ミュージカル『ジェーン・エア』が2023年3・4月に東京・東京芸術劇場プレイハウス、4月に大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて上演される。
本作は、1847年に刊行されたシャーロット・ブロンテ氏の長編同名小説を原作に、1996年にカナダでミュージカル化。その後、2000年にブロードウェイにてロングラン上演され、トニー賞で作品賞など主要5部門にノミネートされた不朽の名作。『レ・ミゼラブル』『ダディ・ロング・レッグズ』『ナイツ・テイル-騎士物語-』『千と千尋の神隠し』でも知られるジョン・ケアードが脚本・演出を手掛け、日本では2009年、2012年に上演されたが、今回は「新演出版」として上演される。作詞・作曲を手掛けるのは、『ダディ・ロング・レッグズ』『ナイツ・テイル-騎士物語-』でもジョンとタッグを組んだポール・ゴードン。
主人公ジェーン・エアとその親友のヘレン・バーンズを役替わりのWキャストで演じる、上白石萌音と屋比久知奈に話を聞いた。
「屋比久さんもそう思います!? ああ、ほっとした!」(上白石)
――『ジェーン・エア』の物語の印象からお聞かせください。
上白石「私はいま小説を読んでいるのですが、まず読みやすさに驚きました。古典って少し読みにくいイメージがあったのですが、ジェーンの独白で読者に語り掛けるスタイルで進んでいくのでスラスラ読めますし、読者に共感させる力がすごくて。1847年に書かれたお話ですが、『人って変わらないんだな』と思わされます。どんなふうに挫折するのか、そこからどうやって立ち直るのか、どうやって人に心を開くのか、人を好きになるってどういうことなのか……そんな心の動きが全部、『本当にその通り』と思える表現で書かれていて。そこがこの作品が人の心を掴んで離さない理由なのかなと思いました。お話としてはかなりドラマチックなんですけど、そこに通っている感情がリアルだから、そばにある物語として読めるんだと思います」
――特にどんなところに共感しましたか?
上白石「ジェーンは凛とした人なんですけど、物事を決めるまでにすごく逡巡するんですね。『言っていいんだろうか、ダメだろうか』とか、言ってしまった後にも心底後悔したり。とにかくもやもやし続けている人なのですが、でもそういうところがとても好きです。成熟しているように見えるけど、20代の女の子の部分も持っている。そこがすごく魅力的だなと思います」
屋比久「私も、身近に感じられる物語だと感じました。それはジェーンという人が親しみやすいからなんじゃないかなって。すごく強くてカッコいいけど、私たちが寄り添いたくなるようなチャーミングさと弱さと葛藤とを抱えている。そういうところがきっと、この作品がどの時代にも、どの国の人にも、愛され続けている理由なんだろうと思いました。ドラマチックに物語が展開する場面もあるんですけど、その中にリアルがあるので、ミュージカルとして描かれたときはまた違う魅力が溢れ出てくるんじゃないかなと個人的に思っています」
――ミュージカルだからこその魅力。
屋比久「はい、きっとミュージカルになることで、より伝わるものがありそうだなって。舞台には『うまくいえないけどグッときた』というような力がすごくありますから。照明とかメロディが入るタイミングとかそういうきっかけで、抽象的だったものが具体的に見えてくることもあると思いますし」
――今回、新演出版とはなりますが、現時点でミュージカル作品としてはどのようなところに魅力を感じていますか?
上白石「私はこの作品の音楽が大好きです。壮大なのに素朴で切実で、すごい曲ばかり。この物語を繋ぐにふさわしい楽曲というか、本当に強いところだなと思っていますし、今回は今井麻緒子さんが新たに訳詞を手掛けていらっしゃるので、この作品のファンの方々にとっても新しい『ジェーン・エア』になるんじゃないかなと、私もドキドキワクワクしているところです」
屋比久「(上白石が)おっしゃった通り、音楽がとても魅力的で。“素朴”という言葉に『たしかに』とピンと来ました。ドラマチックなんですけど繊細で美しい旋律が印象的で、作品の世界観や、物語から伝わってくる寂しさ、哀愁みたいなものがある。でも難曲ばかりだなって……」
上白石「屋比久さんもそう思います!? ああ、ほっとした!」
ふたり「(笑)」
屋比久「私はこれまでパワフルにぶつける歌が多かったので、今回はまた違うアプローチだなと思っていて。そういった意味でも自分にとっての大きな挑戦だと感じています。でも同時に私は個人的に萌音さんの歌声が大好きで」
上白石「いやいやいや、同じ言葉を返したいです」
屋比久「(笑)。だから今回、同じ役もやりながら、(同時に共演者として)舞台の上で歌声を聞きながら、そのエネルギーをもらいながら演じられるというのは、勝手に心強く思っていますし、うれしいし、その楽しみもすごくあります」
上白石「(しみじみ)こちらこそです。屋比久さんはこれまで演じていらっしゃったどの役もピッタリだという印象があって、そういう、お客さんが感じる安心感や信頼は、舞台役者として喉から手が出るほど欲しいものです。屋比久さんと言えば、歌声の力強さ、密度、情感の豊かさ、プラスめちゃくちゃ踊れる……逆になにができないんですか!?」
屋比久「そんな!(笑)」
上白石「若くしてミュージカル界をけん引されているトップランナーというイメージがあります。そんな方と同じ役をさせていただけることを本当に本当に頼もしく思っています」
「持ち寄るからこそ自分が大事にしたいものが見えてきたりする」(屋比久)
――ふたりで演じ合うジェーンとヘレンという役は、どう思われていますか?
