――吉田さんはこの通称“仏壇マクベス”をご覧になっていますか?
「たぶん初演を観ていると思います。当時、僕はちっちゃい劇場でシェイクスピアをやっていて、でもそれに誇りを持っていましたので、蜷川さんに対してはどっちかというと敵対心があったんです。『売れてんなぁ、メジャーだなぁ、お金かけてんなぁ!』みたいな(笑)。そういう拗ねた目と劣等感みたいなものを持ちつつ観たんですけど……びっくりしました! こんな解釈があるんだと。衝撃的でした」
――その衝撃だった「NINAGAWA・マクベス」のあの仏壇のセットに、今度はご自分が立つわけですね。
「そうなんですよね(笑)。ものすごく光栄だし、夢のようです。前回の上演から17年も経っているので、もう封印された作品かと思っていたんですよ。蜷川さんはいつも自己模倣は嫌だとおっしゃって次へ行く方だし、もう1回おやりになると思ってなかったので、とても意外でした。ただまあ、これはちょっと特別な作品ですよね。ある程度出来上がっているものなので、これだけは大きく変えずにいこうじゃないか、というか。それをお客さんも望んでらっしゃると思うし、僕らもあれをやりたいという気持ちが正直ありますしね。それでも俳優は変わっているので、最終的にはきっと別の作品になるとは思いますが。とにかく前回の公演をご覧になった方に『こんなんじゃなかった』と言われるのは嫌なので、そこは気をつけながら。そして前よりいいものにしたいなと思っていますね」
――吉田さんはご自分の劇団(劇団AUN)で「マクベス」を演出(2003年、08年)、主演(08年)された経験がありますよね。「マクベス」とはどんな作品だと感じていますか?
「すっごくよく出来たホン(=脚本)なんですよね。たぶん四大悲劇の中では一番理路整然と書かれているホンじゃないかと。なので、逆に難しい。ともすると単調になって、ストーリーが読めちゃうんですよ。だって男が野心を持ち、妻と結託して王を殺し、でも良心の呵責にさいなまれて死んでいくっていう話でしょう?(笑) シェイクスピアのほかの作品はもうちょっと複雑なんですけど。そして演出するときに一番悩んだのが、3人の魔女の存在でした。シェイクスピアで、こういう超自然的なものががっつり出てくる芝居って意外とないんです。ここでどうやってオリジナリティを出すべきかと演出家はみんな頭を悩ませるんですけど、だからこの“仏壇マクベス”も生まれたんだと思うんですね。あの魔女っていうのは戦争で犯されて殺された女たちの怨念であるとか、例えばそういう解釈を与えたりするんですけど、『それが何?』って解釈止まりになってしまうことが多い。そこで蜷川さんは、あえて魔女たちを絢爛豪華にしてしまった。巨大な仏壇のセットの中から現れ、セリフも歌舞伎調。要するに、『これはお芝居なんですよ』と一線を引いたというやり方です。なおかつ、とっても美しい。美しいけど、怖いという世界ですよね。『この手があったか!』と。おそらくこれ大正解だなと、初演を観たときに思いましたね」
――演じるマクダフについては?
「マクダフをやるのは初めて。でもすっごくいい役で、演出したときもマクダフ役の俳優にたくさんダメ出しをした覚えがあるぐらい、思い入れがある役なんです。妻子を殺されたという報告を受けるところがものすごくいいシーンで……。出番はあまり多くないんですけど、そういう見せ場をやれるのがうれしいですし、そこをどう演じきるかという課題のある役ですね」
――マクベスとの一騎打ちの場面もあります。マクベス役の市村正親さんとは初共演だとか。
「僕が劇団四季にちょこっといたときの大先輩ですが(笑)。すごい気さくでクレバーな方で、本読みのときに『鋼太郎ちゃん、四季だったんだって? 挨拶なかったじゃん!』なんて(笑)。で、『よかったねー、ミュージカル(『デスノート The Musical』)では(鹿賀)丈史とやれて、シェイクスピアでは俺とやれるし!』って(笑)。確かに、続けざまにかつての憧れの先輩たちとご一緒できるんで、自分でもびっくりしてますね」
――そしてやはり蜷川さんは、吉田さんの俳優人生で欠かせない方ですよね。出会いはいつになりますか?
