「アドルフに告ぐ」
マンガの神様と言われる手塚治虫。彼の代表作「アドルフに告ぐ」を、「火の鳥」「ブッタ」など手塚作品の舞台化を実現した、日本屈指の演出家、栗山民也を迎え上演する。
主要登場人物のひとりアドルフ・カミル役の松下洸平に話を訊いた。
――「アドルフに告ぐ」出演にあたり、松下さんの中で特に魅力に感じたところは?
「栗山(民也)さんの演出というのと、成河さんとの共演ですかね。あと個人的に思い入れがあるのは、この企画をされた江口(剛史)さんが、僕の役者デビューになった舞台『GLORY DAYS』(2009年)のプロデューサーで。江口さんがいなければ僕の演劇人生はたぶん始まっていないので、またご一緒して何か恩返しできないかなといつも思っていました」
――この作品のことはご存知でした?
「タイトルだけ。読んだことはなかったです」
――松下さんはよくマンガを読む方?
「僕ね、全ッ然読まないんですよ。生まれてこの方、『ジャンプ』を広げたこともないっていう(笑)。学生時代にもちろん周りでは流行っていたんですけど、他に楽しいことがあったし、なんかその道を通らなくて。というか、とにかく活字が苦手で、本が読めないんですよ。だからぶっちゃけ、台本も苦手です(苦笑)。黙々と読んでいると、どんなに面白くても10分ぐらいで眠くなっちゃう。ある種の病気かも(笑)。たぶん僕、音で覚える人間なんですよね。だから台本も、声を出してじゃないと読めなくて。絵があればいいってことでもないから、漫画も同じ。ただ『愛と青春の宝塚リバイバル~恋よりも生命よりも~』(2011年)という舞台で手塚治虫さんをモデルにした役をやったので、手塚さんの作品はそのときにわりと読んではいました。でも『アドルフに告ぐ』は、今回初めて読みましたね」
――その原作が脚本化して、どんな印象を持ちましたか?
「これまでの役者人生でこんなに台本が待ち遠しかったことはないなというぐらい、いつ来るかドキドキしていて。脚本の木内(宏昌)さんもとても時間を掛けて尽くしてくださって、いざ来て読むと、やっぱりものすごく面白かったです。ただ、原作自体が相当ボリューミーで、それでさえ手塚さんが『細部までは書ききれなかった』と言っているものを2時間半でやるっていうのは相当な苦労があると、成河さんともよく話していて。つまり、書かれていない部分をどう表現していくか。それを読み解くのが僕たちの仕事でもあるんですけど、例えば大きく空いてしまっている2、3年をより考えて作っていかなきゃいけない。何よりも僕たち役者が理解していることがとても大切で、じゃないとお客様も着いてこれないだろうと思うので。潔くカットしていただいた部分は、僕たちが責任を持って表現します、表現しなきゃいけないなという風に、台本を読みながら思いました」
――松下さんが演じるのは3人のアドルフのうちの一人、アドルフ・カミル。正義感が強くてちょっと荒っぽいところもあって関西弁でという、これまでは比較的繊細な役どころが多い印象の松下さんには新鮮な感じがします。
「僕自身も最初はカウフマンの方じゃないかと思っていました(笑)。でも今まで見せていない、自分自身もわかっていないような部分を引き出せるいいきっかけになるかなと思います。あ、さっき言ったように音で覚える人間なんで、関西弁は全然大丈夫です(笑)。確かにカミルはやんちゃで『なんじゃおりゃ~!!』とか言ってるけれども(笑)、栗山さんが作るカミルはすごく優しいんです。本読みのとき栗山さんが、『出てきたら、パンのにおいがするようなカミルを作ってくれ』って(カミルはパン屋の息子という設定)。彼の登場でお客さんが1回深呼吸できるようなそういう存在になってほしいとおっしゃっていて、それは僕が今まで作ってきたものとそんなに相反するものではない気がしていますね」
――ただこの激しくうねる物語のラスト、ああ変貌したカミルを演じる松下さんはあまり想像がつきません……。
「ねえ?(笑) あそこはどうなるかほんっとにまだわからない。本読みをしただけでは全然わからないし、迂闊に手を出せないんですよね。戦争を知らない、こんなに平和な日本で生きてきた僕には計り知れないものがあります」
――そのカミルと様々に関係が変化する幼なじみのアドルフ・カウフマンを演じるのが成河さんです。
「初共演です! 成河さんを最初に観た『BLUE/ORANGE』(2010年)って舞台でなんてトリッキーな俳優だろうとビックリして以来、ある種ファンでした(笑)。初日に『敬語はやめよう』って言われて、今はラフに、暇さえあれば2人で作品についてしゃべっています。今回はほんと成河さんありきというか、一緒にやっていても超引っ張られるので、負けないようにしなきゃなっていうのもありますし。成河さんは素もあんな感じの、ザ・役者! 四六時中芝居のことばっかり考えていて、今はカウフマンの亡霊がついてるみたいなときもあって。もちろん冗談だけどアブないことを口走ったりするので、みんなで『まあまあまあ』って抑える、みたいな(笑)」
――稽古はハイペースで進んでいるとか。では演出家の中のプランはわりと固まっている状態ということでしょうか?
