森見登美彦版・抱腹絶倒の「走れメロス」
伝説の阿呆舞台が堂々復活!!
大胆、かつ緻密。芝居一本を一言で表すのは乱暴きわまりない話だが、強いて言うならそんな印象だ。原作は、古風な文体の中に現代的な笑いやユーモアをにじませた作風が人気の森見登美彦。森見があの「走れメロス」を現代の京都に蘇らせたこの作品を、さらにカムカムミニキーナの主宰・松村武が爆笑必死の音楽劇に仕立て上げたのが「青春音楽活劇 詭弁・走れメロス」だ。
2013 年の初演時には「舞台を観てこんなに笑ったのは初めて」「(写実的なセットがあるわけではないのに)舞台上に京都の街が見える!」といった絶賛の 声が上がりリピーターも続出したこの作品。満を持しての再演には、詭弁論部に所属する主人公の“阿呆大学生”芽野史郎役・武田航平、紅一点の須磨さん役・ 新垣里沙といった続投キャストに、芽野の親友であり同じ詭弁論部で“阿呆の双璧を成す”芹名雄一役・中村優一といった新キャストも加わり、新しいチームで 文字通り舞台上を駆け抜ける形となる。松村、武田、中村、新垣が語る初演、そして2016年版の「詭弁・走れメロス」とは…?
松村 森見さんの小説を演劇にするシリーズを、この“メロス”と「有頂天家族」(2014年)と二作やったんですけど、これがシリーズとして続いたっていうのがまず嬉しいですね。この座組は劇団ではないけれど、なじみの人も多くてチーム感があるから、そのチームで続けられるっていうのも、また嬉しい。
武田 そうなんですよ、僕にとってもすごく嬉しいことで…もし森見さんの作品を他のチームが演る、ってなったら「僕らがやりたかったのにな」って絶対思っちゃうと思うんです(笑)。やっぱり、松村さんの演出する森見さんの作品の世界観が僕はすごく好きなので、またそれに参加できるのが嬉しいし、稽古はまだ先ですけど早くやりたいなって思うくらい。
新垣 私はこの作品で初めて松村さんとお仕事をやらせていただいたんですけど、私が初めて受けたあの衝撃を、今回また味わえるんだなと思って(笑)、それがすごく嬉しくて。前回とはキャストが少し違うんですけど、メンバーが代わればまた受け取るものも違うから、それでまた新しい「詭弁 走れメロス」が作れるんだなって思うと、ワクワクしますね。
スタッフ&キャスト陣にとっても再演が決まった喜びはひとしおだったようだ。いっぽう、今回初参加の中村はというと…。
中村 出来上がってるチームに入っていくっていうのはドキドキしますし、正直今もドキドキしています(笑)。僕はDVDでこの作品を見させてもらったんですけども、これを生で見れなかったことを本当に後悔したんですよ。すごく面白くて、楽しくて…何回でも見たいし、実際に何回でも見れる作品だったので。ただ、そこに自分が立つとなるとどうなるだろうっていうのは考えなくもないですが…(横で武田が頭を抱えるポーズ)、それほどエネルギッシュな作品で観応えがあるので、みなさんのお力を借りつつ、全力で頑張るしかないなって。
ちなみに原作は芽野たちの通う大学で幅をきかせる図書館警察長官(市川しんぺー)が、突如として詭弁論部の部室を占拠。“部室を返して欲しければ学園祭のステージで、楽団の演奏する「美しく青きドナウ」に合わせてブリーフ一丁で踊ってみせろ”と無茶を言う長官に、芽野は自分の身代わりとして芹名を残し、古都の各所を逃げ回る……というストーリー。芽野は長官の手下である「自転車にこやか整理軍」たちを振り切り、かと思えば何を考えているのかわからない魔性の美女・須磨さんの魅力に篭絡されそうになり、その間にも芹名にはブリーフ一丁で踊らなければならない危機(?)が迫る……という、なんだかわからないが果てしなく緊迫した時間の流れを、観客も一体となって体験できるというものだ。続投の武田、新垣にとってこの“メロス”は、芝居の構成や役どころも含め、これまでのキャリアの中でも忘れられない体験になっているのだそう。
