ふたり芝居『悪人』中村蒼&美波&合津直枝 インタビュー

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芥川賞作家・吉田修一による原作小説が250万部のベストセラーとなり、吉田自らが脚本を担当した同名映画(2010年公開、妻夫木聡・深津絵里出演)も大ヒットを記録した『悪人』。九州を舞台にしたある男女の哀しき逃亡劇を描いたこの傑作が、視点を新たにしたふたり芝居として上演される。

携帯サイトを通じて知り合った祐一と光代は恋に落ち、互いに孤独だった2人は気持ちを通わせるように。しかし祐一がやむにやまれず犯した殺人を打ち明け、2人は逃げることを決意。逃亡の果てに逮捕された祐一は「逃げるために光代を利用しただけ」と語るのだが……。

企画・台本・演出を担当する合津直枝は「光代をもう少しだけ救ってやりたい」という思いから、原作のセリフを活かしつつ光代の視点から物語を再構築し、3つ目の『悪人』を誕生させた。セットはほぼなく必要最小限の小道具のみという濃密な空間で紡がれる同作に挑む中村蒼、美波、そして仕掛け人である合津に話を聞いた。

 

――今回のふたり芝居の『悪人』は小説や映画版と設定やセリフは同じなのに、感触がまったく違っていて驚きました。

合津「原作の内容はほとんど変えてないんですよ。私は『悪人』の小説も映画も素晴らしいと思っていましたし。ただ余計なお世話かもしれないですけど、映画版のラストの光代が「祐一は悪人だったんだろうか……」という不安を抱えているように見えたのが少し残念だと思っていました。私の解釈としては、ラストシーンの光代が“祐一と逃げたあの日々は、自分にとって最高の宝物だった”くらいに思って欲しいと思ったんです。他人がどう思ったってかまわない、あの人は私を救ってくれて、あえて最後は悪人になってくれたんだと。ですから、どう見せたらそうなるのか試行錯誤しました。セリフの大部分は吉田さんがお書きになったままを使っていますが、光代の視点で過去から現在にいたるまでを綴っていくという形ですね。吉田さんは映画の脚本も書いていて、この『悪人』を自身にとって最も大切な作品とおっしゃっています。その吉田さんが台本を読んで「原作を大事にしてくれていてほんとにありがたい」って言ってくださって、舞台化が決定しました。」

 

――なるほど。キャストのお二人はすでに台本の読み合わせもされているそうですが、その時のお互いの印象はいかがでしたか?

中村「まだ読み合わせを一度しただけなんですけど、その段階でもう「光代」になっている感じがあったので、僕も違和感なく祐一として美波さんの言葉を聞けました。ビジュアル撮影でも、美波さんは「台本のこのシーンっぽく撮るなら、こういう感じかな?」とお話をされていたので、役にアプローチするスタートダッシュが速いんだなって。」

美波「思ったことをすぐ口にしちゃってるだけなんですけど(笑)。原作の光代と祐一よりも私たちは年は離れているんですけど、読み合わせをしていて、年上ではなくあえて少し年下の男性に対して、自分をさらけ出せる感覚がわかった気がします。「この人が相手なら、自分の一番人に見られたくない恥ずかしい部分を見せても大丈夫」という、ただ脚本を読んだだけではわからなかった部分がすごく実感できたというか。
光代と祐一おのおののことだったり、役者として、お互いの考え方も理解した上で演じていかないといけないくらい繊細な作品です。本番ではステージの空間に2人きりなので、演じていてもちょっとしたことですぐぼろが出ちゃうと思うんです。でも中村さんとだったら大丈夫っていう安心感はあります。」

 

――中村さん、美波さんはふたり芝居が初めてとのことですが、いやがおうにも緊張感がありますよね。

合津「逃げ場がないですからね。だから私がキャスティングを間違うと大変なことになると思うんですよ(笑)。でもこの2人なら新しい『悪人』にできると思っています。セットはほとんどないに等しいんですけど、私はこの2人の芝居、つまり役の心だけあれば90分十分楽しめると思っていますし、そういう風に台本も書いたつもりですから。」

