2017年にブロードウェイで幕を開け、華やかで美しい世界観で魅せたミュージカル『WAR PAINT』の日本初演版『エリザベス・アーデンvs.ヘレナ・ルビンスタイン -WAR PAINT-』が上演される。20世紀前半の化粧品業界に革命を起こしたふたりの、長年のライバル関係と秘められた苦悩を描く。現代よりも女性の活躍の場が少ない時代に、自らの力で人生を切り開いた姿は、今を生きる女性たちに大きな力を与えるだろう。そのふたりを演じるのは、初顔合わせの、明日海りおと戸田恵子。明日海がエリザベス・アーデンを、戸田が.ヘレナ・ルビンスタインを演じる。作品の印象やふたりの女性の生き方などについて話を聞いた。
――ご出演が決まって、今楽しみにされていることなどをお聞かせください。
明日海「映像でブロードウェイ作品のダイジェスト版を見させていただいたのですが、美術も衣裳もおしゃれに作られていて、コスメ会社の題材らしく、すごくおしゃれなミュージカルだなという印象があります。今回G2さんがどんな風な演出にされるのか、すごく楽しみな気持ちです。実際に台本を読むと本当に面白くて、なかなか今までなかった感じの物語で楽しみになりましたが、曲がとても難しいんです。だから、楽しみと不安とがあります。今は個人で歌の稽古をしている段階なので、皆さんとお会いして芝居したり、戸田さんと一緒に歌わせていただいたりできると、より楽しくなってくるだろうなと期待しています」
――戸田さんはこの作品をブロードウェイでもご覧になって、出演が決まった時には嬉しかったそうですね。
戸田「嬉しいというよりはびっくりが大きくて。ヘレナを演じていらしたのが、私の本当に憧れの、大リスペクトする女優さん、パティ・ルポーンさんという方でした。日本では皆さんブロードウェイの俳優さんや女優さんのことはあまりご存じないと思いますが、長く通っているので、彼女が出ている作品は40年近くずっと観続けていています。その中に『WAR PAINT』という作品があり、まさか私にお話があるとはと、本当にびっくりしました。大抵の作品は、ブロードウェイで上演後、日本で初演されていて、いつもそれも楽しみで観ているんです。この作品も日本では誰がやるのかなと思っていましたが、まさか私に、こんなことがあるんだなと、本当にびっくりしました。おこがましくもというか、受けるか受けないかという大きな決断で、こんなことは二度とないと思い、チャレンジしてみようと思ってお受けしました。
いち観客として観劇して、とにかく美しいミュージカルでした。化粧品を取り扱ったふたりの物語だから、女の人や、美容部員もたくさん出るし、とにかくいつも綺麗。歌もとても分量が多く、実際に譜面をいただいて、その多さと難しさにまたびっくりしています。観た時はそんなに難しいと感じなかったので、とてもお上手なんだと思いますが、実際に譜面を見たら「こんな難しい歌を歌っていたの?」というのが、現段階での印象です」
――チャレンジだと思われたのは、どういったところでしょうか?
戸田「私は日頃ミュージカルに従事しているわけではないので、そこに対する体勢が整えられていないですが、 憧れの人がやっていた役をやらせていただくということですし、丈夫で体力もないといけないだろうと、急にやることが多くなりました」
――実在の人物について調べることをされているのかなと思うのですが、戸田さんはヘレナ・ルビンスタインをリサーチしていく中で、どんな人物像だと思いますか?
戸田「全然深掘りをしていないので、多分皆さんが知っていることより、ちょっと知っているくらいだと思います。この役をいただく前の印象は、とにかく金持ちだということ。女性として化粧品会社の創始者として、かなりの財を成しました。脚本をいただいて、どこまでが史実かは分からないですが、とにかく成り上がっていた人だなあ、という印象は強く持ちました」
――生まれが少し貧しいそうですね。
戸田「ポーランド生まれのユダヤ人であるということや、ヨーロッパからアメリカに来て力を付けて再起したという背景があって、不遇だったというように描かれていますね。兄弟はすごく多いのかな? 息子や旦那さんがいますが、全然うまくいっていなかったことは聞いています」
――明日海さんは何か調べたりされましたか?
