まったく新しい『オペラ座の怪人』というミュージカル
“もう一人のファントム”が悲劇とユーモアを極める!
『オペラ座の怪人』といえば映画化(2004年)もされたアンドリュー・ロイド=ウェバー(ALW)版が日本では有名だ。耳に残るあの旋律、ファントムと歌姫クリスティーヌの切ないラブロマンス……。だが、原作であるガストン・ルルーの小説『オペラ座の怪人』を最初にミュージカル化したのは、ケン・ヒルが遙かに先(1976年初演)だった。’84年の改訂を経てイギリスやアメリカなどで大ヒット。評判を聞きつけたロイド=ウェバーがこのケン・ヒル版を原点にしてALW版を誕生させた話は、ミュージカル界ではよく知られているという。日本でも過去5回の来日公演で25万人を動員。超有名ミュージカルの知る人ぞ知るレア・バージョンに、ピクリと反応する人は多いのだ。しかも、今回のファントム役は、来日ミュージカル初主演となるジョン・オーウェン=ジョーンズ。彼はロンドン・ウエストエンドにおけるALW版ファントム役の最多出演記録保持者(なんと約2000回!)。日本にも熱烈ファンが多い人気俳優の彼が、役名は同じでありながらまったく違うケン・ヒル版“ファントム”を演じる。彼には来日公演への意気込みを、応援サポーターの遼河はるひには募る期待を聞いた。
――ジョンさんと遼河さんは初対面とのことですが、もう打ち解けましたか?。
ジョン「遼河さんもそう思っているかはわかりませんが、お互い恋に落ちたようです(笑)。真剣に言いますと、実際の血縁の親族・家族ではないにしろ、似たようなつながりを遼河さんに感じます。アーティストとしてのファミリーの一員同士、という感じでしょうか」
遼河「同じと言っていただくのはおこがましいのですが……。ジョンさんは普段の会話がほぼジョークなんですよ。先日のコンサート(『ミュージカル・ミーツ・シンフォニー 2018』)ではすごく真剣に歌われ、声量もすごくて、本当に素晴らしかった。普段が気さくで楽しいぶん、ギャップが素敵だと思います」
ジョン「ありがとうございます。役者ですからね(笑)」
――来日ミュージカル初主演が『オペラ座の怪人~ケン・ヒル版~』になったいまのお気持ち、意気込みはいかがですか?
ジョン「仕事というのはいろいろな理由で受けねばならないこともありますよね、わたしにも家族があって、子どもがいて、高い靴が大好きな妻もいますから。でも、今回については、わたしがこれまで実に愛してきた作品ですし、まさかケン・ヒル版に自分が出るとは思っていなかったので、驚き、喜びました。プロデューサーから直接電話がかかってきて聞いた時、これはおもしろそうだと思いました。しかも日本でやるよと言われ、はい、とすぐに返事をしました」
――おもしろそうと思われたポイントとは?
ジョン「わたしはウエストエンドでALW版ファントムを何度も何度も演じています。でも、ケン・ヒル版をやるにあたっては、いままで学んだことを一度ぜんぶ忘れてチャレンジすることになります。よく知っている『オペラ座の怪人』という作品に、まったく新しく取り組む作業になる。これは非常におもしろくなるんじゃないか、と。とても才能のある役者たち、演出家、スタッフのみなさんが、わたしのプロセスを助けてくれると思います。稽古はニュージーランドでやるんですよ」
遼河「そうなんですか?」
ジョン「ええ。ニュージーランドで4週間稽古をしてから、日本で2週間上演します。新しい経験をいろいろすることになりそうですね。でも、別の地域での稽古は初めてではないんです。昨年はケープタウンでやりましたし、フランス、オーストラリア……、そして、やっと日本にやってきます!」
――遼河さんは大の『オペラ座の怪人』好きと伺いました。作品が好きですか、それとも好きなキャラクターがいますか?
遼河「どの登場人物にもそれぞれの切なさがあり、作品そのものが大好きです。共感する人物や場面は見るたびに違って、たとえば、若い頃はこう思ったけれど、10年経ったら別の見え方になった、自分の心情のせいもあって気づくところが違った、というようです。いまある状況や年齢によって違うものを感じさせてくれる、そんな作品だと思います。昨年12月にロンドンのウエストエンドで見た時は、本場でしたから感激しました。ここに彼がいるから言うわけじゃないですが、ファントムに感情移入しましたね」
ジョン「でも、僕のファントムじゃなかったでしょう?」
遼河「そうなんです。見たかったです」
ジョン「僕がベスト、一番のファントムですからね(笑)」
遼河「本当にそう思います!(笑)」
――ケン・ヒル版について一番知りたいのは、その魅力です。
ジョン「わたしにとって、この作品がこれまでのほかのミュージカルと大きく違う点は、劇中の音楽が作品のために作られていない、ということです。すでにある音楽に歌詞をのせているんですね。原曲が好きな方にとっては、きっと素晴らしく楽しみなことでしょう。本作に登場することで、好きな音楽のまったく違う形を楽しめるのですから」(注:ケン・ヒル版には、グノー『ファウスト』、ビゼー『真珠採り』ほか、ドボルザークやヴェルディなど、劇中の年代に活躍した作曲家による有名なクラシックが多彩に登場する)
――フライヤーには“悲劇”と“ユーモア”という真逆の言葉が並んでいます。『オペラ座の怪人』におけるユーモアとは?