武田 前回は大変だったっていうのはもちろんありますけど、それが辛くてもうやだ!っていうものじゃなくて。舞台に立ってみんなの身体一つで一生懸命肉体的に作り上げて、それでお客さんの想像力をかきたてていくという松村さんの方法が、楽しくて、面白くて。演劇の醍醐味を非常に感じられた体験だったんです。この作品をきっかけに舞台の仕事とがっつり向き合えるようになったので、これまでやってきたことを今回の再演で出せればいいなと思ってます。
新垣 私が演じた須磨さんという役は作品の中で1人だけマイペースに過ごしているようなキャラクターではあるんですけど、めまぐるしくいろんなことが周りで起こっている中で、須磨さんの個性を出していかなければな、と。一見すました感じで魔性な雰囲気に見えるんですけど、それは芽野くんや芹名くんから見たイメージなだけであって、演じているうちに意外とずっこけた部分がある女性なんだなと思えたので(笑)。今回、チラシのビジュアルも全く前回とは違っているので、新しい須磨さんを見せていけたらいいなって。
そしてこの作品、実は演出する側の松村にとっても、特別な経験だったのだという。
松村若くてあまり経験がない人と一緒に芝居を作ることに対する偏見がなくなった経験でもあったんです、この2人との仕事は。僕としては、若い人と初めて一緒に芝居を作るときには何色にも染まってない人が都合がいいんです。演出を受け入れてくれるから、都合がいいっていう話ですよ?(笑) 2人とも人間としてはきちんと個性というか色合いがあって、でも芝居に対してのスタンスはすごくフラットだったから、よりよかった。人間として芯がなくて周囲に染まっていくタイプの役者だと、あの場であそこまでの存在感は出せないですしね。だから、“若いのにすごいヤツらがいっぱいいるじゃないか”って。やっぱりどんどん年輪を重ねていくとこなれた役者が多くなってくるから、こなれた人だけで芝居を作りたくなってきがちなんですけど、そうじゃない何かを入れていったほうがいいんだ、と思えた作品でもありました。
今回の再演にあたってはキャスト変更が大きな意味を持つことになりそうとのこと。
松村 中村くんもそうですけど、詭弁論部員の3人組の1人も入れ替わるので、また全然違う感じになると思うし、その変化球がどう来るのかが楽しみですね。芽野と芹名の2人についても、その人の持つ個性やスキルを生かした作り方をしているので、演者が変われば舞台全体が自然に変わってくるんじゃないかと。ただ3年半経ってるので、体力的な衰えさえカバーできれば(笑)、さらにパワーアップしたものに絶対なると思います。特に40代の人たちの3年半は大きいですから。
松村のこのコメントに全員がウケたところで、3年半前の稽古や本番の思い出をちょっとだけ振り返ってもらった。
武田 モノローグを含めるとセリフの量も多いし、舞台上での動きも本当に止まるポイントがないんですよ。だから(前回は西村直人、小手伸也、小林至が演じた)3人組は特に大変だったと思いますね。
新垣 “膝痛ぇ”って言って、専用スパッツ穿いたりして頑張ってたもんね。
武田 なんかもう、戦に行く武士みたいな感じでした(笑)。あと僕は稽古中に声が出なくなりましたね。声の出し方がわからずに、ひたすら叫んでたら熱が出て声を失いました(笑)。
松村 ムリにしゃべるんじゃなく、舞台上での動きの一つとしてセリフをしゃべるようにしていかないと…っていうくらいのセリフ量だからね。でも、本番になったらしっかりセリフ入ってたし問題なかったんだよね。何回か、台詞飛んでたけど?
