッセージも受け取りました
――本作はイギリスの女性劇作家ルーシー・カークウッドによる戯曲ですが、彼女の個性を感じた部分などはありましたか?
相反するものの共存、というところが特徴的だと思いました。男と女、生と死、救いと罰、そういった相反するものを並列して描くことで互いを際立たせつつ、実は表裏一体でお互いを内包している存在なんじゃないか。そういう視点を感じながら読みました。そして、非常にシニカルな描き方も、彼女の特徴と思っています。例えば、祈りを捧げる場面でエリザベスが「祈るな」と叫ぶシーンがあるんですけど、神頼みをする敬虔な人々よりも目の前の命に懸命に立ち向かうエリザベスの方に温度を感じられて、むしろ敬虔な人々の方が滑稽に見えてしまう。そういう描き方が、非常に面白いですよね。
――演じられるエリザベスという女性については、どのような印象をお持ちですか?
彼女は自分が生きてきた経験値を信じるたくましい女性ですね。一方で、思想的には人の良心を信じようとする姿勢も感じました。助産師という職業柄、人間が生まれ持つ純粋さを経験として知っていて、人間はそうあってほしい、そうあってくれと願い続けている人です。
今回の作品は、女たちが嘘をつくんです。リジーもどこか、信じきれないというか…女性たちの中では一番信用できないかもしれません。セリフも、これは嘘なのか、真なのかをひとつひとつ確認していくことが、彼女の真実に近づいていく糸口なのかな、というふうに感じています。
というか、彼女自身の中でも、本心なのか、そうではないのかわかっていないのかも知れません。言葉にすることで、自分を言い聞かせているようにも見えますし。ただひとつ確実に言えることは、サリーを救いたいという思いだけは真実ということ。と言ったそばから、彼女が白熱すればするほど嘘に聞こえてくるのは疑いすぎでしょうか。おかげ様ですっかり女たちに翻弄されています(笑)。そのあたりは、見る方の受け取り方にお任せする部分になるかも知れませんね。
――大原櫻子さんとの共演になりますが、大原さんの印象は?
年明けに彼女がやっていた舞台(『ミネオラ・ツインズ』)を拝見しまして、一人二役を演じられていたんですが、その演じ分けが見事でした。何より、百戦錬磨の共演者の中でも堂々とした佇まいが印象的で、若い頃から音楽活動を続けてこられて、ソロ活動はもとよりスタッフさんも束ねて真ん中に立ち続けるというのは、想像以上に孤独との戦いでもあったんだろうなと、勝手に心の中で拍手喝采を送りました。
まだご挨拶くらいで、ちゃんとお話しはしていないので、どこか探り合いながら…という感じなんですが…私が演じるエリザベスと大原さんが演じるサリーの関係に似通っている感じもするんですよね。この距離感をあまり縮めないのも面白いのかな、と考えているところです。
――稽古で楽しみにしていらっしゃることは?
今回は、本当に個性的な女優さんが揃っていますよね。おかげで、台本をひとりで読んでいるときも、自然とみなさんの声で再生されて、ひとりでこそこそと笑ってしまうんです(笑)。年齢も境遇もバラバラだからこそ、それぞれ違う価値観を持ち寄って、年齢など関係なく、遠慮せずにみんなで1つでも多く発見をして、深みを目指していきたいです。
また、今回の12人は全員出産経験者という設定です。劇中には「妊婦あるある」が繰り広げられるシーンもあり、未経験の私には大変興味深いのですが、ありがたいことに今回の出演者には経験者がずらりとおられますから、稽古でリアルな経験談を聴けるのが楽しみです。そういえば今日、恒松さんが西尾さんに9か月目の歩き方はどんな感じですか?と尋ねておられました。「ガニ股でお腹から先に歩く感じ」という答えに、横で聞いていた私も「ほほー」となりました(笑)。そういう意味では、男性である演出の加藤拓也さんが置き去りになってしまうかも(笑)。
―― (笑)。男1人で女性たちの中に飛び込んでくる加藤さんですが、彼の演出についてはどのようなイメージをお持ちですか?