ジョン「ブラック・コメディと言えるかもしれませんね。たとえば、階段から落ちて足を折りました、でも、笑ってしまいました!……とか。だれかが苦しんだり辛い思いをしているのは、見るほうも辛い。でも、あまりに辛いから笑っちゃうというユーモア、これがケン・ヒル版ではないかと。ユーモアが自分の中のある種の圧迫感を“リリース(解放)”してくれるんですよ。『オペラ座の怪人』はあまりにも暗いお話だし、ファントムはねじくれているから、それで、ケン・ヒルはユーモアで伝えようとしたんじゃないでしょうか」
――切なく、悲劇で、しかも笑っていいとは、心がジェットコースターになりそうです。
ジョン「光と影ですね。ロー(低いもの)&ハイ(高いもの)が味わえると思います。まさしくジェットコースターのように!実際、セリフの中にユーモアが入っていますよ。字幕になるかもしれませんが、そこも楽しんでいただけると思います」
――遼河さんもケン・ヒル版は初めて見ることになりますか?
遼河「そう、初めてなんです」
ジョン「ぜひとも、オープンハート&オープンマインドでいらしてくださいね。まっさらな気持ちで!」
遼河「ジョンさんがおっしゃる通り、まっさらな気持ちで観られることが一番の楽しみです。ALW版うんぬんなんてどこかに追いやってしまって、初めての作品だと思って劇場に行こうとわたし自身も思います」
ジョン「なにがどう違って、どういうことが起きるんだろう? 観客のみなさんはそんな風に思いながら劇場にいらっしゃることでしょう。もちろん、『オペラ座の怪人』というよくご存知の物語が繰り広げられますが、これが、まったく違う形なんです!ここ、強調してお伝えしたいところ(笑)!観客のみなさんは大変だと思いますよ。あの音楽が流れると思ったら流れない!と戸惑うでしょう。でも、超有名な物語を、実にユニークな形で伝えるのがケン・ヒル版です。本当に楽しみにしてほしいと思います」
遼河「わたしたちも宝塚で『ファントム』を上演した時、まったく新しい作品であると思ってやりました。ALW版じゃないことをまずは自分自身が受け入れられるのか、そんな不安もありましたけれど、まったく違う作品として演じきれました。お客様にも喜ばれ、比べられることもなかったですね。わたしたちが思うよりお客様は素直に、幕が開いたから瞬間から世界に入り込んでくださるから」
ジョン「わたしこそが一番ALW版に慣れ親しんでいますよ。どの役者よりウエストエンドでALW版ファントムを演じていますからね。観客のみなさんも大変ですが、わたしにとっても大変なチャレンジです。わたしがファントムを演じるからALW版だと思われるでしょう、でも違うんです!ぜひ、わたしが演じるまったく違ったもう一人のファントムを見てください。こうなると、アーサー・コピット&モーリー・イェストン版(注:『オペラ座の怪人』を基にした別作品のミュージカル『ファントム』)もやらないといけませんね。レアなポケモンを揃えるみたいにぜんぶのファントムをやる(笑)」
遼河「ぜひ観たいです(笑)」
――最後に、メッセージをお願いします。
ジョン「どうぞオープンマインドでいらしてください。素晴らしいファントムが出来上がります。わたしたちと素敵な一夜を過ごしましょう。わたし自身、これまでの舞台で一番心を動かされたのは、観客と演者がまさしく一体となり、一緒に一つの物語を作っていると感じられた時です。観客の方々が劇場に求めておられるのは、一つは現実逃避でしょう。物語をじゅうぶんエンジョイしていただけるよう、演者やスタッフみんなでお届けします。今回日本で上演するものを今後もやるかどうかわからないから、“ジャパン・オンリー”のステージになるかもしれません。どうぞ、お見逃しのないように!」
遼河「日本には『オペラ座の怪人』のファンも、ジョンさんの熱いファンも多いと思いますが、ALW版でファンになったという方には、ケン・ヒル版でまた違った彼が見られる、という2倍のお得があります。ジョンさんは不安とおっしゃるけれど、彼がALW版ファントムをやってきたからこそ、彼のケン・ヒル版ファントムが楽しみです。これは特別になります!」
スタイリスト(ジョン・オーウェン=ジョーンズ)/山田 直樹(WAREIKA)
インタビュー・文/丸古玲子
写真/ローソンチケット