明日海「大変申し訳ないのですが、ネットで調べられる範囲のことをざっと読んだくらいで、あとはエリザベス・アーデンさんに「よろしくお願いします。やらせてもらいます」という気持ちです。どうしても(実在の人物の)扮装をする時はそういう想いがよぎりますが、そればかりになりすぎず、先に台本をよく読むほうが重要かなと。『WAR PAINT』のバージョンで、どのように存在したらいいかなということのほうが大事かなと思っています」
――公式サイトでも史実に引っ張られすぎて、作品世界から離れないようにとおっしゃっていましたね。
明日海「あまりにリスペクトが過ぎて、彼女のウィークポイントやチャームポイント、この作品で描かれているものが出なくなってしまうといやだなと思いまして。プラス、今回のキャストならではのバランス感でどう存在したらいいかなど、本当にまだまだこれからですね」
――エリザベス・アーデンとヘレナ・ルビンスタインは、競い合うことで、自分のブランドだけじゃなくて化粧品業界全体を底上げした存在なのかなと思います。タイトルにvs.と付くから、どうしても対立関係みたいに思いますが、実は同志ではないかと思ったりもします。そういう関係性を、おふたりはどのように立ち上げていこうかなと、現段階では考えていらっしゃいますか?
戸田「台本通りに積み上げていこうかなという感じですが、真っ白な状態で入り込む感じではあります。ひとりではできませんし、カンパニーの皆さんと一緒にやって、おのずとできてくる形を信じてやっていこうかなと思っています」
明日海「きっとナンバーや、それにステージングがついて、一番あるべき形に近付いていくので、私がひとりで「こうかな、ああかな」と頭を働かせるものではないなと思います。やっぱりお稽古が始まってからかなと。出番的には、一番最後の場面まで、お互いが台詞を交わす場面がないんです」
戸田「そう、1回もないんです。vs.となっているけれども、同じところにはいないんですよね。それぞれのオフィスであったり。レストランで会うシーンもあるんですが、会話はしないんですね。だから個人戦です。でも歌の中で、同じメロディの楽曲を、エリザベスバージョンと、ヘレナバージョンみたいな使い方は面白いなと思います。ソロもあるんですが、ひとつの曲の中で片方が歌い、また片方が歌うという、ミュージカルならではの描き方で、最後の最後まで目線は合わさない。だから稽古場でも、稽古している間は目線を合わさないということになりますよね」
明日海「でも、だからこそ一番近くに感じているというか」
戸田「同じ場所にいないがゆえに、ライバル心も想像力も、「あっちがそれをやったの? じゃあ、こっちはこうするわ」と、いい言葉で言えば切磋琢磨というのかもしれません。お互いにふたりで上がってきた感じはありますよね。実は一番近いところにいるんだと意識しながら、演じていく脚本になっています」
――その脚本から読み取った印象で、それぞれの女性の生き方について、共感するところや、全然違うところなど、何か感じたところはありますか?
戸田「芯の強いふたりだから、女優の仕事をしていくにあたっては共感するところはありますが、同調はしたくない感じ? 微妙なところですね」
明日海「うんうん」
戸田「でも、今の女性たちが活躍するもっと以前の時代だから、相当大変だったと思うので、ふたりの意思の強さみたいなものはすごく憧れる強さではありますよね。本当に強く描かれています。そして、強いからこそ最後がとても切ない」
明日海「ふたりの女性がここまで意地を張ってくれたりとか、「ここは譲らない!」みたいなものを持っていてくれると、気持ちがいいなと思えます。人によるのかもしれませんが、私たち日本人はライバル心を剥き出しにすることはそんなになくて、オブラートに包んでいるほうが多いじゃないですか。なので、見ていて気持ちいいなと思いましたし、プラス、自分も好きでこのお仕事をしているので、ここまでこだわって負けたくないとか、情熱を捧げる姿や、最後まであがきつづける姿というのは、格好いいなと。同調したくないと戸田さんはおっしゃいましたが、私は羨ましいなと。一生を生きた甲斐があったと思いながら、エリザベスさんは死んでいくんじゃないかと思いました。切ないですけど」
――ご自身で似ているなというところはありますか?
