<第2回>ゴジゲン目次の「イヌの日」DXインデックス

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第一回の記事が掲載されたあと、知人友人から、
「このタイトルのDXって何なんですか?」と、訊かれた。
これを誰もが知っている単語だと信じ、華麗に韻まで踏んだ名タイトルだと自負していた私は一瞬愕然とした。

 

「えっと…DXってのは「デラックス」って読むんですよ」
「あ~はいはい、ダウンタウンDXみたいな」
「うん…そうそう」
「じゃあ何でインデックスなんですか?」
「それはほら、インデックスを和訳すると「見出し」とか「目次」になるわけで、え~僕の苗字が目次(メツギ)だからつまり…」
「はいはい、もくじとメツギをかけたわけだ。へ~」
「……。」

 

幕が上がるまでにこの作品の理解を手助けする索引的なものが出来上がっていればと思い意気揚々と名づけたタイトルであったが、出だしの見出しから大きくつまずいたようだ。
丁寧に訳すと『ゴジゲン目次による舞台「イヌの日」の豪華な目次(もくじ)』となるわけだが、なるほど、意味がわからない。
おそらく目次のページだけ無駄に金箔でも張り付けてあるのだろう。
しかし、高校時代に背伸びして読んでいたオシャレ雑誌に「慇懃breakin」(いんぎんぶれいきん)なるコラムがあったと記憶するが、「慇懃無礼」の意味もわからず15年経った今も思い出すことができるということは、タイトルは「意味」じゃない!と、小声でいいから言わせてほしい。
「DXインデックス」というタイトルも(本文も)「意味」ではなく「ノリ」でついてきていただければありがたい。
↓とりあえず自分でイメージを作ってみた。

 

005

 

先日、初めての本読み稽古が行われた。
まず、本読み稽古とは何か?
それは稽古が始まる前にキャストが台本を読み合わせることだが、この行事に関しては私もいまいちわからなかった。
それはなぜか?
小劇場界では、よほど大きな公演か再演等でない限り、稽古が始まる前に台本が出来上がっていることが稀なのだ。
それこそ、つちのこの産卵シーンに遭遇するほど稀有な現象と言っていいだろう。
この世界では公演初日に完成稿を渡され、幕が開けるギリギリまで飯をかっこむようにセリフを詰め込んでいるなんてことは茶飯事なのだ。
もちろんゴジゲンも例に漏れていない。
それどころか本番中に今まで一度も聞いたこともないセリフが突如矢の如く飛んでくる。
たまにその矢の当たりどころが悪く、命を落とす者もいる。
というわけで、私は本読み稽古などということをしたことがほぼない。
何をどうすればいいのかもわからない。
はて、この本読み稽古なるものの目的は一体どこにあるのだろうか。
今更そんな当たり前の質問を、いい歳したアラサーが聞くに聞けず、とりあえず自分なりに3つの仮説を立ててみた。

 

①演出家がキャストの「素材」を見るためなので、余計なことはせずにサラッと読む。

②各キャストが自分はこういう方向性で演じますという意思表示の場なので、きちんとプランを立てて本番さながらの熱量で読む。

③何も考えるな、感じろ。

 

私の性質というのはとりもなおさず石橋は叩いて渡るというものだ。
たとえ橋の隅々まで叩き終わり無事に安全確認できても、ひとたび小心者のリトル目次の膝頭が震えようものなら「石橋は渡らない」という非情な決断も辞さない。

 

そんな問題児を心に抱える私は迷わず②を選択した。
万が一私の予想が外れた場合、①や③にならその場でシフトチェンジは可能だが、②にいきなり変更することは例え私が藤原竜也級の演技力を持っていたとしても難しいからだ。
我ながら賢明な選択だ。
戦には万全をもって臨む。
かの戦国時代最高の智将と呼ばれた、我が中国地方の戦国武将・毛利元就のようだ。
きっと元就公も天国で私の奮闘を頼もしく思うに違いない。

 

003

 

ついに当日を迎えた。
それでも「心配」が脇汗となってシャツに奇怪な模様を作り出してしまうほどであったので、居ても立ってもいられなくなり、隣に座った座組最年少の後輩・大窪人衛くんに、
「本読み稽古ってどんな風に読めばいいのかな?」
と、恐る恐る聞いてみた。
彼は「え?この先輩何言ってんの?」という目を向けたまま、適当に返事をしてその場を濁した。
やはり愚にも等しいこんな質問を人気劇団イキウメの俳優さんにするべきではなかったと、深く自分を恥じた。
彼はきっと僕を「肥料臭いおじさんが今更何しにきたんだろ。はやく島根だか鳥取だかに帰んねーかな」と思ったに違いない。
いやいや、それは考え過ぎだ。
ゴジゲンでも昔共演した心優しい彼のことだ、そんなこと露ほども思わないさ。
例え思ったとしても、我が故郷・島根とお隣の鳥取県とを混同するという大失態までは演じないだろう。
そんな馬鹿な間違いをしようものなら山陰地方の各地で一揆が頻発するからだ。

 

厳かな空気の中、本読みは始まった。
私の出番は少し後なので、その間は他のキャストさんの出方をしんねりむっつりと伺える。

(さぁどう来る…どう来るんだっ!)

