「中村勘九郎 中村七之助 錦秋特別公演 2021」取材会レポート

中村勘九郎、中村七之助兄弟が、中村屋一門を率いて行っている恒例の全国巡業公演が10月に全国15カ所で開催される。昨秋の公演はコロナ禍の影響によりやむなく中止となってしまったが、今年3月~4月の「春暁特別公演2021」では中村勘太郎と中村長三郎が巡業に初参加し全国5ヶ所で開催され各地大好評のうちに幕を閉じた。それに続く今秋の巡業公演は昨年開催出来なかった会館を含めての開催となる。

演目はまず中村鶴松による有名な浦島伝説を舞踊化した『浦島』に始まり、2014年に春日大社で「奉納歌舞伎舞踊特別公演」として中村勘九郎、中村七之助により上演された『甦大宝春日龍神(よみがえるたいほうかすがりゅうじん)』を上演。休憩をはさみ最後は巡業公演のお馴染みとなっているトークコーナーだ。中村勘九郎、中村七之助、中村鶴松が公演の感想など普段聞けない楽しいお話を展開する。

8月某日、この『錦秋特別公演2021』のリモート取材会が行われ、中村勘九郎、中村七之助が登壇。その会見の様子をレポート。


――巡業公演について教えてください。

勘九郎「巡業公演は2005年から毎年行っています。と言いますのも歌舞伎を観たことが無いという方が本当に多いので、新規でご覧になる方をどんどん増やしていきたいと思っていまして。そのために普段歌舞伎公演が行われない土地に自ら出向いて歌舞伎を見ていただくという試みをしているのですが、いまだにトークコーナーとかで「今日初めて歌舞伎を生でご覧になる方は手をお上げください。」と申しますと結構な数でいらっしゃるので、まだまだ普及されていないんだなと思っています。この巡業公演はずっと続けていきますし、中村屋一門にとっても大切なご縁の一つになっています。」


――巡業公演で楽しみにしていることは何でしょう。

七之助「本来ならば巡業公演では公演地のお客様と触れ合う機会、特にトークコーナーでコミュニケーションが取れるのですが、この状況もあって今春の巡業公演では舞台の下に降りて質問するということができなくて、事前にご質問をいただいてそれを読み上げることになりました。そのように触れ合える機会が少なくなってしまったことは残念ですが、いま兄が申しましたとおりまだまだ歌舞伎を観たことのないお客様がたくさんいらっしゃいますので、巡業公演で歌舞伎の楽しさを少しでも伝えられたらいいなと思います。それと公演後に現地の美味しい食事や名物を食べるのが楽しみだったんですけど、現状はできないのでその土地土地の雰囲気を感じて帰ることができればいいなと思います。」


――演目の『浦島』について教えてください。

勘九郎「近年いろんな役を経て大きくなっていく鶴松に前回の『三ツ面子守(みつめんこもり)』に続いて今回も1作品彼に任せたいという思いがありまして、「何がやりたい?」と尋ねたところ「『浦島』をやりたい」ということでしたので採用しました。この『浦島』という踊りは巡業で何回も私も演じていますけれど、ストーリー性も分かりやすく、曲調もとても華やかですし、2枚扇というテクニカルな踊りがあったりして目にも楽しいので、初めてご覧になる方にも観やすい演目なのではないかなと思います。あと私事になるんですが、父が私の浦島をとても気に入ってくれていましたので、今回それをしっかり鶴松に継承というか伝えられたらいいなと思います。」


――「甦大宝春日龍神(よみがえるたいほうかすがりゅうじん)』について教えてください。

七之助「春日龍神は能が原作になっている作品で、平成26年(2014年)に春日大社で奉納舞踊として兄弟で踊らせていただきました。明恵上人が仏跡を拝むために天竺を目指したいと言いますが、里のものが春日の野の四季折々の素敵さを踊ったりしてそれを留め、その後、龍神、龍女が暴れてしまうから天竺に行くのをやめなさいというお告げを受けて明恵上人は思い止まります。前半はお芝居仕立ての踊り、後半は荒々しい龍神、龍女の踊りと両方異なる雰囲気の踊りを楽しんでいただくことができる演目です。」


――今春の巡業公演で久しぶりに客席にお客様が入った光景を見た時はいかがでしたか。

勘九郎「本当に嬉しかったです。こういう状況の中で足を運んでくださるっていうことに感謝しかなかったですね。コロナの自粛期間中に舞台が中止になっているときに過去の映像を見て、客席一杯のお客様がいらっしゃる映像を見ると、これをいつ取り戻せるのか、これが夢にならなければいいな、という思いでいた中で、巡業で80%でも客席に入っていただくことができたので、それを見たときには胸にくるものがありました。」

