悪童会議 旗揚げ公演『いとしの儚』茅野イサム×佐藤流司 対談

演出家・茅野イサムとプロデューサー・中山晴喜が立ち上げた演劇ユニット「悪童会議」の旗揚げ公演『いとしの儚』が、7月に東京・品川ステラボール Stellar Ballにて上演される。

“いつまでも大人になれない「悪ガキ」による企みを定期的に発表していく”という演劇ユニットの最初の公演は、茅野のルーツである劇団「扉座」の主宰・横内謙介の脚本、茅野がミュージカル『刀剣乱舞』シリーズで幾度もタッグを組んできた俳優・佐藤流司の主演、そして茅野自身は演出に加え、約20年ぶりの俳優としての参加も発表された。

果たしてどのような作品になるのか、茅野イサムと佐藤流司の合同取材会の模様をお届けする。

やることは決まっていたんじゃないか

――茅野さん、演劇ユニット「悪童会議」を旗揚された経緯をお聞かせください。

茅野 僕は昨年還暦を迎えまして、改めて原点に戻りたいなと思いました。原点というのは、自分が劇団でやってきたお芝居のようなものです。それをやりたいなと思ったのが一番のきっかけです。ユニット名に関しては、僕の古巣である劇団「扉座」は、もともと「善人会議」という劇団名で。僕はその名前がとても好きだったので、そこからつけました。ただ、僕に善人は似合わないから悪童でいこうと。

――その旗揚げ公演に『いとしの儚』を選ばれた理由はなんですか?

茅野 ある時期から「扉座」のプロデュース的なことをやるようになって、よく主宰の横内謙介と「次はどうしようか」という打ち合わせをしていたんですね。それであるとき、横内のボツになった企画の束をパラパラと見ていたら、この『いとしの儚』のプロット(あらすじのようなもの)があって。「これ絶対おもしろいよ。絶対やりたい」と僕が言って始まった作品なんです。だから僕も思い入れが深くて(2000年に扉座公演で初演/演出:横内謙介)。一度、演出を手がけているんですけど、またいつかやりたいなと思っていて、今回上演することにしました。

――その主演が佐藤流司さんというのはどんな経緯があったのでしょうか?

茅野 これは今回『いとしの儚』を選んだことにも繋がるのですが。ちょうど「悪童会議」の旗揚げ公演でなにをやろうかなと考えていた時期に、鳥越裕貴主演の『いとしの儚』を観に行って、すごくよくて(’21年/演出:石丸さち子)。その公演をたまたま流司も観に来ていたので、一緒に帰っているときに、ふと「流司で『いとしの儚』をやりたい」と思いました。(今回、佐藤が演じる主人公)鈴次郎は難しい役なので、演じられる俳優はそんなに多くないですが、流司はピッタリだなと。しかも彼は常にとんでもないスケジュールで動いているのに、この公演期間だけたまたま空いてたんですよ。これは運命だなと思いました。

佐藤 鳥越裕貴が『いとしの儚』をやると知ったとき、「観に行きたい」と思って、自分から連絡して観に行きました。なぜか気になった作品で。それが今の茅野さんのお話に繋がっていくので、本当に巡り合わせとしか言えないなと思います。スケジュールもそうですし、いろんなピースがすごい勢いではまっていったような感じがして。やることはもともと決まってたんじゃないかというような気持ちになりましたね。

鈴次郎をできる役者はどんどん減っている

――『いとしの儚』にはどんな魅力を感じていますか?

佐藤 おもしろいです。粋な台詞回しがいっぱいあって、台本を読んでいてわくわくしますし、どんどん読み進めてしまいます。読んでいると鈴次郎に腹が立ってくるんですよ。なのになぜか応援したくなる。鈴次郎のことを考えるとどんどん切なくなっちゃうっていう。

茅野 クズ中のクズだからね。俺は、(佐藤に)クズ野郎の役が絶対に合うと思うのよ。

佐藤 ははは!

