1983年にロサンジェルスで初演され、3年後のロンドン再演では、ハロルド役をイギリスの名優アルバート・フィニーが演じ、話題を呼んだ。その翌年、映画化され、世界中で繰り返し上演される名作として、不動の地位を築いた作品「オーファンズ」。
その名作が、2月10日より池袋は東京芸術劇場シアターウエストにて上演されている。
登場人物は3人のみ。宮田慶子の演出の下で再度演じたいと熱望し、脚本選びに参加をするほど意欲を持って今作に挑んだ柳下大、劇団プレステージではもちろん、昨年フジテレビ系にて放送された「オトナ女子」へのレギュラー出演や舞台での活躍も目覚しい平埜生成、そして男闘呼組としてデビューし、解散後は俳優活動を本格的に開催、数々の作品に出演してきている高橋和也。
この3人だけしか出演しない、濃密にして切ない舞台の公開ゲネプロが行われた。
深く傷つけば傷つくほど、信じるには勇気がいる。
三者三様に迷い、苦しみ、再生しようとする絆の物語。
舞台はノースフィラデルフィアにある古くて汚い家の一室。ここで生活をしているのは、トリート(柳下 大)とフィリップ(平埜生成)の兄弟だ。親に捨てられ、兄弟で寄り添うように生きてきた二人は、トリートが日々盗みを働き生計を立てていた。フィリップは、病気を理由に外界と交わることなく、家の中でじっとトリートの帰りを待つ。そしてトリートはそんな弟の面倒を看ることが自分の義務だと心に刻み、それを拠り所にして生きている。親の愛に飢えた、埋められない心の隙間。それ故に、トリートは利発だが一度キレると手がつけられないほどの凶暴性を持つようになり、一方のフィリップはびくつきながらも、生きる上で頼りにできるたった一人の肉親としてトリートを慕っている。
そこに現れたのが、同じく孤児として育ち、立派な身なりをした男、ハロルド(高橋和也)だった。
登場人物はこの3人のみ。ストーリーはもちろんだが、その役者の手腕が問われる難しい舞台だ。そんな難しい舞台で、三種三様、実に魅力的な人間を演じきっていた。
常に寂しさを抱え、愛情に飢え、それでも大事な弟を守らなければ、生きていかなければいけない。これ以上傷つかないために過剰なまでに攻撃的になり、自己を押える術をしらないほどに理性が利かない。だけど、心の奥底では、誰かに認められたいし、必要とされたい。根本にある素直さや純粋さをグッと心の奥底に沈めこんで、必要以上に虚勢を張っているような青年が、トリート。そのトリートを見事に、言葉通り全身全霊で演じたのが柳下だ。
最初から最後まで、そのひりつくような心の傷が剥き出しで、その渾身の演技たるや、観る物の心はもちろん、カロリーすらも奪うほどの迫力だ。
そして、頼れる唯一の肉親のトリートを慕い、言うことを聞きながらもトリートに怯えているが、心の中から消すことができない母への思慕や自分の感情を静かに温める芯の強さを持つ天真爛漫で素直なフィリップ。素直さが功を奏し、状況に順応し、まるで蝶のように華麗に変化を遂げていく。芯の部分は強いけれども、決して強く打って出ることはなく、表情や状況を伺いながら常にオドオドしている平埜の演技がとても光っていた。目で多くを語るような役どころが、シアターウエストのサイズ感にばっちりとハマり、グイグイ惹き付けられる。
この二人の兄弟に新たな風を吹き込み、惜しみない愛情を注いでいくハロルド。自身も孤児という過去を持ち、あらゆるものから防御している傷ついた二人に、愛情だけを武器に丸腰で飛び込んでいく。自身もそれを超えてきたが故に彼らの気持ちが理解できる、ある種の大人の余裕、加えて彼らに何かをしたいという純粋な心根を持つ。決して表舞台で活躍している訳ではなさそうなビジネスで成り上がってきた男の哀愁と厳しさ、そして優しさ。そんな人間的な魅力が詰め込まれたのがハロルドだ。そのハロルドを魅力たっぷりに演じたのが高橋和也。トリートの何枚も上を行き、本当に彼にとって必要なものを時に厳しく教え、逆に素直になんでも吸収していくフィリップには「励ましてやろう」と優しく強く肩を抱いてやる。高橋がまるでハロルドその人に見えるほど、完全にハマり役だった。
