劇作家の前川知大率いる劇団「イキウメ」が、東京・大阪にて『奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話』を上演する。物語は、古びた旅館に現れた2人の刑事と、そこで出会った人々によって次々と語られる奇怪な話によって綴られていくもの。2009年にシアタートラムで初演の本作を、劇団公演としてリメイクする。脚本・演出の前川知大と、初演にも出演していた浜田信也、盛隆二に、公演への想いなど話を聞いた。
――初演は2009年ですが、当時はどのような経緯で制作されたんでしょうか。
前川 まず、初演は劇団公演ではなくて世田谷パブリックシアターの企画で上演しました。劇場と何かやりましょう、とお話する中で、もともと劇団で不思議な話や奇談をやっていたこともあって、そこと日本の古典や怪奇物と繋げて演劇にしないかというところから始まりました。いくつか候補が上がった中で、小泉八雲をやってみようとなったんです。
――もともと小泉八雲のことはご存じだったんですか。
前川 いや「耳なし芳一の話」の人、くらいの印象しかなかったです。子どもの頃に読んだような気がしますし、分かりやすく昔の話を描いている人という印象でした。再話という言葉はこの時に知りました。「奇ッ怪」を書くにあたっていろいろ読んだんですけど、一番印象に残ったのは奥様の小泉セツさんが書いた「思い出の記」ですね。それを読んで小泉八雲の人柄が浮かび上がってきたんです。小泉八雲の文って無駄が無いと言うか、簡潔な言葉選びだからこそ、人柄が浮かびにくかったんですが、セツさんの視点で見た彼の繊細さや、宗教観、人との接し方、自然へのまなざし、日本の文化を愛していたことなどから、彼の優しさがすごくわかってきて、ガラッと印象が変わったように思います。
――初演での手ごたえはどのようなものだったんでしょうか。
浜田 劇団公演じゃないところで前川さんと一緒にやるのも初めてだったんですよ。不思議なアウェイ感はありましたね。ずっと一緒にやってきた人たちじゃない人と混じってやることの新鮮さや緊張感をすごく感じた公演でした。だからこそ、作品を作る時の姿勢とか、作品への関わり方の部分で、世界が広がった手ごたえもありましたね。その当時は必死すぎてわかっていなかったですけど、振り返るとそう思います。
盛 劇団外で他の方とやるのが初めてだったので、そのあたりの感覚はすごく覚えています。それと、イキウメはもともと不思議な話をよくやっていたんですけど、怪談は初めてだったんですよ。ど真ん中というか、”ドリフ”が来たな、と思いました(笑)。”志村、うしろ!”くらいのお約束のジャンルが来て、それをやれるんだ、という気持ちもありましたね。それまでとは違う方向性からその反応を受け取れることにワクワクしましたね。
――不思議なお話をやっていく中で、怪談というど真ん中のジャンルをやれる楽しさが大きかったんですね。
盛 怪談って、馴染みやすいと思うんですよ。宇宙人に乗っ取られる、とかって想像力がかなり必要じゃないですか。でも、怪談は日本に根付いているものだから、自分で頑張って風呂敷を広げて物語の立ち上がりを作っていかなくても、わかってもらえる。そのカロリーをほかに使えるんですよ。そこはもう知っているでしょ、という共通認識があったので、やりやすかった気もします。
前川 100%で嘘をつく必要が無いもんね、怪談なら。もう妖怪はいるけど、いいよね、っていうところから始められるんです。
――脚本を書く際に意識されたことはどんなことでしたか。
前川 あんまり覚えていないな(笑)。もう15年も前なので。稽古に入る前にもちろん読んでみて、ちょっとは手を入れたんだけど、基本的にはほとんどそのままなんです。八雲の5つの話をうまく利用して、自分の物語…と言っていいのかわからないですが、1本にしていくことに、すごく力を使っていたのは、読み返して感じ取れました。同じように原作物を扱うにしても、今だとちょっと手つきが違うんですよね。当時は、自分のオリジナルの方に、八雲の再話を引っ張ってきているような感じがしました。今なら、自分が原作の方に寄っていくと思うんですよね。あと、自分で読み返してピンと来てなかったところも、俳優に読んでもらうと結構わかるんです。そういう意味では、15年前の自分がまだちょっと遠いかもしれませんね(笑)
――稽古も始まったばかりとのことですが、どのような雰囲気ですか。
盛 まだ小泉八雲の話しかしていないです。台本がどうのこうのという話ではなく、まず小泉八雲がどうだったかというところからスタートしているので、あんまり台本を読ませてもらえてないんですよね(笑)。でも、その方がなんかいいんですよ。やりたいこともすごく理解できるしね。
