アナウンサーをはじめラジオパーソナリティや執筆活動など多岐にわたって活躍している堀井美香が、『yomibasho vol.3 堀井美香 朗読会 「母」―小林多喜二と母セキ―』を、8月26日(土)に秋田・あきた芸術劇場ミルハス 中ホールにて開催する。原作は、秋田出身の作家・小林多喜二の生涯を、母セキの視点で綴った三浦綾子の長編小説『母』。本公演は、自身のライフワークとして行っている朗読会のシリーズ第三弾となる。
念願の地元・秋田での開催へ向けて、堀井美香に現在の心境を語ってもらった。
小林多喜二の母・セキの言葉から受け取るメッセージ
――三浦綾子の小説『母』を朗読会の題材に選ばれた理由をお聞かせください
小説では秋田県出身の小説家・小林多喜二の母である「セキ」さんの人生が描かれているのですが、“秋田のあたたかさ”というものが、セキさんと多喜ニのやりとりからたくさん感じられるところにまず惹かれました。また、田舎で生きる市井の母親であるセキさんが、現実を受け止めながら生きるうえでいちばん大事なことに気付いていくのですが、物語を通して、ふつうの人の気付きや優しさがどれだけ大切なことなのかを教えてもらいました。政治や宗教について全く分からないセキさんが、「なんでみんな喧嘩するんだろう」って言うのですが、本当にそうだな、と。物事を分かってしまうほど、複雑に考えすぎていろんないざこざが起きてきますよね。読めば読むほど「人間ってこれでいいんだよな」って、純粋なところに立ち返ることができる小説だと思います。
――全編秋田弁で綴られているところも特徴的ですよね
セキさんは35歳まで秋田で暮らしているので、秋田弁が抜けなかったのでしょうね。小説ではいろんな方が読めるようにと、少し標準語に寄せて書かれているんです。今回は秋田での開催なので、最初はどっぷり秋田弁で朗読しようかとも考えましたが、秋田以外のお客さまもいらっしゃるので、会場の皆さんに楽しんでいただけるように原作に近い形でやりたいなと思っています。
――秋田が舞台の作品を、実際に堀井さんの故郷でもある秋田で披露されるというのはやはり特別感がありますね
一度地元でやってみたいなという思いがあって、ずっと会場を探していたところに「あきた芸術劇場ミルハス」という大きな劇場ができたのを2年くらい前に知ったんです。アーティストの方々や音響さんも絶賛する素晴らしい劇場なのですが、やはり人気なので、土日とかはもう全部予約で埋まっていて。そんな中で、これは「OVER THE SUN」(ジェーン・スーと堀井美香による、大人気のPodcast番組)でも話したエピソードですが、「あっ、8月の土曜日が一日空いてる!こんな奇跡あるんだ!」と思って劇場を押さえたら、みんなが避けていた日だっという(笑)。
――ちょうど大曲花火大会という秋田の一大イベントの日だったんですよね(笑)
それもしばらく気付かなくて、番組のリスナーの方々にSNSで教えてもらって後から知るという(笑)。図らずも秋田へのアクセスが難しい日の開催となったので、番組でも「ご無理なさらずに」とお伝えしています。
――『母』の朗読会は昨年の冬に東京でも開催されていますますが、今回は再演という形になるのでしょうか?
そうですね、内容に関しては前回から若干変わっているところもあります。会場も前回は200席ほどの教会のホールでしたが、今回は大きなステージでの上演になるので、後ろにサンドアートを施すなど、演出面での変更も予定しています。
言葉を届ける、「語り」という表現
――ステージで朗読するときは「演じる」「演じ手」という意識でされているのでしょうか?
お芝居とはまた違って、全身ですべてを表現したり、他者と感情をぶつけ合うとか、その人になりきって魂が降りてきて、みたいな感じではないですね。朗読では「言葉」がすごく優先すると言いますか…。今回であれば、「三浦綾子という作家の書いたセキさんの言葉を届ける」という感じですね。きっと「語り」という一つの分野なのだと思います。
――朗読を彩る伴奏も大きな存在だと思います。前回に続き、ピアノの演奏を担当されるのは川田健太郎さんです
川田さんは、元々私のピアノの先生だったんです。子育てが終わってからピアノを習い始めて、ゆるやかなペースで3年くらい通っていましたね。そのつながりからお願いさせてもらって、今回でご一緒するのは3回目になります。
――堀井さんからみて、川田さんはどんな方ですか?