茅野 これは悪口じゃなくてね。流司が人の道にはずれたようなことをしているってわけじゃないですよ。今はこういう役ができる役者がどんどん減っていっているけれども、流司はできると思うから。それに、クズの流司は絶対いいと思うんだ。

佐藤 俺は下ネタがけっこう苦手なんですけど、台詞の3分の1くらいが下ネタで。

茅野 そんなにないよ(笑)。下ネタというか、喋りが乱暴なんだよね。鈴次郎は教育を受けてきてないから言葉を知らないんだよ。だからものすごく少ない語彙で会話してる。

佐藤 「殺す」ばっかり言ってますもんね。

茅野 お客さんもビックリすると思う。だけど、きれいなものだけじゃなくてそういうものも見せていきたい。

――儚(はかな)を演じるのは七木奏音さんです。

茅野 奏音は、彼女が18歳の時にロック☆オペラ『サイケデリック・ペイン』(’15/演出:茅野イサム)で出会ったんですけど、いい意味でとらえどころがない人です。今は、当時はまだ出ていなかった色気と深みがあるから、この作品で一足飛びにすごい女優になってほしいなと期待しています。

――佐藤さんも何度も共演されている方です。

佐藤 だから安心しました。2.5次元作品をやっていると、女性と共演するお芝居ってなかなかないので、どうしても緊張したり委縮したりするんです。でも奏音だったらその手を躊躇なく取れるなと思って。儚が彼女でよかったです。

――今回、茅野さんもご出演されますが、佐藤さんは茅野さんと共演することにどう感じていらっしゃいますか?

佐藤 まじで嬉しいって気持ちと、まじでしたくないって気持ちと半々でせめぎ合ってます(笑)。まだ全然先なのにもう怖いですから。

茅野 俺も半々だよ。もう20年も役者やってないから。でも流司と芝居するのはすごく楽しみ。バチバチでやりたい。一緒に高みにいけたらいいなってすごく思います。

演劇の多様性を見せていきたい

――茅野さんが「悪童会議」でやりたいとおっしゃった「劇団でやってきたようなお芝居」とはどんなものですか?

茅野 僕らがやってきた2.5次元作品には「原作」というひとつの答えがありますよね。そのキャラクターがどんなヘアスタイルで、どんな顔つきで、どんな衣装で、どんなふうに振る舞って、どんなふうに喋るかっていうことが、ほとんどの場合で答えがあります。だけどこの『いとしの儚』もそうですが、台本の文字しか情報がないわけです。鈴次郎がどんなふうに笑うとか、どんなふうに怒るとか、なぜこんな行動を起こしたのかとか、わからないし答えは無数にある。つまりどんな答えを出してもいいし、答えは自分たちで見つけていかなくちゃいけない。それがおもしろいし、それが僕の言った「劇団でやってきた芝居」です。ただ誤解がないように言っておきたいのは、答えがあることが悪いとか簡単とか言ってるわけではないということです。2.5次元は2.5次元の良さがある。答えがあるからこそ、それを超えていくことの大変さと面白さがすごくありますしね。

――それぞれの良さがありますよね。

茅野 そうです。と同時に、いま僕は演劇の多様性が失われていっているのではないかということも気になっています。2.5次元やグランドミュージカル以外にも、いろいろな演劇があるということをもっと広めたい。僕は「2.5次元」という名前がない頃から2.5次元作品をつくってきた最古参で、今もど真ん中にいると自負しています。だからこそ自分がそれをやらなくちゃダメだなと思っています。

――佐藤さんはそういう作品に参加することをどう思われていますか?

佐藤 今後自分が歩んでいきたい役者人生がまさにそういうところなんです。今年以降はストレートなお芝居や自分で考えなければいけないお芝居というのを、どんどんやっていきたいしやっていかなければいけないなと思っていたので。この作品に携わることができるのはすごくありがたいです。

――本作をどんな公演にしたいですか?

佐藤 いま徐々に鈴次郎というものが自分の中で現実味を帯び始めているんですけど。脚本を読んでいると、自分が観た(鈴次郎を演じる)鳥越裕貴が出てくるんですよ。俺は彼をとても尊敬しています。だけどそれを取っ払って、自分なりの鈴次郎としっかり向き合って、それをお見せできたらいいし、鳥越裕貴にも見てほしいなと思っています。

茅野 「悪童会議」は自分たちでやるぶん責任も生じます。でもそれを背負ったうえで、普段はできない表現活動がしたいです。そしてその演劇を観て、僕がかつてそうだったように、今のお客さんが「こういうお芝居もおもしろいね」と魅力に気付いてくれたり、人生のかけがえのない部分にちょこんと入るようなものになったらいいなと本気で思っています。ぜひ観にいらしてください。

取材・文:中川實穗