音楽劇『ライムライト』|石丸幹二インタビュー

チャールズ・チャップリンの同名映画を原作にした音楽劇『ライムライト』が、8月から9月にかけて東京、大阪、大分にて上演される。

舞台人の儚い宿命と、残酷なまでに美しい愛の物語を、ノスタルジックに描いた本作は、2015年に初演、2019年に再演され、今回が三度目の上演となる。上演台本を大野裕之、演出を荻田浩一、音楽・編曲を荻野清子が手がけ、チャップリンが演じたカルヴェロ役の石丸幹二をはじめ、植本純米、吉野圭吾、保坂知寿は初演から引き続きの出演、今回新たにカルヴェロに助けられスターに上り詰めるバレリーナ・テリー役を朝月希和、テリーに想いを寄せる作曲家・ネヴィル役を太田基裕が演じる。

かつて一世を風靡した芸人カルヴェロを演じる石丸幹二に話を聞いた。

カルヴェロが喋る言葉から学べることがある

 

――三度目の『ライムライト』となりますが、石丸さんの中で前回からの変化はありますか?

「自分が歳を重ね、映画の中でチャップリンが言いたかったことがたくさん見えてくるようになりました。今年59歳になるのですが、10年前の自分では想像できなかった、チャップリンが映像の中に残した表情や想い……そういったものが今回は表現できるのかなと思います」

――年齢を重ねたからこそわかること、芸の道を深めたからこそわかることがありますか。

「年齢を経ていくと、人生が深まり気付くことって多いですよね。僕はこの『ライムライト』は『チャップリン』というタイトルでもいいくらいの映画なんじゃないかと思うんです。(俳優として)できなくなることが増えていく。そんな欠落していったことに向き合う。絶望と向き合ってどう再生していくのかということを、この映画は物語っているなと。そこで僕がいいなと思うのが、自分がなしえなかったことを後輩の人たち、次の世代の人たちに託す、という姿勢。これは若いうちにはあまり思わないんですよね。僕も少し、ああそうかもなと思えるようになった。この歳でこの作品に向き合うと、台詞がちょっと違うニュアンスで響くかもしれないなと思います」

――カルヴェロとは改めて石丸さんにとってどんな役なのでしょうか。

「僕はまだカルヴェロを演じたチャップリンの年齢(63歳)に達していないので、完全に理解できていない部分もたくさんあると思うのですが、カルヴェロが語る言葉から学べることがすごくあります。肯定し背中を押してくれもすれば、逆にずるくてもいいんだなと思えたり。チャップリンは、ある意味賢くそして巧妙に映画の世界を渡り歩いた方だったと思うんです。その道筋をたどれるという意味でも、おもしろい役だと思います」

新キャストの存在は僕にとっても刺激になる

 

――テリーとネヴィルが毎回新キャストですが、そこは作品ともなにかリンクしているのかなと思いました。

「そうですね。彼らに求められているのは“ピュア”であること。テリーもネヴィルも未来に向かって一生懸命になっているキャラクターなので。だからこそ、毎回新しい方が演じることにすごく意味がある気がします。新キャストの存在は、僕にとっても刺激になっています。新しい作品に挑戦してもがく姿にヒントをもらえたりしますから。もがかずにスルッとやる人もいるかもしれませんけど(笑)」

――今回新たにテリーを演じる朝月希和さんとは、さっきはじめましてというご挨拶をされていましたね。既に印象はお持ちですか?

「朝月さんは宝塚歌劇団にいらしたので、映像を拝見して一方的に知っているという感じです。ただ当時から更にキャリアを重ねていらっしゃるので、今回どんなアプローチをされるのかと楽しみにしています」

――ネヴィルを演じる太田基裕さんとはミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』(2016年)ぶりの共演です

「もう8年も経ってますからね。どんどん(キャリアを)積み上げて、トップの集団に入っている彼が、今回この素朴なキャラクターをどう演じるのか、そこは楽しみのひとつでもあります」

――『スカーレット・ピンパーネル』ではどんな印象でしたか?

「おもしろいキャラクターの人が集まった作品でしたが、その中で彼は、マイペース、ポーカーフェイス、で影もある、というような存在でした。今はどうなんでしょうね」

本当の救いの作品だと思わせてくれる

 

――若い人との関わりも描く作品ですが、ご自身のそういった関わりに影響を与えることもありましたか?