「最初にご一緒させていただいたのは、『グリークス』(2000年)というギリシャ悲劇を集めて10時間にした大作。人数の多い芝居なので、古典をいろいろやっていた僕も呼ばれて。蜷川さんは当然、僕のことは知らないわけです。選ぶときも書類を見て『誰だこれ?』みたいなことをおっしゃっていたらしい(笑)。で、稽古場で初めて僕の出番が来て僕が芝居を始めたら、蜷川さんの顔つきがだんだん変わってきて、最終的には口をぽかんと開けてご覧になっていたと。『その瞬間、蜷川さんはこれから鋼太郎を絶対離さないだろうなと思った。案の定そうなったでしょ?』と、一部始終を見ていた寺島しのぶさんが後から教えてくれました(笑)。シェイクスピアにしてもギリシャ悲劇にしても、やっぱり普通のテンションでやっちゃうと面白くない。そのために、『俺たちは今からものすごいことをやるんだぞ!』という場所を蜷川さんが作ってくれるので、そこに入っちゃうとみんなやっちゃうんですよね。もうほんと、命がけになっちゃう。そこまでの土俵を作り上げられるのはやっぱり蜷川さんしかいません。本当に、特別な演出家です」
――映像でも大活躍中の吉田さんのことを、蜷川さんは何かおっしゃっていますか?
「僕ね、ほんとに蜷川さんのおかげだと思っているんです。『タイタス・アンドロニカス』(2004年)で主役に抜擢していただいてからいろんな方に注目されるようになって、僕の人生が変わった感じがあるので。知名度のない俳優を大きなプロダクションの主役に抜擢するって、異例なことですからね。なので蜷川さんに『売れてんな』なんて言われると素直に、『蜷川さんのおかげです!』って言うんです。そうすると、ものすごく喜んでくれる(笑)。『そんなことないよ』なんて言いながら、『な、俺の手柄だろ? なんでみんなもっと早く気づかないんだ』みたいな(笑)」
――吉田さんが芝居を始めたきっかけであり、ずっと追求し続けているのがシェイクスピア。飽きない理由は、ズバリなんでしょう?
「やっぱり、組んでも組んでも組みつくせないんですよね。前にやった作品も10年経ってやると、全然違って見える。『前はここすごく大きな声でやったけど、そんなに大きな声を出すところじゃなかったんだな』と思ったり。そして必ず試金石のように、この作品に向き合えるパワーが自分にあるのかということを試される。もしマクベスをやるなら3時間しゃべり続けなきゃならないわけだし、『それが今の君にできますか?』っていう。できないなら、芝居を辞めるときかもしれない。辞めないまでも、体力を使わない芝居へのスイッチを余儀なくされる年歳になったんだってことを自覚させられてしまうんだと思います。ただそれは単純にシェイクスピアに挫折したってことじゃなく、だったら別のやり方でやればいいという方法が見つけられるし、見つけたくなる。いろんなアプローチができるところが、他の作家と違うところですね。ただ僕は、シェイクスピアを演じるにはやっぱり、エネルギーが必要だと思っています。できることなら80になっても、例えば『リア王』の嵐の場面で、雷鳴の大音響に負けない『風よ、吹け!』が言いたいですね」
取材・文:武田吏都
◆吉田鋼太郎さんのコメント動画が到着!
【公演情報】
NINAGAWA・マクベス
公演日程・会場: 9/7[月]~10/3[土] Bunkamuraシアターコクーン
料金: S席¥13,500 A席¥9,500
Lコード:37080
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