もう「天才」という言葉に尽きますね。まず彼の生み出す音色が好きです。そして、私の読みの波長にしっかり合わせてくれます。本当に素晴らしい方です。と言いつつも、地元の後輩みたいな感じで接しているところがあるので、お願いすると「それにノーという選択肢はないですよね?」って返されるんですが(笑)、いつも引き受けてくださるので本当に感謝しています。
――素晴らしい関係性ですね(笑)。朗読と音楽の融合というところでは、どのように創作を進めていかれたのでしょうか?
構成をお願いした深作健太さんから原稿をいただき、音楽を入れるポイントをご相談して、深作さんの案を基に3人で話し合って進めていきました。幸いなことに、川田さんは三浦綾子さんの小説がお好きで読み込んでいらして、作品の世界を深く理解されていたので、バチッと合うものを持ってきてくれた、という感じでした。
ピアノが入る箇所は決まっているのですが、出だしや終わりの部分はその時によって変わる感じで、川田さんが毎回“ここ”っていうところに気持ちよく乗せてくれるので、その生のセッション感がすごく面白いですね。
お祭り感を楽しみ、泣いてすっきりして帰ってもらいたい
――昨年フリーランスになられてからスタートした朗読会yomibashoシリーズは、企画から運営まですべてご自身でプロデュースされています。堀井さんにとって、朗読会の活動は現在どんな場所になっているのでしょうか?
最初は独りよがりと言いますか、自分が好きで始めたので「ジャイアンステージ」って言ってました(笑)。人に感動してもらおうとか、何かを与えたいなどとは一切思っていませんでした。自分のやりたいことに付き合ってもらっている、という感覚だったのですが、回を重ねていくうちに、来てくださる方と何か共有したい、メッセージを伝えたいという思いがだんだん湧いてきたんです。それはすごく意味のあることなんだと気付いて。
あと、「お祭り」みたいな感じで、来てくださった方みんなに喜んで帰ってもらいたいなと思っています。ちょっとしたサプライズがあったりして、「楽しかった!来てよかった!」って思ってもらえるような。そして、毎回泣いて帰ってもらおうかなと思っているんです。
――泣いて帰るとは?
前回の『母』の朗読会でも、お客さまがみんな号泣していたんです。はじまった途端に泣いていた方もいれば、最後の方ですすり泣いている方もいて。「涙活」ではないですけど、泣くってすごく気持ちのいい作業だと私自身も感じるので、泣いてすっきりして帰ってもらえたらうれいしいですね。
――メッセージがあって、サプライズがあって、泣いてすっきりして帰る。それを全部体験できるのは、とても贅沢な時間ですね。今後の朗読会の展望についても教えていただけますか?
『母』という作品に関しては、この先も長く続けていきたいと思っています。主人公のセキさんの年齢が90歳なんですよ。私は今51歳なので、90歳の人の重みに比べたら、今の自分が読んでいても「まだ薄っぺらいな」って正直思うところもあります。読み続けていく中で、10年後、20年後に私がどこまでセキさんに近づいていけるか、それは自分の挑戦でもあります。
――それはすごく興味深い試みですね。この先の上演が楽しみになります
この作品を引き連れて歳を重ねていけたらいいですね。『母』という作品を一つの軸として、それとは別に新作を一本用意したり、新陳代謝しながら朗読会の活動を続けられたらと思っています。
――それでは最後に、楽しみにされているお客さまへメッセージをお願いいたします
まず、すでにローソンチケットで公演のチケットを購入してくださっている方、どうにか無事に秋田に来てください…!ぜひ皆さんお足元にお気をつけていらしてください。ただ無理はなさらずに。まだ引き返すことは可能です(笑)。チケットはまだ若干ございますので、足を運びやすい秋田近隣の方々にはぜひお越しいただけたらうれしいです。
取材・文/古内かほ