武田 (笑)。間髪容れないくらいの勢いでセリフがパズルのように組み立てられているので、体力的な大変さもありつつ、実はすごく緻密な作りだと思うんです。だからいきなりセリフ忘れて間ができちゃうと、凍りつくようなおそろしい瞬間が舞台上に生まれるっていう。あれは怖かったな…今思い出してもぞっとします。
松村 普通の芝居より、トチっちゃうと大変なんだと思いますよ。
(武田、新垣深くうなずく)
新垣 とにかくこの座組はチームワークがすごかったんですよね。
武田 僕は一回だけ、本番中に動く方向を間違えそうになったことがあって、(小林)至さんとつかみ合いしてるシーンだったんですけど、至さん、汗だくでセリフ言いながらはける方向をさりげなく指差してくれたり、あとは小手さんが全く関係ないとこで(セットの)ボックスを僕の脛にゴン!ってぶつけてきた(笑)。
松村 小手くんはあの歳になっても、無駄な笑いをとろうとするクセが治らないんですよ。
武田 今これだけ盛り上がってる中で、優一くんは“何の話をしてるんだろう?”っていう顔をしてるんですけども…。
中村 いや、でもなんとなくわかりますよ。小手さんにお会いできるの、すごく楽しみになってきた!(笑)
さて、この作品の見どころの一つとして挙げたいのが、これまでの話にも出てきた、ある意味小劇場的な手法。この作品では主に小手ら3人組が原作小説の文章を台詞としてしゃべり、パントマイムのような動きも駆使して原作の文体の持つリズム感を舞台上でも表現するのだが…。
新垣 “人ってこんなにいろんなものになれるんだ?”っていうことを、この作品で知ったんですよ。舞台上にボックスがいっぱい置かれていて、それがいきなり建物や駅になったり、かと思えば何もないところを川に見立てて、みんなで濁流を表現してみたりだとか…これまでお芝居をやってきたけどこんな体験はできなかったので、そういう意味でも楽しかったですね。
武田 僕も、初演のときには舞台経験がそれほどなかったので、そこで得たものや松村さんに教えていただいたことが、僕の舞台での芝居のベースになってるんですよ。(前回使ったボロボロの台本を取り出して)ダメ出しをされたところを書き込んでいったら、余白全然なくなっちゃうくらい、いろいろ学ばせてもらったんです。最近では舞台でも映像の仕事でもどこに行っても「あ、松村さんとこの子だね」って言っていただくことが多くなって…。
松村 何、その言われ方、実の息子みたいじゃん(笑)。話を戻すと、これってずっと走ってる話だからしょうがない部分もあるんですよ。部屋で登場人物がゆっくり話してるようなものじゃなくてすぐ次の場面に行くので、セット用意するとしたら何通り作らなきゃならないんだ?ってなるじゃないですか。芽野が人力車で逃げるシーンもありますけど、人力車を走らせるようなスペースもないですしね。
そして、芽野が逃げ回るストーリー中には様々な京都の名所が登場。まさに「京都の街が見える」ような作りであり、初演時には「京都の地理を頭に入れておくとより楽しめる!」と、評判だったのだが…。
松村 僕なんかは、上演が終わってから実際の京都の街を歩いて“こうなってるんだ?”って思ったくらいで…完全に想像でやってましたね(笑)
武田 台本にOPAって出てくるから“OPAってどうやって表現するんですか?”って松村さんに聞いたら“口でOPAって言うしかないだろ?”って言われて(笑)。そのOPAがショッピングモールだっていうのもあとで知ったんです。
中村 僕はたまたま昨年10月に仕事で京都に行って、そのときに電車で結構移動したんです。だからメロスの台本読んだときに、芽野がどの辺を走っているのか、わかるところがありましたよ。わかんない場所はネットで調べてみたりして、僕も結構リアルだなって感じたんですけど…。
新垣 稽古場で、みんなで地図見てたこともありましたよね? “ここが●●で、ここから●●へ移動して…”って距離感を見てみたりして。懐かしいな。
武田 優一くんみたいに実際に行って歩いてみたらわかる話なんですけど(笑)、僕らは地図見ながら“ここからここまで実際に走るの、大変じゃないの?”みたいな話を想像でしたりしてましたね~。
そしてこの作品やシリーズ最大のポイントでもある森見作品の魅力について、改めて松村に聞いてみると…。
松村 森見さんの作品を舞台化するっていう企画をいただいて、この作品の面白さはどこにあるんだろう?って思いながらじっくり読んでみたんですけど、これはもう完全に文体だろう、と。流れるように話は進むんだけれど、ところどころに熟語だとか難しい漢字が面白く配置されていたりしてね。だから会話の台本にしてしまうと意味がないなと思ったんで、地の文(セリフではない文章の部分)を登場人物みんなで分担するっていう形にしたんですよね。さらに、いわゆるリーディングじゃなくてその状態でビジュアル的にも何かを表すっていうのを同時にやったら、演劇として面白いんじゃないかって。
音楽劇ならではの一度聴けば耳に残るような個性的な楽曲、そしてステージング担当の小野寺修二による、ダンスともパントマイムともつかない不思議なパフォーマンスも盛り込まれたこの作品は、さまざまな切り口から見て異彩を放っている。
武田 いろんな要素が出てくるので、内容的には3時間分くらいあると思うんですけど、それが流れるようにトータル1時間半ぐらいの間にぎゅっと詰まって展開されるんですよ。だからいろんなものが出てくる違和感を覚えることもなくスカッと終わる。そこが非常に面白いポイントかなって。
新垣 舞台上のいろんなところでいろんなことが起こってるので、前回見てくれた方には「何回見ても面白い」って言ってもらえたんですよ。一人ひとりのキャラクターが本当に個性的でどこを見たらいいのか困ってしまうくらいなので、そのキャラ立ち具合にも注目していただきたいです。私が演じる須磨さんも3年半前とはちょっと違う感じになると思うんですけど、新しいキャストの方々が入ることで、さらに全然違うものになると思いますし!