屋比久「まずはやっぱり、ジェーンとヘレンというふたりを(役替わりで)演じるっていうのはすごく大変だなと思っています」
上白石「全然違う役ですもんね。生命力の塊のような人(ジェーン)と、すぐに天使が迎えにきてしまうような儚い人(ヘレン)。小さいときに出会って、その後もジェーンはヘレンに教えてもらったことをずーっと大事に生きている。ヘレンが歌ってくれた曲もずっと大切に歌われていく。お互いの心の中にずっとお互いがいるような、そんな二役を交互に演じさせようと思ったジョンは……!!」
屋比久「(笑)。私も話を聞いた時、『え!?』と。ジョンが、『片方をやることは、もう片方にとってすごく意味があるだろう』とこの二役でのWを決めたとうかがってすごい試みだと思いました。実際、その役として言葉を発するのと、台本で『この役はこういう人なのかな』と思って相手役を見るのとでは、全然変わってくると思います。怖いですけどね、どうなるんだろうって」
上白石「ひとつの役すら『時間が足りない』って毎回思うのに(笑)」
屋比久「ほんとに! だから協力できたらいいな」
上白石「じゃないと無理ですよね(笑)」
屋比久「みんなで話しながら詰めていかなきゃいけないだろうなと思います。私はWやトリプルで役を演じることが多いので、実際そうやって助けられることがたくさんありました。持ち寄るからこそ自分が大事にしたいものが見えてきたりもするし」
上白石「受けて立ちましょう、ジョンからの挑戦を!」
屋比久「ふたりで受けて立ちましょう!」
――(笑)。向き合っていかないといけないものがたくさんありそうですね。
上白石「はい。前回までロチェスターを演じていらした橋本さとしさんに『(ジェーンを)やらせていただきます』とご挨拶をしたときにも、『ジェーンは大変やで!』『たかちゃん(ジェーン役を演じた松たか子)もがんばってたで!』って(笑)。」
屋比久「わあ!」
上白石「本当に大変なんだ……と思いましたけど(笑)、今回はふたりいるので。喜びも苦しみもわけあって」
屋比久「半分こで」
上白石「ただ、さとしさんが『いまだに大事な作品だ』とおっしゃっていたんですよ。『いまだに心の中にある』って。そして『愛していれば大丈夫だよ』と言ってくださいました。そういう作品に出演できるって本当に嬉しいことですし、その中で悩んだりできるのも幸せなこと。なので、作品を愛して、ありがたく思いながら、一緒に立ち向かっていけたらいいなと思います」
――最後に、この作品では生きるうえで大事なものが出てくると思うのですが、おふたりが大事にしているものはなんですか?
屋比久「『私は』というところです。もともと自信を持てないところがあって、エイッて飛び込んでいくんですが、同時にすごく悩むというか、決められないというか。自分というものがそんなに強くなかったんです。でも最近、改めて『私がどうしたいか』を大事にしたいなって。そこを大事にして生きたいと思っています。『私は生きたぞ』っていつでも言えるように。そうやって選んで、いろんなことを楽しんで生きていけたら、すごく充実した人生だったって思えるんじゃないかなと思うから」
上白石「私は、ひとつ前に演じた(『ダディ・ロング・レッグズ』の)ジルーシャからの受け売りなんですけど、『想像力』を常に大事にしたいなと思っています。想像力はこのお仕事には必要不可欠で。役を膨らませていったり、実際に自分の身に起きたらどうなるんだろうと考えることは大切なことですし。逆に普段の生活でも『自分がこういうことを言ったら、この人はどう思うだろう』とか『どういうことをすることが相手にとっていいんだろう』とか、違う人の立場に立って考えるということはすごく大切な気がしています。いつでも相手を慮れる人、想像力を無限に働かせる人でありたいなと思っています」
取材・文:中川實穗
写真:篠塚ようこ
ヘアメイク(上白石萌音):冨永朋子(アルール)
スタイリスト(上白石萌音):嶋岡隆、北村梓(Office Shimarl)ヘアメイク(屋比久知奈):武部千里
スタイリング(屋比久知奈):tavatha