写真左から)赤堀雅秋、安達祐実、田中哲司、でんでん
赤堀雅秋プロデュース『ボイラーマン』が3月7日(木)より開幕する。主演に赤堀に欠かせない田中哲司を迎え、赤堀組初挑戦の安達祐実、『神の子』以来2度目の出演となるでんでんら実力者を揃えた本作は、これまでの赤堀作品とはまた違った物語になると言う。その言葉が示すものとは何か。稽古初日を終えたばかりの赤堀、田中、安達、でんでんの4人に語ってもらった。
今年の年賀状はボイラーマンの絵にしました(でんでん)
――『ボイラーマン』というタイトルが何とも印象的です
田中 検索から始まりました。ボイラーマンって。
安達 私も検索しました(笑)。
田中 そしたら、なるほど、ボイラー技士かと。で、ボイラー技士のことを細かく調べてみたんですけど、調べれば調べるほど、これ調べても意味ないなと(笑)。
赤堀 僕もね、ボイラー技士に関する本を3冊くらい読んだんですよ。一応知っとくべきだなと思って。でも、難しすぎて途中で挫折しました。このお話とは全然関係ないです(笑)。
でんでん 俺なんて今年の年賀状の図案にしましたからね、ボイラーマンを。
一同 (驚いて)へえ。
でんでん ……みんな知らないっていうことは、俺、ここの3人には出してないんだね(笑)。
田中 ほしいです。
でんでん あとであげるよ。でも、ボイラーマンの顔が、てっちゃん(田中)じゃなくて、自分の顔なの。ちょっと待ってて。写真撮ってるから(と、スマホを取り出す)。
安達 (画像を見て)すごい!可愛い!
でんでん おかげで今年の年賀状は『ボイラーマン』の宣伝しかしてなくて。他のドラマの宣伝をしそびれちゃった。失敗しちゃったよ(笑)。
暴発してしまいそうな世の中の空気感を描きたい(赤堀)
――稽古初日を終えての感想はいかがですか
田中 今朝5時に起きてメールを見たら台本が届いてました。今までにないテイストだぞ、これは勝負だなとドキドキしながら読みました。
――今までにないというのは?
田中 まず場所が変わらないんですね。ワンシチュエーションで、しかも設定は外。ある一夜のお話なんです。赤堀くんお得意のカラオケも出てこないし、飲み屋のママも出てこない。演劇的にかなりハードルの高いところに行ったなと思ったし、赤堀作品を見慣れた方からすると新鮮だろうなとも思いました。
――場所も時間も飛ばないというのは、演じる役者にとってはやはり荷重が大きいんでしょうか
田中 きらびやかなシーンを入れ込めないというか。役者の存在だけで場を持たせなきゃいけない分、負担は結構かかると思います。
安達 私は赤堀さんの現場は初めてで。怖いもの知らずみたいな気持ちで今回飛び込ませていただいたので、今お話を聞きながら「え?そうなんだ?」とどんどん心拍数が上がってます(笑)。
――赤堀さんとしても、新境地のような気持ちがあるんでしょうか
赤堀 もともとは田舎を舞台に狭いコミュニティの中でドロドロとした人間関係が繰り広げられていくような、まったく別のお話を考えていたんですよ。でもそれが自分の中で既視感があるというか、今までやってきたことを踏襲してしまいそうな予感があって。新しい試みを自分の中で課さないと書いてても面白くない。それで、試行錯誤しながら今に至るという感じなんですけど。
――改めてですが、この『ボイラーマン』の着想について教えていただけますか
赤堀 あくまで僕の勝手な思いですけど、今の世の中って誰しもが清廉潔白でなくてはいけなくて、誰かの振りかざす正義の押し付け合いで、そういう風潮に僕自身がうんざりなんですね。社会全体が閉塞感に満ちていて、コロナが拍車をかけた部分もあるんでしょうけど、飽和状態になっていたものが破裂寸前で、今にも暴発してしまいそうになっている。そういう世の中の空気感を描きたいというのが出発点でした。
――舞台設定は夜のY字路とありますが、このシチュエーションはどこから生まれたのでしょうか
赤堀 横尾忠則さんがY字路をよく絵にしているんですけど、それが昔から好きで。あの怪しげというか寂しげな雰囲気を舞台でやれたらなというのが頭にありました。あと、三好十郎の『夜の道づれ』という作品があって、夜の甲州街道をただ歩いているだけの話なんですけど。この2つにインスピレーションを受けながら、僕なりに今の世の中に唾を吐きたいなという気持ちで書きはじめました。
田中 今日稽古をやったのは、ほんの数ページなんですけど、今言えることとしてはもうすでに「ボイラーマン」というフレーズは出てきました(笑)。こんなに早く出てくるんだって。
でんでん 俺が言うんだよ、しかも3回も。まさか自分が言うとは思ってなかったから、とりあえず大きい声で言っておきました(笑)。
赤堀 「ボイラーマン」という言葉のイメージは、“蒸発している人”。抽象的ですけど、そこに存在しているのかよくわからない人という暗喩でもあります。こんなこと、自分で説明するのも恥ずかしいですけど(笑)。
赤堀さんの描く人間は、人のいろんな部分を持っている(安達)
――赤堀さんは、田中さん、安達さん、でんでんさんの俳優としての魅力をどこに感じていらっしゃいますか
赤堀 ここにいらっしゃるお三方というのは、語弊のある言い方ですけど、立っているだけで面白いですよね。今回のお話は登場人物が思いの丈をカミングアウトするような、わかりやすいドラマにはならないと思っていて。役者の佇まいで、間で、お客さんになんとなく共感していただける、そういう舞台にしたいんです。このお三方は、それができる役者さんたち。その人がどう生きてきたかが自然とにじみ出てくるのが役者だと僕は考えていて。安達さんとは初めてなので知ったようなことは言えませんけど、それでもやっぱり見ていて清濁併せ飲んだものを感じるところが素敵だし、それは田中さんにしてもでんでんさんにしても同じです。