中村 映像で観る限りではもう全部のシーンが面白くて、気づいたら終わってたっていうくらい、あっという間に感じたんですよ。僕は台本に書かれていることを全力でマジメにやりつつ、それが客観的に見ると笑えるっていう芹名になれたらと思っています。
初演を観た人にとっては待望の作品であることは間違いないこの舞台だが、今回初めてこのシリーズを体験する人へのメッセージを、松村に語ってもらった。
松村 これって疾走感が異常にある…みなさんが想像する以上の疾走感がある舞台だと思うんですよ。人ってそういう展開の速いものを見ると、脳や心が普段とちょっと違うような動きをしだして、なんとなく一個一個のセリフや動きにとらわれずにステージを全景でとらえるような感じになってくる。例えば“音楽を聴いてるように観る”ような体験で。コントみたいな部分があるし笑えるっていうのももちろんありつつ、その異常な疾走感ゆえに、観終わったときに他の舞台にはない気持ちよさがあるんじゃないかと。1本の舞台を観終わって、 “何かがものすごい速さで通り過ぎたぞ?”みたいな(笑)、初めての感覚を味わってもらえる作品ではないかなと思いますね。
取材・文/古知屋ジュン
【プロフィール】
松村 武
■マツムラ タケシ ’70年、奈良県出身。’90年に八嶋智人らと劇団カムカムミニキーナを旗揚げ。劇団の全作品で作・演出・出演を担当するほか、シス・カンパニー「叔母との旅」、敦×杏子PRODUCE「URASUJI」シリーズなど、脚本提供や演出作品も多数。また、自身も俳優として、NODA・MAPや阿佐ヶ谷スパイダース他の作品などに出演している。3/19[土]~21[月]には「カムカムミニキーナ春のショートチャレンジフェス」(池袋アートスペースサンライズホール)を上演。
武田航平
■タケダ コウヘイ ’86年、東京都出身。’01年に「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」審査員特別賞を受賞。その後数々のTVドラマ、映画、舞台などで活躍。’14年にはNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」にも出演。舞台作品では松村演出の「詭弁・走れメロス」「有頂天家族」に続けて、劇団カムカムミニキーナの「G海峡」(’14年)、「スワン・ダイブ」(’15年)に客演し、いずれも主演を務めている。
中村優一
■ナカムラ ユウイチ ’87年、 神奈川県出身。’07年 に出演した「仮面ライダー電王」桜井侑斗 役 / 仮 面ライダーゼロノス(声)で人気を博し、以後もドラマ「太陽と海の教室」(’08年)、 「もやしもん」(’10年) などさまざまな作品で活躍。ドラマ・舞台「薄桜鬼SSL~sweet school life~」で主演の土方歳三役を務める。現在映画「『薄桜鬼SSL~sweet school life~』THE MOVIE」 が公開中。舞台『ダンガンロンパTHE STAGE2016』の出演や、映画『U-31』『八重子のハミング』の出演も決定している。
新垣里沙
■ニイガキ リサ ’88年、神奈川県出身。’01年にモーニング娘。の5期メンバーとして加入。7代目リーダーを務め、’12年5月に卒業。卒業後は女優として活躍。松村演出作品以外には、映画「ブラック・フィルム」(’15年)、舞台「殺人鬼フジコの衝動」(’13年、’15年)、「新版 義経千本桜」(’15年)、「幻の城~戦国の美しき狂気~」(’15年)などに出演。2/28[日]まで星屑の会「星屑の町~完結編」(東京・兵庫公演)に、3/16[水]~松下優也とのW主演作「暁のヨナ」(EX THEATER 六本木)にも出演。
【公演情報】
青春音楽活劇『詭弁・走れメロス』
原作:森見登美彦『新釈 走れメロス他四篇』/祥伝社文庫刊
脚本・演出:松村 武
振付:小野寺修二
出演:
武田航平、中村優一、新垣里沙
荒谷清水、小手伸也、小林 至
高木 俊、上田悠介
市川しんぺー
日程・会場:
2016年4月29日(金)~5月8日(日) 新宿シアターサンモール
2016年5月14日(土) 京都劇場
【チケット発売情報】
一般発売:2/11(木・祝)10:00~
★詳しいチケット情報は下記ボタンにて!