加藤さんの作品を舞台で拝見していますと、人間の業ですとか、欲望といった、本来は他人に魅せたくないものを、名言を避けながらあぶりだすのが非常に上手い方だなあと。最大の誉め言葉として受け取ってほしいんですが、“気持ち悪さ”が癖になる舞台ですね。どろりと身に纏わりつくようで、決して気持ちよくはないし、スッキリもしない。むしろ苦しいし、気持ち悪いんだけど、観ずには終われない。
今回の作品でも、役者の作意的な間が生まれてしまいそうな説明セリフを気持ちよく整理されていて、そういう余計な感情を削ぎ落としたセリフ回しは加藤さんの得意とするところなんじゃないでしょうか。いやもしかしたら、必要最低限で会話をするチャットやメールが当たり前にある時代に生まれている加藤さん世代の特徴なのかもしれません。削ぎ落とすことで、逆に観客に考えさせる余地が生まれているようにも思いますし。
今回、女性はみな饒舌ではありますが、みんながお腹の中に一物を抱えながら対話する感じが加藤さんの作品世界にぴったりだなと思いますし、加藤さんよりもうんと年上の女優達のお芝居だけれど、加藤さんが作るからこそ、若い世代にも楽しんでいただける作品になるのではないかと期待しています。
前回、ドラマで加藤さんとご一緒したときは、そんなにしっかりとはお話できていないので、今回がまっさらなところからなんです。初めてお会いした時の印象は、物静かで淡々としていて、若いのに落ち着いた、体の重心が低い方だなと。今回、彼の目に座組みがどう見えて、そこから何を抽出し、作り上げていくのか、楽しみで仕方ないです。
――この物語は、女性たちに大きな決断を迫るお話です。迷いがありながらも決断を迫られたとき、吉田さんはどのようなことを大切にして決断されますか?
選んだことに言い訳をしない、ということは大切にしています。言い訳をするということは、それが本意ではなかったということ。何か大きな決断をするときは、もしかしたら誰かを傷つけてしまったり、自分が不安になったりすることもあるかも知れません。でも、そもそもの動機に立ち返って「自分が決めたんだ」とちゃんと言えるかどうか。言い訳する自分が本当に嫌いなんですよね(笑)。
かつては、言い訳してしまっている自分に気付く瞬間もありました。でも、私の場合はありがたいことに、そういう迷いのタイミングで言葉をくださったり、背中を押してくださったりする方が周りにたくさんいたので、自分の決断を信じてこられた。人に相談するようなタイプではないので、自分の中で答えは出てるんだけども、迷いを拭い去ってくれるような、これでよかったんだと思えるような言葉をいろんな先輩や周りの方からいただきましたね。
――舞台の面白さはどのようなところにあると感じていますか?
舞台は嘘であることが前提に成り立っていますから、表現の自由度が高くて想像の幅も広い。時代も年齢も性別も超えることが許されていて、遊ぶことができるんです。そこが舞台の魅力だと感じますね。
お客様からの反応があった時は、より舞台の良さを感じられます。今はコロナ禍でなかなか捉えにくいところもありますが、そんな中でも、お客様の方からお芝居に向き合おうとする気のようなものを、強く感じることもあります。お客様の反応から役者が乗せられていく部分は大いにありますし、その逆もしかり。本当に舞台って、お客様が入って初めて完成するものですね。
――お忙しくしていらっしゃるかと思いますが、自宅での過ごし方をお聞かせください。また、ハマっているモノなどはありますか?
私は家で過ごす時間が大好きで、いいよと言われたら、ずっと映画を見たり本を読んだりして、予定を決めずにだらだらと過ごすんです。お部屋はなるべく散らかさないように、と掃除もよくしますね。掃除が結構無心になれて、楽しくなっちゃうタイプ。むしろ、今はやらない方がいいタイミングで、電子レンジの掃除を始めたりしてしまいます(笑)。
不思議なもので、人間って追い込まれると馬鹿力が出るじゃないですか。そうやって時間をなくして、自分を追い込んでいる節はありますね。何か作業をしていても、頭の片隅に大事なことが浮かんでいて、これまた不思議と関係の無いことをしているときにアイデアが浮かぶんです。
あとは、着物ですね。アンティーク着物が好きで、以前は着物を着てお出かけしたりもしていたんですが、最近はコレクターになってきました。アンティーク着物は、誰とも被らない唯一性があるんです。私は本当に平凡な人間なので、特別な存在に憧れているんです(笑)。
――吉田さんのお着物姿やコレクション、いつか拝見してみたいですね。最後に、今回のお芝居を楽しみにしている方にメッセージをお願いします
18世紀に生きた女たちの、強く逞しい生きざまと魂の叫びを、時にユーモアを効かせながら情熱的に描いた物語です。彼女たちの嘘と真に翻弄されつつ、二転三転の展開に驚きながら最後の審判を見届けてください。ぜひ劇場でお待ちしております!
取材・文:宮崎新之