人を信じられなくなるほど、傷ついた心。それが、見返りなどを求めない、惜しみない愛情で、まるで氷が解けるように徐々に癒され変化していく。その心の動きが舞台を通してひしひしと伝わってくるのだ。
もちろん舞台となっている国も時代も違うけれども、この「信じられるもの」を捜し求める人の心はいつの時代も変わらない。実際の生活の中、例えば職場や学校、人間関係の中でも、ハロルドのように手を差し伸べてくれている人がきっといる。それを掴めるかどうかが成長や変化のキーになるのだが、この舞台で見事に表現された二つのパターン。一つ目はその手を素直に見極めて、自ら握りにいくフィリップ。二つ目は傷ついた心が邪魔をして何も信じられなくなっているが故に掴むことができずにいるトリート。ハロルドはそのトリートの心の氷を溶かして、トリートが自分から握りにいけるまで待つほどの度量の持ち主ではあったが、実際の生活の中ではそこまで忍耐強く待ってくれる人はなかなかいない。
自分は果たしてトリートなのだろうか、フィリップなのだろうか、それともハロルドのようになれるのだろうか。どんな風に生きることが幸せで、信じられるものとは何なのか、そんなことをつらつらと考えさせられた。
3人の見事な演技に吸い込まれ、彼らの持つ心の痛みを同じように感じ、同じように癒されていく時間を堪能してほしい。ひりつくような切なさ、開いていく心、そして気付き。ラストシーンの柳下の迫力には、涙がこぼれて止まらなかった。
大人の男が演じる、心がひりつくような渾身の舞台、ぜひその目で心で体験して欲しい。
舞台「オーファンズ」は、2月21日まで東京芸術劇場 シアターウエストにて、そして2月27日から2日間、新神戸オリエンタル劇場にて上演される。
【キャスト初日コメント】
柳下 大
役者としてもっと新しい自分を見つけたいと思い、宮田慶子さんに演出をお願いした作品です。何度も壁にぶつかり悩み苦しみ、それでも必死に稽古をしてきて、改めて一から芝居というものを見つめ直すことが出来ました。二人きりで生きてきた兄弟と一人の男性の奇跡の出会いの物語で、人との繋がり、温もりに改めて気づいていただけるような、とても素敵な作品です。東京芸術劇場 シアターウエストにてお待ちしております。
平埜生成
31日間みっちり稽古をしてきて、3人芝居だけど3人だけでは作れない作品だったとすごく感じています。僕個人としては、今までとはまた違った舞台の味わい方を見つけられそうな気がしています。劇場空間も濃縮されていて皆さんとの心の距離も近いと思うので、頑張っていきたいと思います。観劇によく訪れていた芸術劇場ですが、お芝居をするのは初めてなので純粋に楽しみたいです。僕が演じるフィリップは、劇中ですごく変わっていきます。人が変わっていく、誰かに影響されていくのは皆さんにもある経験だと思うので、自分はどういう風に変わってきたんだろうと思いながら観ていただけたら、いつもと違う舞台の楽しみ方が出来るのではないかと思います。ぜひ観に来てください。
高橋和也
1ヵ月の厳しい稽古を乗り越えてきました。非常に良い舞台に仕上がっています。僕にとっては、10年に一本出合えるかどうかという作品だと思っています。とにかくたくさんの方に観ていただきたいです。ぜひ皆さま、劇場に足を運んで、衝撃を受けていただきたいと思います。
【公演情報】
『オーファンズ』
日程・会場:
2016年2月10日(水)~21日(日) 東京芸術劇場 シアターウエスト
2016年2月27日(土)~28日(日) 兵庫・新神戸オリエンタル劇場
★詳しいチケット情報は下記ボタンにて!