 

私は兜の緒を締め直すが如く、アンダーウェアとその中身のポジションを直した。
完全な臨戦態勢だ。
すると早くも反応が…!?

(お、お、お…これはまさかっ!?①だっ!!抑えてる抑えてる!!控えめに抑えてるぞっ!!)

 

私は、すぐさまプランA(本番さながらの熱量で読む)からB(サラッと流して読む)へと変更した。

(やはり①だったか。あぶないところだったぜ…)

 

そのとき、映画「かぐや姫の物語」のドキュメンタリーの一場面が頭をよぎった。
それこそ本読み稽古で、高畑監督があの地井武男さんをして「演技をしないでください」と注意したのだ。

(そうか、やはり目的はキャストのニュートラルな状態を演出家が確認し、今後の演出プランを立てるためにあったわけだ!それにしてもあの地井さんほどの名優ですら苦言を呈されたんだ。本読み稽古をなめてかかるととんでもねぇことになるぜっ!)

 

そう小声でぼそぼそと言う私を、隣の大窪くんがさも迷惑だと言わんばかりにこちらを見た、そのときだった!

(ちょっと待ていっ!……②だ。練ってきてる。かなり演技プラン練ってきてやがんぞおいっ!チェンジだっ!チェ~ンジ!!)

 

私はすぐさまプランAに戻した。

(そういうことか、つまり①だと思いきや単にエンジンがかかってなかっただけのこと。ようやくみなさんが本来の調子を取り戻したってわけだ!フーッ…またもや危ないところだったぜ。自ら落とし穴にはまるところだった。だがもう安心だ。これで我が領地を脅かす危険因子は―)

 

と、そのとき!

(ちょっと待ていっ!この生き生きしたセリフの掛け合い…とても用意されてきたものなんかじゃねぇっ!③だ③っ!スリー!)

 

あまりに激しい言葉と言葉のぶつかり合いに、すでに会場は一触即発のバトルフィールドと化していたのだ。
とっさに私はプランCと呼ばれる「考えるな、感じろ」作戦に変更を決意した。
考えていたのでは遅すぎる、反射的に感じて演じるのだ。
そう、それは映画「燃えよドラゴン」で主演のブルース・リーが言い放った有名なセリ…ちょっと待ていっ!!

(っていうか①の人もいれば②や③の人もいるよ!みんな自由だよ!わりとみんな各々やりたいようにやってるよ!…そもそも本読み稽古の目的に正解なんてものはないんじゃなかろうか?ってことは…どうすりゃいいんだ!?プラン何でいけばいいんだいっ!?)

 

無情にも私の登場シーンが目前に迫っていた。
すっかり気が動転してしまった私は①と②の中間の「約1.5」という元々なかったプランを演じることになった。
さして演技を抑えて読んでいるわけでもなく、かといって周りが引くほどの熱演を繰り広げるわけでもない、いたって面白くもなんともない内容だ。
不本意としか言いようがなかろうが、今さら1.5から②に変更しようものなら周りが「この人ノッてきちゃってるよ。まあ、恥ずかしい人ね」なんて白い目を向けられるに違いないのだ。
①への変更も同様、「ぷぷぷ、あの人急にカッコつけだしたわね」なんて思われるのがオチだ。
一行のセリフが一時間に、最後の項まで辿りつくのに10年はかかった。
少なくとも私はそのように感じた。
元就公もさぞかし不甲斐ない私の姿に失望されたであろう。

 

004

 

本読み稽古も終わり、みなさん思い思いに過ごしていたときのことだ。
あまりの気恥ずかしさに却って清々しい顔を浮かべた私に、大窪くんは優しく話しかけてくれた。
「いや~始まる前に目次さんがどんな風に読めばいいかなんて聞くから思わず吹くところでしたよ~。この人何言ってるんだろって」
「はは…そう?そんなにおかしかった?」
「おかしいですよ。それにふつう大先輩の役者さんたちってみんな静か~に読むじゃないですか。それを目次さんはあんな変なカンジで読んでて。なんか逆にすごいなって。僕もその勇気見習わなきゃなって思いましたよ」
「お、それはよかった。大いに今後に役立ててくれよ。ははは」
「あれはもちろんわざとっすよね?みんなの緊張解くためっすよね?いやぁ目次さんと一緒でよかったぁ、稽古が始まるのマジ楽しみっすよ」

そうか、大窪よ。おれも楽しみだよ。
それにしても今年の夏は熱くなりそうな気がするな。
夕涼みに出掛けるなんてこともあるだろうが、君にはくれぐれも夜道に気をつけてもらいたいね。―終

 

Profile
目次立樹 メツギ・リッキ

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1985年10月29日生まれ、島根県出身。
劇団ゴジゲン所属。舞台上では圧倒的な存在感を放つ、松居大悟作品には欠かせない存在。ここ数年は地元・島根県にて俳優、農家、ワークショップデザイナー、児童クラブの先生としても活動の場を広げている。

 

―今後の活動―
「イヌの日」 出演
作:長塚圭史 演出:松居大悟
2016年8月10日(水)~21日(日)
ザ・スズナリ(下北沢)