浜田 割と今までにないアプローチなんです。なかなか台本を読まないのって。初演のときよりも小泉八雲に興味を持っているし、その視点で台本を読み返してみるとまったく手触りが違ってくる。力の弱い人、弱い立場にある人に対しての寛容さをすごく大切にされていて、優しい方だったんだろうなと感じています。初演の時はただただ必死だったんですけど、その当時とは違う手触りがありますね。
――お2人の役どころについて教えてください。
浜田 僕はとある旅館に長く滞在している男で…
盛 僕がそこにフラリと現れる2人の刑事のうちの一人です。
浜田 でも役についてはまだまったく考えてないですね。そこはいつもそうなんですけど、やりながらトライアンドエラーを何度も繰り返して決めていきます。自分でこういう人だと決めてしまったら、そこから動けなくなったり、広がらなくなったりしてしまうんです。だから、あえて何も決めずに飛び込んでいきますね。その方が最終的にいいものになると信じています。
盛 いかに怪談をしましょう、という方向に水を差さないで話を進めていくかがカギじゃないかと思っています。腹の中に抱えているものを見せないように、持っているものを無いものとして…というのをどうやろうかなと考えていますね。
――今回の演出では何か意識していることはありますか。
前川 初演の時は、怪談を視覚的に表現することを意識していたように思います。でも今回、改めて小泉八雲を知っていくと、視覚よりは聴覚なんじゃないかと感じています。語って聴くという、耳の人だったんじゃないかと今は思っていて、そこは演劇とも相性がいいはずなんです。画として大事な部分はもちろんあるんですけど、視覚的なシーンを作っていくことよりも、言葉で、語りでゾクッとするような怖さの方がいいかもな、と考えていますね。
浜田 お化け屋敷じゃないんだよ、って感じですよね。
盛 実際にはやらないと思うけど、真っ暗にしてやろうか、とも話したりしたもんね。
――前川さんの演出で特徴的だと感じているところは、どんなところでしょうか。
浜田 聞かれたことに対して、分からなくても何か答えなきゃと一生懸命に言葉を発していくようなことは必要なくて、わからないことを「わからない」ってはっきりと言える現場。前川さん自身がそう言ってくれるから、演者も「今ちょっと分かんないです」って言えるんですよね。
前川 いや、全員わかんないもん。そういうのは。
浜田 だから、何か1つのことをみんなで考えようか、みたいな安全が確保されている感じが現場にあるんですよね。わからないことは恥ずかしくない。むしろ素敵なことで、みんなで考えて、これがいいんじゃないかという答えをとりあえずでも出していく。その時に孤独に追い込まれることが、稽古場ではすごく少ないです。
盛 基本的には寛容なんですよ。寛容なんですけど、どこかで頑固。寛容の中に1カ所、頑固があって、そこに触れるまでは寛容なんですよ。そこを一生懸命に探すんです。こちらはネタ出しじゃないですけど、何がいいのかをひたすら探す。妥協しないという部分では、すごくいいですね。寛容と言っても、まぁこれでいいか、という空気は感じないので…。サンカクなんですよ。マルでもバツでもなく。ただ、サンカクなら片足くらいは突っ込んでいるのかな?というのを見ながら、こっちじゃないんだな、とかを探りながら見つけていくんです。長年付き合っているからわかることなのかもしれません。
前川 浜ちゃんが言う安全とか、モリが言うような寛容さみたいなことって、僕自身がそういう状態じゃないと自由に想像力を働かせることができないから。演出家は、決めていかなければいけないし、方向性を示さないといけない。それでも、本当に自分が正しいかどうかの判断はできないし、ここがゴールと事前に決めてしまって、そこに向かうことでは、自分を驚かせるようなものは作れないんですよね。結局のところ、自分以外の視点にどれだけ助けてもらうかが大事だと思っているんです。俳優の想像力が働くよう、そんなにプレッシャーのかからない状態であった方が、みんなからの意見がどんどん出てきて、重なって、掛け算になっていく。作品の伸びしろは大きくしたいので、表現や想像力が豊かになるような環境になるのが一番いいんじゃないかと思っていますね。今回、初めて参加してくださる方もいますが、なるべくプレッシャーの無い状態でやってほしいですね。
盛 とはいえ、ただただ緊張してるって言ってたよ(笑)
前川 そうだよね(笑)。それを何とか取りたいと思ってるんだけどね。それが取れれば、こんな面白い一面もある俳優さんなんだ!っていうこともわかってくるから。緊張していると、やっちゃいけない、みたいなことに縛られてしまう。それが抜けて、いい意味でふざけてくれるようになると、やっぱり面白くなるんだよ。
盛 そういう意味では、俺たちにかかってるわけだよね。どれだけ俺たちが先にふざけられるか。
