ミュージカル界の“生ける伝説”アンドリュー・ロイド=ウェバーが、自身最大のヒット作『オペラ座の怪人』の後日譚として生み出した『ラブ・ネバー・ダイ』。オペラ座からファントムが謎の失踪を遂げて10年後。舞台をニューヨークのコニーアイランドに移して物語は展開する。2014年、2019年に行われた日本公演は常に完売を記録。待望の再再演が、2025年1月に日生劇場で幕を開ける。今回も日本ミュージカル界を代表する豪華キャストが結集。壮大な音楽と絢爛豪華な舞台セットと衣裳に彩られたドラマティックな世界で繰り広げられる、ファントムとクリスティーヌの愛と取り巻く人々の人間模様を見届けたい。
初演からクリスティーヌの夫、ラウル・シャニュイ子爵を演じる田代万里生さんに、ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』の魅力をたっぷりと語っていただきました。
――まずは、今回で3回目となるラウル役への意気込みをお聞かせください。
初演でラウルをやらせていただいたときは、11年間に渡って3回も同じ役を演じるとは思いもしませんでした。ラウルは僕にとって、初めての父親役だったんです。それまで20代は青年役ばかりをやっていて、丁度30歳になったばかりの頃でした。役者って30代が一番難しくて、若い役もできるけど背伸びをしたくもなるし、そんな時期に初めてヒゲをつけて、10歳の子供がいる役を演じて。その翌年、初めて『エリザベート』でフランツ・ヨーゼフのような重厚感のある役柄をやらせていただくようになったので、僕にとって転機になった作品ですし、すごく悩んだ作品でもありました。11年経って、今年は実生活でも息子が生まれたので、今回はきっと違う気持ちで作品ともラウル役とも向き合えるんじゃないかと思っています。
――ラウルは、クリスティーヌとの不協和音が鳴る結婚生活に葛藤を抱えていたり、心情や感情が表現として難しい役なのではと思いますが、演じる際に役作りなどで大切にされていることは?
ラウルが感情を爆発したときや一番盛り上がったとき、ミュージカルなのにいい曲を歌わせてくれないんですよ。それは、全部ファントムがやるんです(笑)。その代わりラウルは芝居でそれを見せなければいけない。もう台詞も歌詞すらも無いけど、ラウルの心情をここで表現しなければいけないっていうシーンも存在していて、ミュージカル俳優としては難しいけれど、役者としてはすごくやりがいがあります。プリンシパル(主要な役柄)には、みんなソロ曲があるんですね。例えば、ファントムが歌う『君の歌をもう一度』は思い出すところから始まって、それが爆発して歌い上げて終わる。クリスティーヌは『愛は死なず』で歌い上げる。ラウルにも一曲、『なぜ僕を愛する』というソロナンバーがありますけど、状況説明に近い歌なので、唯一歌い上げない。で、ずっと自分の殻からはみ出すことができないんだけど、もがいている。そこがすごく魅力的でもあり難しさもある役柄ではあります。
――田代さんが思う本作のアンドリュー・ロイド=ウェバーの楽曲の魅力について、お話しいただけますでしょうか?
もう常に、音楽のカオスですね(笑)。特に僕が好きな『美の真実』という曲があるのですが、真実の美しさを語りながら、ファントムがクリスティーヌとラウルの息子グスタフに究極に醜いものを見せているんですよね。音楽的にもかなりダーティなひずんだギターの音とか、そういうものの中に美を見出すっていうものが、この作品全体に込められていて。音楽の8割がイメージ的には不協和音で、残りの2割が究極に最も純度の高い透明感100%の音楽で、ところどころに入っているんですよ。ず~っとカオスのごちゃ混ぜの不協和音に2時間半いると思ったら、スッときれいな湧き水がある、みたいな。そこの緩急が気持ちよくてサウナみたいですね。整うミュージカルです(笑)。
YouTube channel 「The Shows Must Go On!」海外上演映像より「美の真実(The Beauty Underneath)」
――(笑)。湧き水のように美しいのはどの楽曲ですか?
