劇作家ジェームズ・マシュー・バリの名は、彼が生み出した永遠の少年、ピーターパンと共に今や世界的に知られている。だが、バリが活躍した19世紀後半のイギリス演劇界で求められていたのは高尚な作品で、ファンタジーの上演は無謀ともいえるチャレンジだった。そんな中でなぜ、そしていかにして、彼はかの名作を書き上げたのか。裏にあった作家としてのスランプ、そして再生のきっかけとなった、ある未亡人とその子供たちとの交流を描いたミュージカルが『ファインディング・ネバーランド』だ。
ジョニー・デップ主演の同名映画(2004)を原作として、演出に現代ミュージカル界を牽引するダイアン・パウルスを、作曲にはテイク・ザットのゲイリー・バーロウらを迎え、2015年にミュージカルの本場ブロードウェイで誕生。以降、世界各地で観客の支持を集めている作品の待望の来日公演が9月8日、渋谷の東急シアターオーブで開幕した。公演に先駆け、6月に製作発表の為に来日した主演俳優、ビリー・タイのインタビューをお届けする。
バリ役に出会って、初心に返れた
ブロードウェイ公演ではマシュー・モリソンが演じて話題となったバリ役を、今回来日中のツアーカンパニーで務めているのはビリー・タイ。既に世界の二大劇場街、ブロードウェイとウエストエンドの舞台への出演経験も持つスターだが、「バリは自分にとって特別な役」だと語る。
ビリー・タイ「登場時点でのバリは、スランプに陥っているとはいえ、劇作家としては既に成功者。そんな彼が、周囲の人間やお金儲けのためではなく、再び自分の本能に従って創作するようになる過程が描かれるのがこのミュージカルです。僕自身、これまでに幸運なことに、『ウィキッド』『ブック・オブ・モルモン』などの大作に出演する機会に恵まれてきました。でも僕がそもそも俳優という職業を志したのは、必ずしも成功を収めるためではなく、自分自身を発見するため。僕はバリを演じることで、その初心に返ることができたんです」
ミュージカル俳優を志すきっかけとして多いのは、何かの作品を観て感銘を受けたり、特定のミュージカルスターに憧れたりすることだろう。だがタイの場合、幼少期に参加していた聖歌隊のディレクターの勧めで芸術系の高校に入り、そこで出会った上級生たちによるパフォーマンスが初観劇となった。自身の初舞台も、同じ高校での学校公演だ。
ビリー・タイ「当時の僕は、自分が何者かが分からず、常に居心地の悪い思いをしている思春期の少年でした。でも役を演じるためには、その役が抱えている感情を、自分自身の中から見つけ出さなければいけませんよね。僕は様々な役を演じることで、様々な自分を発見し、思春期という迷路から脱出することができたんです。バリ役が僕に思い起こさせてくれた初心には、演じる目的と喜びの二つの意味があって、だからこそ特別な役というわけです」
タイがバリ役のオーディションを受けたきっかけは、同業者でもある妻と親友という、彼が最も信頼する二人に「合っていると思う」と言われたことだった。彼女たちは、単に彼の容姿や歌とダンスの技術で判断したのではなく、タイ自身の中にバリを認めて挑戦を勧めたのだろう。その直感に間違いはなく、オーディションの審査と合格後の演出を担ったパウラスも、「バリにぴったり」と太鼓判を押した上で彼を舞台に送り出した。
ビリー・タイ「ダイアンは俳優に、役を頭で理解して表現するのではなく、役そのものとして行動することを求める演出家。それができるまで、彼女のほうから具体的な提案はせず、ひたすらNOを突き付け続けます。それは彼女もまた、僕たちが自分自身の中に役を見つけることを望んでいるからでしょうね。そういった姿勢はどんな役でも必要ですが、バリは特にそうだと僕は感じています。結果として、演じる俳優によってバリ像が微妙に変わってくるのもまた、この役の面白さかもしれません」
人と人とのつながりの大切さを伝える作品
そんなバリ役に、2019年に挑む日本人俳優がいる。日本を代表するミュージカル俳優にして、近年はテレビドラマでも活躍する石丸幹二が、日本語版『ファインティング・ネバーランド』に主演するのだ。石丸はタイと共に製作発表会見に登壇、タイが主演したフロリダでの公演を観劇したことを明かし、「歌も踊りも演技も素晴らしい」と称賛を寄せた。会見後に石丸と話した時のことを、タイは「本当に楽しかった」と振り返る。
ビリー・タイ「彼と僕では、住む場所や人生経験という点では大きく異なります。でも話しているうちに、演劇に対する思いは全く同じであることに気づいたんです。それに、誕生日が同じだったり、彼が最近出演したミュージカルの舞台が僕の出身地ジョージア州マリエッタだったりと、意外な共通点も発覚した。彼が美しい歌声の持ち主であることは映像で見て知っていましたが、その人間性に触れたことで、彼の演じるバリがますます観たくなりましたね。彼がどんなバリを見つけるのかを確かめに、2019年にも日本に来たいくらいです(笑)」
タイが日本を訪れるのは、プライベートも含めて今回が初めて。『ファインディング・ネバーランド』のツアーカンパニーがアジアの地を踏むのも、この日本公演が初となる。6月のほんの数日間の滞在でも、日本と西洋の文化の差を感じたと話すタイ。だが、この作品の持つ普遍的なメッセージに国境はない、と力強く断言する。
ビリー・タイ「このミュージカルが伝えているのは、単なるピーターパン誕生秘話ではなく、人と人とのつながりの大切さです。僕たちは皆、自分の周りに今いる人々、これから出会ったり失ったりするかもしれない人々と、影響を与え合いながら生きている。人は誰でも、お互いにとってかけがえのない存在であると思い出させてくれるのが、この『ファインディング・ネバーランド』なんです。このメッセージは上演地も、そして国籍も年齢も性別も問わず、すべての人に訴えるものがあると、僕は信じています」
取材・文/町田麻子
Photo/Takayuki Shimizu
【舞台写真が到着!!】
【公演概要】
公演期間:2017/9/8(金) ~ 9/24(日)
会場:東急シアターオーブ(東京都)
作詞・作曲:ゲイリー・バーロウ/エリオット・ケネディ
脚本:ジェームズ・グラハム
演出:ダイアン・パウルス
振付:ミア・マイケルズ
出演:アメリカ・カンパニ―
ビリー・タイ/J.M.バリ役
クリスティン・ドワイヤー/シルヴィア・ルウェイン・デイヴィス役
ジョン・デイビッドソン/チャールズ・フローマン/ジェームズ・フック船長役
カレン・マーフィー /デュ・モーリエ夫人役
ターナー・バーシセル/ピーター、ジャック、マイケル役
コナー・ジェームソン・ケイシー/ジョージ、ピーター、ジャック役
ワイアット・シルブス/ピーター、ジャック、マイケル役
バーグマン・フリードマン/ジョージ、ピーター、ジャック役
タイラー・パトリック・ヘネシー/ジャック、マイケル役
ほか