――安達さんとでんでんさんは赤堀さんの描く人間のどんなところに魅力を感じますか
安達 一人の人間が、人のいびつさだったり美しさだったり、いろんなものを持っていて。しかも、表面で見せていることと違うことを内包していたりするんですよね。そういうものがにじみ出てくるところが素敵だなと思います。
でんでん 赤堀さんの描く登場人物というのは、人間臭いんですよね。人のマイナスな部分を平気で出す。でもそうやって人のダメな部分を描くからこそ、人のいいところは少ししか描いていないのに、ちゃんと効いてくるんです。
――そんな赤堀作品の役を演じる上で、まずはどう臨みたいと考えていますか
でんでん 余分なことをやることですね。で、削っていく。初めから抑えていっても、そう簡単に調子なんて上がるもんじゃないから。空回り気味でも最初にとにかく思い切ってやって、演出の方で削られたり、周りの反応を見て、これはやっぱりダメなんだなと自分で気づいたり。特に年をとってからはそういう感じでやっていますね。悔いのないようにやりたいんですよ。
――今日の稽古でもいちばんパワフルなのはでんでんさんだったと聞きました
でんでん この年になってくると、周りの仲間の力をちょっと借りながらやるんですよ。自分で演じてるんじゃないの。仲間の代わりに演じてる感覚なの。人生観というのかな。年をとって、そういうふうに役をつくるようになりました。だからみなさん、時々邪魔になるかと思いますが、ご容赦願います(笑)。
――安達さんは初めての赤堀さんの現場の感触はいかがですか
安達 すごく楽しかったです。これだけすごい方たちと一緒に舞台に立てることに緊張してるんですけど、みなさんのお芝居を間近で見られたり、赤堀さんがどういうふうに演出をつけるんだろうと考えるとワクワクして。ドキドキもあるけど、楽しみが膨らんでいくみたいな気持ちです。私は舞台経験はそんなに多くはなくて、みなさんのようなスキルはないですが、自分にできることを本番に向けてこれから毎日一生懸命やっていこうと気持ちを新たにした稽古初日でした。
――先ほど赤堀さんの描く人間は人のいろんな部分を内包しているとおっしゃっていましたが、舞台上に立つ安達さんもある種いびつさを抱えたまま立っていらっしゃる印象があります
安達 それは私がめちゃくちゃ不器用で、ただそこにいて、ただ生きることしかできないからだと思います。本当はお芝居って嘘も必要なんだと思うんですけど、私はちゃんと本当の心で感じたものしか表現できないし、できれば舞台の上でもそうありたいと考えているんです。
赤堀くんの作品には、人間っていいなと思える希望がある(田中)
――この場を借りて、赤堀さんの現場をよく知る田中さんやでんでんさんに聞きたいことはありますか
安達 なんだろう。
赤堀 稽古ではジャージを着た方がいいのかとか?
安達 今日、一瞬思いましたね。動きやすい格好した方がいいのかなとか。
田中 僕からお伝えしたいことが一つあります。演技に行きづまるときってあると思うんです。そのときはとりあえず大声を出してください(笑)。
でんでん それに尽きるでしょう(笑)。
田中 赤堀くんの登場人物って余裕のない人が多いんです。この間の赤堀くんの一人芝居を見てても、本当にずっと怒鳴ってて。でもそれが見てて面白いし悲しいんですよね。ああいうことだよなって思いました。
安達 わかりました。そうします(笑)。
赤堀 あながち間違いじゃないかと(笑)。ある程度まで稽古が進んだら、僕も芝居に入ってやりますが、たぶん脂汗かきながら大きい声を出してると思う。それを見て、あれだけ役者にリアリズムみたいなこと言っておきながら、てめえがいちばん大きい声出してるなと思われるかもしれませんが、そのときはボロが出たと思ってください(笑)。
――では最後に読者のみなさんへメッセージをお願いします
赤堀 人間って、人生って、愚かでもいい、無様でもいいという考えが僕の中にあって、そういう思いを込めていつも作品をつくっているんですね。閉塞感でいっぱいの現代だからこそ、舞台上で生きてる人たちのみっともない姿とか、普段社会人として生活する上では出せない感情のうねりみたいなものを感じて、お客さんが自分も同じように生きていいんだという思いになってくれたら、ちょっとカッコつけた言い方ですけど、作者としてはうれしいかなと思います。
田中 ちょっと陰鬱とした世界を描きつつ、最後は人間っていいなと思える希望が赤堀くんの作品にはあります。きっと今回もそういう人の優しさや、しょうがないから頑張るかという気持ちになれるものをお届けできるんじゃないかと思っています。あとは、赤堀作品が好きな方には、今までとはちょっと違うぞというところを楽しみにしてもらえれば。
安達 きっと誰しも日々鬱々としたものを感じていて。なんでもっと自由に生きられないんだと不満を抱きつつ、道を踏み外さないよう自分を抑圧しているところがあると思うんですね。そういう思いを抱きながら演じたら、すごく面白いものになるんじゃないかと今日の話を聞いてて思いました。このお話がどこに辿り着くのかはまだ私もわかりませんが、ぜひどこに辿り着くかをみなさんには目撃しに来ていただきたいです。
でんでん もう一生懸命頑張るしかないですよね。高いお金を払って観に来てくださる方に劇場を出るときに喜んで帰っていただけるような、そういう作品にできるよう頑張るしかないです。
取材・文/横川良明
写真/明田川志保