文学とエロスと“痴人”と希望
母性と恋愛感情が入り乱れる男女逆転ならではのギリギリの愛
演劇ユニット「ブス会*」の主宰で劇作家・演出家、映像ディレクター・脚本家、AV監督として活躍するペヤンヌマキと、舞台・映像で幅広く主要人物を演じる女優・安藤玉恵。同い年の二人が節目の年にタッグを組む新シリーズの第一弾が、『男女逆転版・痴人の愛』だ。二人の出会いはペヤンヌが舞台作りを目指したころに遡り、以来、信頼関係の中に『女のみち』シリーズなど代表作を共に成功させてきた。次なる新しい挑戦が、日本文学の中でも人気の高い谷崎潤一郎の『痴人の愛』を現代に置き換え、男女を逆転させる本作である。15歳の「ナオミ」を28歳の「譲治」が「小鳥を飼うような心持」で育てる原作に対し、男女逆転版では15歳の「ナオミ」を40歳の「洋子」が育てていく。まだ子どもと呼べるうちから自らの好みに育成する話は古今東西にあるが、文学をベースにした美しさと、男女逆転ならではのエロス表現は、本作品の特筆すべき点。開幕間近、ペヤンヌと安藤のWインタビューが実現した。
――チラシにインパクトがありますね。二つ折りの表の少年は後頭部で表情がわからないけれど、裏返すと目がカッと開いてドキリとしました。
ペヤンヌ「意図が伝わってよかったです。中面の黄色のデザインは、お花畑で母が子どもを抱いているようなイメージですが、表裏面の赤いほうは、彼が成長した後。子どもだと思っていたのに、こんな大人で、こんな悪い顔をしていた、と、ちょっと怖い(笑)。そのとき女のほうはもはや目を閉じちゃってます」
安藤「似ているんですよ、ナオミ役の福本(雄樹)くんの悪い顔に(笑)」
ペヤンヌ「似てる(笑)。ナオミという子は、自分にメリットを与えてくれるものが本能的にわかっているでしょう。で、そういう人に着いていく。動物的な、嗅覚だけが鋭い」
安藤「福本くんもそうだし(笑)。かわいらしいんですよ。でも、この一面だけじゃないだろうと思わせるんです。彼は初めての客演で、年も若いから、わたしたちに丁寧に接してくれます、……なんですけど、この一面だけじゃないだろうと思わせるなにかがあって、そこが魅力ですね。稽古をしていると、ほんっとにカッコいいと思うの、顔が」
ペヤンヌ「見た目は大事ですよね(笑)。まずは鑑賞物として惹かれるんですから。わたしはどちらかというと無口で人見知りな少年に萌えて……そういう内面の好みもありますが、でも、やっぱり第一はビジュアル。いつまでも見ていたい、見ているだけで幸せだなあと」
安藤「ペヤンヌさんは少年愛の人だから。わたしは見ているだけでは幸せにならないかなあ」
――谷崎潤一郎の『痴人の愛』が好きな人は実は多いのではないかと。しかも男女逆転とくれば気になります。
安藤「そうなんですよ、結構多いですね」
ペヤンヌ「今回、こうして発信してみたら意外と共感があって」
――わたしもハマった時期がありました。
安藤「何歳くらいで?」
――中高生で読んだときの感想は憶えてなくて、ハマったのは35歳前後ですか。
ペヤンヌ・安藤「あらぁ~」
安藤「ナオミと譲治、どちらに立ちました?どちらに共感するかでだいぶ違うねって、わたしたちも話すんですよ」
――すでに譲治だったかも。同じ女性としてはナオミみたいに……と初めは憧れるんですが。
ペヤンヌ「わたしもほぼ同じです。中学校で読んで意味がわからず挫折して、20代前半で読み直したらすごくおもしろくて、ナオミに憧れました。ちょうど年上の男性に愛でられたい時期でしたし(笑)。そこから、40歳手前でまた読んだら、あら、わたし譲治さん寄りだわ、愛でるほうだわ、と」
安藤「わたしは(少年愛とか)まったくわからない。企画がおもしろいと思ったんです。原作は読みました。文学としてすごいし、言葉もきれいだけど、譲治のナオミへの執着が、読んでいられないほど……、気持ち悪いなと(笑)」
――言葉が美しいからだまされますが、中身はすごいと(笑)。
安藤「本当に。ナオミに、もうやめてあげて!と思いました。譲治の行く末が、崖から飛び降りるくらいしかなくなってくるから、ナオミ、もうやめてあげてと。途中までは、いいぞ、わかるわかる、と思ったんですよ。かつて20代ごろにおじさんに美味しいものをご馳走してもらった記憶とか思い出したりして(笑)」
――そんな安藤さんが本作では愛でる側に。どんな役づくりを?
