現代作家から古典まで、ストレートプレイからオリジナルミュージカルまで、幅広く作品を創り出している、人気演出家・石丸さち子新作オリジナルミュージカル『翼の創世記』Genesis of Wingsが11月29日から、ブルースクエア四谷で上演される。世界初の有人動力飛行を成し遂げたライト兄弟とその妹の大きな喜びと、悲痛な運命を、三人の俳優の歌と心で描く。企画・脚本・作詞・演出を手掛ける石丸さち子さんと、ミュージカルナンバーの作曲と舞台でのピアノ演奏を担当する森大輔さんの二人に、この作品にかける熱い思いを語っていただきました。
――森さんが最初に舞台の音楽を担当されたのは、石丸さん演出のミュージカル『ボクが死んだ日はハレ』(2017、2019)なんですね?
森 今、思うと怖いもの知らずで引き受けたなと思います。それ以来、たくさんの作品でご一緒させていただいています。
石丸 この世界に引き入れたのも私みたいなところがありますからね。
――石丸さんは、なぜご自身の作品の音楽を森さんにオファーされたのですか?
石丸 『ボクが死んだ日はハレ』は、歌手で舞台女優の浦嶋りんこさんと一緒に何かやりたいねというところから生まれた作品なんですね。ふたりでミュージカルは作曲家で作品が決まるという話しをしていたときに、作曲家としても素晴らしいミュージシャンがいると森さんを紹介されて、作曲・音楽監督・演奏をお願いしました。デモ音源を聴いて非常に印象的だったのは、脚本を書いているときにもなんとなく音は聞こえてくるんですけど、それをまったく覆すメロディの連続で。一番クライマックスのところの曲を聴いたら、もう涙が止まらなくって。
森 これはいいお話です(笑)。
石丸 その作品は、師匠である蜷川幸雄さんの死と、その半年後に自分の母の死を体験したことから、描いたものだったんです。だからものすごく自分に纏わるものだったのが、森さんの曲を聴いたときに、一気に軽やかに世界に飛び立っていくような感覚があって。森さんが曲を書いてくださることで、自分の作品が外に向けて開かれるんですね。『ボクが死んだ日はハレ』がとても評判が良くて、そのあと『BACKBEAT』(2019、2023)という作品では、ビートルズがデビュー前にカバーしていた曲のバンドスコアをオリジナルで全部書いていただいたり。いろいろと森さんの音楽力と人間力に支えられることをやっていただいてきて。それで今回、久しぶりに『ボクが死んだ日はハレ』以来のオリジナルミュージカルを、小劇場でいいからやってみようと思って。そしてできれば、どんな形でもいいから、海外に挑戦するような作品にしたいなと。私のミュージカル人生は、オリジナルの『Color of Life』で、ニューヨークに挑戦したところから始まっているので、どうしてもまた、海外にもって行きたいっていうのがあって。海外の壁を越えやすいのは音楽の力なので、もう、森さんしかいないと。脚本に着手する前の早い段階からお願いしていました。
――そのオファーを森さんはどんなお気持ちで受けられたのですか?
森 石丸さんの目の前だから言うわけじゃないですけど、その夢を一緒に見ているような気持ちで、そういうビジョンを共有できるってなかなかないことだなって。自分が抱き始めた夢ではないけれども、自分事として情熱を燃やせるっていう幸せを最初からずっと感じています。
ーー今回、題材にライト兄弟を選ばれた理由は?
石丸 いくつか理由はありますけど、一番大きな引き金になったのが、弟のオーヴィルのインタビューでの発言です。兄のウィルバーを早くに亡くした後、彼らが作った飛行機が第一次世界大戦で兵器として利用されるようになって、戦争責任を問われ続けるんですけれども、調べてみるとすべてのインタビューで「飛行機は平和利用できるものです。飛行機は平和に貢献できるものです」と言い続けてきているんです。その言い続けている気持ちの裏にあるものはなんだろう?っていう興味が強くあって。ライト兄弟の人生にいつか取り組まねばと思っていたんです。夢を見るっていうことの無限の可能性と、でも人間の一生の中で、こんな残酷なことも起きるんだっていう。生きていることの最大級の無上の喜びと、つらい孤独と、その両方を体験している彼らを描きたいと思いました。
――森さんは、最初に脚本を読まれてどんな感想を持たれましたか?
森 最初は純粋に物語として読んで、すごく面白いと思いました。ほとんどのことが実際にあったことで、リアルなんだっていうことをもっと身近に感じてもらうために、音楽があったらいいなっていうのも思いましたし、そんな思いで作り始めました。石丸さんの歌詞は、しっかり歌としての構成をあらかじめ想定して書いてくださっているので、僕も汲み取りやすいというのは、常にあるんですけど、今回の作品は、特に迷うことがありませんでした。
石丸 曲が出来るのが早かったですもん。
森 こんな曲にすればいいんだみたいなものが、脚本に自然と導かれたというか。もっと苦戦するかなと思っていたんですけど、全然そんなことなく、曲はわりと早く仕上げました。
――石丸さんとしては、何も修正の要望は無く?
石丸 無いです。そのままありがとうございます!でした。
森 ドキドキするんですけどね。初めて聴いてもらうときは。OKをもらうと、ものすごく長い息が出ます、ほ~って(笑)。
石丸 アハハハハハ!
