チェコの国民的作家・劇作家と評されるカレル・チャペックが1920年に発表した戯曲『ロボット』は、そのタイトルが「ロボットの語源(※チェコ語で労働を意味する【robota/ロボタ】が由来)」になったことで知られています。これを聞いて「…難解なSF作品では?」と思われた方、心配ご無用。今作は予備知識がなくても没入できる共感性の高いSFドラマであり、様々な視座で捉えることができます。その『ロボット』上演に向けて、潤色&演出を担当するノゾエ征爾と、中心人物を担う渡辺いっけいによる対談をお届け。物語の魅力や見どころについてお聞きしました。
ーーお二人が思う、今作の「物語の魅力」について語って頂けますか?
渡辺 「ロボット」という単語は、この原作戯曲から生まれたとか。
ノゾエ はい、そうですね。
渡辺 読ませて頂くと、今日の社会問題の深いところまでズバンズバン描かれていてびっくりしました。
ノゾエ 1920年に発表された戯曲ですが、むしろ100年前より現実味・真実味を増している気がします。
渡辺 チャペックの頭の中を覗いてみたい。とにかくすごい。
ノゾエ 劇中の「ロボット」という単語を「科学の進化」に置き換えると捉えやすいかもしれません。僕たちが日々ニュースを見て、AI生成について議論したり、いっけいさんが仰ったような人間社会の諸問題、例えば少子化や交際0日婚なども連想できるので、観劇後にめちゃくちゃ人と話したくなる作品だと思う。
渡辺 昨日も稽古場で、朝夏(まなと)さんと「愛とはなんぞや?」について話しました。現代の夫婦問題なども描かれている。
ノゾエ なるほど、愛ですか。
渡辺 朝夏さんと話しながら、考えながら、稽古をしていて。
ノゾエ 愛とは……何でしょうね。結局のところ「人間は理不尽な生き物だ」と思わせてくれる戯曲でもあります。偏っていて歪なもの。それが人間であり、確実性のあるロボットと不確実性の人間との対比が面白い。
渡辺 すごく良くできた本。僕と朝夏さんだけでなく、他の登場人物も変化していくので、見所満載の作品です。役者さんそれぞれがドラマチック。
ノゾエ 俳優さんたちが本当に面白くて、稽古初日の本読みの段階から、僕が潤色しながら抱いていた人物イメージをあっさり凌駕してくれました。より人間くさく、より人間味の感じられるドラマを描いていくことが肝だと感じています。
ーーそれらの魅力を客席へ届けるため、いま稽古場で工夫されていること、意識されていることを教えて下さい。
渡辺 僕はもう、ただただノゾエくんにお任せしている。
ノゾエ いやいやいや(笑)。俳優の皆さんにとってやりやすい空気を作るというか、「この演出家、何も言わないぞ!?」という状況を早めに示して。
渡辺 最初は「泳がせているな〜」と思った。
ノゾエ 「俳優がどうしたいか? を楽しみにする演出家のようだ」と提示して、それを皆さんが察知して下さり、今はもう、皆さん自主的に。
渡辺 僕は二十歳でいのうえひでのり(劇団☆新感線)という大学の先輩から演出を受け、それは(演出家の指示を)全てコピーする稽古でした。いま考えるとそれが一番特殊で、そのあと苦労したんですよ。自分で考えずコピーに専念したから。でも、若い頃に出会った、ナルシ(池田成志)とかマツシゲさん(松重豊)とか、そういう同世代の人たちが、昔はみんなそれぞれ尖っていたのに、いま円熟味を増している姿を見て、すごく良い世代に恵まれたなぁと。だから、ノゾエくんのような演出家とご一緒できて、やり甲斐を感じています。
ノゾエ 登場人物の輪郭は、俳優さん自身が創り上げることが一番良いので。
渡辺 そう、自分で色々試せる。大袈裟な例えだけど、今はみんなで麻雀牌をガラガラしているような日々。
ノゾエ 最終的に「あれ? 演出家に何を言われたっけ?」くらいになればと。ばれないように誘導したい。
渡辺 そのノゾエくんの様子に、僕は気付いているけれど。
ノゾエ (笑)。
渡辺 稽古は本当に楽しいです。毎日誰かが違う仕掛けをしてくる可能性がある。ただ、役者同士で「こうしよう」と提案し合っていると、全体がぶれてしまうことがあって。そこはノゾエくんのパートだから、自分の中のモヤモヤは必ずノゾエくんに聞いてもらうことにしています。昨日は稽古終わりにノゾエくんから「大丈夫ですか?」と。
ノゾエ 僕からお声がけして。
渡辺 ピンポイントで僕へ直行しないの。他の役者へ声をかけて、迂回しながらやってくる。ノゾエくんはそういうタイプ。カウンセラーみたい。
ーー劇中にはロボットが複数登場します。より観劇を楽しむ為に、ロボットシーンにおける注目ポイントを挙げて頂けますか?
ノゾエ 正に今、その塩梅についてみんなでアイディアを出し合っています。この先ロボットと人間の区別がつかない時代が必ず来る。その辺りに触れてみたくて。
渡辺 個人的なことを言うと、僕の配役はやり甲斐があります。面白い。
ノゾエ 人間ってなに? ロボットってなに? みたいな。
渡辺 初めてロボットが登場するシーンに僕も出るけれど、その匙加減というか。
ノゾエ 劇中の登場人物も戸惑ったりするので、お客さんにもその感覚を体験して欲しいです。
渡辺 ノゾエくんの演出もまだ固定していなくて、今のところはただ楽しんでいます。
ノゾエ 僕らの苦労の結晶が本番で見られると思います。劇場で「そこに着地したんだ!」と感じて頂けたら。
渡辺 原作戯曲にはコントに近いような、笑いの要素も。
ノゾエ そうですね。
渡辺 シーンの切り取り方次第で、お洒落なコントと捉えることもできる。それが終盤へ向けた伏線になっていて、本当に良くできた本だなぁと。
ノゾエ 笑える箇所も沢山あります。
渡辺 ノゾエくんからの言葉の指示はほぼないけれど、「こういうことをしてみて」と(動作などの)味付けされることがあり、内心「そんなことやるの!?」と思いながら稽古しています。
ノゾエ (笑)。
渡辺 そうして体現していくと、皮膚感覚で分かってくることがあって。ノゾエくんは役者の個々の気質を把握していて、それで僕にはそう接するのだなと。
ーー最後に。上演へ向けてお二人が楽しみにしていることを聞かせて下さい。
ノゾエ 稽古を重ねつつ「ここからどうなるの!?」と感じられることが舞台創作の醍醐味ですが、それがまだまだ沢山あります。
渡辺 上手くいけばお客さんを心から乗せられるはず。
ノゾエ その「面白くなりそう!」をめちゃめちゃ強く感じていて、完成形はまだ見えないけれど、宝の地図に放り込まれた人たちが、徐々にひとつの探検隊になりつつあることを実感しています。
渡辺 ロボットと言っても、メカではなく、AIやアンドロイドの話になってくるので、その世界線の話だと認識した上で、波乱のストーリー展開が待ち受けている。
ノゾエ そういう、ワクワクとハラハラと。
渡辺 ノゾエくんの潤色が胸熱なんです。お客さんを思いもしなかった場所へ連れて行き、一緒に熱くなってもらえたら嬉しいですね。
取材・文/園田喬し