「でもやっぱり栗山さんの、その場での発想の転換はすごいですよ。昨日の稽古で面白かったのが、最初のカミルとカウフマンが丘の上で会うシーン。あそこはお互いに13歳という設定なんですけど、栗山さんが急に『わりばし持ってこい』と。1本ずつ僕と成河さんに渡して、『これ、わたあめだから』って(笑)。なんか、その場でひらめいたんでしょうね。それをどう使うかは僕らの想像力とセンスの問題だったりするので、2人でいろいろやってみたら、ものすごくいい化学反応が起きたんです。ぜひ本番で観ていただきたいんですけど。栗山さんの頭の中にはもちろん確固たる画があるんですけど、それを崩して新たなイメージを持っていただくためには、僕たちがとにかく稽古で一生懸命動かなきゃいけないと思っています」
――物語は歴史にもとづいたリアリティあるものですが、舞台の表現方法としてはどうなりそうですか?
「セットがすごく抽象的だったりするので、そういった意味ではあえてリアルには作らないようにしてると思います。八百屋(=傾斜のある舞台)になっている素舞台で、セットはテーブル1個とか、本当に必要なものだけ。でも成河さんと話していたのは、『頼るものがないのは逆にありがたいね』って。じゃあ何に頼るかといったら言葉に頼るしかないので、台本に書かれている意味がすごくよくわかるんですよ。言葉と、そして人と向き合うことでしか表現できないから、その面白さはすごくありますよね。最初と最後は、全員で歌を歌います。命の叫びみたいなものを表現する歌なのでミュージカルのようにきれいに聴かせる歌ではないんですけど、いい効果を生んでいると思います。ド頭からお客様の胸倉をつかめるような、そういう幕開きになっているんじゃないかな」
――「アドルフに告ぐ」をご覧になる方に伝えたいメッセージがありましたら。
「小さなことから大きなことまで、自分の中のいろんなことを改めるきっかけになればいいなと思います。なぜかっていうと、まさに僕がそうだから。この作品に関わらせていただいて、いろんなことをもっと知らなきゃいけないなってことに気づかされました。僕みたいに無知な人間でも、そうやって考えるきっかけを与えてくれる作品です。でも知らないってことは、ある種強みなんですよ。何も書かれていないページにはなんだって書けるし。だから知らないってことを責めるんじゃなくて、これから知ることができることの大切さを感じてもらえるといいかなと。そして栗山さんも、観てくれた人全員の必ずどこかにスポッと嵌る作品に仕上げてくださると思います。栗山さんの演出って、そういう演出だから。そして描かれた時代背景が重いから暗いのかなと思いきや、そこは手塚さんが命を吹き込んだ作品なので、意外と笑いもあったりして。しっかり笑ってたくさん泣いて、1分でも2分でも考える時間を皆様に与えることができたらいいなと思っています」
インタビュー・文 武田吏都
■公演概要
舞台「アドルフに告ぐ」
<公演日>
神奈川公演:6月3日(水)~6月14日(日) KAAT神奈川芸術劇場<ホール>
宮崎公演:6月24日(水) メディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場)演劇ホール
京都公演:6月27日(土)~6月28日(日) 京都芸術劇場春秋座(京都造形芸術大学内)
愛知公演:7月3日(金)~7月4日(土) 刈谷市総合文化センター大ホール
<原作>手塚治虫
<演出>栗山民也
<脚本>木内宏昌
<音楽>久米大作
<出演>成河、松下洸平、髙橋 洋
朝海ひかる/前田亜季/大貫勇輔、谷田 歩/市川しんぺー、斉藤直樹、田中茂弘、安藤一夫、小此木まり、吉川亜紀子/彩吹真央 石井愃一/鶴見辰吾 他