安藤「母性、子を育てること、恋。この3つで近づきたいです」
ペヤンヌ「そこが一番ポイントです。母性本能と恋愛感情がごちゃまぜになって、どっちなんだろうと自分でもわからない。それが、男女逆転の意味ですし、男性にはないものだと思いますし。あと、わたし自身が今ちょっとそんな(ごちゃまぜの)状態というのもあって(笑)」
安藤「モノローグが多いんですね。なので、普段やっている会話劇のようには作れない。ただ、ぜんぶ“私”で進んでいくので、やりにくさはなく、自然です。これは言葉にものすごい力があるから、「演じる」よりは「読む」に近い感じをイメージしています」
――モノローグをあえて増やしたのは、原作を活かしたい意図も?
ペヤンヌ「原作の特徴が、譲治の“私”の語りで複雑な心情を描写していることですから、そういう文学の空気は残しつつやりたいと思いました。文学の部分を無視すると、単なるホストに引っかかったおばちゃんの話にも見えそうで(笑)、そうならないよう、美しくコーティングしたいなと」
安藤「それ、一番のこだわりかもしれないですね。セリフを言いながら、言葉の美しさをとても感じています。言っている中身はすごいけど、読んでいると、きれいな音楽のようです」
――黙読できれいな言葉のリズムが、声に出してもきれいなんですね。
安藤「わたしも意外でした。初めは、耳慣れない表現に詰まると思ってたけど、すうっと、流れていきます」
ペヤンヌ「作家としては、そこに自分の言葉を加えていくことが、せっかくの美しい世界に不純物を混ぜるようで……(笑)。うまく混ざるものを入れないと、普段のままで行き過ぎると合わない気がする。セリフの書き方が、これまでとまるで違うので、いまちょっと苦しくて」
安藤「でも、ペヤンヌさんの本、すごくいいんですよ。原作のセリフのところも活きている」
ペヤンヌ「口調がいいですよね。普段は使わないような、“何々なのかい?”とか“何々しちまう”とか(笑)」
安藤「そこもね、できるだけ原作のカタチでやろうと大事にしているんです。そのままのカタチが不自然じゃなく出来たらいいなと。言っていて、特にモノローグがいいですね。うまくノッていきたい」
ペヤンヌ「安藤さん、今回の役は自分とは真逆と言っていますけど、そういう役のほうが、溶け込んでいく過程がすごいなと。本番が近づくにつれてどんどん役に入っていく。それは7月のプレイベントリーディングですでに見え始めていて、安藤さんの能力の未知数を感じました。書いているときは、わりと自分の心情に寄せていますが、安藤さんを介することによって、また新しい、自分でも、あ、こういう出し方があったのか、という部分が見えてくる。母性と、恋愛感情。自分の理想を押し付けようとして、叶わなかったときにどういう行動に出るか……。安藤さんの見どころです」
――冒頭にもあったように共感を呼んでいる本作ですが、だれに見てほしいとかありますか?
ペヤンヌ「限定しないですが、男女によってかなり見方は変わってくる作品かと思います。女性は共感してくれる方が多いけれど、男性はぜんぜん違うでしょう」
安藤「リーディングの後、男性は怖がっていましたね。主に年齢の上の方が」
ペヤンヌ「怖い、ってね」
安藤「女性は怖いとだれ一人言わないのに」
ペヤンヌ「女性は(見ても)怖くないよね、きっと」
安藤「ここに現れるのは女性の本性。それを随所に見せていきたいんです。うまく伝えられたらいいですよね」
――本性はだれしも隠し持つものですし、舞台でぜひ見たいと思ってしまいます。
安藤「ですよね!わかります。だから、結構ハードルが高いといえば高くて、さらけ出し感は“かなり”なんですよ。どんな芝居もそうだけど、もっともっと、もうなにもないよってくらい見せていかないと、共感は得られない。嘘をついていると思われちゃね」
ペヤンヌ「安藤さん、“痴人”ですから」
安藤「なんてったって“痴人”です(笑)」
ペヤンヌ「そこに関して安藤さんへの要求は特にないんです。わたし自身が恥ずかしいものをさらけ出しながら書いてますし」
安藤「要求されなくても、という感じで」
ペヤンヌ「信頼がありますから」
――エロティックなシーンも美しくなりそうです。
ペヤンヌ「エロスの表現を、あからさまでないところの、ちょっとした仕草や接触で、ちりばめたいと思いますね。わかりやすいセックスシーンとかではなくて」
安藤「想像力を、すごく、すっごく掻き立てるエロがいいですよね(笑)」
――こんな言葉はないですが、ギリギリズム、というか。チラリズムじゃなさそうなので。
安藤「それそれ!それこそ原作の当時は“ナオミズム”という言葉があったらしいですよ。ナオミのような女の子をそう呼ぶの。女として憧れの極致というか、まさしく女の本性で」
ペヤンヌ「ギリギリな表現になるのも男女逆転だからかなと。男性はすぐ肉欲に走りますから。立派な淑女に育たないと見切った途端にすぐですよ(笑)。原作の譲治もかなり初期の段階で肉欲に溺れる。女性はもっとプラトニックなんだろうと。ギリギリズム、ですね(笑)」
安藤「触りたいけど触れないとか、本当に(演出で)やっていますね。目では触っているんですけど」
ペヤンヌ「目でね、撫でまわす(笑)」
安藤「手はいけないんです(笑)」
――今回の新たな挑戦は、ほかにも?