戸田「強く在りたいという気持ちはありますが、似ているところはないかなと思います。でも、台本を読んでいて面白いのは、自分が老いていくところに対してあからさまに描かれているところで、やっぱり老いることがいやだと。皺がいやだし、絵の中に閉じ込めて欲しいとか、私はそういう風には思わないけれど、化粧品を作っている人でさえそう思うんだなという、ちょっと人間っぽいところもあったりして、それは観る人がどう思うかなと感じます。とてもリアルだなと。女性としてそういうところがすごく勝っていて、家庭のような本当の幸せみたいなことは全然うまくいっていないという女性なんですよね。だから皆さん、あんまり羨ましいとは思わないと思うんですが、財を成したがゆえに、そういう裏があるというのは面白い。エリザベス・アーデンも同じくで」
明日海「エリザベスさんは結婚しているんですが、ビジネスパートナーとして、彼に前に出て欲しくないんですよ。そういう感じはあんまり……」
戸田「あんなの普通ないよね」
明日海「男性よりもと。私はそこまで固執はしないですが、でもやっぱり気持ちが分かるところはあります。このお洋服に合うリップは絶対これなんだ、とか、私はこれがコンプレックスだから絶対この髪型にしたいんだ、という女性として分かる部分もあります。新しいブランドが出てきた焦る気持ちとか、しがみつきたい気持ちとかも。格好いいな、憧れるな、これだけ仕事に生きられたらいいなと思うところも、すごく素直だなぁと思うところもあります」
――初めての共演ですが、お互いの印象をお聞かせください。
戸田「初めてお会いした時に、映像で拝見するよりもすごく細くて華奢な人だなという印象がありました。また、男役でがっちりやっているイメージと、実際にお会いした、ナイーブで柔らかい感じにはギャップがありましたね。あとは、朝ドラを観た時の印象が強くて、その時に初めて調べて「明日海りお」さんという名前を知りました。気になった人はすぐ調べるんです。あまり見かけない人が出てきたけれど、すごくインパクトがありましたから。その後でこのお話をいただいたので、『おちょやん』に出ていた人だと思って。それでまた映像をいっぱい観て、今に至ります」
明日海「私は幼い頃から戸田さんの吹き替えされたもので育ってきましたし、ドラマも、映画も観て来ました。本当に今回共演させていただくことがなかなか信じられませんでしたが、お会いしたらすごく柔らかい人だなと思いました。ブログを読ませていただくと、すごくフットワークが軽くていらっしゃって」
戸田「頭も軽いんです、軽さが特徴なんです」
明日海「エネルギーというかフットワークというか、パワフル。そうじゃないと、そもそも毎日ブログをアップできませんしね」
戸田「全然大したことじゃないんですよ」
明日海「いや、本当にすごいです! 観劇もよくされていますし」
戸田「大好きなの。趣味だから。演じるより観るのが好きだから」
明日海「これからいろいろお勉強させていただきたいなと思っております」
――おふたりならではの魅せるポイントみたいなものはありますか?
戸田「どうですかね……明日海さんどうですか?」
明日海「戸田さんのパワフルさに負けないように頑張ります」
戸田「そんなことない。びっくりするぐらいパワーがないから」
明日海「いやいやいや」
戸田「お母さんと近いくらいの年齢だから、ちょっと労って欲しいと皆さんに言ってるんですよ。座組で私を労っていただいて、何とか頑張りたいんですよね。この作品は珍しいタイプのミュージカルだから、本当に喜んでいただきたいです。明日海さんはどんどん舞台をやっていかれると思いますが、私はそんなにたくさんはやれないかもしれないから、この組み合わせも面白いなと。他にたくさん女優さんがいらっしゃる中で私を選んでいただいて、奇跡だと思っていますので、皆さんに楽しんでいただきたいです。たくさん笑っていただけるような作品にしたいので、この組み合わせに興味を持っていただけたら嬉しいです」
明日海「すごくおしゃれな世界観のミュージカルです。ふたりは全然違うところにいるのに、運勢がリンクしていて本当に面白いんです。笑ってもいただけますし、この女たちに翻弄される男性たちもすごく面白いです。戸田さんのお芝居を受けて頑張りますので、楽しんでいただければと思います」
取材・文・写真/岩村 美佳