フランスの劇作家ジャン・アヌイの悲劇を、日本演劇を牽引し続けている栗山民也の演出により上演される「アンチゴーヌ」。蒼井優、生瀬勝久、梅沢昌代、伊勢佳世、佐藤誓ら実力派俳優が名を連ね、岩切正一郎の新訳により理想と現実をぶつけ合う信念の衝突を見せつける。稽古にも熱が入ってきた12月某日、都内の稽古場にお邪魔してきた。
今回の舞台は十字にクロスした舞台となっており、稽古場にも同様の舞台が組まれていた。稽古が始まる前は、その舞台のわきで出演者らが和気あいあいと会話しており、和やかなムード。笑顔と笑い声が絶えず、役者同士の心の距離感がグッと近いことがうかがえた。だが、会話の内容にも「アンチゴーヌと婚約者でクレオンの息子・エモンはいとこになるんだよね?」と役柄についての話。役柄の関係性などを談笑を交えながら確認している様子だった。
時間になり、稽古が始まると先ほどの和やかなムードが一変し、空気がピンと張り詰める。稽古は作品中盤、クレオン王に衛兵がアンチゴーヌを捉えた報告をする場面から一気に通して行われた。
アンチゴーヌの兄・ポリニスの遺体は、国家への反逆者として法により野ざらしにされ、その亡骸を弔う行為を行う者は死刑と定められた。兄の亡骸を、何としても埋葬したいと願うアンチゴーヌは、人目も気にせずに自らの手を汚しながら兄の体に土をかける。それを衛兵に見つかり、囚われてしまったのだった。クレオン王は息子エモンの婚約者であるアンチゴーヌの命を助けようと、この事実を隠蔽しようとする。生瀬の低く威厳を保った声が響き、報告に来た衛兵の戸惑いが生々しく伝わってくる。
クレオン王らが退場すると、今度は十字の舞台の3方からコロスが3人やってくる。時に問いかけのように、時に言い聞かせるように、悲劇について、これから起こる出来事について語り始める。静寂と3方から発せられる波のようなセリフに、心がざわつかされる。声が発せられる方へ次々と視線を追っていくうちに、頭の中のいろんな部分にセリフがなだれ込んでくるような感覚に陥った。こういったところも、特徴的な形の舞台の特性だろう。
コロスの言葉を受けて、衛兵に押されるようにアンチゴーヌが現れる。1度目に衛兵にシャベルを取られ、素手で土を搔いた彼女の手は汚れていた。鈴を転がすような澄んだ声だが、確かな意思を感じさせる力強さもある。アンチゴーヌのしたことは、罪により自らの命を絶つことでもある。だが、アンチゴーヌは恐れてはいなかった。この細く小さな体で、なぜこんなにも死を恐れぬのかと思わされる。特に大きな声でセリフを言ったり、大げさな動きをしたりしている訳でもないのに、蒼井が舞台に現れたときの圧倒的な存在感はやはり特異的なものではないだろうか。ほんのわずかな動きについ目を奪われてしまう。
アンチゴーヌとクレオン王が舞台上に2人きりとなり、何としてもアンチゴーヌを救いたいクレオン王と、自らの信念を貫くことだけを考えるアンチゴーヌが対峙する。蒼井と生瀬、2人の問答は実に魅力的だった。王としてだけではなく、息子の妻になるべき女性として、アンチゴーヌに語り掛けるクレオン王。その言葉は王としての威厳ではなく、子どもを諭すように語られる。国の威信を守るため、兄の死体を放置して朽ちていくさまを見せるのは必要なことであると。それが法であり、法律は王族の娘、つまりアンチゴーヌを守るためのものであると。しかしアンチゴーヌは、私はすべきことをしただけ。できることをやる、と頑なだ。それはいっそ少女のような無邪気さかもしれない。聞き分けのないアンチゴーヌに対し、力づくでも言い聞かせようとするクレオン王。生瀬に腕を取られ、床に顔を打ち付けられた蒼井が苦悶の表情を見せた。
それでも納得しないアンチゴーヌに、クレオン王はある打ち明け話をはじめる。権力を愛したわけでは無いのに、王になったと。それを断ることなどできず、王としてふるまい続けるしかないのだと。だが、アンチゴーヌはそれをみじめったらしい話を一蹴する。法と秩序を守るという「正しさ」と、信念を貫くという「正しさ」がぶつかり、クレオン王が押されているようにも見えてくる。したくないのに、私を殺すことになるのが国王なのね、となじるアンチゴーヌ。もはや涼し気な声のアンチゴーヌではない。感情を爆発させ、激しい口調でクレオン王を憐れむ。2人のやり取りは言葉の力関係がころころと入れ替わり、長時間2人きりだがぐっと見入ってしまう。互いの理想と現実、幸と不幸をぶつけ合い、ずっと緊迫の糸が張り詰めたまま。こちらも台本のページをめくるのを、呼吸すらも躊躇ってしまうほどに、緊張感が漂っていた。
もはやアンチゴーヌの罪を隠してはおけず、運命が動き始める。アンチゴーヌの婚約者でクレオン王の息子エモンは、どうにかならないのかと父である王をなじる。絶望を叫んで、アンチゴーヌに救いを求める。まだ幼さの残るその叫びは、あまりに無垢だ。群衆が騒ぐ中、アンチゴーヌの最期の場所の蓋が空いたところで、稽古は一旦休憩となった。
この日、稽古場で見学できたのはここまで。休憩に入ると、一気に稽古場の空気が柔らかくなったのが印象的だった。手練れのキャストが勢ぞろいしていることもあり、この時点でもすでに見ごたえは十分。それぞれの立場をぶつかり合わせる緊張感は、快楽すら感じるほどだった。あの膨大な量のセリフがこれからさらに研ぎ澄まされ、本番の舞台で降り注いでくると思うと、やはり期待せずにはいられない。客席と舞台も非常に近く、劇場には他では感じられない空気が漂っていることは間違いない。ぜひ劇場で体感していただきたい。
インタビュー・文/宮崎新之
【公演概要】
パルコ・プロデュース2018
『アンチゴーヌ』
日程・会場:
2018/1/9(火)~27(土) 東京・新国立劇場 小劇場〈特設ステージ〉
2018/2/3(土)~4(日) 松本・まつもと市民芸術館〈特設会場〉
2018/2/9(金)~12(祝・月) 京都・ロームシアター京都サウスホール〈舞台上特設ステージ〉
2018/2/16(金)~18(日) 豊橋・穂の国とよはし芸術劇場PLAT〈舞台上特設ステージ〉
2018/2/24(土)~26(月) 北九州・北九州芸術劇場 大ホール〈舞台上特設ステージ〉
作:ジャン・アヌイ
翻訳:岩切正一郎
演出:栗山民也
出演:
蒼井 優、生瀬勝久、
梅沢昌代、伊勢佳世、佐藤 誓、渋谷謙人、富岡晃一郎、高橋紀恵、塚瀬香名子