ペヤンヌ「3人芝居は初めてです。今回、安藤さん、福本くん、山岸門人くんのキャスティングにしたのは、文学的雰囲気や、現代のものではない言葉が合うというところも大きいです。そういう空気を持った人たちです」
安藤「門人くんは4役やります。それも、まったくタイプの違う4人。性別まで違うんじゃないかというくらいの」
ペヤンヌ「彼には存在もわからない、幽霊みたいな役もやってもらいます」
安藤「本当につかめないんですわ。素敵じゃないですか、ミステリアス」
ペヤンヌ「福本くんは見た目が女性っぽく、山岸くんは男性の象徴の位置づけ。そのバランスもいいですね」
安藤「福本くんが男性的、門人くんが女性的という逆転も、見えなくもないし」
ペヤンヌ「SとMなんじゃないかと(笑)。山岸くんが福本くんに対してはMが似合う雰囲気で、男二人の組み合わせの場面にはそれもあっていいなと思っています」
――そして、結末は、原作とは違う、と。
ペヤンヌ「大幅に違います。“希望”ですね。女性は、踏まれたままでは終わらない。50、60代になっていくにあたって希望を持っていたいと思いまして」
安藤「超ハッピーエンドですよ」
――それは期待したいです。原作の結末にはある種の残酷さも感じていましたので。
安藤「終わらないですもんね。なんとか地獄にいるような状態で」
ペヤンヌ「女性だったらこう(原作)はならないだろうと」
――女性を描き続けるペヤンヌさんにとって、40歳を機に新たなジャンルのスタートですね。
ペヤンヌ「根底にあるものは変わらず共通しているけど、表現方法やアプローチの仕方が、新しい時期に突入した感じです。わたしが30歳くらいのとき、40歳になるのをすごく気にする男性がいて、寿命80歳とすれば折り返しだから後は衰えるだけと鬱ぽくなったり。いや、わたしは開き直っていくしかないなと思っています(笑)」
――最後に、読者へメッセージをお願いします。
ペヤンヌ「安藤さんが“痴人”になっていく様を、ぜひ劇場で体感してください」
安藤「みんな、元気になると思います!みんなで“痴人”いいね!になりましょう」
インタビュー・文/丸古玲子
【プロフィール】
ペヤンヌマキ
■ペヤンヌ マキ ‘76年、長崎県出身。早稲田大学在学中に劇団「ポツドール」の旗揚げに参加。卒業後AV制作会社に勤務。現在はフリーの映像ディレクターとして、AV、テレビドラマなどを手掛けるほか、演劇ユニット「ブス会*」主宰。雑誌やフェブ媒体でコラムも連載。
安藤玉恵
■アンドウ タマエ ‘76年、東京都出身。女優。映画『夢売るふたり』で第27回高崎映画祭最優秀助演女優賞受賞するなど、映画・ドラマ・舞台の主要な役どころを担う実力派。ペヤンヌマキ作・演出舞台は『女のみち』『女のみち2012』(初演と再演)に出演。
【公演情報】
ブス会*『男女逆転版・痴人の愛』
脚本・演出:ぺヤンヌマキ (原作:谷崎潤一郎『痴人の愛』)
出演:安藤玉恵 福本雄樹(唐組) 山岸門人 / 浅井智佳子(チェロ演奏)
日程・会場:
2017/12/8(金)~2017/12/19(火) こまばアゴラ劇場(東京都)