クリスティーヌとファントムのデュエット曲『遠いあの日に』とか、『愛は死なず』もそうですね。『懐かしい友よ』という四重奏は不協和音ではあるけど、サビだけ非常にすっきりした音楽になっていたり。みんな心情はぐるぐるうごめいていて、ひとりひとりが自分を吐露するときは不協和音があるのに、目が合ったときはきれいな音楽になるんです。四重奏や二重奏になるときはきれいな音楽になって、自分がソロになるときは不協和音になるってところが、面白いなと思います。メロディーで心情を表現できている。それはロイド=ウェバーの作品は、これに限らずすべてそうですね。特にこの作品で素晴らしいのは、オーケストレーション(オーケストラ用に編曲すること)。ロイド=ウェバーさんは、オーケストレーションの中に自分の思いをたくさん込めて書かれているので。2014年の初演のときに、日生劇場にいらっしゃったときも、オーケストラピットでスコアを書き直していました。それは旋律とかコードではなくて、オーケストラのこの楽器のこのフレーズをこうしてくれっていうのを指示するんですよね。ポップス的なミュージカルだと、そこまで気にしない作曲家が多いんですけど、ロイド=ウェバーさんは、歌、歌詞、台詞、メロディーだけじゃなくて、その下にあるオーケストレーションまでを含めて表現している。それが全編に渡って埋め尽くされている作品ですね。
YouTube channel 「The Shows Must Go On!」海外上演映像より「愛は死なず(Love Never Dies)」
――ラウルとファントムが対峙するデュエット曲『負ければ地獄』の魅力はどんなところでしょうか?
この曲の魅力は無音の部分です。クラシックの指揮者や作曲家が、究極に美しい瞬間ってなんなんだって、よく哲学的な話になるんですけど、音楽が鳴っている時間じゃなくて、音楽が終わって次に入るときの呼吸までの間。お芝居でよく間がいいって言うじゃないですか。お笑いもそうだけど、その間が音楽にもあって。この『負ければ地獄』も、タララ、タララ、タララ、って、この間が必ずあるんですよね。そこにすべての緊張感とか想像力とかが、掻き立てられる曲になっているので。どうしても歌を歌おうとすると、タララ~タララ~タララ~ってなっちゃうんですけど、そこをあえて無音のところに、どれだけいろんな意味を込められるかというのを意識して歌っていました。それがスコアにも書かれているし、だからそれ以上の何か取ってつけてオリジナリティを出そうとか、余計な装飾をつけようとすると、この曲は死んじゃうんですよね。
YouTube channel 「The Shows Must Go On!」海外上演映像より「負ければ地獄(Devil Take The Hindmost)」
――先程、『美の真実』という曲がすごく好きだとおっしっていましたが、その理由は?
この曲だけクラシック要素ゼロなんですよね。けっこうロックで、演出的にも『ラブ・ネバー・ダイ』のあのオートマチック装置がフル活用された三重盆が、大中小3種類すべて違うスピードで動いたり逆回転したりして、全部自由自在なんですよ。それが音楽と同機をしていて、いろんな釣りものとか舞台セットや照明と総合芸術になっていて、そのシーンがめちゃめちゃカッコいいし、美しいんです。そこはすごく好きですし、見どころです。もうひとつ第1幕の冒頭、ファントムのアリア『君の歌をもう一度』の後に始まるアンサンブルが歌う『コニー・アイランド・ワルツ』のシーンで、コニーアイランドのセットの照明全部の電飾が一気についた瞬間は、何度観ても感動します。
――改めて、ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』の魅力とは?
もう、ファントムという存在じゃないでしょうか。イコール、アンドリュー・ロイド=ウェバーでもあると思いますけど。舞台美術、照明、衣装も本当に素敵です。僕は、世界一の舞台セットだと思っているんですけど、豪華なだけじゃなくてセンスがいいんです。ただ、ドアがポンっとあるすごくシンプルなシーンもあるけど、それもおしゃれなんですよ(笑)。音楽も脚本も、視覚的なものも、聴覚的なものも、すべて備えていると思いますし、キャストもこれだけW、トリプルがありますので、何度観ても楽しい作品になっています。初めてミュージカルを観る方にも、ぴったりだと思いますね。『オペラ座の怪人』を観ていなくても楽しめると思います。
YouTube channel 「The Shows Must Go On!」海外上演映像より「君の歌をもう一度(T Til I Hear You Sing)」
――最後に、読者へメッセージをお願いいたします。
僕もデビュー15周年になりますけど、こんな大作はなかなかありません。アンドリュー・ロイド=ウェバーさんご自身がとても愛している作品でもある。そして、舞台美術、音楽どこを取っても誰が観ても、「え?何が面白の?」って言わせないだけの圧倒的な作品力があるので、とにかく生で観てほしい。カオスな醜さと美しさの入り混じった唯一無二な作品を、ぜひ劇場で体感していただきたいと思います。
取材・文:井ノ口裕子