シス・カンパニーとケラリーノ・サンドロヴィッチによるチェーホフ四大戯曲上演シリーズの最終章『桜の園』が、2024年12月ついに上演される。立ち稽古が始まったタイミングで、上演台本・演出を務めるケラリーノ・サンドロヴィッチの取材会が行われた。
――チェーホフの四大戯曲上演シリーズがついに完結します。KERAさんがチェーホフ作品に感じる魅力、特に『桜の園』の面白さを教えてください
1本目は怖々取り組みました。100年以上前の作品ですから古典と言っていいと思いますが、古典でこんなに人物を相対的に書いている作家はそういない。登場人物のセリフとその人が考えていることがイコールではない芝居は、現代ではたくさんあるけど、この時代では革新的だったと思います。あと、独特な情感がどの作品にも漂っていますよね。他の三作品は「そして人生は続く」という終わり方をしていますが、『桜の園』は遺作だからなのか、競売の日というゴールが定められていて、そこに向けて物語が進んでいく。あと、三作目の『三人姉妹』くらいから、ボードビルの雰囲気が出始める。『桜の園』はそれがさらに進行し、登場人物はかなり奇人揃いで、そこも面白みだと思います。
――上演台本を手がけるうえで考えたことをお聞かせください
チェーホフ作品も『桜の園』も何本も見てきましたが、最初に見た時の面白さをそのまま伝えたいと思っています。自分のほうに引き寄せようとか、壊そうとかは考えていないですね。もちろん、現代の観客に面白さを伝えることは念頭に置いていますが、チェーホフが何を面白がっているか考えながら、チェーホフと握手できるようなものにしたいです。オーソドックスなチェーホフにするつもりで上演台本を書きました。
――キャストの皆さんの印象、カンパニーに対する期待はいかがですか?
初めましてなのは天海祐希さん、大原櫻子ちゃん、山中崇、荒川良々。あとの人たちはどんな役者さんか、ある程度わかっているつもりです。中止になった2020年のキャストとはまた違うアプローチになるでしょうから、初めましての皆さんにはとても期待しています。
天海さんは隙のない、完全無欠に近いイメージの人を演じることが多いと思います。でも、ラネーフスカヤは極めてダメな人。上手く生きられない人を天海さんに演じてもらうのは楽しみです。あとは声の出し方ですね。普段出し慣れている低いトーンの方が気持ちを乗せやすいんだと思いますが、あえて高音も駆使して、なるべく広い声域を使ってみてはどうだろうとお話しています。とても楽しいです。
――堅いイメージもある作品だと思いますが、初めてご覧になる方に向けてはどんなことを伝えたいでしょう
たしかに、どんでん返しや派手な展開がある作品ではありませんからね。この作品の面白味はもっとデリケートなところにあります。重大な出来事はみんな幕間で起きている。例えるなら、カーチェイスの合間の給油シーンでカーチェイスをどれだけ感じさせられるかというのがチェーホフの面白さだと思います。読んでいても、にじみでてくるようなおかしさが感じられる。みんな「これは喜劇だ」というチェーホフの言葉に振り回されすぎている感じがありますよね。
――今お話にも出たようにチェーホフはこの作品を喜劇と言っていますが。どういったところに喜劇性を感じますか?
爆笑が起きるかというところでいくと喜劇とは言えないかもしれません。構造だけ見ると、「このままじゃまずい、桜の園が売れちゃう」と言われているのに聞く耳を持たず、策を練らないまま売れちゃうという、それだけの話。普通のドラマなら、なんとか策を練ろうとするんだけど失敗してしまうとか、なにか展開を練るだろうに、ラネーフスカヤとガーエフはまったく何もしない。そこはやはり喜劇的だと思います。
チェーホフって作家は物語で面白がらせようとはしていなくて、そこにいる人たちの関係の面白さ、そこに漂う空気を優先している。もちろんハリウッド映画のように派手な展開が次々に起きるのも面白いですが、生身の人間と1ヶ月稽古して作っていくことを考えると、こういう作品の方がやっていて楽しいんです。
――四大戯曲上演シリーズを通しての気づき、ご自身の創作に活かせたことはあるでしょうか
2013年の『かもめ』は本当に手探りで、2015年の『三人姉妹』でちょっとわかったかなという感じがして、2017年の『ワーニャ伯父さん』は自分なりのチェーホフ解釈ができたかなと個人的には満足しています。
本読みをしていて思いますが、チェーホフは演出がちゃんと作意を見つけて強調しないといけない本。僕は演劇に恥ずかしさを感じていて、恥ずかしくない演劇を模索してきた人間なんですが、その方法の一つをチェーホフが提示してくれている気がします。うまくてあざとさが見えない。そこが惹かれる理由だし、勇気をもらっています。
――最後に、お客様に向けてのメッセージをお願いします
かなり面白いと思うので、「難しいものを見る」という気持ちではなく、気軽に見てほしいです。ただ、待っているだけでいろいろなものを与えてくれるテーマパーク的な面白さではありません。舞台を覗き見て、能動的にいろいろなことを感じてもらうことで生まれる面白さ。とはいえ、原作を読んで予習する必要はないし、「難解なものを読み解いてごらん」いう感じではない。我々と同じように浅はかで隙だらけのダメな人たちが右往左往する様を客席で見ていただけたら。登場人物たちのある時間を切り取ったものを楽しんで見てもらえたらいいと思います。
取材・文/吉田沙奈