この物語の冒頭から、観客は父が自殺することを知っています。
そして、この曲はまさにその時を描いた、生と死の境目、安らぎと苦しみの境目、“Edge”の曲なのです。
皆さんお分かりの通り、最終的に父は生死の境目を超えてしまいます。
自分で道路に立ってトラックに向かい合っていたのだから、事実として彼は自殺したのです。
ただ彼は、必死に自分の中で葛藤し、苦しみ、もがいていました。ふっと思い出される安らかな日常、そしてその日常から突然引き戻される行き場のない怒りと苦しみに翻弄されながら、ずっと戦っていたのです。その結果として、彼がトラックの前に立ちすくんでいたことは、彼自身の意思でありながら、望みではなかったのだろうと思います。
あと5分トラックが来なかったら、少なくともその時には、 父は生きてアリソンのいる家に戻っていたのではないだろうか、と私は感じています。そうであって欲しいという願いなのかもしれません。父の気持ちの揺れ、残されたアリソンの気持ちを思うとどうしてもそう思わずにはいられないのです。
父が苦しみと安らぎの境目にいることがとてもよくわかるこの曲。これまで述べてきた“緩急”とはまた違うのかもしれませんが、その唐突な表現は私たちを同じように不安にさせ、父の気持ちへと引き込んでいきます。
そんな難曲を歌い上げるのは、元劇団四季の実力派、吉原光夫。確かなその演技力と歌唱力で、狭間で揺らぎ続ける父の本当の気持ちをどう伝えて来るのか、とても楽しみです。
ちなみに、これは父の苦しみの曲ですが、私は母の苦しみも重要だと思っています。残念ながら今回の連載では解説できませんでしたが、劇中には『Days and Days』という母の想いが描かれた曲もあります。結婚した人がゲイだった妻の、娘がレズビアンと知った母の想い、言葉にできません。こちらはぜひ、劇場でご確認ください。
※子供時代のアリソン=小アリソン、大学時代のアリソン=中アリソン、大人のアリソン=大アリソン
文/ローチケ演劇部員(有)