1月11日(水)Bunkamuraシアターコクーンにて開幕!
シアターコクーン・オンレパートリー2017「世界」
作・演出 赤堀雅秋 インタビュー
昨年は2作目の監督映画『葛城事件』、久々のシアタートラムでの舞台『同じ夢』が、どちらも高い評価を得た赤堀雅秋。3度目のシアターコクーンとなる『世界』にも、好調の波が続く。熟年離婚を前にしながら同居を続ける父と母、惰性で不倫を重ねるその息子など“ダラダラと決断を先送りにする人達”が描かれるのだが、出口のない会話はどこかユーモラスで、時折り底のほうにほろ苦さが見え隠れする。
2014年の『殺風景』、15年の『大脱走』と、シアターコクーンでキャリアを重ねつつ手探りしてきた赤堀がたどり着いたのは“線”で関係性、あるいは“面”で社会を捉えるのではなく“点”で個人を描く新境地だ。
―― 戯曲、最初から最後までとてもおもしろく拝読しました。過去2回のコクーンの公演があまりうまく行っていないと思うと私は伝えていて、赤堀さんもその自覚はあると話してくださいました(*後述)。それを踏まえての今回は、どういう作戦を立てたんですか?
赤堀 作戦は、実はあまりなくて(笑)。ただ今回は、劇作家としての思いのほうが強いと思います。前回、前々回のコクーンは、演出家の仕事を意識してオタオタした部分があったんですよね。どうやってあの空間を埋めよう、どうやってコクーンに来る(演劇マニアではない)お客さんと対峙しようという思いばかりが先に立ってしまった。そこで変な気概を持って、自分の身の丈に合っていないことをやって上滑りしていたわけですけど、何が書きたいのかという根源的なところが抜け落ちていた気がして、そこと真摯に向き合って作品つくれば、お客さんにちゃんと届くんじゃないかと考えました。
―― 「今、本当に書きたいことは何か」と自問して、すぐに答えは出てきましたか?
赤堀 自分はずっと、いわゆる市井の人間というか、半径何メートルだかの人々の日々をスケッチしてきたし、それをより丁寧にやるんだという気持ちはブレませんでした。ただやっぱり、それを大きな劇場でどう見せるかを考えた時に、尋常じゃない葛藤を経験しました。
例えば井上ひさしさんだったら、ある歴史上の出来事を起点にして市井の人々の生活を展開されただろうし、それができない今までの自分は、実際に起きた殺人事件をベースにして、つまり見世物的な(衝撃度の強い)出来事を軸に置いて、そこから何かしらを波及させて、その波をかぶってしまう人間を描くやり方をしていたんですけど。今回はそうじゃなくて、本当に何でもない、どこにでもいる人の滑稽な姿とか必死な姿が描きたかった。でも放っておくと殺人に引っ張られるんです、それが書き進めやすいから。「殺人」「いや違う」「殺人」「違う」「殺人」「だから違う!」と自問自答を16回ぐらい繰り返し(笑)、なんとか踏ん張りました。
そして、自分としては怖いけれども、惚れた腫れただとか、近所付き合いとか、職場の小さなトラブルとか、そういう細かいことのおもしろさを信じようと。
―― 踏ん張る支えにしたものは、何かあったのでしょうか?
赤堀 例えば黒澤明監督の『どですかでん』やゴーリキーの『どん底』も、別に何が起きるというわけではないけれど、ひとりひとりがちゃんと呼吸してそこにいますよね。「それだぞ、それでいいんだぞ」と自分に言い聞かせていました。また、そういうミニマムな空気感がきちんと描けたら、現代を透かして見せることができるかもしれないと、自分なりに希望を持っていました。……まぁ、格好つけてこう言っていますけど、スケジュール的にかなり切迫していたので、見切り発車で書き出していったところもあるんですけど(笑)。
―― 実は戯曲と一緒に、シノプシスも見せていただんですね。そこにあった登場人物のプロフィールには、梅沢昌代さん演じる妻が、風間杜夫さん演じる夫に「離婚を切り出そうと考えているところ」とあったのに、実際の戯曲は、切り出したあとの状態から始まっていたのが、いい驚きでした。長年連れ添った夫に、妻の方から離婚を口にするという事件を描かず、アパートが見つからないから仕方なく同居しているダレた時間を描いている、その距離感がいいですね。
赤堀 離婚の話は、自分の経験をいつか芝居にできたらと温めていた部分があるんです。離婚は決めたけど、お互いに金がなくて、引っ越しの敷金礼金を貯めるまで2ヵ月間ぐらい一緒に暮らしていて、その間は一緒に飯も食うしテレビも見るという、すごくシュールな時間だったんです(笑)。そういう、虚無なのか滑稽なのかわからない空気がいつか描けたらなと思っていて、ようやく念願が叶ったという……。
でも、僕ぐらいの年代の俳優がやってもたぶんつまらないから、熟年夫婦でやりたいなと思っていたのが、風間さんと梅沢さんが参加してくださることになったので、この機会にぜひと。
―― 「虚無なのか滑稽なのか」というのは、おそらく『世界』全体のキーワードですね。
赤堀 タイトルを『世界』にした理由でもあるんですけど、今の世の中の雰囲気、虚無なのか諦念なのか、それがひっくり返って滑稽なのかはわからないけれど、自分が感じているこの空気をとにかく芝居として書きたいという思いはすごくありました。そのために、単なる離婚の話、ドメスティックな話にならないよう、あえて登場人物の距離を離したりして、それを出そうとしているんですけと。
―― 大きい劇場を前提にした時、これまでの赤堀さんだったら、人と人との結びつきを濃くしたり、ひとりひとりが抱える感情を熱いものにすることで空間を埋めようとした。でも今回は、登場人物を点として置いて、あえて線で結び付けず、点と点の間に生まれる空気を、今の世の中を覆っているものではないかと問うている?