美波「稽古が始まるまでの間、私はいったんフランスに帰るんですけど、今からどうやって役を組み立てていこうか研究する楽しみがあります。最初の本読みでも断片的なイメージは生まれたんですけど、実際に稽古場に立ったらさらにいろんなものが生まれてくるんだろうなって。最小限の小道具がある程度のセットだと聞いてますから、たとえばラブホテルのシーンで靴を脱ぐだとか、そういうちょっとした動作も生きてくるのかもしれない。怖い部分はもちろんありますけど、セットがないぶん、そういういろんな発想が豊かになるというか。」

中村「台本を読んでみて「本当に二人なんだ!」という驚きもあったんですが、すごく会話が自然なんですよね。過去に舞台を何本かやらせていただきましたけど、あまりにも役が自分とかけ離れていて、すぐに理解するのが難しかったこともあったんですよ。今回は僕が地元(福岡)でしゃべっているときと言葉やトーンがなんとなく似ていることもあって、自然に二人の会話が自分の中に入ってきて。美波さんと読み合わせをしたら、その印象がより強まりました。だから台本を読んだら不安が減って、楽しそうだなって気持ちのほうが増えましたね。普段は基本的に台本を読めば読むほど不安になってきて、途中で台本を閉じたくなるようなこともあるんですけど(笑)。」

 

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――(笑)。ご自身が演じる役を、今の時点ではどんな人物だという風に分析していらっしゃいますか?

中村「劇中ではみんなから愛されてない人ですけど、僕はすごく祐一のことが好きですし、愛すべき人だと思うんですよ。例えば何か変化が欲しくて、光代と会う前に髪を染めたりするんですけどそういうところもかわいいなと思っちゃうし。自分の本当の気持ちを話せる人をずっと探していて、光代と出会って、自分の過去のことをポツポツ話してみたりして……最後には光代のために、自分の本当の気持ちはどうなのかを明言せずにフェイドアウトしていくんですけど、そこがすごく好きです。多くを語らないけれど、祐一にとってはすごく大切な人を見付けられたのかもしれないなって思いますし。祐一はもちろん、この2人を応援したくなるというか。そんな風に思ったので、祐一を演じるのはすごく楽しみです。」

美波「私は光代の中に、みんながみんな心のどこかに持っているものを見たような気がしたんです。それは祐一もたぶんそうなんですけど、人間の根本にある部分を浮き立たせるような感じで生み出された2人なんだなって。2人が孤独だというのもそうですし、救われたい、許されたいっていう気持ちを持っているところとか。それは私だけじゃなく、たくさんの人が思っていることなんじゃないかと思ったので、本当にこの2人の物語をお客さんも見届けつつ、2人と一緒にいる感覚を持ってもらえるといいなって。役の分析とはちょっと離れるんですけど、光代と祐一は2人で1つという感じもあって、離れることがない、出会うべくして出会った2人なんだなと思えるので、光代だけを切り離して言えないところがありますね。光代と祐一がそれぞれの役割は担っているけれども、2人を観ていただいて完成されるものだと私は思ってます。」

 

――お二人の写真が、男女のカップルなのに一卵性双生児みたいにも見えるなと思ったんですが、あの“ニコイチ”感にはそういう意味合いもあったんですね。そしてこの『悪人』は、哀しいお話なのにエンディングの温かさがすごく印象的でした。

美波「うらやましいですよね、こういう運命の出会いが人生の中で起こるって。そういう出会いがなく人生を終える人のほうが多いんじゃないかって、どうしても思ってしまいます。」

合津「結婚してたってモテてたって、やっぱり誰しも孤独じゃないですか。だから祐一も光代もみんなが、本当に魂を寄せ合える人を探してるんですよ。誰かに自分の本当のところをわかってもらいたくて、語り合いたい、寄り添いたいっていうのが誰しも持っている欲求ですから。この2人の場合はその欲求がわかりやすい形で寄り添ったけれども、光代の愛した人が犯罪者で、その犯罪者の祐一が最後に自分なりの恩返しというかありがとうという気持ちを、口に出さずに表現するんですよ。すごくかっこいいお話なんですよね。私が言うのも変ですけれど、どなたが見ても「この役やりたい!」って思えるような作品にしてやるぞって思いながら書いたので。」