七之助「客席の状況か全く分からないままに『鶴亀(つるかめ)』で幕が開いた時に最初はすごくびっくりしたのと、幕が閉まってから兄が「嬉しいね!」と言ったのを覚えていて。歌舞伎座でやるのも嬉しいんですけど、あんなふうにお客様が入っているのが本当に久しぶりだったもので。役者も人間ですから、一杯入っていた方が嬉しんだな、というのをつくづく感じました (笑)」


――今回も質問コーナーがありますが、これまでに印象に残っている質問はありますか?

勘九郎「3、4年前までは七之助さん、いつ結婚するんですか?という質問がとても多かったんですけど、2年ほど前くらいからパタッと無くなったのはお客様も諦めたのかなと思いますね (笑)」

七之助「僕たち二人に関する質問は僕の結婚か、放送中のドラマとかの質問が多かったんですが、春暁公演で勘太郎、長三郎が初めて芸談に参加しまして、あの二人が参加すると99.9%が彼ら二人に対しての質問になって、僕たちはいらないんだなと思ったんですけれど(笑)。二人と同世代のお客様から「同世代にファンがいることについてどう思いますか?」という質問があったときに、なかなかあの年齢でそういった質問って恥ずかしくて答え辛いものですよね? 照れくさいというか。勘太郎は答えられなかったんですが、長三郎は間髪入れずに「ありがたいと思います。」って言ったんです(笑)。それが本当にかわいすぎて。そういう返しができるのかと。」

勘九郎「間がよかったよね (笑)」

七之助「間がよかったです。二人がいるとああいう面白いトークコーナーになるんだなと痛感しました (笑)」

勘九郎「今までトークコーナーを最初に持ってきたり演目と演目の間に持ってきたりしていたんですけど、今回は初の試みで一番最後に持ってきたんですね。すべて観終わった後に出ていくのでこれまでとはちょっと違った感じでトークを聞けるのかなと思います。」


――初心のお客様に向けて用意すること、見方でアドバイスなどはありますか。

勘九郎「何でもかんでも分かりやすくするということはしたくないと思っています。最近は歌舞伎だけでなく、頭を使って観るものがすごく少なくなってきているような気がするんですね。ニーズに合わせているというか、分かりやすいという方向に行きがちになっているので。どういう風になっているのか良く分からない芝居なのに自然と涙が流れてくるような、内面、奥底を刺激するような作品は歌舞伎にもたくさんありますし、踊りはセリフがないので伝わりづらいんですけど、そこは分かりやすくせず、歌舞伎本来の演出、楽しさで観ていただけたらいいなと思っています。だから初心者向けに何かをしているということはないです。ただ、演目を決めるときには見やすい演目を入れるようにしています。」

七之助「僕たちは“どこへ行っても変らず私たちのやってきたことをお見せするのみ”ということを念頭に、その上で演目を決めるときには初めてご覧になるお客様のことを考えています。すごく難しいのが2本、重い、つらいものが2本続いちゃったりするのはよくないな、とかそういったことです。演目が決まったからにはこれは難しいから分かりやすくしようとかいうことはやっていないです。」


――お客様へのメッセージをお願いします。

勘九郎「昨年はコロナの影響でやむなく中止させていただいたんですけれど、そのときに伺えなかった場所に春と秋に分けて伺えるということでとても嬉しいのですが、不安定な日々が続く中で、お客様に安心・安全にご覧いただくということが最も望むことですので、感染対策を万全にして、少しでも現実を忘れて非現実の歌舞伎の世界に飛び込んできてくれたらと思います。来てくださったお客様に楽しんでいただくために私たちも共演者たちと力を合わせて全力でやりますので、大手を振って観に来てください!とはなかなか言いづらい状況が続いているのが悔しいですけど、この公演が本当にお客様の心の栄養になればいいなと思います。」

七之助「こうした状況下で観に来てくださるお客様がいらっしゃるということが私たち役者にとってありがたいの一言に尽きます。巡業公演を開催することに対して賛否両論あるのかもしれませんが、観に来てくださるお客様お一人お一人に私たちが一生懸命舞台を届けて、明日への活力につなげていただければと思いますし、そこに巡業公演をやる意味があるのではないかと思っています。」