「この役の台詞を一生懸命、別の現場で、あたかも自分の言葉のように後輩に語ったりしました(笑)。でもそのくらい響くんですよ。名言が多いです、『ライムライト』は」

――その言葉たちはどんなところが良いと思われたのですか?

「肯定する言葉が多いなと思います。『それでいいんだぞ』とか『こうすればいいんだ』とか。『これはダメだ』という言い方をカルヴェロはあまりしていないんですよね。ちょっと話がズレますが、僕は、劇中のカルヴェロが失敗するシーンは、チャップリン自身が一番恐れていた状況なんじゃないかと思うんです。自分がいいと思ってやっているパフォーマンスを、お客様が誰も観ていないとか、やじられるとか、席を立たれてしまうとか。あれをチャップリンは心の底から恐れていたんでしょうね。それは僕らも同じです。今のニーズに合っていないのでは、と、どうしても気になってしまう。この作品は、ズレることしかできなくなってしまっている自分を、じゃあどうするのか、というところまで掬いとっている。本当の救いの作品だと思わせてくれてます。残酷なんですけどね」

――私自身も年齢を重ねるにつれ、今おっしゃったようなズレを怖いなと思うようになってきました。

「みんなそうですよ。みんなスレスレのところで生きてる。だから失敗を恐れるな、ということも言ってくれていると思うんですね。怖いことはちゃんと怖いと感じなさい、とも。そこでもし失敗したらもう一回やり直せばいいし、やり直せない失敗はないと言っている。そしてもう一つ。『若い人に託しなさい、委ねなさい』と一生懸命言っていますよね。自分たちだけで終わるのではなく、次の世代にちゃんとバトンを渡して、その人たちが僕らの持っているものを使いながら大きくなっていくんだ、と。そういう年齢なんですよね。だから大人が学べる話だと僕は思います」

――学びであり、希望であり。

「そうですね。希望が見えますね、この作品は」

スポットライトを当てられた人がどんな人生を歩むのか

 

――初演、再演を経て、今回どのような作品にしたいですか?

「初演の時は、“音楽劇”、“音楽”ということに囚われて、歌で表現することに重きを置こうとしていました。でも、本番を重ねるにつれ、『台本に書かれている文字をきっちり理解して喋れているのか』とちょっと不安になったんです。それほど濃厚な脚本なんですね。幸せなことに、一緒に舞台に上がる仲間たちが、いい意味で手綱をさばき合いながら、日に日にブラッシュアップしていく経験ができました。そんな意味から『そうだ、舞台は一人で成立するものではない。周りの力に頼りながらやっていいんだ』と学んだ初演でした。

再演では、新キャストのテリーとネヴィルに向き合いながら、『最初の気持ちを忘れないでできているかな』みたいなことを確認していましたね。でも人が変わればそんな確認、必要なかったですが。彼らは全く違うアプローチで僕に臨んできてくれ、『そうくると、この台詞はこんなに受け方が変わるんだ』など、気付きの多い再演でした。

そして今回です。新しい彼らの言葉のスピード感、色みたいなものを、僕はどうやってキャッチして投げ返せるかが楽しみです。どうきてもいいんです。自分も(前作からさまざまな作品を経て)受け手としてのリーチがひろがったかなと思っていますので、そこも活かせたらいいなと思っています」

――楽しみにしているお客様に一言お願いします。

「『ライムライト』って非常にロマンチックな名前ですよね。これは実は“スポットライト”という意味です。演劇の舞台上では、スポットライトを当ててもらえる人は限られています。この作品では、そのライトから出なくてはならない人、ライトに入れず挫折しかけている人たちがどんな人生を歩むのかが垣間見られる……いや、しっかり見られます。彼らのありのままの姿を、そしてスポットライトの輝きを、どうぞ劇場の椅子に座って、体験してほしいなと思います。チャップリンがつくった名作。舞台版としては、世界初演として上演された作品でもありますし、日本でやり続けられている意味も感じ取ってくださるとうれしいなと思いながら、私たちは板の上でみなさんをお待ちしております。いらしてくださいね」

取材・文:中川實穗

ヘアメイク/中島康平
スタイリング/米山裕也