美波「私も台本をいただいたときに「これ、絶対やりたい!」って思いました。合津さんが書かれた脚本に惹かれて、この作品の一部になりたいと思ったんです。ただ事前に想像していたとおりに、読んだあとに「あ~、しんど……」って感じになりましたけど(笑)。でもこの作品をやる前とやったあとの自分もたぶん違うんだろうなと思いますし、私はこの作品で、すごいいい出会いができたと思ってます。」

 

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――中村さんは寺島しのぶさん主演の『OTHER DESERT CITIES』(2017年7月上演)に続く舞台になりますね。2017年は映画『HiGH&LOW THE MOVIE 2 END OF SKY』での超アウトローな蘭丸だったり、ドラマ『赤ひげ』(NHK-BS)の青年医師ですとか、かなり振り幅のある役を演じられましたが。

中村「意図的に毎回あえて違う役を選んでいるわけじゃなく、結果的にそうなった感じなんですけどね。ただ今回はふたり芝居ということで、初めて挑戦するような世界に飛び込んだつもりです。『OTHER DESERT CITIES』のときも、海外の戯曲ですし難解な部分もあって大変ではあったんです。でも稽古は楽しかったですし、この作品もきっと稽古しながら「えっ、こんなふうになるの?」というような、自分が想像しなかった感じに進んで行ったりするかもしれないと今からワクワクしていて、すごく楽しみなんです。こういう作品に出会えるというのは、改めてありがたいですね。」

 

――ふたり芝居版の『悪人』について、キャストのお二人からお誘いの言葉をいただけますか?

中村「原作をご存じの方は「あの話を2人でやるとどうなるんだろう?」と思う方が多いと思うんですよ。これが史上最高の『悪人』……と言い切っていいのかわからないですけど(笑)、たくさんの方々に評価されている小説や映画と同じくらいか、それ以上のものにするつもりなので、ぜひ観に来ていただきたいです。」

美波「たとえば人生に迷ったり、救いを求めているような方におすすめしたいです。なぜなら200人のお客さんと一緒にこの2人の物語を見届けることで、自分の人生の答えが見つかる可能性が高いと思うので。そういう“力”を持っている作品だと思います。」

 

取材・文 古知屋ジュン

 

【プロフィール】
■中村蒼(なかむら あおい)
1991年、福岡県出身。2006年に寺山修司原作の舞台『田園に死す』で主演デビューを飾る。主な出演作は映画『トワイライト ささらさや』(2014年)、主演映画『東京難民』(2014年)、ドラマ『八重の桜』(2013年)、『マザーズ』(2014年)、『無痛〜診える眼〜』(2015年)、『せいせいするほど、愛してる』(2016年)、舞台『真田十勇士』(2014年)、『さようならば、いざ』(2016年)など。2018年1月には主演ドラマ『命売ります』(BSジャパン)がスタートするほか、映画『空飛ぶタイヤ』が6月15日公開予定。

■美波(みなみ)
1986年、東京都出身。2000年に映画『バトル・ロワイヤル』でスクリーンデビュー。2007年のドラマ『有閑倶楽部』(日本テレビ)など多数の映像作品のほか、舞台でも蜷川幸雄演出の『エレンディラ』(2007年)をはじめ、野田秀樹、栗山民也、宮本亜門、長塚圭史ら名だたる演出家たちの作品で活躍。現在は拠点をパリに移して活動しており、新作映画『Vision』(河瀬直美監督/ジュリエット・ビノシュ、永瀬正敏主演)の公開も控えている。

■合津直枝(ごうづ なおえ)
テレビ/映画プロデューサー、ディレクター、映画監督、脚本家。初プロデュース作品となった映画『幻の光』(1995年)がヴェネチア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞するなど、国内外で高い評価を受ける。代表作は映画『落下する夕方』(監督・脚本・プロデュース、1998年)、NHK連続ドラマ『書店員ミチルの身上話』(演出・脚本・プロデュース、2013年)など。2016年に企画・台本・演出を担当したふたり芝居『乳房』(内野聖陽、波瑠出演)、『檀』(中井貴一、宮本信子出演)も話題に。

 

【公演概要】
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ふたり芝居『悪人』

原作:吉田修一(「悪人」朝日文庫)
企画・台本・演出:合津直枝

出演:中村蒼 美波