【6/21(水)開幕!】音楽劇『ダ・ポンテ~モーツァルトの影に隠れたもう一人の天才~』稽古場レポート

2023.06.19

新作音楽劇『ダ・ポンテ~モーツァルトの影に隠れたもう一人の天才~』の開幕が迫っている。6月上旬に行われた1幕通し稽古の様子をレポートする。モーツァルトの名作オペラ『フィガロの結婚』『ドン・ジョバンニ』『コジ・ファン・トゥッテ』を共に制作した、詩人ロレンツォ・ダ・ポンテが、80歳を超える生涯のなかで、モーツァルトと出会い、その才能を開花させた、儚くもかけがえのない時間を描く。

これまであまり描かれることのなかったダ・ポンテはどんな人物なのか、逆に描かれすぎているといってもいいようなモーツァルトのどんな面がみられるのか、ふたりはどんな化学反応をして名作を生み出したのか、他の作品などで見たことがある役名も並び、興味がつきない本作。新作オリジナル音楽劇で、彩られる楽曲は30曲以上とのこと、歌うまキャストが揃い、どんな魅力的な楽曲を聴けるのかも期待が高まるところだ。

稽古が始まる前、それぞれの席やアクティングエリアで、台本をチェックしたり、ストレッチしたり、会話しながら和やかに準備が進んでいた。前日にさまざまな修正が行われたそうで、きっかけ音やセリフなどを少し確認した後、演出の青木豪が「みんなで安全第一で乗り切っていきましょう!」と声をかけ、通し稽古がはじまった。1幕を全体ひと通りご紹介する。

物語は老齢のダ・ポンテ(海宝直人)からはじまる。ポロンポロンと繊細に煌くピアノの音が奏でられると、星、言葉、音楽、とダ・ポンテが歌う。きっと彼自身が一番輝いていたときを振り返っているのだろう。一転、弾むような明るい楽曲になり、景色はニューヨーク街へ。夢を追って移り住んだ人々の活気に溢れている。ダ・ポンテはおぼつかない足取りながら、何かのチラシを持って人々に呼びかけているようだ。花を買い、その花を花屋の女性にプレゼントしたり、老いても女好きは変わらないのかなといった様子。ダ・ポンテと妻ナンシー(田村芽実)はイタリアの本専門の本屋を開いていて、イタリアのお菓子に釣られて訪れた客に「大詩人ロレンツォ・ダ・ポンテの回想録が完成したんです!!! イタリアのオペラ『ドン・ジョバンニ』が上演されるんですよ!!!」と、本を片手に語りかけるが、圧が強いダ・ポンテに引いて逃げていってしまう。そもそも街の人々は、イタリア語自体がわからないらしい。オペラもオーケストラも知らない街、この街はこれからなんだと嘆きながらも、ふたりで移り住んだこの街でたくましく生きている様が伝わってくる。ようやく刷り上がった回想録に目を通したナンシーは、「モーツァルトとの時間の全てをちゃんと思い出して」と諭す。

時代は遡り、舞台上には、モーツァルト(平間壮一)と大司教が登場。ふたりは対立して決別する。ウィーンでは、皇帝ヨーゼフ二世(八十田勇一)とサリエリ(相葉裕樹)がドイツ語オペラに失敗し、新たなイタリアオペラを作ろうと決意する。ところ変わってヴェネツィアでは、ダ・ポンテが裁判にかけられ、人の妻を誘惑し騙したと訴えられている。ダ・ポンテは、愛のない結婚に虐げられていた彼女を救ったんだと主張し、思い出してと甘く歌いかける。甘々の言葉の数々を浴びた女性が、ころっとダ・ポンテに落ちる様が面白く、ダ・ポンテの手練手管を堪能するナンバーだ。熱を込めた瞳で見つめ、吐息混じりで歌う海宝の歌声に、観客もうっとりしてしまうかも。私も騙されたと訴える人々が詰めかけ、結局ダ・ポンテは危険思想の詩を書いた罪も問われ、ヴェネツィアから15年の追放になってしまう。

ウィーンに向かうと決めたモーツァルトは、父とも袂を分かち、僕は僕の音楽を自由に作るんだと新たな決意を歌う。未来だけを見ているモーツァルトは清々しく、応援したくなるような青年。平間自身の愛され力というか、その魅力が加わっているモーツァルトだと感じた。コンスタンツェ(青野紗穂)と再会したモーツァルトは結婚を申し込み、ふたりは幸せにあふれている。

