『夜想曲集』脚本・長田育恵インタビュー

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自身の劇団(演劇ユニットてがみ座)で上演された戯曲「地を渡る舟」で第58回岸田國士戯曲賞・第17回鶴屋南北戯曲賞ノミネート、市川海老蔵自主企画ABKAIで新作舞踊劇「SOU~創~」の脚本を担当するなど、気鋭の女性劇作家として注目の長田育恵さん。そんな長田さんが新たに担当するのは東出昌大さん初舞台でも話題の『夜想曲集』。どんな想いで脚本を書かれたのか、お話を伺いました。

 

―この『夜想曲集』の脚本のオファーを受けた時は、率直にどう思いました?

 

長田「カズオ・イシグロさんの作品が元々好きで、刊行されている作品は、ほとんど読んでいました。なので、とても嬉しかったと同時に、大変なことだなと思いました。」

 

―大変というのは?

 

長田「カズオ・イシグロ作品の魅力は、行間に読み手の記憶を投影させるという読み方を迫ってくるところだと思っています。この小説が持つ良さを生かしつつ、舞台ならではの面白さも両立させる方法を探すのが大変そうだなと思いました。」

 

―原作の「夜想曲集」は全部で5編の短編集ですが、長田さんに依頼があった時には既に3本選ばれていたんですか?

 

長田「演出の小川絵梨子さんが5本の中から既に3本選ばれていて、私に依頼があった時には既に3本に絞られていました。ですが、自分で改めて原作を読み直してみても、1つの物語にするならば、その3本がいいなと思いました。」

 

―どういったところでそう感じましたか?

 

長田「まず、リンディ・ガードナーという登場人物が2作品(老歌手・夜想曲)に登場している点と、1話目(老歌手)と5話目(チェリスト)の主人公が別の人物ではあるのですが、共に旧共産圏出身であったり、ベースの部分でこの3本には共通している点があるなと思いました。他の2話も入れ込むことになっていたら、ちょっと手に負えなかったかもしれない(笑)」

 

―3本を1つの物語にする上で苦労した点はありますか?

 

長田「3本の話を1つの物語にするということで、やはり1本1本が凝縮した形になりなす。そうすると、自然とエッセンスを抜粋していく形になるんですけど、3話で共通していることが「才能」「音楽」「人を愛する」という3つの要素。この3つの要素を、エピソードで繋いでいくというよりは、感情で繋いでいくという編み方で3本を1つの物語へとまとめていきました。登場人物のエピソードから受ける心象風景や感情の色合いを紡いでいくようなイメージです。」

 

―3本を1本にどうまとめるかというのは、長田さんの手に委ねられたということですよね。

 

長田「カズオ・イシグロ作品の特徴として、「読み手の過去の記憶」とか「心象風景」といったものをすくいとっていくというのがあるので、そういう部分を演出の小川絵梨子さんに相談しながら執筆しました。」

 

―3本をどう構成していくかは悩みましたか?

 

長田「大前提として、原作本に掲載されている順番があります。当然3話目(夜想曲)5話目(チェリスト)を読む際は1話目(老歌手)の話は読んでいるという前提がありますよね。舞台では1話目(老歌手)3話目(夜想曲)5話目(チェリスト)を取り上げますが、1話ずつを順番に物語が進行していくわけではないので、どの辺で1話の内容を明確にするのかというのを考えつつ、3話5話の話も一緒に編んでいく作業でした。一つの物語として、クライマックスをきちんと作りたかったので、感情の“ヒダ”のようなものを一か所にくるように取りまとめていて、その感情に至るまでの段階として、各話のエピソードを分けて配置しているという感じです。」

 

―脚本を書きながら、舞台の画的なものをイメージしたりしながら書いているものなのですか?

 

長田「脚本を書いた時のイメージというのは確かにあるのですが、稽古場でみんなで作っていくものが一番正解に近いものだと思っているので、結果的に完成した舞台は、書いた時の自分の中だけでのイメージにとどまっることはありません。演出の小川絵梨子さんからも『テキストはどうやって書いてもらってもいいです。場面と場面のつながりもどういう風に読みといていくかは、演出家の楽しみな所だから』っておっしゃっていただきました。私としては、空間がどのように舞台上で表現されるかは、小川絵梨子さんにお任せしようと思っています。」

 

―今回のような原作がある場合と、長田さんが普段ご自身の劇団で書かれているオリジナルの作品とはアプローチも異なると思うのですが、いかがでしたか?

 

長田「作者が原作を書かれた時と同じ、とまではいかないまでも、自分なりに、物語に深く入り込んだ上で、その原作を取り扱わないといけないと思っています。時代背景やその作者が知っているであろう景色を自分の中に取り込んだ上で、作品に向き合いたい。表面だけをなぞってしまうと、その作品が持つ大切なエッセンスを取りこぼす可能性があるので…。今回の『夜想曲集』の場合は、背景としてある当時のヨーロッパ全体のことだったり、ベネチアの景色だったり。さらっと書かれている“旧共産圏の出身”というのを少しでも実感として掴みたくて、第一稿を書き終えた後に、東欧に行ってきました。その景色を知ることで、作品が豊かになるところや稽古場で俳優にも説明できるところもあるかなと思っています。」

 

―長田さんが脚本を書きたいと思ったきっかけはなんですか?

 

長田「不思議と、子供の頃から、「作家になる」って思っていました。小さい頃からお話を作ったり、本読んでいる時間が多かったというのもありますし、祖父が書き物をしていて、その背中を見ていたというのもあるかもしれません。そして、小説を書こうと大学では文芸の学部に入ったんですが、脚本ばかり書いて1本も小説を書かないまま卒業してしまいました(笑)。脚本を1本書いて上演すると課題が残って、またそれを修正するために次も脚本を書いてとつながっていって、脚本ばっかりになってしまって…。そのうち小説も書きたいです(笑)」

 

―小説ではなく、脚本・舞台という表現方法は、自分で書いたものが視覚的に観ることができますね。

 

長田「演劇という共同作業が性にあってる感じがします。全員の力で作り上げるものなので、そういう人の力が感じられるところが舞台の楽しいところですね。稽古場で役者が自分の体を通してどういうセリフになるかということに興味があります。役者に言葉が入ったら、私は必要だと思って書いていたけど、このセリフは必要ないなということも出てくるんです。」

 

―どんな方にこの作品を観て欲しいですか?

 

長田「全ての人に。特に誰かを愛した記憶だったり、夢を抱いた記憶を持っている方には楽しんでいただけるのではと思っています。」

 

 

普段、一つ一つのセリフを何気なく聞いてしまいがちですが、脚本家の方のお話を伺うことで改めて言葉の持つ強さや重さを感じることができました。そして、“編む”“紡ぐ”という表現を使われていたのが、印象に残りました。『夜想曲集』は5月11日より東京・天王洲銀河劇場にて開幕。その後大阪、広島、富山と公演が続きます。チケットは好評発売中ですので、お早目に!

 

取材・文:ローチケ演劇部(白)