オリジナリティに溢れる幻想的な物語を参加者(観客)のイマジネーションの世界に構築する劇団おぼんろの第17回本公演『ビョードロ〜月色の森で抱きよせて〜』が2019年2月14日(木)から新宿FACEにて上演となる。
本作は2013年に初演が行われた同作の再演で、初演時は口コミサイト「CoRich(こりっち)舞台芸術」の「観たい!」「観てきた!」で数週間連続で一位を獲得。また、本劇団の当時の最高動員を記録した記念碑ともいえる作品である。そんな『ビョードロ』の再演について劇団おぼんろの主宰で脚本・演出を担う末原拓馬は「挑戦的な上演」と語る。今回はそんな末原から本作の構想や魅力、また今後の展開の一端を聞いた。
――ユニークなタイトルですよね。「ビョードロ」という言葉は造語ですか?
末原「そうです。“ビョードロ”というのは、現実にあるかないかわからない深い森に住む民族のことで、彼らによって生み出された最凶の生物兵器・ジョウキゲンを中心に物語は展開していきます。」
――ジョウキゲンという生物兵器とはシニカルなネーミングですね(笑)。
末原「さらにジョウキゲンは純粋無垢で憎めないやつなんです(笑)。ただ、ジョウキゲンに触れると人は血を吹き出して死んでしまう。そんな恐ろしい力を持つ存在が愛を求めていく……、というね。」
――末原さんが創作する物語は相反する感情の喜劇性や悲劇性が観客の心を激しく揺さぶりますよね。
末原「僕が作る物語の登場人物はみんな“愛”に突き動かされていると思うんです。愛って生存本能なので、愛するが故の行動が時に悪にも転化してしまう。そういう浮かばれないジレンマがある意味、僕自身の作品を作る原動力になっていて、今回の『ビョードロ』も同じです。」
――演出面では、幻想的な物語世界を観客の頭の中で作る創造性が末原さんの特徴だと思っています。
末原「僕たちは観客のことを参加者と呼んでいるのですが、それは見る人の能動的なスタンスなしで成立しない舞台になっているからです。だから参加者のみなさんには最初に「想像して、見てください。もしわからなくなったらそれはあなたのせいですからね?」ということをいったりする(笑)。」
――大胆な注文ですね(笑)。
末原「そもそも、そういう演出をするようになったのは路上で一人芝居をするようになったからです。路上のパフォーマンスでは美術も組めないですし、照明だってほとんどない状況で物語世界を構築しなくてはいけない。つまり、僕の言葉や振る舞いで、観客の頭の中に世界を構築する必要があったんですよね。しかも路上なので、人はあっという間に立ち去ってしまう(笑)。だから、耳に残る韻と想像力を掻き立てるリリカルな台詞、見る人を飽きさせないパフォーマンス、そういう演劇的な素養を路上で培ってきました。それが今でも活かされているんだと思います。」
――なるほど。おぼんろの歴史は路上から始まったといっても過言ではないと思いますが、末原さんは初演時の『ビョードロ』を振り返ってどんな作品と位置づけていますか?
末原「路上で公演を重ねて、それから少しずつカフェやギャラリーなど規模を大きくしていったのですが、2012年に『ゴベリンドンの沼』という作品でロングラン公演に挑んだんです。そうしたら口コミなどの影響もあり、初めましてのお客さんにたくさん来ていただけて。なので、その次回作はまさに勝負のタイミングで、「この作品で人生変えてやる」と思っていました。そういう強い気持ちがあったから、『ビョードロ』という作品が生まれたし、結果動員に良い影響をもたらしたのだと思っています。」
――そんな思い入れのある『ビョードロ』を今回再演するに至った経緯を教えてください。
末原「僕は作家として「物語で世界を変える」ということを標榜しているのですが、舞台芸術の性質上、物語は劇場に来てくださる参加者にしか届かないというもどかしさがあるんですよね。『ビョードロ』は劇団としては多くのお客さんに届いたという実感があるのですが、「世界を変える」ほどのお客さんに届いたわけじゃない。だからこそ何度も繰り返し上演して波及していきたいと考えているんです。「ももたろう」って誰が書いたかわからないですけど、ほとんどの日本人が知っていて、その歴史も計り知れないですよね(笑)。大げさと思うかもしれませんが、「物語で世界を変える」というのは「ももたろう」のような作品を作るということだと思っています。そのために、『ビョードロ』に限らず、何度も上演を重ねていきたいと思っています。」
――初演時の『ビョードロ』の出演者は5人でしたが、今回はキャストとはまた違う、ムーヴメントアクターを公募されていますよね。多くの人に届けるという末原さんの姿勢と関係があるのでしょうか?
末原「これまでの作品と比べて、今回の再演の最大の変化はまさにそこで。基本的に僕は舞台に出る俳優はバンドみたいに全員が同じ温度感で全員が全力投球しないといけないようなものにしたいと思っているんです。そのため、劇団員を基本とした少人数の舞台を作ってきました。ただ、今後さらに物語を多くの人に届くものにするため、これまでとは別の視点からもアプローチをしたいと思い、今回ムーヴメントアクターを公募させていただきました。別の視点というのはビジュアル的な効果です。おぼんろでは物語の余白を想像してもらうため脳に直接訴えるような作品を作ってきましたが、サーカスのようなビジュアル的な演出で、複合的な刺激のある作品を作りたいと思っているんです。」
――参加者の想像力を刺激して物語を構築しながら、ビジュアル的な驚きもある演出を仕掛けるということですか。
末原「そうですね。物語の中で目に見えるものに関しては参加者の想像力でみてもらい、目に見えないもの、ジョウキゲンの精神世界などを実際にご覧になってもらおうかと思っています。」
――なるほど。
末原「これまでのおぼんろの作風に、肉体的な想像を越えるような仕掛けが入ることで、初演とは異なる魅力を引き出すことができると思うんですよね。だから今回は再演ではあるものの、野心的な作品なんです。」
――おぼんろの次の挑戦がとても楽しみです。劇団としては今後どんな展開を考えているのでしょうか?
末原「さまざまな方向性があると思うんですが、僕の作る作品はお客さんを“観客”として捉えるようなポップで飲み込みやすい作品ではないんですね。よく言うのですが、僕は修学旅行の夜に布団をかぶって怪談話をするみたいな、話を聞く人も登場人物となってしまう場所を作りたいと思っていて。ただ、演劇は内と外を隔てる“劇場”という構造的な理由からもやや閉鎖的な性格のある芸術だと思うんです。そんな演劇で世界を変えていくためにはこれまでの舞台という垣根を越える魅力が必要だと思っていて。より開かれた物語の場を作りたいと思っています。」
【プロフィール】
末原拓馬(すえはら・たくま)
音楽家の両親を持ち、幼少期から音楽の手ほどきを受ける。早稲田大学第一文学部に入学すると同時に演劇研究会に入会。2006年におぼんろ旗揚げ。おぼんろでは全ての作品の脚本・演出をつとめている。途中、興行的な失敗を経たが、路上での独り芝居を繰り返した事が評判となり、現在、劇団おぼんろのメンバーは4名で4000人近くの動員力を持つ劇団となる。
インタビュー・文/大宮ガスト