森 今回はベースになる曲だけでも22曲あったので、全曲聴いてくださって、リアクションが返ってくるまで、2週間くらいに長い時間に感じていたんですけど、実際は2日くらいでしたね。
石丸 1日ですね(笑)。作曲家からデモ音源をいただくときには、正座する勢いで、電話がかかってきても出ないようにして、とにかく集中して聴くんですけど。感動はすごかったです。『The First Flight』という曲がありまして、初めて飛んだときのこの楽曲は、もう落涙はなはだしく(笑)。
森 そうでしたか。
石丸 デモ音源は森さんが歌ってくれているのですが、素晴らしすぎて、キャストみんなが、楽曲の勉強っていうんじゃなくて、好きなCDを聴いているみたいだって言っている評判のデモです(笑)。
森 いやいや、ありがたいですが(照れ笑)。リプライズを含めると39曲、3人で歌いきるってことの大変さを歌稽古が始まって、本当に痛感しています。今回はピアノ一本なので、バンドで歌うほうが歌いやすい曲もあるなか、ピアノ一本の不親切な伴奏で彼らは歌わなければいけない。でも、それがすごくカッコいいと僕は思っていて。
石丸 キャストはみんな苦労しています。
森 幕が上がるまで、僕もとことんつきあうっていう腹はくくって曲を書いていますので。キャストの組み合わせがAチームからEチームまでありますけど、もう曲によっては、解釈がどんどん変わっていって枝分かれしていくような感じになるのも面白いかなと。伴奏する僕も大変になりますけど(笑)。
――今回、三人芝居にしたのは、どんな意図で?
石丸 まず劇場が狭いので、キャスト3人以上は無理だなと(笑)。2時間強の上演時間の中で、このライト兄弟とキャサリンを描くには、やっぱりこの3人に絞ったほうが、深々と彼らを描けるだろうという判断です。
――演出でこだわりたいことは?
石丸 兄弟の絆を表現するときに、ユニゾンで歌うところから、ハーモニーが入ってくる。そのハーモニーをこの作品全編に散りばめたい。常に彼らは兄弟である喜びをかみしめるようにハモるっていうのを、森さんにお願いしたんですね。これが、歌稽古を初めてみると、本当に素晴らしくて。期待していた通りです。人と人が同じ言葉を違う音程で和声を作りながら、目を見て歌うなんていうときには、多幸感があふれます。複数の人間が一緒に生きている、同じ夢を見ているっていう、幸せがそこに生まれて、これは音楽ならではのことだなと。目指していたことが叶いそうだと思って、すごく喜んでいます。
――先程、狭い劇場というお話がありましたけれど、座席数はどれくらいなのですか?
石丸 98席です。演者と観客の距離がすごく近いので、クラップハンズが欲しいときには、お客様の力を借りて、クラップ担当になってもらって、歌い始めますから。
森 クラップがないと歌が始まらない可能性もある(笑)。
石丸 そう。そしてクラップがズレてきたら、ズレてるって言えるぐらいの自由さで(笑)。
森 かなりインタラクティブです(笑)。
石丸 ニューヨークのオフオフの劇場のような、少人数のキャパシティのところで、長く上演できるような作品にやっぱり憧れはありました。本当に手の届くところで、俳優たちの歌声が起こすバイブレーションが、そのまんま、それぞれのお客様の鼓膜に伝わってくる空間で、ミュージカルを体験して欲しいっていう思いが強くあったので、大変な贅沢空間になると思います。
――最後に、読者へメッセージをお願いいたします!
森 キャストに対して、大変なハードルを一緒に超えて行こうっていうようなことを、今やろうとしていると、さっきお話しましたけど。僕は、あまりそういう話を普段しないように心がけているんですけど。でも、この作品に関しては、ちょっとしたくなっちゃう気持ちもありまして。というのは、僕自身が、伴奏としてリアルタイムでキャストを支える役を担うという挑戦がありますし。その全力投球さが、この『翼の創世記』、ライト兄弟ってモチーフに対して、相応しいような気もしていて。自分ももがきながら本番に向けてやっていくことになるだろうし、それを嘘偽りなく、あの劇場でお届けできればなという思いです。
石丸 歌唱力も表現力もハートも豊かな9人の仲間たちとともに、キャパシティ98席の小劇場で、ふかふかの椅子もありませんし、本当に狭い空間ですけれども、そこが非常にマジカルな奇跡的な場所になるようなものを用意しようと思っているんです。劇場の黒壁に直接絵を描きます。劇場の内部がライト兄弟の記憶の美術館のようになります。約一ヶ月できるので、そういう大胆で贅沢なことをして、そこに音楽がものすごく身近な環境で生まれていく。声の振動、楽器の振動、心のバイブレーション、すべてが劇場で手に取るように近くにあって。練り上げていった物語と音楽が、上質なミュージカを聴く喜びになっていって。この小劇場で、こういうミュージカルが味わえるんだなっていう、新しい経験になっていただけるような、時間になればいいなと思って、今、全力で取り組んでいます。ぜひ劇場に足を運んでみてください。足を踏み入れた瞬間に「あ!今日は何か面白いことが起こりそうだ」って、きっと思っていただけるはずだし、わくわくしたまま時間は過ぎていくと思います。劇場でお待ちしております!
取材・文:井ノ口裕子