前川 やっぱりチャンレンジすることが自然にできるようになると、ふざけられるし、間違えられる。結構、間違いの中にすごいヒントがあって、それは経験的にだいたいそうなんですよね。気付かないうちに、台本とか、空間とか、関係性とか、いろいろなところで気付かないうちに縛られてしまう。そこを壊していく面白さが創作の中に入っていかないと。1カ月も公演をやっていると、作品もゆっくりと生命力を失っていくから、無意識に縛られてしまっていることを、チェックしていかないといけないんだよね。
盛 初めての人たちの緊張感って、思い返すと初演の時に僕らが持っていた緊張感と近いものかも知れないな。
前川 初演の時の自分で思い出すのは、何とか自分で決めた方向に進もうとしていたこと。それで池田成志さんともしっかりぶつかったりしてたんですよね。僕はこうしたいんですよ、と意見を受け入れない感じになってた。あの時はそうでした。でも、今は実際に演じるのは俳優さんだし、俳優さんの感覚を大事にしたい。もっと俳優さんの声を聞いて、取り入れていかなきゃいけないんだということを学んだ現場だったように思います。仲村トオルさんも小松和重さんも、すごく経験がある先輩なんだけど、そういう無駄な戦いをしていた気がします。
浜田 20代の時って、先輩にすごく緊張してたもんな。僕らが今、そのことをつい忘れがちになる。自分も同じ感覚でそこにいるとおもっちゃうからね。感覚までは年齢と同じように育っていかないから(笑)。そういう感覚は、忘れないようにしないと。
前川 そうそう、全然まだ20代の人たちと同じところにいると思っちゃう。一緒にやろう!みたいな(笑)
盛 あの当時と比較してできることも何かあるかもしれない。すごく良かった感覚は覚えているから、それを使えたらいいですね。
――初演の手ごたえはすごく良かったんですね。
盛 すごくいいものを作れているんだ、という記憶があります。反応、熱もすごかった。客席で、お客さんが楽しみにしてくれていることがビンビンと伝わってきたんですよ。
浜田 お客さんのワクワク感って、すごく伝わってきたよね。こんなに楽しみにしてくれていたんだ、って思ったな。今振り返ってみても、何て言うか、夏の本当にいい思い出になってる。
盛 それこそ、先輩方に教わったこともすごく大きかったから。今回もそういう1つの通過点になればと思います。長く劇団をやっていると、そういう節目ってやってくるので。
浜田 10年前だったら、できなかったかも知れない気がする。でも今の我々だったら、あの時とは違う、別の面白いものができるんじゃないか。そういう期待感を持っていますね。
――15年経って、今再演をする意味をどのように考えていらっしゃいますか。
前川 浜ちゃんが言ってくれたように、まさに「今ならできる」と思ったんですよ。この作品は、僕らが先輩方と初めて付き合った作品だから、僕ら自身が一周回った感じとか、そういう感覚があってこそできると思うんです。こういう劇中劇みたいなスタイルも、この作品からですから。作品の書き方、作り方、その他もろもろですごく大きな影響を受けることになった作品なので、そこに戻っていくような感覚が僕にはあるんです。今の僕らが、そこをなぞっていくところを、お見せしたいですね。
――最後に、公演を楽しみにしているファンの方々にメッセージをお願いします。
盛 演劇をやっている人間って、やたらと敷居を上げてしまうんですけど(笑)。やっぱりこの空間を体験してほしいんですね。舞台を観るということは、体験だと思います。その”場”にいるということがどういうことなのかを感じ取れるのは、劇場しかない。その日の天気や空気感、体調や気分、どんな道筋で劇場に行ったのかなど、小さな違いが重なって、それは俳優だけじゃなくて、お客さんもそうだし、スタッフもそう。そういうことが全部ギュッと詰まったものが、劇場の、その日その時間の公演なんです。それって本当にオンリーワンのもの。それを体験できるのは、その日その時だけという価値観を感じられるとしたら…興味がわきませんか? ぜひ、体験してみてください。
浜田 皆夏の思い出ってたくさんあると思います。花火とか、バーベキューとか、海とか…スイカ割りとか。そういうちょっとした夏のレジャーだったり、夏にしか経験できないことの1つになれたらと思います。あの年のあの夏、観に行ったよなーっていう、そういう公演にしたいと思っていますので、ぜひ気軽に来ていただきたいです。
前川 怪談ってだけで、怖いから見に行かない!って言う人も中にはいるらしいんですけども。怪談の公演をやるくせに、そんなに怖くないよ、というのも何なんですが(笑)、いわゆるホラーのような怖さではないんです。楽しい怪談だと思うんですよね。視覚的に怖がらせるわけでもないし、ちょっとだけゾクッとするような楽しい怪談を聴きに来ていただきたいです。ミステリー要素もあって、きっと楽しんでいただけると思っています!
浜田 浴衣とかで来てもらえると、より雰囲気が高まりそうですよね。
前川 確かに! 客席に浴衣の方がいっぱいいた方が絶対に楽しいと思う舞台です。いい思い出になりそうですしね。
盛 浴衣の方、歓迎します!(笑)
取材・文:宮崎新之