赤堀 きっとそうです。
―― 多くの演劇のつくり手がその時々で「今の世の中」という言葉を使ってきましたが、特にこの6年弱は、自動的に「震災以降の」が付きます。赤堀さんが言う「今の世の中」はどういうものか、もう少し教えてください。
赤堀 やっぱりそれは意識の中に組み込まれています。震災直後は、例えば原発に対しても、被災者の痛みに対しても絆というものに対しても、多くの人がすごく自分に近い感覚で向き合おうとしていたと思うんです。でもたかだか5〜6年で──まだまだちゃんと向き合ってる人達もいますけど──何事もなかったかのように過ごしている人達が増えて、でも結局それは、真綿で自分達の首を絞めているような、底なし沼に沈んでいくようなもので「このままでいいの?」という状況じゃないですか。と言うか、みんな良くないと気が付いていて、行動を先送りにしているだけなんですよね。(この物語の)離婚も不倫も、本当は向き合わなくちゃいけないんだけど、向き合うと何かがバーストしてしまいそうだから、今はとりあえず飲み込むかと思っているうちに、ズブズブととんでもないところに行ってしまう怖さ、虚しさ、諦め、それが重なるのかなと。
―― 何を書きたいか見つめた末の戯曲が書けたとして、鍵になるのはそれをどう演出するかですが。
赤堀 それもちょっと格好つけた言い方ですけど、腹をくくったというか。この戯曲の演出方法は当然いろいろあって、最終的には具象のセットにしたんですけど、当初は抽象的な道具をいくつか置いて場所を混在させるほうが演劇っぽいのかなって考えたりもしたんです(笑)。でもやっぱり自分が書きたい描写は、冷蔵庫が本物じゃないと、トイレがそこに存在していないと、成り立たないものだと思い至りまして。
―― 腹をくくれたのは、前回のコクーンから今回のコクーンまでの間の仕事──映画や『同じ夢』ですけど──の評価や自分の納得度があってでしょうか?
赤堀 大いにあると思いますね。恥ずかしいんですけど、劇作家として、俺だって唐(十郎)さんみたいな世界を書いてみたいとか、松尾(スズキ)さんみたいな話にチャレンジしたいとか、演出家としてだったら蜷川(幸雄)さんや野田(秀樹)さんみたいにダイナミックなことがしたいと思っていたんですよ、特にコクーンを始めた頃は、せっかくだからそういうこともやろうという拙い欲求があったりして。でも徐々に「うん、違うな、できないな」ということがわかってきた。その代わり、それこそ諦念かもしれませんけど、こういう下世話でミニマムな話は、唐さんや松尾さんや野田さんにはきっとできないだろうから、俺は俺なりにそこを特化していってもいいんじゃないかと思ったんでしょうね。自分を客観視できるようになって、勝ち負けじゃなく、それぞれが得意技を磨くしかないと考えられるように、やっとなったんだと思います。
*『演劇最強論-ing』内「中堅クライシス」インタビュー
インタビュー・文/徳永京子
【公演情報】
シアターコクーン・オンレパートリー2017「世界」
赤堀雅秋×シアターコクーン第3弾!
多彩なキャストと共に描き出す
“世界”のはじっこ。
人生は喜劇である。
日程・会場:
2017/1/11(水)~1/28(土) 東京・Bunkamuraシアターコクーン
2017/2/4(土)・2/5(日) 大阪・森ノ宮ピロティホール
作・演出:赤堀雅秋
出演:風間杜夫、大倉孝二、早乙女太一、広瀬アリス、青木さやか、和田正人、福田転球、赤堀雅秋、梅沢昌代、鈴木砂羽
★詳しいチケット情報は下記ボタンにて!