一方、追放され、途方に暮れたダ・ポンテ。ここで歌われるのが歌唱披露イベントでも歌われた「この静かな夜に」の一節。僕はひとりだと落ち込むのかと思いきや、僕の詩の才能をわかってくれる人が必ずいるはずだと意識転換をしていく様は、若き野心に満ちている。気持ちを切り替えたダ・ポンテが、手段の限りを尽くして出会いを繋いでいく過程が描かれるナンバーがいい。アラビアンチックな芳しい曲調で、セリフと歌を重ねてさまざまな場面を描いていく。羽ペンを手にしたダ・ポンテが、魔法を使うように人々を虜にしていく様は、絵的にも華やかで、印象的な場面だ。ついにサリエリに辿り着いたダ・ポンテは、言葉巧みに同郷という理由で皇帝に紹介してもらい、宮廷劇場詩人になる。初めてオペラを書くダ・ポンテは、サリエリから手ほどきを受けながら制作する。サリエリは、イタリアのオペラがいかに素晴らしいか「ヴィヴァ、イタリア!」と歌いあげ、オペラ歌手のフェラレーゼ(井上小百合)とウィーンの人々が、「ヴィヴァ、イタリア!」と華やかに歌い繋ぐ。

サリエリに言われるがままに書いたオペラの処女作を酷評され、行き場を失っていたダ・ポンテは、酒場でモーツァルトと運命の出会いを果たす。意気投合したふたりは、革新的なオペラを作ることを決意。その作品は『フィガロの結婚』。これまでのオペラは貴族が主役だったが、虐げられた者たちの逆襲を描く痛快な逆転劇だ。「毒入り爆弾を、恋の喜劇というクリームで包む、僕の詩と君の音楽で甘いケーキに仕上げる」というダ・ポンテの言葉が印象的で、まさに芸術の真髄をついている。ダ・ポンテの詩を、モーツァルトは楽しそうに読み、瞬時に「できたよ」と無邪気な笑顔。ピアノを奏でて歌うと、ダ・ポンテはさらに言葉が浮かんできた。詩を見て音楽が生まれ、音楽を聞いてさらに詩が生まれていく、ふたりの創作過程は鮮やかで、まさに二人でクリームを次々に重ねていく様子をみるようだ。「革命でも始めるつもりですか!?」という民衆の声に、ふたりは声を揃えて「まさに!!!」と応える。

オペラ制作をとおして通じ合ったふたりが、さらにお互い自身について興味を持ち合う過程で、ダ・ポンテの過去が浮かび上がっていく。何かひっかかる様子がありながらも、子供時代が脳裏に浮かんでいる様子のダ・ポンテ。舞台上手で話していたダ・ポンテとモーツァルトに対して、舞台下手には父と再婚したオルソラ(田村芽実)と、子供時代のダ・ポンテが現れて語り合っている。この場面、ダ・ポンテが回想している様が、今のダ・ポンテと昔のオルソラが会話する形で表現され、舞台ならではの場面になっている。オルソラはダ・ポンテが密かに書いていた詩を見つけ「あなたの詩がもっと読みたい」と歌いかける。苦労が多い生活のなかで、ダ・ポンテが綴る優しい言葉が生きる励みになっているのだ。

ダ・ポンテとモーツァルトの傑作『フィガロの結婚』は大成功を収め、俺たちの才能が認められたんだと喜び合う。唯一の存在を見つけたふたりは「最高の相棒」と歌い合う。明るい未来を展望するふたりの向こうで、成功を苦々しく思うサリエリ、新しい才能を見つけたフェラレーゼが浮かび上がる。成功に酔って眠っているダ・ポンテ。夢の中で叫ぶオルソラの声で飛び起き、苦悩するなかで、1幕が終わった。

「女好きで詐欺師」と枕詞が付くダ・ポンテを、海宝がどんな風に演じるのか、今作の興味深いところでもあるのだが、騙してやろうというよりは、野心を持って必死にもがいて生きているだけで、狙っているように見えないというか、騙されても仕方ないと納得させられる魅力的な人物だ。平間のモーツァルトはナチュラルで愛らしい。音楽の神に愛された天才が、天真爛漫さを失わずに、音符と戯れているような様子が微笑ましい。相葉のサリエリはスマートでカッコいい。真摯に愚直に自分の仕事と向き合っている人なんだろうなと、気の毒に思えたり。井上のフェラレーゼは、美しさとしたたかさで編み上げた鎧を身に纏い艶やかに舞う。見せ場は2幕だと思うので楽しみだ。田村は、肝っ玉が太そうなナンシーを元気に、控えめなオルソラを儚げに演じていて、対照的な表現が見事だ。青野のコンスタンチェは素直で可愛らしく、平間との夫婦の幸福度が作品のアクセントになっている。八十田は、皇帝という他の人間たちとは立場の違う人物を、一線を画した浮世離れ感で表現。その声色が癖になりそうだ。

作家、音楽家、歌手、皇帝、民衆、そして家族、オペラ創作をめぐる人々の、それぞれの人生のハイライトにスポットを当て、スピーディに交錯する物語。特徴的なのは、この物語がシリアスに描かれるのではなく、コミカルに軽やかに紡がれていくことだ。そのところどころに、ダ・ポンテの抱えた過去や、それぞれの苦悩や夢などが描かれ、経験豊かなキャストたちが、魅せる表情や芝居、歌声が見どころになっている。作品の中には、華やかなオペラ楽曲も織り込まれており、オリジナル楽曲とは違った音色がアクセントに。ブラッシュアップを重ねた本作の開幕が待ち遠しい。

取材・文・撮影:岩村美佳